石のついた、か細い指輪は「男の指には似合わない」と、エマは笑って俺が指差したそれを拒んだ。

「約束が欲しいよ」

女々しい俺はつい、ぼそりと呟く。

ショーケースにずらりと並んだ、綺麗な石。
ダイヤモンド、アメジスト、ルビーにトパーズ。
綺麗な綺麗なそれらを、エマは全部拒む。

身に着けてくれなくてもいいから、俺の気持ちを受け取って。

切なく瞳を見つめた俺に、エマは思いついたように、ぽん、と手を打った。

「じゃあ、あれちょうだい」

ぐいぐいと俺の手を引っ張って、宝石屋をあとにする。
何も買わない俺たちにも「ありがとうございました」と店員は丁寧に礼をした。


そのまま引っ張られて、エマは俺の車に乗り込む。
身を乗り出して、後部席に置いてあった俺の古びたメイクボックスを膝の上に乗せると、大事そうに『それ』を取り出した。

「これ」

エマがひらひらと振りかざした『石』は、
大きなイミテーションの石がつた指輪。

「これをくれたら、一生俺は吉井のでいてあげるよ」

悪戯っぽいその挑発に、つい「いいよ」と答えそうになるけれど。

間違えてはいけない。
この答えは、そうではない。

「これは、ダメ」

優しくその手から指輪を取り上げる。

沢山沢山、いろんな思い出が詰まった、それは大切な安物の石。
他人にはつまらないことかもしれないが、これは俺が大事に持ってないといけない逸品。
マリーの指輪。

「これだけは、ダメだよ」

断言する俺に、エマは満足そうに微笑む。

意外とセンチメンタルなあなたは、思い出を、歴史を、絆を大事にするから。
あなたとの歴史を共有するこの石を手放さない、俺の『意思』が、むしろあなたの望むもの。

それは判るけど。
どう考えても、これはプレゼントを体よくあしらって拒まれたとしか思えない。

「どうしたの。最近何も欲しがらないね」

以前は俺に貢がせるのが大好きだったのに。
最近のエマは、俺に「買って」と言わない。
別にいいけど、不安なんだ。
何か形に残るものを、できればずっと身につけていてくれるものを贈りたいのに。
ネックレスも、ブレスレットも、時計も、靴も服も何もいらないとエマが言うから。
だから永年の夢である、石のついた指輪をあげたいと思ったのに。

少し拗ねた俺の口に、エマは素早い動作で小さな『石』を放り込んだ。

甘い。
石に似た、小さなキャンディー。

「それ、ちょうだい」

悪戯っ子の微笑みで、俺の口の中のキャンディーをねだる。

キスと同時に口移しで、言われるままにそれをあげると、唇が離れた微かな距離で、エマが囁いた。

「約束の記念品なんかいらない。消えてなくなる石を、いつも俺にくれることができる距離にいて」

だって、吉井がもしも俺の傍からいなくなって、守れなかった約束の証拠だけがそこにあるのなんて耐えられないから。
他に欲しいものなんかなくなっちゃったから。

そんな一瞬の切ない告白を吐息に混ぜて。

「似てるじゃん、宝石に」

直後のつれない素振りが、愛しく思えた、

それは、永遠に等しい、果敢ない午後の出来事。



end



何が書きたかったんだ、私・・・。そして、これは誰だ?誰だ、このエマは!あまりに遠いぞ(笑)
「石」って何だよ。石蹴りと石投げと、マリーの指輪くらいしか思いつかなかったよ(滅)

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