夜 |
秋の夜は長い。 元々長いのに、今夜という今夜は、滅法長い。 何故なら、眠れないからだ。 いや、正確に言おう、眠らせてもらえない。 今・・・何時だ? もう2時じゃねぇかよ。勘弁してくれ。 こっちはリハで疲れてんだし、明日もライブだっつーのよ。 オイラはパフォーマンスも派手なのよ?明日のステージで動かなかったらどうすんのよ。それでなくても、今日は朝から大混乱だったんだ。どっと来てんだよ。 だから、ときどきウトウトするのに、ああ、またしても・・・。 けたたましく、内線電話が鳴り響く。 「・・・・・・・・・・・・・・・はぁい」 エマが超不機嫌な声で受話器をとった。 オイラは寝るのを諦めて、ビールを取りに冷蔵庫に立った。 「だから、もう寝るってば。・・・寝るって、眠るだよ。SLEEP。わかった?」 エマが受話器に向かって中指を立てて怒ってる。 「当たり前でしょ。ヒーセとでどうしようっていうんだよ。くだらない心配してないで、お前も眠りなよ」 怒りの内容に、俺は盛大にビールを噴き出した。 嫉妬もここに極まれりってヤツか。 「ロビンのヤツ?」 「そ」 漸く電話を切らせてもらったエマは、「俺にもちょうだい」と、オイラのビールに手を伸ばす。 「なんかね、もう心配しすぎててさ。ハゲるよ、もうじき、アイツ」 「ははっ」 「なんかね、ヒーセが仕組んだと思ってるみたいだよ」 「へ?」 あらぬ誤解に、オイラはびっくりした。 仕組んだも何も・・・オメェら二人の所為じゃねぇか・・・。 コトの発端は、こうだ。 ツアー中の俺たちは、ここんとこホテルの連泊が続いてるんだけど、今朝、ちょっとした騒ぎが起こった。 集合時間になっても、吉井とエマが現れなくて、マネージャーが、まず吉井の部屋に内線した。 が、待っても待っても吉井は出ない。携帯にかけてみても出ない。兄弟の遅刻には慣れっことはいえ、そのアニーすら来ている時刻だというこというのに。 たまりかねてオイラが部屋まで呼びに行ったんだけど、ノックになんの返事もない。 これは何かトラブルだと、普通は思うやね。 ここんとこ、若年のクモ膜下出血とかで死んだミュージシャンもいたしよ。 慌ててフロントからキーを借りて部屋に入ってみれば・・・。 いないどころか、ベッドが使われた形跡すらねぇ。 サイドテーブルで、携帯だけが、虚しく不在着信のランプを点してた。 どういうこった?とパニックになった時、廊下からアニーの悲鳴が聞こえたんだ。 アニーの居所は、当然エマの部屋の前。 開かれたドアの向こうには、上半身裸の、寝ぼけ眼の吉井が、頭を掻きながら、 「あぁ?もう時間?」 ときたもんだ。 蒼白な顔で無言で頷くアニーを尻目に、吉井はふらふらとベッドのほうに戻ると、 「エマ、時間だって。起きて」 と、起こしてやがる。 ドアが閉まる前に、オイラとアニーは部屋に滑り込んでいたから、ばっちり見てしまった。 オイラたち二人に気付いてないエマが、吉井に甘えて我侭言ってる姿を。 「え・・・もう?」 「うん。なんか怒ってた」 「起きたくないのにー・・・」 「しょうがないよ。また今夜、ね?」 「んー・・・」 宥められて、仕方なさそうに起き上がったエマは――――――――・・・全裸だった。 オイラの胸中は、「もう時間?じゃねぇよ」とか「何が『なんか怒ってる』だ。当たり前だろうが」とか「大体なんで吉井がエマの部屋に」とか「第一、全裸ってどういうことよ」とか、それはそれは色んなツッコミが渦巻いていたんだけど、大遅刻の原因がはっきりした以上、全ては怒りになっていた。 「オメェら、一人部屋禁止!今夜から吉井はアニーと、エマはオイラとのツインルームに移動!」 そう宣言したのは、当然だろう? 「でもね、吉井はヒーセが俺のこと独占しようと思ってるって言い張ってんの」 エマは平然とそう言い切った。 「なんで?オイラは悪ぃけど、そっちの趣味はねぇよ」 「や、別に悪くないし、俺も吉井も別にそっちの趣味ないし」 あっけらかんと、エマは笑う。 いや、でもよ。オイラ的には晴天の霹靂だったわけよ。 お前らの関係がポーズじゃなかったって知ってさ。だったら、二人は両刀だったんだって思うのが普通じゃねぇ? ひとしきり、探り合いみたいな会話を交わした挙句、エマは遂に吉井と恋愛関係にあることを認めた。 って、朝から現場見られてるくせに、何を今更誤魔化せると思ってんだよ!って感じだけどね。 でもエマ曰く、それは性癖では無いということらしい。よくわかんねぇけど。 「ちょっと違うんだよね・・。なんていうかさ、なんつーか、アイツに限っては、性別超えられんの。っていうか、俺が超えちゃうの」 「・・・はぁ。もう一本、飲むかい?」 「ちょっと強いのにしようかな」 「ああ・・・」 オイラは冷蔵庫からワンカップを出して、エマに話の続きを促した。 やっぱりよ、興味あんだよ。こいつらが恋愛してたってことにさ。 それに、何故だか、気色悪いとかそういうの、微塵もねぇんだよな。やっぱ、ステージで見慣れてるからか? ・・・いや、それだけじゃないな。 なんかねぇ、すごく自然だったんだよ。今朝、目撃したときに。 違和感ねぇっつーか。 だから、確かに今朝の怒りは怒りとして、どっかでオイラが仕組んだってことにもなるのかな。 話ききてぇって・・・うん。目が醒めてしまった今は、そう思う。 だからエマちゃん、今夜は聞かせてもらうぜ。 とことんノロケてくんな。 「吉井はねぇ・・・、なんだろ、俺のこと、どっかで女の子だと思ってる部分があるんだよね」 「はぁ?そうは見えねぇだろ?」 「うん。見えない。見えないのが普通。でも吉井は時々そう思ってる」 「そうかぁ?」 まぁ、確かに普段から「エマ可愛い」とか「キレイだよねー」とか言ってるけど、それは別に女に対する賛辞ってだけのもんでもないんじゃねぇか? 「だってこないだもさ、生だったのに中で出しちゃってね」 「ぶっ・・・!」 いきなりのロコツな話に俺は再び噴いた。 「危険日だった?って真顔で聞いてくんの」 「は・・・はぁ」 「流石に俺も、何の冗談だろう?って思ったんだけど」 「だろうな」 「なんとなく、『どうかな、測ってないし』とか言ってみたの」 「・・・その回答も微妙だけどな」 「まぁ、ノリで。そうしたらさ、吉井ってば、『子供・・・もしできてても、堕ろさないでね』って言うんだ」 「はははっ!すげぇノリだな」 「だから、冗談だったら笑えるんだって。でも吉井、泣き出したんだ」 「・・・・・・・・はぁ!?」 流石に、オイラは度肝を抜いた。 ロビン・・・マジなのか? 「最初ね、本当に冗談だと思ってたから、『大丈夫、迷惑はかけないよ』って切り替えしたの。そしたら泣いちゃって」 「で、堕ろさないで、と」 「そ」 ・・・なんて言えばいいんだ? ヘンなこと言ってるロビンもロビンだけど、それで怒りもせず、平然として笑ってるエマも相当だろう。 大体、女っぽく見られるの、嫌いな筈なのにな。エマちゃん。 素直に疑問を口にすると、エマは可笑しそうに笑った。 「うん。ヘンなの、俺もね。俺も変っつーか、俺が変っていうか。なんでか判んないけど、嬉しいのね。そういうこと言われても。怒る場面じゃない?普通。なのに嬉しいの。有り得ないのにさ、そんなこと。 だけどね、吉井にとっては真剣なことなの。微塵も冗談じゃないの。そう思うとね、嬉しいんだよ。大事にされてるって気がして」 「はぁ・・・やってらんねぇよ。オイラは」 くっくっと笑うエマは、本当に楽しそうで、嬉しそうで、俺は一瞬、呆れ果てて天を仰いだ。 だけど。 その所為で、見てしまったんだな。 楽しそうに笑ってるエマの目に、僅かに涙が浮かんでるのを。 「・・・エマ?」 呼びかけると、エマは慌てて取り繕おうと、また笑って見せたけど、ちょっと無理があったのか、ぽつんと一滴、それが頬に零れてしまった。 何か言おうと思ったけど、何も言えなかった。 エマも何を言っていいか判らない顔をした。 だから。 俺は判ってしまった。 本当の本当に、本気で二人が冗談で遊んでるんじゃないことが。 有り得ない杞憂を口にすることで、可能性の無い実りを結びたがるロビンと、それを嬉しいと思い込むことで、それを否定したくないエマと。 だけどどこまで行ってもそんな未来は、絶対に約束されない現実と。 ――――・・・って、ことだろう? 軽口を人に話すだけでも涙ぐんでしまうほど、どうしようもなく恋に落ちてるエマのことを、俺は初めて、そういう意味で『可愛い』と思った。 だけどその感情はそれだけで、恋心に発展する気はしないけど。 沈黙を払うように、俺は立ち上がって窓を開ける。 秋の夜風が冷たい空気を運んできて、エマは 「寒いよ、ヒーセ」 と、その行為を咎めた。 俺は少し苦笑すると、部屋の明かりを消して、ワンカップと灰皿を片手に、エマを窓際に誘う。 怪訝そうにやってきたエマを隣に座らせ、窓の外を指差した。 「ほら、エマちゃん。星だ」 「・・・うん。星だね」 「キレイだろ」 「どうしたの?吉井のロマンティスト病が感染ったの?―――俺、ヒーセには惚れないよ?」 これ以上は冗談しか口にしようとしないエマの頭を軽く小突いて、俺は敢えて真剣な声を出した。 「星が見えるのはさ、太陽が反対側にあるからだよな。見えないから」 「・・・そうだね」 「太陽が見えてる間はさ、青空で蓋されてる感じしない?空って」 「はは、やっぱり吉井が感染ってるよ?ちょっと」 「ちげぇよ!俺が言いたいのは、こっから見えてんのは、まんま宇宙ってことだ」 「・・・・・・・・・・うん」 「どっかの国の言葉でさ、『腹を割った話は夜にしろ』っつーのがあんだよ。青空で蓋されて無い分、夜は素直になれっからな」 エマちゃん、さ。 そんなに真剣にロビンに惚れてて、それはそれで幸せかもしんないけど、恋愛は楽しいばっかじゃないだろ。 それを今まで、二人して俺らメンバーにまで隠してたんだから、つまんねぇことで涙ぐむほど脆くなんだよ。 ロビンのヤツは喜怒哀楽激しいから、泣いたりもするけど、アンタはそうもいかねぇしな。 「言っちまえ。ノロケも苦しいことも、どんだけロビンに惚れてるかってことも。全部聞いてやっからよ」 「・・・ヒーセ・・・」 「普通の恋愛だったら誰にでも言えるような話をよ、今まで黙ってたんだろ?いいよ。これからは、そういうの、オイラたちが聞いてやっから」 「・・・・・・・・・・・・」 「つまんねぇ仮定で切なくなったりしてないでさ、いいから、オメェらもっと普通に恋愛していいんだよ」 今思うことをそのまま告げてやると、エマは、顔を自分の両膝に埋めてしまった。 俺は返事を促したりしない。そのまま飲みつつ、自分から 「で?どっちがコクったんだ?」 「最初はいつだよ?」 なんて、如何にも興味津々って風情でエマの話を引き出す。 最初は言いにくそうにしてたエマも、1時間もしないうちに、だんだん普通に話すようになってきた。 やがて、再び青空が宇宙に蓋をし始める頃、流石に眠気交じりになってきた声音で、エマは 「ありがとう、ヒーセ」 と、言った。 「話せるって、いいね」 「ああ。そうだろ」 「今・・・俺ね、すごく嬉しいんだよ」 エマは、さっき笑いながら言った同じ言葉を、真顔で言った。 だけど、今度はその双眸に、涙の翳りは無かった。 「楽しいやね、こういうのも。俺、暫くエマと二人部屋でもいいな」 この1本を最後に、今日は眠ろうと思う煙草に火をつけながら言うと、エマが悪戯っぽく笑った。 「ダメ。そんなことしたら、吉井がまた子作りに躍起になっちゃうから」 「おい、エマ。まだそんなこと言って・・・」 その手の冗談は、キツいんだろ? 「はは。まぁね。でもね、子供はちゃんと作ってるんだよ」 「は?」 エマはまるで、本当にそこに子供がいるように、下腹の辺りをそっと撫でた。 「この中に、吉井がいっぱい溜まって。吉井も俺に限界まで入ってくることで、一瞬だけど一つになんの。 そうするとね、たまに同じメロディーとか言葉とか、インスピレーションとかがシンクロしちゃうことがあって。 だから・・・吉井と共作したりするじゃない?あれは、俺たちの子供。 それを4人で育ててるんだよ」 その言葉には、強がりも自己欺瞞もありはしなかった。 反駁など浮かぶ術も無く、俺が頷いてしまうほどに。 吉井がエマに惚れた気持ちも判る――――と、納得するほどに。 すっかり空には太陽が戻って、それが天の真上に来る頃、寝不足気味で集合したら、俺とエマに負けず劣らず、寝不足顔のアニーと吉井がやってきた。 「ヒーセ・・・俺、もう二人部屋限界」 アニーがそう切り出す。アニーも吉井に、散々ノロケを聞かされたらしい。 まぁ、こいつはブラコンだからな。耳の毒だったこともいっぱいあるのも無理は無い。 吉井はそんなことは意に介さず、たった一晩離れた恋人の隣に収まると、まだスタッフの目がないのをいいことに、堂々と『おはようのキス』をしやがった。 エマも自然にそれを受けて「眠れた?」なんて、今まで俺たちが聞いたこともないほどの甘い声で聞いている。 どうやらオイラたちは、二人を天下のバカップルにしてしまったらしい。 end |
書いてる途中で、「このとき、ヒーセがエマに何を聞かされたか」「同じ頃、アニーは吉井に何を聞かされたか」ってのも詳細に書きたいなぁって思ったから、このときの会話は・・・そうだな、フェチレの会報にでも載せることにしよう。 |