手紙



誕生日に
「エマちゃん、何が欲しい?」
って吉井に聞かれるのは苦手。
いや、ヒーセほどじゃないけど、俺だって物欲はあるほうだし、自他共に認めるこだわり人間だし、実際、欲しいものが無いわけじゃない。
だから貢いでくれるんなら歓迎するよ?
俺が
「欲しいー」
って喚いてるもんを、お前が勝手に買ってくれるぶんには。

でもさ。

「何が欲しい?」って聞かれて答えるのはちょっと・・・。
誕生日とかのプレゼントは、くれる人が自分のためにアレコレ考えてる時間を貰ってるって気がするのね。
だから実際に当日に貰ったものが、恐ろしくがっかりするようなくだらないものでもいいんだよ。
それこそ、タワシ一個でも嬉しい。
・・・嘘。本当に吉井がタワシ一個もってきたら、それは流石に殴ると思うけど。

まぁ、それは極論としても、強請って貰ったんじゃ嬉しさは半減。
だから去年の暮れにそれを聞かれたとき、そのへんの気持ちを角が立たないように言ってみた。

「吉井が、俺にくれたいと思うものを頂戴」


―――――・・・そしたらやってきたのが・・・石つきの指輪だよ。
いや、まぁ、今年は俺たちがそういう意味でつきあいはじめてからは、初めての誕生日だし?指輪ってセレクトは半分予想しないでは無かったけど、石つきかよ・・・。
こっそり眩暈を感じながらもありがたく戴いた。
結局俺が吉井に「俺にくれたいものを頂戴」って言ったわけだし、何より俺の右手の人差し指に嵌めてくれながら、
「ここだったらギター弾く邪魔にもならないよね」
と、嬉しそうに笑った吉井の笑顔が、俺も嬉しかったから。

だけど。
年が明けてツアーが始まって、初日に俺は顔面が蒼白になるのを感じた。

「なっ・・・吉井、何、その・・・!」

楽屋で急にうろたえる俺に、他のツアーメンバーやスタッフたちはきょとんとしてたんだけど、吉井だけは俺が言いたいことが判ったらしい。

「エンゲージ」

にやっと笑った吉井の右手の薬指には、俺が人差し指に嵌めてるのと似たようなデザインの石つきの指輪が光ってた。

似たような指輪をしてステージに上がる?
そんな恥ずかしいことできるか!
と―――――・・・思ったけど。
もう本番直前だし。
外してる暇ないし。
という言い訳をして、そのまま出た。

初日のステージを見たファンの子たちの間では、早速噂になったらしい。
全く、吉井ってばそのへんのことを考えないんだから困る。

次は絶対外そう、と思ってたのに、なんと翌日、うっかり忘れてた。

そのあと、二日ほどオフを挟んだから、ステージ立たないんなら別に外さなくていいやって思って、嵌めたままにしてた。
土曜日のライブのときは・・・忘れてたことにした。

移動を挟んで次の土地に行って、今度のライブでは・・・もうそれで指が馴染んでて、無いとかえって弾きにくい、ということにした。・・・勿論、そんなわけはないんだけど。

吉井の馬鹿がちょっとだけ感染っちゃったのかもしれない。困ったな。

そうこうしてるうちにすっかり俺の人差し指に石つきリングは定着して、気にならなくなった頃にツアーは終わり、3月になった。

ツアー明けは、俺はちょっとのんびりしてる。でも、吉井がもはや当たり前のように俺の部屋でご飯を食べて泊まってくから、俺は「アホか、俺!」と自分につっこみながらも、若奥さんよろしく、吉井が帰ってくるまでに、近所のスーパーで買い物をしていた。
いや・・・もうさ、諦めたっちゃ諦めたんだけどさ。
俺の人生、どこで狂っちゃったたのかなー?って、たまにね、遠い目なんかしてみたりもする。
誰の所為かっつーと、もうあの183センチの犬の所為以外の何者でもないんだけど。
まったく、俺も一体どこでほだされちゃったのかな。
あの男ときたら、根暗でスケベで我侭で絶倫で、しかも犬のくせに偏食でダイエットマニアで既にオヤジだし。
って、よく考えたら、その前に男同士だったような気がする。
なんて、流石にそこを今更つっこむのは自分でもどうかと思うよ、エマくん。

・・・ともかく、そんなことを考えながら、買い物カゴにキャベツとかブロッコリーとか白身魚なんかを抛り込んでたら、急に、ひょいっとカゴか軽くなった。
なんだ?と振り返ったら・・・

――――・・・登場だよ、吉井和哉。
スーパーまでくんなよ。まったく・・・昔はここまでじゃなかったのに、どうも最近、こいつには羞恥心ってものが無い。
俺は、「家で待ってろ」って言うつもりで口を開いた。
が。

「・・・おかえり」

あれ?
何言ってんの、俺。

「ただいま」

予定と違う台詞を口にした俺に、吉井はグラサン越しににっこり笑いながら答えた。

馬鹿!
俺の馬鹿!
なんだって2人並んで夕食の買い物しなきゃなんないの。
っていうか、これは流石に俺の美意識に反する。カッコ悪い。
言うぞ、今日こそ文句!

「よくここにいるって判ったね」

・・・違うじゃん、そんなこと言いたいんじゃないってば。
いや、認めるからさ、俺はお前に惚れてるって認めるから、もうなんでほだされたのか、とか不謹慎なことを考えるのはやめるから、きちんと言いたいことは言わなきゃ。
そうそう、バカップルは家の中だけで充分だって。

「帰ったらいなかったし、時間的にみて買い物かなって。そんでこう・・・念を集中してね?」
「うん?」
「全神経をこのでかい鼻に集中させて・・・」

・・・あ、嫌な予感。

「エマの匂いを辿ったら行きついた」

この馬鹿っ!
絶対言ってやる、吉井の馬鹿、そんなこと言うなって言ってやる!

「馬鹿だなぁ、吉井は」

って・・・言ったけどさ、馬鹿って言ったけど、こういう言い方は違うんじゃないかなぁ、俺。
こんなクスクス笑いながら上目遣いに言うのは違う気がするなぁ。

案の定、俺の心の叫びに気付かない吉井は、また嬉しそうに俺からカゴを取り上げて並んで歩いた。

どうもここんとこ、吉井と2人でいると疲れる。
変なの、もう人生の半分くらいこいつと一緒にいるのに。
やっぱり・・・アレかなぁ。
いい年してなんだけど、それこそ人生の半分一緒にいる相手でも、友達のときとは違うのかなぁ。
自分の行動が掴めない。

「あ、そっか」
自分に辟易しながら牛乳を選んでる俺の横で、吉井が急に声を上げた。
「え?」
見上げたら、吉井は遥か彼方の特設エリアを見てる。
・・・えーっと・・・ホワイト・デイ・・・?
そっか、今日って3月14日・・・。

――――・・はっ!まさか?

「エマちゃん、ホワイトデイ、何が欲しい?」

や・・・やっぱりきたか。
バレンタインに、ノリでチョコをあげてから、そのうちコレが来るんじゃないかと思ってたんだよ。
でも俺は、プレゼントに「何がいい?」って聞かれるのが嫌いなんだってば。
それもホワイトデイって・・・。
恥ずかしすぎる。勘弁してほしい。

「何もいらないってば!」

自分が勝手に脳内でぐるぐるしてたのも手伝って、俺は思わず声を荒げた。
やっと自分の意思どおりに出てくれた突き声に若干安心しながら、俺はスタスタとレジに向かう。
吉井は呆気にとられながらもついてきた。

チェッカー台に吉井が買い物カゴを置いた。
ふと、その手に例の指輪を見て、俺は財布を取り出していた手を、慌ててポケットに入れなおして、そっと自分の指輪を抜いた。
他人に見られて嫌ってんじゃないんだけど、こういう日常生活のシーンでは変じゃない?
レジにいるのは、まだ若いバイトの女の子。
妙に察知されて、好奇の目で見られるのはゴメンだ。

指輪がポケットの中に落ち着いたのを確認して、俺は素になった指でお金を払った。
吉井がそんな俺を、ひょい、と、片眉を上げて見ていたのには気付いていたけれど、別に何も言われなかったから、それはそれでいいということにした。

その日はそのまま2人で部屋に戻って、いつものように夕食を食べた。
2人で部屋にいるときは、俺も別に吉井がどんなに馬鹿でも苛立つことはない。
結局、対外的な羞恥にすぎないんだよね、コレって。
食事のあとは吉井が洗い物をして、俺はお風呂に入る。
お風呂は、吉井がいる日は手早く済ませる。
本当は長湯が好きなんだけど、そうすると、絶対追っかけて入ってくるから。
いや、入ってこられてもいいんだけど、二人で入るといつもそのまま・・・ね?まぁ、そういうことになっちゃうから、確実に逆上せるんだもん。それでも確実に第二ラウンドがベッドで待ってるから、相当な体力を消耗しちゃって・・・。太るのはヤだけど、流石にこれ以上痩せるわけにはいかないからさ。

・・・と、思ってたのに、今日はいつも俺が上がるタイミングの、吉井が脱衣所に入ってくる音がなかなかしない。不審に思いながら上がったら、既に1時間くらい経っていた。
こんなに長い時間入ってたのに、吉井が入ってこないのは珍しい。
もしかしたらやっぱり指輪のこと、気を悪くしてたんだろうか。

急いで上がったら、吉井はリビングでコートを脱いでいた。

「あれ?どっか出てたの?」
「うん。ちょっと用事があったから」
「そうなんだ」

・・・なんだ。焦って損した。

「間に合うかと思ってたのに、なんだよ、もう出ちゃったの?」
なんて吉井は残念そうだけど、
「ベッドで待ってるよ」
って言うと嬉しそうな顔になった。
俺は片手で髪を拭きながら、自分が指輪をしてないことに気付いた。
洗面台に置きっぱなしだ。焦りすぎだよ、俺ってば。
苦笑しながら、吉井がいる脱衣所に入って行って、洗面台のいつもの定位置を見た。

「あれ?」

「どうしたの?」
シャツを脱ぎながら、吉井が俺の動揺に反応する。
「・・・ん、指輪、ここに置いてなかったっけ?」
「指輪?・・・ああ、エマ、さっき外したじゃん。コートじゃないの?」
言われて、「そうか」と思い出した。嵌めなおしたと思ったけど、気のせいだったのかな。
若干腑に落ちないまま寝室に向かい、コートのポケットを探った。

「・・・あれ?」

無い。
反対のポケット?
――――・・・無い。

「え?・・・え?」

俺は思いつく限り、コートやパンツのポケットを探ったけど、出てこなかった。

そうだよ。やっぱりあの後、嵌めなおしたような気がする。
でもいつもの所になくて・・・。
ご飯作る前に外した?
思いついてキッチンに行ったけど、無い。
洗面台をもう一度探しに行っても無い!

どうしよう!
どっかに落とした?
俺の指輪。
吉井が誕生日にくれた指輪。
「エンゲージ」って言って笑ってた指輪!

呆然としていたら、吉井が風呂から出てきた。

「エマ?どうしたの、泣いちゃって」
「・・・え?」

吉井に言われて初めて、俺は自分がボロボロ涙を流してるのに気付いた。

「エマ?」
困ったように親指で俺の涙を拭いながら、吉井が優しい声で呼びかける。

「吉井・・・ごめんっ!」

俺は悲しくて、吉井に悪くて、ついでに人目ばっかり気にして腹の中で悪態ついてた自分も申し訳なくて、そのまま抱きついて謝った。

「どうしよう、指輪が・・・無いんだよ。ポケットにも、ここにも・・・どこにも無い・・・っ・・・・!」

しゃくりあげる俺を、だけど吉井は怒ることもなく、髪を撫でながらキスをくれた。

「落ち着いて」
「・・・俺、もう一回捜してくる」
「いいからエマ、深呼吸」
「だって、指輪!吉井がくれた・・・俺の指輪・・・」
「エマはあの指輪が大事?」
「・・・うん」
「嫌がってたのに?」
「嫌じゃないよ!」
「えー?だってステージでも恥ずかしいって言ってたじゃない。さっきも外したし」
「恥ずかしいけど!・・・でもそれは嫌なんじゃなくて・・・大事だよ!当たり前じゃん!」

大事だよ。
吉井がくれた指輪。
どんなに悪態ついてても、俺、吉井に惚れてるもん。
まだどういうふうにしたらいいのか、状況に感情がついてってなかっただけで。
それともそういうことばっか考えてることに罰が当たったのかな。
でもそんなに厳密に当たんなくてもよさそうなもんじゃない?執行猶予くらいあったっていいじゃん。

でも、現実にその指輪が無くなった。

なんだか俺は、もしかしたらこんなことがきっかけで、いつか吉井を失ってしまうんじゃないかと怖くなって、そんなことを思いついたらたまらなくなって、ぎゅっと吉井にしがみついた。

吉井はそんな俺を抱き返しながら、喉を鳴らして笑った。

「しょうがないなぁ。もう一回捜してきたら?」
「うん。そうする」

俺は急いで吉井から離れると、もう一度寝室に向かおうと脱衣所のドアを開けた。
すると、吉井の声が追っかけてくる。

「今度は俺のコートのポケットも捜してみなよ」

――――・・・え?

言われたことが判らないまま、リビングに置きっぱなしの吉井のコートを探る。
左側のポケットに、小さな箱を見つけた。

「あれ?これって・・・」

その箱は、確かに俺が吉井に指輪を貰ったときに収まってたケースだった。
外側に『This Is For You 12.07』と箔押ししてあるケースまで特注したって言ってたから間違えようがない。
空けてみると、そこには確かに俺の指輪が入ってる。
「どういうこと?」
首を傾げながら凝視してたら、風呂上りの吉井が煙草を片手にリビングに入ってきた。

「エマがホワイトデイ、何もいらないっていうから、今日のプレゼントは手紙にしてみた」

と、そんなことを言いながら。

「手紙?」

そんなものはどこにもない。
きょとんとしてたら、吉井がケースの中の指輪を、ちょいちょい、と指差す。

指輪を取り上げて、いつも通りの指に馴染んだそれを嵌めようとして、ふと内側に今まで無かった刻印が施されているのを発見した。

『mine』

mine・・・?
マイン?
・・・え、コレって・・・。

意味に気付いて、顔に血が昇ってくる。

ソファに悠然と座ってる吉井は、そんな俺を
「エマは俺のだっていう証拠を嵌めてあげるから、こっちおいで」
と、可笑しそうな口調で呼んだ。

俺は。
今度こそ、意図した通りの憮然とした表情を浮かべるのに成功し、不機嫌極まりない声音で。

「それならそうと言え!俺の涙を返せっ!」

と喚きながら吉井の隣に駆け寄ると、照れ隠しも手伝って、めいっぱい偉そうな態度で、右手の人差し指を突き出した。

吉井がゲラゲラ笑いながら俺に指輪を嵌めるのを確認してから、そのままソファに押し倒されるのを心地よく受け止めた。



end



『TOUR2006 MY FOOLISH HEART』の最初のほうで話題が集中した、吉井とエマのよく似たデザインの指輪の話。ロビエマ派は勝手に、あれは吉井からエマへのプレゼントだと認定したものだ(笑)
更にメルトダウンの活動中に、『mine』の刻印を1号から提案され、これしかない!とこの話を書いたのでした。
『手紙』というタイトルならば、普通に手紙を使わない、そんな私は天邪鬼。

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