名前を呼んで |
くだらないことで喧嘩をしました。 原因は、約束してたデートがアウトになってしまったことでした。 理由は、エマの仕事です。急に入ってしまったのです。ふたり合わせてとってたオフの日に。 仕方ないことは重々承知の上だけど、それでも俺は拗ねました。拗ねて拗ねて、散々ゴネて困らせました。 だって俺は、このところ本当に忙しくて疲れていたんです。 だから明日は、大好きなエマと一日中べったりしていたかったんです。 はっきり言って、それだけを楽しみに、ここ数週間頑張ってきました。 なのに、いともあっさあり、「明日、ダメになっちゃった」って言うのです、彼は。 楽しみにしていた予定が潰れた悔しさよりも、そのあっさりした口振に、寂しくなってしまったので、俺は駄々をこねたのです。 明日を心待ちにしていたのは、俺だけなの? ずっとふたりで一緒にいたいのは俺だけなの? エマはまるで、他の友達との軽い予定が潰れた程度のダメージでしかないの? 最初は俺を宥めていたエマも、そのうち怒り出しました。 「いい加減にしろよ。そんなこと言ったって仕方ないでしょ?子供か、オマエは」 視線が冷たいです。 ホントは判ってます。俺が悪いんです。 でも譲りたくないです。この気持ちを判って欲しいです。 だから俺は謝りません。 謝らなくてはいけないのは、エマのほうです。 ぷい、と、そっぽを向いた横顔を、恨みがましく見つめます。 楽屋に入ってきたヒーセと、何事もなかったかのように話しているエマが恨めしいです。 「あれ?なんだよ、このブレス。俺んじゃねーぞ?なんで俺のメイクボックスの前にあるわけ?」 忘れかけていたけど、そういえばさっきまでライブでした。 エマと喧嘩しながら武装を解いていたので、いい加減な俺の荷物は、そういえばあちこちに散乱しています。 あわててヒーセに謝ろうとしましたが、それをエマが遮りました。 「あー、それ、あのデカイ人のやつ」 ・・・・・・なんだそれ。 「置きっぱなしにすんなよなー、ロビン。あ、もしかしてこのベルトもか?」 「そう。あの無駄にでかい人のベルト」 怒っているのは判ります。でも、怒りの表現方法が微妙です。むしろ不思議です。 「あ、みんな、今日の打ち上げの店って聞いた?」 アニーも来ました。 あ、店ね、俺たしかさっきメモ預かって・・・ 「店なら、あの鼻のでかい人が知ってるよ」 ・・・・・・って、エマ!しつこい。 だいたい、俺を表現する方法は、「でかい」を使わずにできないのか? いや、そうじゃなく。 「ねぇ、この巨大な靴どけてよ」 冷ややかな声が背中越しに聞こえます。 そう、しかも、俺に対して話しかけるのは、背中向けたままのようです。 「・・・どっちが子供なんだよ」 思わず言ってしまうのは仕方ないでしょう。 「靴、どけてってば。邪魔」 「こっち向けよ、エマ」 「煩いよ。子供男」 ただならぬ空気を感じたのか、どやどや入ってきたスタッフたちを、ヒーセとアニーが追い出し始めました。そして溜息交じりに自分たちも出て行きます。いい加減、彼らも慣れっこです。俺たちの喧嘩は。 ・・・痴話喧嘩は。 「あ、俺も行くー.・・・」 なのに、今は、エマは俺と二人にされるのが嫌らしく、みんなを追いかけて行こうとします。 「エマ!」 強くひっぱったら、簡単にエマは俺の腕の中に落ちてきました。 ・・・あれ?抵抗する気はないの? 「離せよ・・・」 「ちゃんと呼んでよ」 「わがまま男」 「ちゃんと、俺の名前呼んでよ、エマ」 「巨大な子供」 「エマってば」 「離せってばバカ!デートが潰れて残念なのは自分だけだと思ってるような、俺がどれだけお前と一緒にいたいと思ってるか考えない子供男には用はないの!」 あ・・・。 なんてことでしょう。エマが残念がってるなんて、俺は夢にも思っていませんでした。 どうも愛されていないと思い込むのは俺の悪い癖なようです。何回こんなふうに言われても慣れません。 だいたい、エマの言い方も悪いと思うんですよ。いつもこんな怒り口調でしか言ってくれないんだもん。 「ほんと、天邪鬼なお姫様だね」 「姫って言うな」 「もっかい言って」 「何を」 「俺といれなくて残念って」 「残念だってば!」 「ひめー!」 「姫言うなってばっ!」 「呼んで、俺の名前」 「やだ」 「呼んでよ」 ちゃんと呼んでくれないと、また俺は不安になってしまいそうなのです。 だから。 「ね、呼んで?エマ」 「――――――・・・吉井」 いつも俺の隣で。 俺の名前を呼んでてね。そうしたら、束の間の離別くらい我慢するから。 end |
何なんでしょう、コレは(笑) あまりにショックだった解散発表のあと、漸く不幸じゃないものを書いたらコレか(苦笑) 暫くリハビリが必要なようです。 |