ひこうき雲



冬の終わりの、淡い色合いの青空。
微かな機械音が、花冷えの大気を切る。


見上げれば、僕とあなたの間に、一本の境界線。
そのまま立ち尽くしてしまった僕を、先を歩く貴方は、無邪気な顔で振り返る。


「どうかした?」
「・・・・・・・・・。」


貴方は穏やかな日差しをキラキラと浴びて。
僕は木枯らしの中、その暖かい気配に憧れ、項垂れる。


「歩けない」
「は?」


ここはまだ寒くて。
一人ではとても歩けない。


「よーしい。ほら、おいでよ」
手招きする貴方が立つ、その明るいところへ。


「迎えに来て」
僕は空の上で切り裂かれた線に怯えて踏み出せないから。


「エマ。連れてって」
「・・・・・・なに言ってんだか」


僕が遠くて超えられない、ホワイト・ラインを、いともあっさりエマは踏み越えて。
だらりと垂れた僕の手を、躊躇いなく繋いで前を向く。


「今度は何を悩み始めたのかな?」
困ったヤツだね、お前は。と、貴方は苦笑を浮かべる。


あなたはどこまでも、俺の道連れと決めたのに。
何気なくあなたと僕を分断する線が、怖い。


傍にいて。
傍にいて。


「ほら、行くよ」
「――――――・・・ん」


俺の手を引いて、エマは線の向こう側へ連れて行ってくれた。
そこは俺のいた場所と、同じように寒かった。


でも。
歩いていける。


繋いだ手が、分断していた世界をひとつに融合させたから。
見上げれば、ひこうき雲は、もう消え始めていた。


「もう、春だね」
「そうだね」


この掌の隙間から。




end



ミスター根暗、吉井和哉。ひこうき雲さえ、センチメンタル。

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