流れる |
酒の席で、度を超えて酔っ払った吉井を、エマは苦笑しながら見守っていた。 呂律のうまく回らない口調で、なんか必死に喋ってる話題は、メンバーやスタッフの誰々がこう言ったとか、以前の釣果とか、まったく下らないことばかり。 そこには『ヒーセが』『アニーが』と散々出てくるのに、一向にエマの名前は口にしない。 別にいいけど・・・なんて思いながらも、自分がつまらなそうな顔をしていることに、本人は気付いていない。 吉井にとっての自分の存在って、その程度なんだろう、と最近思うようになってきていた。 なんだか遠慮されてるような気がするのだ、何かにつけて。 「エマさん、飲んでます〜?」 無意識に憮然としていたエマを気遣ってか、イベンターの一人がボトル片手に隣に座った。 「うん。でもみんな、もう凄いことなってるね」 エマは慌てて内心を押し隠し、楽しそうに穏やかな大人の表情を繕う。 「ですよねー、もう、吉井さんなんか酷いっすよ。無理矢理人に飲ませて笑ってんだから」 「あー・・・、うん。楽しいとね、吉井ってちょっと子供になるから」 「子供かぁ。たまにそういう顔してますよね」 「っていうか、アイツは本質は子供だから。大人の部分と子供の部分が同居してるからストレス溜まりやすいしね。たまにこうして発散しないと、また泥沼ハマっちゃうんだよ」 「はぁ・・・」 「ごめんね、許してやって」 軽いフォローみたいに言葉を選ぶと、イベンターは何故かパパッと顔を赤くした。 「どしたの?」 「なんか・・・エマさんが言うと重みあるなぁ」 「え?」 「なーんかぁ、深いツキアイって感じで」 「深いっつーか、長いからね」 「いや、でもなんか・・・・・・・・・・・」 きっと彼も酔っているんだろう、改めてグラスを煽って、へらっと笑いながら言った。 「恋人同士みたい」 「――――はぁっ?」 素っ頓狂な声を上げて、思わずエマは呆然と彼を見つめてしまった。 イベンターは、エマのそんな反応を、酔った頭ではあまり意に介さず、更に言葉を続ける。 「お互いそんな言い方ですもんねー。あてられちゃった気分」 「お互い?」 「さっき、向こうの席で吉井さんと飲んでたんですけどー、そんとき『エマさんつまんなそうですね』って言ったら、『あの人、こういう席ではあんまり騒がないからね。大人のフリしちゃう癖があるから。でも、本当は結構子供っぽいんだよ』って」 「・・・・・・ふぅん」 「他の人と違う扱いですもん、エマさんって。『もうちょっとしたら、エマの構ってオーラが出るから、そうしたら・・・』―――――・・・うわぁっ!?」 けれど、彼の暴露は最後まで聞くことができなかった。 酔っ払い独特のドカドカと素直に引力に任せた足音と共に、エマの座る隅の席に吉井が乱入したからだ。 イベンターはかわいそうに、殆ど踏み散らかされて退却するしかなかった。 「酔ったよー・・・エマぁ・・・」 座ったというか、尻餅をついたというか、そんなイキオイで無理矢理空けさせた席に腰を降ろすと、いきなりガバっとエマに抱きついてきた。 「きゃーっ!」 主に女性スタッフがその様に反応して嬌声を上げてる。 エマは軽く溜息をついて、吉井の肩に手をかけた。 「吉井、こら。なにしてんの?」 「もう〜、眠いぃ〜・・・」 そのままずるずるとエマの膝に倒れこんで寝てしまう。 「エマさん、大丈夫ですか?重くない?」 さっきのイベンターが、避難した向かいの席で恐る恐る聞いてくる。 エマは、何かが自分の中でプツンと切れたのを感じて、吉井を膝に乗せたまま、目の前のグラスを煽った。 「ホント、こういう時は手がかかるんだよね、こいつ」 わざと渋面を作って文句を言う。 「大丈夫だよ。慣れてるし。酔うとしょっちゅうコレだもん」 イベンターが、「そうですか・・・」と、何か納得したように呟いた。 彼はさっき、吉井に聞かされたのだ。 『あの人はね、変なとこ子供だから、構ってほしくても自分からは言えないの。 今つまんなそうな顔してるのは、俺が構ってあげてないからなんだよ。 もうちょっとしたら構ってオーラが出てくるんだけどさ、これがもう、かっわいいんだ。無意識に拗ねた顔になってね。アレが見たいから、俺、我慢して構ってないの。 オーラ出てきたらこっちのもんなんだよ。もう、どんなに甘えても邪険にされないから』 別に彼はそんなことを聞いたわけではなかった。 エマがつまらなそうだったし、吉井がそれを気にしてそうに見えたから聞いてみただけである。 中てられたというか、こうなると飲み会自体、吉井の謀略でセッティングされたことのように思えてしまう。 (ったく、大掛かりな駆け引きだ・・・) そんな駆け引きを、そろそろ10年以上も続けてるんだから、恐れ入ったというべきだろうが、幸いにして、彼はそこまでの事情をは知らなかった。 エマは吉井とイベンターの間でそんな会話があったことを知らない。 知らないけれど、エマもまた、素面ではないのだ。どこか箍が外れてしまっている所為で、ちょっとした爆弾を投下していることに、本人は気付いていない。 「寝てるときのほうが可愛くて、扱いやすいから平気だよ。酔ったときだけ甘えてくんの、こいつって」 それは言外に、『素面でもくっついてこいよ』っていう文句にすぎないのだが、正確に意味を理解していたのは、エマと吉井以外の、周囲の人たちだけだっただろう。 彼らは一様に赤面しているのだが、二人にはそれがわかっているのか、いないのか。 ただ、判ってるのは、吉井が酔っ払って倒れこむとき、わざわざ遠い席から、あえてエマをめがけて千鳥足を運んだことと、エマが文句を言いながらも、膝枕で眠る吉井の頭を落とさないように、しっかり手を添えてやっていることだけである。 お互いに離れた場所でも意識しあっていながら、どこか理性の箍が外れないと合流できない、何て不器用な人たち。 酒でも入ってその堤防が決壊すれば、丁度水が低いほうへ流れるように寄り添ってしまうくせに。 その後、帰り道でかのイベンターは古いスタッフから、 「ずっとあの調子だもん。いっそさっさとくっついてくれって思うんだけど、なかなか進展してくれないんだよね。却って見てて恥ずかしいだろ?」 と聞かされることになる。 けれど。イベンターの彼だけは見てしまった。 実は酔っ払って熟睡しているように見える吉井が、時折薄目を開けて、エマに抱きかかえられてる現実を確認して、満足気に微笑していることを。 きっと吉井は、エマを焦らすことで堤防をどんどん高くしているのだ。 少しずつ水を流して、その水路を断たないように調節しながら。 きっといつか、あの堤防は決壊して激流となって、二人は一つの大きな湖になるんじゃないか、と、彼は思った。 そのタイミングを計っている吉井の目は、明らかにハンターのものだと確信しながら。 end |
最初はこれ、『87.人形』にくっつけて書いてたんだけど、分けたほうがしっくりくるコトに気付いて別ものにしました。こういうじれったいの書くの、好き。 |