コンプレックス



本日、恐ろしい目にあいました。
こんばんわ、菊地英二です。

久しぶりのTVの仕事で、いつものように俺たち THE YELLOW MONKEYは、のほほんとスタジオに来たわけですが、どうやら司会の人が、台風の影響で思いっきり遅刻しているらしく、激しい空き時間ができてしまいました。
いつもだったらこういう時は楽屋で4人で遊んでることが多いのですが、人一倍忙しい吉井和哉は、この仕事のあとで受けるはずだった取材を先に回してもらって行ってしまい、ヒーセも何やら打ち合わせで行ってしまいました。

ヒーセがいないのはともかく。
まるで犬のように、兄貴に付き纏ってる、ロビンがいないこのチャンス。
当然俺は兄貴の隣に張り付いてたと思うでしょ?

が、如何ともしがたいのが、生理現象。
止むを得ず部屋を出ていく俺に、残された兄貴はのほほんと「トイレ行くんだったら、ついでにカフェオレ買ってきて」と命令しました。
俺はそれには逆らえません。普段でも逆らえないのに、今日は特に逆らえません。
なぜなら、ウチのお兄さんは、とてもご機嫌が悪いのです。

原因ははっきりしてます。
昨日、みんなで飲みに行って、すっかり盛り上がったのはいいのですが、つい、やってしまったのです。
兄貴がとっても嫌がることを。

・・・そう、もう何ヶ月も前に同じコトをしでかして、怒られていたというのに、再び踏んでしまった轍。

それは、俺とロビンによる『いかに兄貴が可愛いか』激論大会でした。

しかも、昨日は運悪く、お姉ちゃんのいるお店でした。
非常に盛り上がったけど、女の子の前で可愛い扱いされて、兄貴は大不興。
ロビンが、こんな半端な時間に取材を入れて逃げ出したのも、その所為です。


俺はそそくさと、すぐそこの自販機で、カフェオレをゲットして、楽屋に戻るための角を曲がったんだけど、廊下の向こうから駆けてきた、小さな人が俺の進路を遮りました。

・・・・?

あ、あれはそうか。ラルクのhydeくんか。
そういや今日一緒だったな。妙な組み合わせだけど、そういえば兄貴、時々彼と連絡取ってるようなこと言ってたっけ?

「エマちゃーん、こんばんわー」

ウチのメンバーとは違って、社交的で友達が多いと噂のhydeくんは、何の気負いも無く、ウチの楽屋に入っていきます。

おお、珍しく、楽屋にお客さんか。
これは・・・もしかして、もうひとつ何か飲み物を買ってくるべきなんだろうか。
あっ、でも、あの人の好みを知らない。


ここで間が悪いのが、この俺、菊地英二の菊地英二たるところ。(自分で言ってて悲しくなってきた)

最寄の自販機、お茶系が全部売り切れ。
コーヒーなんかは砂糖だミルクだと好みがあるだろうし、ジュースだって好み次第でわかんない。
仕方なく、俺は階下の自販機まで脚を伸ばしました。


で、これが運のツキだったのだ。


再び楽屋前に戻って、ふさがってる両手に困り、なんとか中から開けてもらおうと、ノックしたんだけど、返事が無い。根性で肘でノブを回して、少しだけドアを開けると、中から話声が聞こえてきた。

「あー、わかるわー。俺もそれで、ようなやんだもん」
「そう?やっぱり?」

ほんわりした関西弁のイントネーションと、同じくほんわりした兄貴の相槌。
気のせいか、どっちも平仮名で喋ってるような気がして、ちょっと可笑しい。

「なんでやしらんけど、可愛い可愛い言いよるよな、みんな」
「俺、別になよなよしてたりしないと思うんだけどなぁ」

や、お兄さん。アナタの『可愛い』のは、別にナヨ系のそれじゃないんです。
充分男らしいんですが、元々顔立ちが可愛いのに加えて、たまに天然系の発言をするとこが、愛らしさに輪をかけてるんです。

「ウチのメンバーさ、男らしいじゃん?ヒーセは頼りがいあるし、英二は外見がアレだしね」

アレって何ですか、お兄ちゃん・・・。
でも、怒るだけじゃなくてかなり悩んでるのね。でもなぁ・・・。
可愛いもんは可愛いんだよね。こうして悩んでることすら、可愛いって思うしなぁ。
で、吉井の評価は?

「吉井はさ、顔もキレイだし女っぽいとこもあるけど、背も高いし・・・」
「それに、あれやろ?なんつーか、感じるんやろ?」

・・・何を?

「男フェロモン!」
「あはは。やっぱりそう見える?」

おとこフェロモン・・・・。そうかなぁ?俺は何にも思わないけどなぁ。

「それでさ、結構、コンプレックスなんだよね・・・」

珍しく、兄貴が気弱です。
こんなとこ、俺には見られたくないかもしれない。
出て行くべきか?それとも、声をかけてこの話題を終わらせようか?

悩んでる間に、会話は更に進行した。

「エマちゃん、それはしゃーないわ」
「え?」
「やって、吉井さんから男フェロモン受け取ってんのは、他の誰よりエマちゃんやから」
「そうなの?」
「やろ?こないだ、ビデオ見てん。ライブの」
「あ、ありがと」
「うん。そんで思ったんやけど、吉井さん、絡むときフェロモン全開やん?他のどのシーンより」
「・・・・・・そう?」

ああ、それは俺にも判る。
ちょっとは遠慮しろとか思うもんね。

「てゆーか、あれは本気でアピっとるやろ」
「はは・・・」

あ、兄貴の笑いが乾いた。

「まぁ、エマちゃんもほんまは嬉しいやろ?吉井さんに関しては」
「え」
「彼氏のフェロモンやん?」

――――――――は?
こここ、この人は、いいい、一体何をっ!?
って、そんなことまで話してんの?この二人?
俺でさえよく知らないのに・・・。っていうか、彼氏って表現、ヤメテ・・・。

「まぁそれはそうなんだけどね」

・・・・兄貴・・・頼むから、認めないで・・・。

「エマちゃん、コンプレックスに思う必要なんかないんやんで。そんなんゆってたら、俺なんかもっと悩まなあかん。俺なんか、前にがっちゃんと出た映画の試写会のとき、男で一人だけ『かわいー!』っていう声援をもらってもうたんやで?女の子から」

そう言って、hydeくんはふんっ!と鼻息を荒くしました。
しかし・・・美人っつーのは、そんな仕草も可愛らしく見えてしまうもんなんだな。兄貴もこういうことしても可愛いだけで、がさつには見えません。
hydeくんの場合、女顔ってだけじゃなくて、体型も細いのに丸みがあるっていう女型だし、兄貴以上に悩んだんだろうなぁ。
しかし、それがコンプレックスなんだから、この二人、女の子からしたら如何に贅沢な悩みを抱えてることかってとこなんでしょうね。


そのときでした。
悪魔が悪魔に悪を伝授するのを聞いたのは。


「可愛いお顔は、利用するもんなんやで〜♪」


ひやり、と冷たい汗が背中を流れます。
これは、この会話は、兄貴を更に悪い道へいざなおうとしている気がします。

「利用?」
「そうや。メンバーに対して自分の可愛さを武器にするんや。吉井さんは、まずイチコロやろ?俺が見るぶんには、ヒーセさんも弟くんにも充分通用するで」

も、もう充分通用してますから・・・。これ以上、兄貴にいらないことを吹き込まないで・・・。

「今まで無意識にやっとった可愛いアピールを、意識的にやるんや。その手でkenちゃんもゆっきぃも、前のドラムのsakuraも、がっちゃんもオトした俺が言うんやから間違いない」

――――こ、怖い!
この人は、なんて怖い人なんだ?

「そんなことしたら、吉井が怖いよ、俺は・・・」

そそそ、そうだよ!兄貴、やめといたほうがいいよ!

「なにゆうてんねん。吉井さんにもアピるんやから、危機感持って、今まで以上に貢ぐで?現にてっちゃんがそうや」

流石の兄貴も、絶句しています。

「あ、本命の吉井さんには、可愛さ5割増しが原則な?」


ばっしゃん!


遂に俺は、手に持っていたカフェオレやら緑茶やらを取り落としてしまい、二人に発見されてしまいました。
蒼白になって口をぱくぱくしている俺の目の前で、hydeくんが兄貴になにやらごにょごにょと囁きます。

頷いた兄貴は、俺に近寄ってくると、あろうことか、俺に抱きつくような形で、首に手を回して、じっと目を見つめました。

目が、目が。
今までこんな目で俺を見たことない目が。
うるうるの目が。
目の前で上目遣いに俺を見上げます。

「英二、今の話、吉井に内緒にできるよね?」
「あ・・・う・・・」
「できる?」

そして、な、なんと俺の頬に『ちゅ』っと・・・。
なんてことを!兄貴、グレードアップしてどうする!

これはテクニックだ。騙されるな!と思うのに、・・・のに。
俺の口は。
可愛さフェロモンに負けて。

「で・・・きる」

つい、そう呟きました。
なんだ?何だこの魔力は!

「エマちゃん、そこで笑うんや!」

彼方で、悪魔が兄貴を指導します。
兄貴はそれに素直に従って、全開の笑顔で・・・・ニコっと笑って!

「ありがとv」

俺の唇を、指先でつんっと。

――――菊地英二、撃沈。

瞬間、鼻血がつーっと伝って落ちたのを感じました。


遠のいていく意識の中、楽しそうな二人の声が聞こえます。

「エマちゃん、これでコンプレックス克服やなっ」
「うん。俺、なんか吹っ切れた気がしたぁ」


菊地英二。
本日、とても恐ろしい『開眼』の場面に立ち会ってしまいました・・・・。



end



ま、またラルクファンに喧嘩を売るようなことをしてしまった。同時にエマファンと英二ファンにも喧嘩を売ったような気がする・・・。ち、違うのよ?これは紛れも無い愛やねんっ!

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