喧嘩!



「もう好きにすれば?俺は知らないからっ!」
「そっちこそ勝手にしろ!」

さっきまで普通に話してたと思ったのに、二人して珍しく尖り声を上げてるから、驚いて視線を向けた頃には、エマはもう肩を怒らせて部屋を出て行ってしまっていた。

「・・・なんかあったの?珍しいね」

こういう時の当然の会話の流れとして理由を聞くと、ヒーセは俺を認めて口の動きだけで「ロビン」と呼んで、バツが悪そうに肩を竦めた。

「・・・何でもねぇよ」

苦笑しながら、イライラと煙草を弄んでいるけれど、視線が落ちつかな気にドアのほうを彷徨う。

――――・・・は。まぁ、どうでもいいですけどね。
痴話喧嘩なんてさ。

でももうすぐライブなんだから。
二人がそんな調子じゃダメでしょう。
あんたたちは、仲良さそうにニコニコ笑ってくれなけりゃ。

お客さんが可哀想。
つか、俺が可哀想でしょ。

やれやれ。

何も話そうとしないヒーセを楽屋に残して、俺はエマを探しに出た。

探しに出たというよりは、単純に追ってきただけ。
エマの行くところなんか、考えなくても判る。

こういうとき、彼は決まって空を見に行く。

ひと気の無い屋上へのドアの前で、エマはイライラとノブを回しながら泣いていた。

―――あーあ。

「エーマ」

声をかけると、慌てて涙を拭う。

「どうしたの」
「鍵がかかってるんだよ」

そうじゃなくてさ。
なんで泣いてんのかって聞きたいんだけどね。

それ以上聞かないで、ぽんぽんとエマの頭を軽くたたくと、エマのほうから小さな声で事を明かした。

「気にならないんだって」
「何が?」
「・・・ライブでさ、俺が吉井と絡むじゃん?全然気にならないんだって」
「・・・・・・・・・・・なら、問題ないんじゃない?」

や、判るけどね。エマの気持ちは。

「随分熱っぽい顔してるよなぁ、って言われたんだ。吉井が近づいてくると、目がトロンとしてるって」
「・・・・・・・・・」
「けど、気になる?って聞いたら、全然って言うんだ」
「・・・・・・自信があるってことじゃないの?」
「違うよ。だって俺、一回ヒーセともステージで絡みたいなって言ったんだ」

ずきん。
あ、まずい、胸が痛む。
この気持ちはとっくに封印したはずだったのに。
俺の表面に見えてるアプローチを、単なる演出と思ってたエマが、ヒーセを選んでいたことを知ったときに。

「そしたらね、『やだよ、そんなの。誰も見たくねぇだろ』って言うんだ」

ずきずきと。
痛む胸。
俺の想いが赦される、唯一の場所までヒーセに奪われなかった安堵と同時に、それはまるで砂を噛むような味気ない温情で、くだらない偽者の世界を保護されたような情けなさ。

俺の想いを知るヒーセと。
ヒーセしか目に入っていないエマと。
絶対に手に入らないオアシスに憧れているだけの俺と。

「だったらさ、もう俺に惚れれば?」

俺には冗談めかして、そんな軽口に本音を混ぜることしかできない。
エマは一瞬目を丸くして、案の定、すごく面白い冗談を聞いたように笑った。
「はは、そうしようかな」
なんていうのは、本心がそこに無いから言えることだ。

だから、俺は。
また今日も重い鉛を飲み込んで笑いかけるしかない。
何を言えばエマが喜ぶのか、俺はよく知っている。

「ヒーセはきちんと考えてるんだよ。パフォーマンスとして、どれが一番いいかってこと。困らせたらダメだよ。平気なはず無いんだから」
「・・・・・・・・そうかな」
「そうだよ!アイツさ、絡んでる間、絶対こっち見ようとしないんだよ?知ってた?」
「・・・・・・・・・え?」
「嫉妬剥き出し。苦笑してさ、メンバー紹介までいくと、ほっとした顔してんの」

バツが悪そうに俯きながら、恐ろしく不機嫌な顔つきを作るエマのほっぺたが、ほんの少し赤い。

あーあ。
その顔、俺がさせたいなぁ。

「ほら、もうすぐリハだから、ちゃんと仲直りしてよ。ね?」
「・・・うん」


エマを伴って楽屋に戻ると、ヒーセがエマの衣装のベルトを、むすっとした顔つきで差し出した。

「・・・ほら、これ直しといてやったぞ」
「あ・・・りがと」

お二人さん。
つまんない喧嘩しないでね。

せめて俺の中で殺した想いを、こうして些細なことで呼び覚まさないでね。

頼むから。



end



一部の人は知っているが、ヒー×エマが書きたいと喚いていたえままですが。
書いてみて判った。ベストカップルはやっぱりロビエマだ。多分、もう暫く浮気はしないよ(笑)
しかしこのネタ、なんか青臭いボーイズラブめいてるな。
えー、このあとのこの人たちですが、ヒーセのエマへの想いは恋愛感情でないことに本人は気付いてて、エマもそのことに勘付いてて躍起になって修羅場を演じ、真摯な愛で吉井がかっさらってゆくのです。
・・・って話、書いたら誰か読む?(笑)

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