タトゥ



「吉井、オシリの刺青ってホントに入れるの?」

エマが妙に真剣な声でそんなことを訊いてきたから、隣を見やると、懐かしの某単行本を片手に、難しい顔をしていた。
俺だって忘れてたのに、どこから引っ張り出してきたんだ、それ。
「スヌーピーは嫌だなぁ・・・」
しかも一体いつの話なんだよって思うけど、口調が真剣で笑ってしまう。

「入れようか?」

からかい混じりに単行本を取り上げて笑いかける。
これはうまくすれば、第二ラウンドの合図だもん。
俺ちゃん、さっきの一回じゃ、まだ物足りないんだよね。

「やだって言ってんじゃん」
「どうして?」
「だって・・・笑っちゃうもん」
「いいじゃん、笑えば」
「やだ。俺、スヌーピーには欲情できないよ」
「ははっ」

思わず、欲情に溶けまくったエマを組み伏せてる俺のお尻で、スヌーピーが揺れてる絵を想像してしまった。
確かにそれはマヌケだ。

「じゃあ・・・『笑魔』って入れようかな」
「え?」
「吉井和哉はエマのですっていう署名。そうだ、サインしてよ。そのまま彫るから」
「・・・・・・・・・・・・」

きっと笑うだろうと思ってそんな冗談を持ちかけたのに、エマは何故か黙ってしまった。

「エマ?」

あれ?なんか気に障ること言ったかな。
別に失言は無かったと思うけど?

「・・・・・・る」
「え?」
「だったら、書いてやるっ!」
「・・・え?あ、・・・え?エマちゃんっ?」

いきなり叫んで、エマがのしかかってきた。
ちょっと待て、その手に握ってるの・・・マジックじゃないか?

「わっ!待って、ロープ!」
「待たないっ」
「ちょ・・・腕はまずいって、胸もっ!」

今日はこのあと、帰らないといけないって言っといたじゃんっ!
お尻ならともかく、そんなモロバレな箇所に書かれちゃかなわない。

「ふんっ」

だけど抵抗もむなしく、腕やら胸やら背中やら・・・目に付く限りのところにエマのサインが散らばった。

「どこに隠し持ってたの・・・もう・・・」
「たまたまね、さっき脱いだシャツのポケットにあったんだよ」

無邪気に笑うエマは可愛いけど、俺はつい困った顔になってしまう。
ったく、人の都合ってモンを考えないんだから、この人は。

「長袖着てれば大丈夫じゃない。冬だし」
「見えるよ」
「車だもん、平気でしょ」
「・・・って、帰って脱いだら一目瞭然―――――・・・」

反論を口にして、鬼門を突いたことに気づき、まだ乗っかってるエマの顔に視線を移した。
―――――・・・目は、笑ってなかった。

「エマ」
「水性」
「え?」
「それ、水性だから。シャワーどうぞ」
「・・・・・・・・・エマ」
「早く洗って、証拠消してきたら?」

それだけ言うと、エマは背中を向けてシーツに包まった。

――――しまった。

帰らなきゃいけない日にSEXするのは、昔からエマをナーバスにさせるのがお決まりだったというのに。
ここんとこ、そんな素振りもなかったから、つい甘えてしまってた。

宥めようと思ったけど、呼びかけても頑として答えないエマに、溜息をついてベッドを降りた。
今のうちにシャワーを浴びて落書きを消して、そのあとで甘やかして帰ったほうがいい。
離れるその瞬間には笑っていて欲しいし、そうさせてあげたい。
できるだけ妙な心配をかけないように。幸せな夢の続きのまま、すぐにでも眠りにおちて、朝が来るように。

今夜の順路を決めてバスルームに向かった。
エマのバスルームには、いつもエマのものでないシャンプーがある。
女性が好む香りのそれは、だけど実はなかなか減らないのを、俺は知ってる。
まあ、時折きちんと減ってるんだけどね。
でも以前、いきなり来て風呂を借りたら、エマのシャンプーしか置いてなかった。でも翌朝にはボトルが出てた。

強がりなんだって知ってる。
本当は女の子と会うときは外が主流で、部屋にはなかなか泊まらせないことも。
この部屋には、俺とエマと、二人分の香りが強すぎるから。

だけど、そういうところで強がるエマに救われてるのも事実なんだ。

熱めのお湯で体を流すと、エマのサインはあっという間に消えた。


ベッドルームに戻ったら、エマはもう普通の顔で雑誌を読んでた。
綺麗になった俺の体を見て微笑む。

――――・・・こうされると、出鼻を挫かれるんだよな。

全部お見通しなんだから。
甘やかすくらいさせてよ。

いつもなら、こういう流れでは、エマはもう指一本触れさせてくれない。
自分もさっさとバスルームに消えて、俺がいよいよ帰らないといけない時間になるまで出てこないのが常だ。

「吉井」
「ん?」

だけど、珍しくエマは雑誌をベッドから滑り落として手招きした。
抗う筈もない。
引き寄せられるままに隣に潜ると、エマは既に欲情に濡れた瞳で、俺の上に被さってくる。

「もう一回・・・しよ?」

あら。
珍しい。

誘われるままに愛撫を開始しようとしたが、エマはそれを制して、俺の体中にキスを降らせ始めた。
どういうモードかは判らないけど、悪い気はしない。
さっきナーバスにさせてしまったのは俺の所為なんだから、したいようにさせてやる。
エマの舌が這い回る度に俺の中の欲情は滾り、その上エマが自分で中まで解すのを鑑賞させていただくというサービスっぷりに、俺のモヤモヤとした罪悪感はどこかに流れていってしまった。


第二ラウンドはいつになくしっとりと情緒豊かで、大満足に終わった。
普段より情熱的に乱れたのに照れてか、恥ずかしそうにバスルームに消えてくエマを微笑ましく見送り、その視線の流れで時計を見てぎょっとした。

うわ。
これじゃ、帰って3時間も寝たらまた仕事に行かなきゃ・・・。

慌ててベッドから降りて、シャツを着込もうと手を伸ばした。

クローゼットの前の姿見に、背中が写ったのは偶然だった。

――――――――・・・!!??

「え・・・エマーっ!」

思わず大声で怒鳴ってバスルームに向かったら、中から心底可笑しそうな笑い声が聞こえてきた。


俺の背中には。
新しいサインがあった。
『EMMA』と。

キスマークで。

「刺青よりイイでしょ。ばいばい。また明日ね」

浴室に反響してるその声に、やられたことを悟るしかない。
ここまでこってりキスされてるのに、気付かなかった俺もマヌケだ。
仕方ないから俺は、意地っ張りで強がりな恋人に、ひねくれた嬉しがらせを贈ることにした。

「あーあ。責任とってもらわなきゃ」
「あ、怖」
「これじゃ暫く、エマとしかエッチできないからなぁ」
「――――それは残念」

返事に、ほんのわずかに間があったのに気をよくして、俺はわざと車のキーをチャラつかせながら声をかけた。

「愛してるよ」
「・・・・・・・・・うん」
「今度は、もっと可愛く『帰らないで』って言ってね」

その返事は待たずに、部屋を出る。
今は顔は見られたくないはずだから。

頭の中でスケジュールを確認しながら、次に泊まるときは、エマの胸に。
半月くらいは消えないような真っ赤なキスマークで、『LOVIN』と署名しようと、心に決めながら。

冬の深夜の切るような寒さの中、俺はひそかにほくそ笑んだ。



end



久々の不倫ネタ。暫く不倫書いてなかったから、ちょっとドキドキした。

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