ピアス



楽屋にカメラが入ってる日や、新しいスタッフにまだ心底馴染めてない時なんかは、やっぱりそれなりに気をつかったりもするんだけど、それが無い日は、アイツらは全く臆面無い。
それが4人だけで居るともなると、本当に勘弁してほしいくらいだ。
俺とアニーなんて、全く他人として数えられてないから、たまーに目を覆いたくなるようなこともある。

今日もロビンのヤツときたら、衣装のボタンを嬉々として留めてやってる。
何故か膝の上に乗っけて、背後から。

「エマちゃんもピアスとか開けない?絶対可愛いと思うんだけどな」
「どうせ髪で隠れて見えないよ」
「それが時々、チラって見えるのがいいの」
「そうかなぁ」

蕩けそうな口調でそんなことを囁きながら、時折エマの髪を掻き揚げてみたりしながらの作業なので、ボタン3つほど留めるのに、20分くらいかかってたりする。
ロビン曰く、ライブ前の緊張をこうやって誤魔化してるんだ、っていうことらしいけど、どこまで本当なんだか。そういうのは二人のときに、ホテルの部屋ででもやれよって思うんだけど…。

まぁ、あれだな。
人に見せるのも楽しいんだろうな。
なんせバカップルだからよ。・・・特にロビンのヤツは。

「怖いなら、開けてあげよっか?」
「でも痛いんでしょ?」
「そんな痛くないよ。ちょっと血が出るくらいで」
「やっぱ、血、出るんじゃん。やだよ」

エマは口調だけ冷静なんだけどよ。
あ、ここ強調ね?口調だけ。
態度?んなもん、聞かなくても判るだろ。後ろから抱っこされる形で、吉井が肩口に乗っけてる顔を、鏡越しにニコニコしながら見つめてて、どっから見ても幸せそうな、リラックスの極地って状態。

今更怒ったところで無駄だって判ってるから、大事なステージの前に、俺もそんな無駄なエネルギーは使わないけど。
まぁ、こんなシーンを一部のファンの女の子とかが見たら垂涎ものなんだろうけど、俺は別にこんなの見てても、嬉しくもなんともねぇよ。ただな?どうしても目に入ってくるもんだから、俺にしてもアニーにしても、無駄にこいつらの愛情生活には詳しくなっちまうのよ。ああ、嬉しくねぇ。

目下のところ、ロビンはエマの耳にピアスをつけたくて仕方ないらしい。
ここんとこ、いちゃつくときはいつもその話題だ。
ロビンのロマンティストな部分が、「一組のピアスを一個ずつつけようよ」って実しやかに囁くんだけど、もうちょっと具体的な欲求があるのは、はっきりしてる。

「時々チラッと見えるピアスが、ライトとかに反射したらキレイだよ、きっと」
「んー・・・そうかな。そうかもね」
「でしょ?だから開けてあげるから」
「病院とかで開けても、やっぱり痛いよねぇ?」
「び、病院?ダメダメ。俺が開けるの!」

つまりアレだ。エマが針見て怖がったり、痛覚を麻痺させるのに冷やしてる間に怯えたり、いざ開ける瞬間にぎゅっと目を閉じたり、開いたら開いたで「やっぱり痛いじゃんっ!」って怒って拗ねたり――――・・・そういうのを見たいんだ、コイツは。いやらしいねぇ。同じ男として、好きな子のそういうのが見たいってのは、判らなくもないけどさ。

「嵌めてれば、穴は塞がらないからさ…。俺がエマに、消えない印をつけるの」
「そんなの無くても一緒にいるじゃん」
「でも一緒にいられない時もある。そういうときに、エマが俺を忘れないように」
「はは。寂しがりだね、吉井」
「うん」
「そうだなぁ・・・。うーん…開けようかな」
「ホント?」

やれやれ。これでやっとピアス談義は終わるかな。かれこれ1ヶ月くらいこの話題だったからな。いい加減飽きたよ、こっちも。

・・・が。
世の中はそう甘くないのであった。

「皆さん、そろそろお願いしまーす」
「はいよーっ」

天の助けのようなスタッフからの呼び出しに、意気揚々と立ち上がる俺。と、毎度のことながら瀕死のアニー。
だが、問題のバカップルが、何故か椅子から立とうとしない。

「おいおい、行くぞ?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

二人して無言だ。
おかしいな。普段だったらこんなことは絶対にないんだけど。
なんだか二人して、ぎゅーっとくっついたまま、離れようとしない。
流石に俺もちょっとキレた。

「いちゃいちゃすんのはかまわねぇよ!けどな?仕事だよ、仕事っ!弁えろ、プロだろうが!」

「ち、違う」
「ああ?」
「離れたいんだけど、離れらんないの」

困ったようなエマの顔。
何を言ってやがるんだ?年中くっついといてまだ足りないのか?
呆れ顔の俺だったが、不審はロビンの悲鳴で遮られた。

「痛いっ!ちょ…痛いよ、エマっ」
「だけど、もう行かないと・・・」
「痛いっ!待って、痛いって!」

何してんだ?こいつら。まさかここで今ピアスホールを開けたわけでもないだろうに・・・。
大体、痛がってるのはロビンだ。

「俺の髪が、吉井のピアスにひっかかっちゃったみたいなの」

見れば、引っかかった髪に耳朶を引っ張られ、ピアスホールが痛そうに伸びてる。
吉井の顔ときたら、真っ赤になって涙浮かべて、情けないのなんのって!

きっとあれだな。
良からぬことばっかり企んでっから、神様の罰が当たったんだな。




結局、俺がハサミで、エマのひっかかった髪の先っちょを少し切ってやって、その他愛ない騒動は事なきを得た訳だけど。

「ねえエマちゃん、ピアス開けない?」

あれから1ヶ月。
この男は懲りるってことを知らない。
でも、以前は開けるほうに傾きがちだったエマの返事は、あれ以来、きっぱりと決まったらしい。

「絶対やだ」

こうして、バカップルの人目憚らぬいちゃつき、ピアス談義は、もう暫く続きそうな気配である。



end




えままは、ドライヤーの線が、リングピアスに引っかかって、死ぬほど痛い目にあったことがあります。楽器屋のにーちゃんが、外側に開けすぎて、バレーのネットにピアス引っ掛けて耳朶が裂けて、二度と戻らなかったとか。怖い怖い。

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