拒絶



別に、あそこに混じりたいとは思わない。



「兄貴ってば、眠いの?」

アニーが声をかけた頃には、エマはもうトロンとした目を宙に彷徨わせていた。
吸いかけの煙草の火種は、危なく膝に落ちそうだ。

「んー・・・らいじょぶ・・・」

ああ、ロレツすら、既に回ってない。
いつも回ってないという噂もあるけど、今夜は更に輪をかけて回ってない。

そんなエマから、アニーが煙草を取り上げて、灰皿の上で揉み消した。
エマときたら、それにすら気付いてないように、右へふらり、左へふらりと身体を揺らしてる。

相当疲れてんだな。

ま、無理もないけどよ。
ここんとこ、ずっとハードスケジュールだった上、例によって吉井和哉の『地の底どころか、ブラックホールに吸い込まれちゃうよ的落ち込みモード』が続いていたもんだから、エマちゃんはそっちのフォローも大変だったらしい。

そっちのって、どっちの?

なんて、聞くのが野暮ってもんだよ、おねえちゃん。

本当は、こんなトコで俺らやスタッフにつきあって、飲みになんてこなくて良かったのに。
そうしたら、ちょっとでも寝とけたんじゃねぇの?


だって今夜は、ロビンがいないんだから。


「兄貴、もう帰ったほうが良くない?」

「へいきらってば。おきてうよ・・・」

―――――何言ってんのかも聞き取れねぇ状態の癖に、まぁ。意地張っちゃって。

今日、スタッフから飲みの誘いが入ったとき、エマは真っ先に「行く行く」って答えたのに、「あ、俺無理だ」っていうロビンの返事に、スタッフが気を使って「あ、じゃあ日を改めて・・・」って言いかけたから、エマも「じゃあ・・・」って言おうとしたのに、ロビンが「気を使わないで行っていいよ。ほら、エマも」なんて言っちまったもんだから、エマは引っ込みがつかなくなったんだなぁ。

最初は楽しげにしてたけど、酒が入ったあとはだんだん本音を漏らし始めたのか、
「吉井はアレで気を遣ってんだよね、俺にも」
とか
「もうちょっと楽観的になったらいいのになぁ」
とかって、珍しく愚痴っぽくなってきたな、と思いきや、
「大体、なんでアイツは落ち込む度にやらなきゃ眠れないの」
とか
「少しは俺の身体の都合も考えろって」
とか
「いくらなんでも毎晩毎晩、5回も6回もイケるかって!ねぇ?」
なんて、ヤバイこと堂々と言い出したもんだから、俺とアニーは急いで、この店の片隅にエマを隔離したわけだ。

天然爆弾は始末がわりぃよ、まったく。

そして、更に疲れがどっかりきたのか、薄暗いすみっこに連れてきた途端、ふらふらと船を漕ぎ出したんだ。

そんなエマに、アニーはいつものように、かなり低空飛行のモラルを、それでも一生懸命被った情愛に紛らせ、悔しさ交じりの独占欲を剥き出しにしてるけどさ。


まあ・・・なんだな。

ロビンとエマのことを、今更とやかく言う気もないし、こうしてエマがふにゃふにゃと溶けてしまった表情で、こしこし目を擦ってる姿は、確かに可愛いと思う。
ロビンやアニーの気持ちがまったくわからないわけでもない・・・と言えば、ないかもしれない。


けど、やっぱり俺は別に、あそこに混じりたいとは、思わない。


「ねぇ、兄貴。ホント、もう帰ろうってば」
「やだ!かえんない!」

本当はかなりクールな大人の癖に、意地っ張りで子供っぽい面も併せ持つ、この男に対する俺の気持ちというのは、どこまでも『身内への情愛』にすぎない。

「ほら、エマ。帰るぞ」

だから、こうして差し出す手は、勿論単なる心配の成れの果てだ。

だけど。
エマのヤツのきたら、そんな俺の手をぱしんと払いのけた。

「かえらないってば!ヒーセ、おせっかい!」

あららら。思いっきりの拒絶。
だけど、別に腹は立たない。どうせ酔っ払いの言動だし、俺はこれでも、エマのことをよく理解してる。

多分――――、うん。
アニーや、ロビン以上にな。

ちょっとアニーをどかして、エマの前にしゃがみこんだ。

「よし。じゃあエマ、どうやったら帰る?」
「かえんない!」
「眠いんだろうが。毛布にくるまって寝たいよなぁ?」
「眠くないよ。平気」
「連れて帰ってほしいよなぁ?」
「だからいいってば。帰るなら一人で帰るから」
「嘘つけ。連れて帰って欲しいんだろ?・・・・迎えに来てさ」

「――――――・・・え?」

一瞬何を言われたのか戸惑って、エマは半寝の目を見開いた。

・・・ったく、世話の焼ける奴らだ。

俺が苦笑したのと、店のドアが開いたのは同時だった。
つかつかとまっすぐこっちに向かってくる、長身のシルエット。


「お待たせ。・・・エマ、迎えに来たよ」


おいおいおい・・・。ロビンよぉ。お前はなんて晴れやかな顔で現れるんだ。
ホントにドツボまで落ち込んでたのか?てめぇは。
しかも根回しして「エマを迎えに来い」と電話をかけてやった俺には、礼のひとつもなしかい?


結局のところ、自分のマイナーモードにエマを巻き込んで無理させてることを、充分自覚して更に落ち込んだ挙句、少しはエマを開放しなきゃ、とでも思ったのか、自分のほうから一瞬だけ距離を置いたロビンと、今夜別に仕事も入ってないのに一緒に飲みに来なかったロビンに対して拗ねてたエマとの、あまりに子供っぽい意地の張り合い。

ホント、世話が焼けるったらねぇよ。


まったくもって、こんな二人に、混じりたいとは思わない。


思わない、けれど。


「・・・・うん。かえる」


あれほど意地張って、俺やアニーの「帰ろう」の誘いを拒絶しておいて、ロビンのヤツが伸ばした手を、一言の抗いもなく、あっさりと取るエマに、


(そりゃねぇだろ、エマちゃんよぉ)


なんて、軽い嫉妬心を覚えてしまったのは。


なんだか、アレだな。
我が子を、その恋人にかっさらわれた父親の心境ってヤツに近いのかもしんねぇな。



end



ヒーセの気苦労。ヒー×エマになるかと思った(笑)

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