眠れない



どうしよう、眠れない。
明日はライブだっていうのに眠れない。
勿論楽器だってそうだけど、ヴォーカルの俺は睡眠不足なんかすぐに声に出てしまうから、この状態は非常にまずいのに眠れない。

午前3時。
俺は恨めしく隣のベッドを見た。

すやすやと、穏やかな寝息を立てている人が、ベッドサイドのオレンジ色のルームライトに仄かに浮かび上がる。

どう考えても、この所為だよなぁ・・・。

そう、俺は今日、ツアー先のホテルで初めてエマと一緒になった。
結成して3年。
インディーズのときとかデビューしたての時とかは、旅館の大部屋で雑魚寝みたいなのが殆どだったし、ツインルームを与えられるようになってからは、大概いつもヒーセと一緒だった。
それは俺とヒーセが仲いいからって以上に、あとの二人が兄弟だからっていうのが主な理由だ。
テリトリー侵害が苦手なエマは、弟以外にはあんまり日常を見せたくないらしい。

エマこそ、慣れない相手と同室では寝付きにくいタイプに見えたのに。

――――気持ちよさそうに眠っちゃって、まぁ。

長い睫毛を伏せて、その寝顔はまるで微笑んでいるように穏やか。

――――こんな顔して眠る人だったんだ。

起きてるときは、近寄りがたいほどクールなのに、寝顔はまるで子供みたい。

そんな子供みたいに眠るこの人は、意外とプライベートスペースでは無防備だってことがよく判った。
今日だって、シャワー浴びたあと、バスローブ羽織っただけで、紐も結ばないでうろうろしてたし。
おかげで俺、目のやり場に困って固まっちゃったよ。

濡れ髪を湿らせたまま、片膝立ててぼんやりと煙草吸ってた姿とか、気合入ってるとき以上に華奢に見えて、そのふわんとした感じが、やったら色っぽくて、思わず押し倒したくなっちゃってさ。

冗談めかして軽くじゃれついたら、「何やってんの、馬鹿」って笑いつつ、やんわり俺を制しておいて、しどけないカッコのままで俺の膝を枕に寝転がるんだもん。
何にもしないように自制心をフル稼働させんのも、楽じゃないのよ?


試されてるみたいに振り回されて。
それはちょっとビター・スウィートな疼きがあって楽しいけれど。


本当はこの人がこんなに無防備なのは、俺っていう男をこれっぽっちも意識してないからだって判ってんだけどね。


――――・・・はー・・・切ない。


ねぇ、エマさん。
はっきり言ってみようか?
俺、ステージ降りたあともあなたの恋人になりたいって。

そんなこと言ったら、あなたはどんな顔するかな。
もう無防備に俺とじゃれたりしてくんなくなるかな。

そう思うと、今の関係を壊すのはあまりにも辛くて怖くて、俺はこっそり溜息をつく。


あ、エマが寝返りを打って、こっち向いた。
眠ったまんまだけど。

「んん・・・・・・ふ・・・っ」

・・・・・・・・・あああっ、もう!
そういう無駄に色っぽい寝息を立てないでもらえますか。


ねぇ、エマさん?
この想い、一生届けることができないなら、せめてこれ以上、俺を夢中にさせないでよ。
そんなに可愛いあんたの姿を、俺に見せ付けないで?

ね?



end




よっすぃー、切ない片思い時代。

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