おもちゃ



菊地英二くんは、懲りるということを知らない。
我が義弟ながら、ホント、不憫なヤツ。

・・・え?今、不思議な発言があったって?
んなことないよ、間違ってない。
アニーはワタクシ、吉井和哉の大事な義理の弟だ。
なんでって、もうクドクド説明しなくても判るでしょ?だからそんな説明は省略する。

「判りません」
あらあら。
なのに不憫なヤツが真顔でつっこむんだ、これが。
太陽を背に、逆光で見えない表情が明らかに怒ってるのは、その声音で判別できる。
いやはや、まったく。
「諦めの悪い男だねぇ」
俺は軍手を脱いで、被った麦藁帽子をくいっと指で押し上げた。こんなカッコでも俺ってば、かっこいー!
その仕草に、またしてもアニーの拳がぎゅっと握り締められる。

「判るか!テメェがウチの実家で草むしりしてる理由なんか!」

うららかな八王子の空に、アニーの絶叫が響き渡る。
「絶対自分ちでもしてないだろうが、そんなこと!」
なんて、失礼な。テリトリーを荒らされた猫か、オマエは。人がせっかくそのお庭をキレイにしてやってるのに。

「英二ってば、煩いよ?近所迷惑じゃない。たまに帰ってきたんだから、もうちょっと穏やかにできないの?」
ほわんとした声と共に、缶ビールと灰皿を載せたお盆を片手に、エマが現れた。
暑いからって髪を縛ってて、可愛いんだから、もう。
「吉井、ご苦労さま。一息ついたら?」
「あ、ありがと」
よく冷えたビールが喉に染み渡る。いや、昼酒って久しぶりだけど、いいなぁ、やっぱり。

「エマは飲まないの?」
「俺はいい。庭でビールなんか飲んだら、蚊が来ちゃうもん」
「俺は囮かよ」
「はははっ。労働のご褒美だって」
「本当〜?」

久しぶりに堂の入ったいちゃつきっぷりを目の当たりにした所為か、唖然とした表情のアニーがねぇ、これもまた見るのが久しぶりで面白い。

「・・・兄貴、俺のは?」
漸く言葉を搾り出したアニーがつっこんだのは、やはり俺にだけ渡されたビールの缶だった。

「だって労働してたのは吉井だもん。オマエは麦茶でも飲んでれば?」
「・・・・・・・・・・・・む、麦茶は?」
「冷蔵庫に入ってるでしょ」
「・・・・・・・・・・・!!!」

おっと、これは今までにない『そっけない扱い』攻撃だ。アニーくんにダメージ100。
酸欠の金魚の形相になったアニーを横目に、俺は助け舟を出してやることにした。

「エマ。そんなに怒んないの」
「だって、英二が――――・・・」
「大丈夫だって。隣んち、今日は全員旅行に行ってるし、反対隣は仕事で留守じゃん」

どうだアニー!助けてやったぞ!

「ロビン・・・いつの間に近所にまで溶け込んで・・・」

あらら。更にダメージを与えてしまったようだ。
だけど、エマは一向に意に介さない。

「そうじゃないってば。吉井がせっかく草取りしてくれてるのに、英二が悪いこと言うからだよ」
むすっとしてアニーを睨むエマ。
ダメダメ、アナタそんなことしても可愛いだけだから。
…ほら。アニーの顔がちょっと赤くなってるじゃない。
こらこら、しかもドサクサに紛れて、普段着のヨレたタンクトップから大きく露になったエマのうなじを凝視するんじゃない!そこは昨夜のキスマークが残ってて普段より色っぽくなってんだから。
ったく、ホント、懲りないヤツ。

「・・・・・・いいんだよ。やっぱ自分の実家に他人が入り込んでたら、誰だって気を悪くするよね・・・」
「そんな、せっかく吉井が・・・」
「ゴメン、いいんだよ。俺が悪いんだ」
「悪くないよっ!それを言ったら俺のほうが・・・」
「エマは何も悪くないじゃない」
「だって、お母さんに頼まれたのは俺だったんだよ?」

既に赤黒い顔色になってるアニーの視線を充分意識しながら、俺はそっとエマの手をとって口接けた。

「大事な指に、こんなことさせられない」
「吉井・・・」

エマが真っ赤になりながら、俺を見上げる。
いや、もう、ホント、可愛すぎるから!マジでっ!
思わず、ぎゅうっと抱きしめる。エマは俺の腕の中で「こらこら」なんて気の無い叱責の言葉を漏らしながら笑った。

「お、おまえ・・・ロビ・・・そ、・・・なに・・・あにきに・・」
アニーの独り言はもはや意味を成さない。
現在、俺とエマさんは、史上最強のラブラブ期間なんだ。こんなとこに無粋に邪魔しに来るほうが悪い。
「うらやましい?」
つい、振り返って自慢してしまう。
「うらや・・・な、ここは、実家・・・」
「あー、大丈夫よ。もう俺、しょっちゅう入り浸っててお母さんたちにも気に入られてるから」
「な、な・・・」
「既に入り婿ってヤツ?今後ともヨロシクね、義弟よ」

アニーは遂に、
「お・・・お母さぁんっ!」
と、錯乱した悲鳴を残して庭から逃げてしまった。
「お母さんなら出かけてるよー」
追い討ちをかける俺の台詞は、アニーの耳に届いたか届いていないか・・・。


あー、面白かった。
やっぱりアイツは俺の最愛の娯楽だな。
おっと、最愛ってコトバはエマちゃん専用。最高の娯楽に訂正しよう。

思わず悪い顔で見送ってしまった俺の横顔を、エマが少し寂しそうな顔で見上げた。

「何?」
「・・・ううん」
「何だよ。どうしたの?」
「んとねぇ・・・・・・・・・ちょっとだけ、妬いた」
「は?」

なんでっ?
どこをどうしたら妬いたりする要素があるのよ?しかも、アニー相手よ?

訳が判らず目を白黒させてる俺に、エマが『べーっ』と舌を出した。

「俺をダシにして、英二と仲良く遊ぶから」
「ちょ、何言ってんの?とんでもないこと思いつくね・・・」

恐ろしいエマの誤解に慌ててしまう。
「違うってば!何言ってんの。ちょっとアニーをオモチャにしたんだよ。ほら、アイツの反応面白いから・・・」
「それはそれでムカつく!」

あ、しまった。
これは失言だったな。エマ、弟想いなのに、これは絶対逆鱗に触れた・・・。
なんとかフォローしないと!と、口説を達者にしようとする俺に、だけどエマは思ってもみない一言を放った。

「吉井のオモチャは、俺でいいの!」
「・・・・・・・・え?」

「大事にすんのも、オモチャにすんのも俺!全部俺がいいのっ!」」



あ。
ヤバい。
昼下がりの庭先で、キてしまった。



くどいようだが、俺とエマは史上最強のラブラブ期間だった。
そうだった。俺も相当だけど、エマも相当だったんだ・・・。
草むしりコスチュームのワタシにさえ、メロメロなアナタ・・・素敵すぎ。


くーっ!辛抱たまらんっ!
確か、ご両親は夜まで帰ってこない筈。よし!
麦藁帽子なんか、頭から退却っ!ステージモードでエンジン全開だ!


「じゃあ、エマちゃん。俺のオモチャになりに行く?」
「・・・どこに?」
「とりあえず、汗だくだし、お風呂かな」
「―――――・・・いいよ」

その瞬間、俺の頭には、もうアニーが家にいる事実は無かった。多分、エマの頭にも。


5分後。
上機嫌で脱がせっこしてたら、物音を聞きつけたのか、「何やってんの?」という尖った声と共に、アニーが脱衣所のドアを開けた。

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

エマの背中に手を回して、タンクトップを捲り上げてる俺と、俺のジーンズのファスナーを降ろしつつあるエマと、ドアノブを握ったままのアニーが、そろってフリーズした。

悪い、いけないとは思いつつも、俺は再び悪い顔になってしまう。
ついアニーの顔を凝視したまま、エマの背中をつーっと指で辿ったら、不意をつかれたエマが
「ん、ぁ・・・っ!」
と、声を上げた。

そのイロっぽい声が引き金になったように、どたーんっ!と気絶した英二が直立のまま後ろに倒れた。

「うわ、英二ーっ!」

流石に慌ててアニーを助け起こそうとしながら、エマが俺を睨みつける。


・・・ごめん。
だって、面白いんだもん。
こいつ、学習しないし・・・。


本当に、菊地英二くんは懲りない男である。



end




別名『風呂で倒れるアニーシリーズ』。判ってるよ、どうせワンパターンだよっ!
今まで書いた中でも、一番英二が不憫だ・・・。ロビン、エマとも悪役。

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