ポスター |
『くあぁー・・・』っと、デキの悪いネコみたいな欠伸をして、エマが寝起きの目を擦った。 その横ではロビンが、咥え煙草でぼけーっと窓の外を見ていた。 バスがもうすぐ目的地に着く。 俺は通路を挟んだ横の席で、ついその二人を観察してしまう。 理由は暇だから。ったく、移動の時に暇つぶしアイテムを忘れるもんじゃねぇ。 エマが起きたのに気付いて、くしゃくしゃになってるエマの後ろ髪をからかいながら、イヤホンを外した。 「ヒーセ、ヒーセ、見てよ。どうやったら居眠りでこんなに寝癖つくかなぁ」 話を振られて、エマの髪を見てみれば、確かに酷く乱れて、所々絡まってしまっている。 「なんか熟睡しちゃったんだもんー・・・」 ぶつぶつ言うエマに、俺の後ろの席からアニーが「ハイ」と鏡を手渡した。 「うわ、ホントだ。酷いや」 なんとか手櫛で治そうとしてるけど、片手では難しいらしい。 吉井が大笑いしながらも、優しい顔でそれを手伝ってやって・・・。 あー・・・なんつーか・・・。 いつもながら、見ててこっぱずかしいよなぁ、この二人って。 だって髪を治してやりながら、吉井ときたら 「ちゃんと布団で寝てると、もっと凄いよね。ぐっしゃぐしゃにしちゃってんの、この人」 とか 「大体、寝る前から暴れすぎだもん」 なんて意味深なことを言いかければ、エマもエマで 「誰のせいだよ」 なんて臆面もない応酬をする。 ったく、こんなだから、予告なしでオフショットのカメラとか入れらんねぇんだよ。 「いいもん、どうせこのあと楽屋でしっかりやるから」 「どうすんのエマさん。バス降りたらまた追っかけの子とかいるよー?」 「あ・・・そっかぁ」 「みっともないとこ見せたくないもんねー、かっこつけ」 「うるさいな。だったら俺の後ろに立ってよ。隠してよ、後ろ髪」 「いいですよ?寝乱れたエマを隠してあげましょう」 「そういう言い方すんなっ」 いい加減馴れてしまったこのいちゃつきの日常だけど、時折、こいつらすげぇなぁ・・・って思ってしまう。 ちょうど、バスが信号待ちで停まった。 ふと、窓の外を見れば、ホールが近い所為か、今回のツアーの告知ポスターがでかでかと張り出されていた。 見下すように視線を下げた、挑発的な俺たちの表情。 その中でも、吉井とエマの冷酷にさえ見える様は、殆ど――――別人。俺とアニーって、結構態度に裏表ねぇんだけど、この二人の甚だしさは筆舌に尽くしがたいものがある。 「・・・別人・・・」 ふと、俺と同じ感慨の声が聞こえて振り返ると、やっぱりアニーがポスターを眺めて呟いた。 俺たちは無言で「うんうん」と頷きあいながら、再びバスの中に視線を戻す。 「あ、吉井も寝てたでしょ、実は」 「え?ちょっとだけだよ?」 「窓のほうに肘ついて寝てたんじゃない?」 「なんでわかんの?」 「だって皺よってるもん、ここ」 「うそっ?」 こっちでは、エマが吉井の頬についた皺をつんつん指でつつきながら反逆し、吉井はエマから鏡を奪い取って顔をチェックしてる。 「うわー・・・。エマちゃん、降りるとき抱きついてていい?」 「なんでだよ。嫌だよ」 「だってそうしたら俺の顔も隠れるし、エマの寝癖も隠れるじゃん」 「余計カッコ悪いって」 「しかもファンサービスにもなっちゃうよー?お得ぅ!名案っ」 「自分がやりたいだけじゃん」 「そうそう、俺も喜ぶ。あっ!いっそ二人羽織とか」 「はははっ」 俺はポスターと現物を交互に見比べて、深い、深い溜息をついた。 「ファンの子って、夢見れていいよな・・・」 思わず呟いた独り言に、今度はアニーが「うんうん」と同調してくれた。 ホールに到着すると、やはり通用口側も追っかけのファンが取り囲んでいて、一瞬俺はヒヤっとしたけれど、吉井は帽子を押さえる仕草で巧く片頬を隠し、エマは風に乱れる髪を押さえる仕草で、巧く寝癖を誤魔化して、颯爽と衆目に姿を晒した。 その表情は、既にポスターと同じ顔つきになっている。 それでいて、いざ楽屋に入れば、また馬鹿二人に戻るのだ。打ち合わせもなしで。 ・・・・やっぱり、こいつらって・・・すげぇ。 end |
いや、当たり前と言えば、当たり前だろう。もしそうだったとしても。 |