イノセンス |
世の中には、無駄にならないものがある。 君のすることに、無意味なものなどないって・・・って、歌詞に書いたことがあるが、俺のすることで無駄になったことは今まで沢山あって、そのうちのひとつが、知り合ってから何回もあった、エマと出かける日の行動だ。 過去において、何十回もエマと二人で出かける日、俺は勝手に「デート♪」って思ってたけど、いつも結果的にはそうならず、それこそ無数に無駄な行動を取ってきた。 まず、約束した日は、出かける直前に絶対に風呂で身体の隅々までキレイにする。 そして勝負パンツを履く。・・・・それが功を奏したことは、今まで一度もない。 万が一に備え、いいホテルを予約する。・・・当然ながら、役に立ったことは無い。 それどころか、待ち合わせの10分前に集合場所に到着することさえも、ずっとずっと無意味だったのに。 「まさか・・・これが役に立つ日がくるなんて・・・」 二人でバーで飲んでて、刹那主義がどうの、後悔したくないからどうの、って話をしてたら、エマが俺に笑ってキスしてきて、「俺も後悔しないようにしようと思って」なんて言い出して・・・。 2時間後、酔っ払ったエマが「俺、今日は帰りたくないなぁ」・・・なんて。 なーんてっ!そんなこと言い出した挙句、エレベーターの中で俺にしなだれかかってきて御覧なさい。 ポケットの中のキーを握り締めながら、苦節幾年、密かに初のガッツポーズ!ってもんよ。 いい雰囲気を「っしゃあ!」って雄叫びで壊さないように、どれだけ苦労したか。 俺のすることにも、無意味なものなど無いって〜♪ ヤバい。 スキップしたい。 38の男が、深夜の高級ホテルでスキップしてたら、やっぱり不気味だろうか。 そんなわけで、いよいよ俺は新境地に向かう、ホテルのスイートに、くてんとしたエマの肩を片手で抱くようにして、立っている。 ともすればニヤケてしまう表情筋を頑張って引き締めて 「じゃあ、今夜はずっと一緒にいようか」 なんて、とっておきの声でクールに言ってみたりとかして。 俺ってカッコイイ。 エマちゃん、惚れて惚れて! でも。 「やだ」 ・・・・はい? なんですか、エマちゃん、ここにきてそのお返事は。 ここで帰るとか言い出したら、俺、史上最大のがっかりよ? 「やだもん・・・。今夜だけじゃ」 え? 「今夜は、っての、撤回してくんなきゃ、一生オマエのになんない」 エマちゃん。 俺、鼻血が出そうです。 酔っ払いのエマって、死ぬほど可愛い・・・。 なんでそんなに無邪気なの。 ありえないほどイノセント。 トロンとした口調が更に可愛いっ! クールモードなんて、どっかにすっとんだ。 「ずっとね、ずっとずっと!一緒にいるよっ」 「・・・ちきゅう・・・」 「え?」 「地球がぁ、風呂に入るまでね?」 「はいってもっ!」 「やくそく?」 「うん」 さっきの会話を引用して、くすくす笑いながら、俺の首に腕を回してくる。 あったかい。 思わずそのままベッドに押し倒して、耳元で囁いた。 「ずっと一緒にいようね」 すると、俺を抱きしめていたエマの手が、俺の頭に伸びて、「いいこ いいこ」って撫でてくる。 ああ、もうクールモードには戻せそうに無い。 「吉井は可愛いね」 「俺?」 「うん。すごく嬉しそう・・・さっきから、ずっと」 可愛いのはアンタのほう・・・って言いたいけど、反論する前に、無垢なエマは更に最終攻撃を俺にぶつけた。 今更ながら、年齢を感じさせないあどけなさで。 「よしいがぁ・・・」 「ん?」 「ふふ、俺ね。吉井がね」 「何だよ」 「大好きなんだよ。ずうっと前から」 笑顔に騙される、とか。 悪い男とか、この人を諷したこともあったが。 エマという人は、やっぱり基本的にイノセンスな塊でできている。 だから何の衒いも無い。 邪念いっぱいなのは、俺のほうで。 計算高いのも、実は俺のほうで。 「適わないなぁ・・・」 天国の花の真ん中で、すこしばかり自嘲気味にその無垢な魂に手を伸ばして、黒々と濡れた瞳を見つめたまま、その唇を、今度は俺のほうから重ねた。 どれくらいそうしていただろう。 夢中になって貪って、その濡れた音に興奮してたら、ふとエマのほうからの反応が無いことに気がついた。 ・・・まさか。 不安になって、いつの間にか閉じていた目を開く。 断腸の思いで唇を離して観察すると、エマも目を閉じていた。 やけに呼吸が安定してる。 ・・・まさか。 ・・・寝た? エマちゃんは、永年焦がれた俺をノックアウトした挙句、ベッドでのキスの途中で寝てしまうような、純真無垢な悪魔でした。 かなりがっかりしながら、離れようと身を起こしかけたが、エマはぎゅうっと俺にしがみついて離してくれなかった。 眠ってるのに。 惜しいと思うのは、やっぱり今日がすごいチャンスだったからで。 千載一遇の機会だったからで。 もしこれが日常のひとコマならば、単に微笑ましいだけの展開なわけで。 そして、そうするチャンスが、このたび俺に与えられたわけで。 ちっちゃな子供みたいなエマの仕草に、まあ、だったらこれはこれでもいいか、なんて思って、その隣に改めて身を落ち着けると、意識の無いエマに囁いた。 「結婚しようか」 独り言にすぎないそんな夢想を、エマの耳に吹き込むと、エマは急にぱっちり目を見開いた。 「えっ?」 本日二度目の驚嘆に、思わず声を上げると、今の今まで眠ってたと思えないほど、エマは身を捩って笑った。 「なっ・・・狸寝入りなの?」 「だってぇ、吉井がやる気満々だったからさぁ」 「ちょっと、酷くない?」 「こわーい こわーい」 「やだったら、そう言えばいいじゃん」 逃げようとするエマを抱きしめて、じゃれかかる。 こういうのは酷いよっ! エマは暫く逃げ回ってたけど、やがてしっかり捕まえた俺の胸の上にうつ伏せに寝転がって、ほんの少し真顔になった。 「嫌じゃないよ。・・・ただ、これっきりになったら嫌だっただけ」 俺って怖がりなんだよ、こう見えて。って、肩を竦めるから。 愛しさが倍増しに膨らんで、心臓がきゅーっとなったから、思わず涙が出てきた。 「これっきりなんてもったいないこと、できないよ」 「だって吉井は、今がよければいいんだもん」 「それとこれとは別です」 俺の涙を唇で拭って、エマが悪戯っぽく笑う。 「じゃあ、結婚する?」 さっき自分が言った台詞なのに、それはそれでびっくりして、俺はやっぱりまた泣いてしまう。 小さな声で「する」と答えて、エマの腰をぎゅっと引き寄せると、お互いにもう充分熱くなっていた。 イノセンスとストイックは、似て非なる存在。 俺の大好きな無垢な魂は、淫靡の熱も知っている。 end |
だって吉井がMCでエマと結婚したとか言うから・・・(吉井の所為にする) |