記念日



あと5分で、今日が終わる。



別に、それはどうってことない、当然のこと。
23時55分。
その時刻は毎日やってくる。

昨日の23時55分は何してたっけ?
多分自宅にいたから、風呂とか入ってた時間かな。
一昨日は?
車に乗ってた頃かな。
一昨昨日は?
・・・・どうだっただろ。
別に思い出しもしないけど。

そうやって毎日やってくる23時55分だけど、今日はちょっと普段と違う。


ねぇ、吉井。
あと5分で、今日が終わっちゃうよ?

「エマさん、ここもう一回チェックしてもらえます?」

「・・・・・・はぁーい・・・」

スタッフに声をかけられて、のろのろと立ち上がる。
さっき録った音、もう一回チェックしないと。


23時56分。
ああ、もうあと4分しかない。


「・・・ああ、やっぱりちょっと歪みが甘いかなぁ・・・」
「アレンジでエフェクトかけます?」
「んー・・・それでもいいけど・・・。いや、ダメ。やっぱりもう一回弾いてもいいかな」
「いいですよ、どこからにしましょうか」

23時57分。
あと3分。
仕事中にあるまじきことに、俺のポケットの携帯は電源いれたまんま。
でも、鳴る気配もない。


「そうだなぁ、ソロの、この駆け上がりのトコから行く」
「はい、・・・あ、ちょっと待ってくださいね、準備しますから」
「もうブース入っといていい?」
「あ、ちょっと待って・・・」


23時58分。
ああ。
もう絶望的。
最悪。
あの馬鹿男、絶対忘れてる。
やっぱアレだね。付き合い長くなってくると、こんなもんだよ。

あーあ!昔は良かったなーっと!


「いいですよ、エマさん。ブースどうぞ」
「はーい」


もう知らない。別れちゃおっかな!

イライラと録音ブースに向かう扉に手をかけた瞬間。



ばたんっ!

「エマーっ!良かった、間に合った!」



馬鹿男登場。

・・・の、声。

顔は見えない。
体は見えてんだけど。


大柄なその姿、キレイな顔を隠してる色彩に、その場にいたスタッフも俺も、びっくりして固まる。


たくさんの、赤、赤、赤・・・・。


大の男の肩から上を隠してしまうほどの沢山の真紅の薔薇の花束。
すごく大きな花束。


色彩が近づいてきて、薔薇の花ごと俺を抱きしめて、その向こうから覗かせたキレイな顔が、微笑んで囁く。

「遅くなってごめん。お誕生日おめでとう」

「・・・馬鹿。遅いよ・・・」

「何言ってんの。まだ12月7日だよ」

23時59分。
吉井和哉、ギリギリセーフ。

「なかなか来なくて寂しかった?」
「・・・別に」
「電話もかけなくて、怒っちゃった?」
「別に」
「ずっと待ってた?」
「別にっ!」
「だってどうしても『おめでとう』は直接言いたくてさ。電話したらそこで言っちゃうし・・・。でも、なかなか仕事が終わんなくて間に合わなかったらどうしようかと思った」

ムキになる俺の頬と瞼と唇に、吉井の冷え切った唇がキスをくれる。

「冷た・・・」
「あ、ごめん」
「なんでそんなに冷え切ってんの」
「あぁ・・・薔薇の鮮度が落ちるといけないと思って、暖房かけずにきたから」

俺は大事に大事に運ばれてきた花束をそっと受け取ると、無表情で暫く眺めて無造作にテーブルに置いた。

「・・・エマ?」

「あのね」

「・・・うん」

「薔薇、嬉しい」

「・・・あの、でもなんか怒ってるみたいに見えるんですけど・・・」

どう考えてもにこやかとはいえない俺に、吉井はびくびくしてる。

ほんと、馬鹿だね。

俺は、さっきまでコーヒーカップを持っていた暖かい手で、吉井の冷たいほっぺたを包んだ。

「嬉しいけど、この所為でお前が風邪ひいたら嬉しくない」
「・・・あ・・・」

吉井の青白かった顔が、ふっと赤みを帯びた。
だって、真冬に、こんな夜中に暖房もつけないで車飛ばしてやってきて、馬鹿じゃん?
それに俺は花束よりも・・・。

「こういうの用意する前に、1分でも早く来い!」

一緒にいられることのほうが嬉しいんだよ。
誕生日に一緒に過ごした時間が1分間だけなんて、寂しいじゃん。

そんな想いを込めて、暖かい唇で、吉井の唇を温めた。

「エマ・・・」

吉井が俺を抱きしめる。
そっと目を閉じようとして・・・


えへん!
ごほん!

漫画みたいな咳払いに、やっと二人して我に返って周囲を見回すと、目のやり場に困ったスタッフたちが、一様に薔薇みたいな色の顔をして明後日の方向を向いていた。



そのあと、ブースに入ろうとした俺を、スタッフが
「録り直しは明日でいいから、今日はもう帰って、思う存分お祝いしてください」

と、呆れ混じりだけどあたたかく笑った。



end



バカップル、エマ誕生日編。エマさん、お誕生日おめでとうございます。
はっ!そういえば、誕生日話って、サイト開設5年弱にして、初めて書いた(笑)

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