ジャポニズム |
ライブでくたくたになったから、汗を流して早く楽になりたいと思うのに、到着した宿は想像以上にヘッポコ旅館だった。 近い将来、日本のロックシーンを背負って立としている、THE YELLOW MONKEYが本日泊まるお宿は、部屋に風呂が無いばかりか、大浴場すら無いという、民宿に毛が生えたような旅館でございます。 ああ・・・疲れた。 部屋に着くなり、おもわずごろりと横になった俺が、一瞬後に目を開けると、既にその部屋には他に誰もいなくなってた。 なんだ?今日はメンバー全員、一緒の部屋だった筈なのに・・・? 今の今まで、確かにみんないたよな? お茶とか飲んでてさ。 ふと悩んでると、襖がガラリと開いて、Tシャツに短パン、首にタオルという、如何にも風呂上りっていう風情のヒーセとアニーが現れた。 「あ、起きたか?ロビン」 「え?俺、寝てたの?」 「おう。熟睡してたからさ、先に風呂入ったぞ。ここ、二人ずつしか入れないから、お前も早く行かないと、スタッフが入れなくて困るぞ」 「そっか・・・。あれ?エマは?」 「兄貴は今行ったとこ」 俺は眠い目を擦りながら、鞄から着替えを引っ張り出して風呂場に向かった。 ・・・しっかし・・・シケてるよな。 こうして薄暗い廊下を歩いてると、さっきまでステージで喝采浴びてたのが、嘘みたいな気分になってしまう。 ギラギラにメイクして、如何にも女侍らせてるように見えるだろうになぁ・・・。 今回なんて、ホント、女っ気なし。 つまんねぇの。 脱衣所に到着すると、先に来ている筈のエマの姿は無かった。 荷物も無いところを見ると、まだ来てないのかな? まぁいいや。ヤローと一緒に風呂入ったって楽しくないし。 俺は無造作に服を脱ぎ捨て、さっさと洗い場に向かった。 意外と風呂場はキレイで、すこし広めの、和風造り。 それなりにいい風情。 まぁ、風情良くてもなんの意味もないけどね。 ふと、最近別れた恋人の顔を思い出す。 そういえば、彼女はよく「一緒に旅行行きたい」とか言ってたのに、一度もつれていってあげられなかったな・・・。今頃は、新しい男と楽しくやってんだろうか。 ともかくも、そんなことを考えながら身体を洗ってた。 この時点が、俺のそれまでの人生の最終ポイントだったことを、俺はまだ知らなかった。 カラカラと引き戸が開く音がした。 目の前の鏡越しに引き戸のほうを何気なく見て、俺は仰天した。 ―――――・・・女の子?なんでっ? 湯気に曇った鏡の中には、すらりと細身の体つきが美しい、色白の女の子が。 何でだ?と、パニクってたら、女の子が口をきいた。 「結構綺麗なお風呂だねぇ」 ―――――・・・は? 聞き慣れた声。 思わず振り返る。 女の子は・・・いや、女の子に見えたのは、エマだった・・・。 なぁんだ、エマかよ。って、確かに一瞬思ったんだよ。 でも、俺の視線は、初めて見る、エマの限りなくプライベートな姿に釘付けになった。 鏡越しでなく、直で見ても、驚くほど白くて細い体つき。 いつもは鬱陶しいほど顔にかかってる、長い髪を高い位置で結って、その後れ毛が、湯気で湿りながら、頬や首筋に散ってる。 綺麗に薄くついた筋肉は、だけど男っぽくゴツゴツしてなくて、ガリガリに痩せてるという印象を拭う効果をもたらしている。 さりげなく前を隠してるし、胸にふくらみも無いんだけど、そんなこと気にならないほど女の子に見えた。 ごくん・・・。 つい、俺は生唾を飲んだ。 飲んでから、「何考えてんの、俺」と、慌てて視線を逸らす。 びっくりした。 びっくりした。 エマってこんなだっけ? ゆ、湯気の力ってすごいなぁ。 密かにエマが身体を洗いに、隣に来るのを恐れたが、意に反し、横の浴槽のほうから水音がする。 見れば、エマは軽く湯をかぶって、そのまま湯船に入ってしまった。 ・・・あ、洗わないのか? 見た目と裏腹に男らしい仕草に、ちょっとがっかり。 がっかりと同時に、ほっとする。 ヤバイとこだった。うっかり惚れるかと思った。 だけど、シャンプーするのに目を閉じたら、さっきのエマのスラリと立ってた姿が脳裏にちらつく。 しかも脳内ではしっかり胸まであった。 「馬鹿か、俺っ!」 思わず叫んだら、湯船のほうからエマの 「何がぁ?」 っていう、柔らかい声が飛んでくる。 お風呂が気持ちいいのか、声はいつもよりトロンとしてて、今の俺には・・・まさに火に油を注ぐ感じ。 「い、いやさ、思わず熱いお湯出しちゃって・・・」 思いつきの言い訳をしながらエマのほうを向くと、エマは 「ホントだ。真っ赤」 と、俺の顔を指差して笑う。 ・・・エマさん・・・頼むから、笑いかけないで・・・。赤いのは、アナタの所為なんだから。 「吉井の背中ってさぁ、こうして見てると結構広くて男らしいね」 しかも、追い討ちがきた。 やめて、やめて。 今はそういうの言っちゃダメだから。 動揺してる間に、エマはざばっと湯船から上がって、俺の隣の洗い場にやってくる。 俺はリンスするのにかこつけて、身体を洗ってるエマを見ないように懸命に努力した。 普段無いほど長時間をかけてリンスを終えて、湯船のほうに逃げようと再び目を開けた、そのタイミングが・・・とても悪かった。いや、良かった?どっちだ? エマはちょうどシャンプーのために、結ってた髪をほどいて、左手でそれを掻き上げたところだった。 うっわ・・・色っぽい! 今度こそ、俺の身体は我慢できずに反応した。 やばっ・・・!エマに気付かれる前に逃げるんだ! 半ば泣きそうになりながら、湯船に飛び込む。 もうこのまま潜ってしまいたかった。 エマはそんな俺を気にすることなく、いい香りをさせてシャンプーを開始してる。 背中・・・。 さっきエマが俺の背中について言ってたけど、洗い場は湯船のほうからは少し斜めになってるから、確かに背中がよく見えるんだな。 エマの背中は、逆に思った以上に華奢な印象だった。 でも肌が・・・すごい滑らか。 普段ステージで絡んでも、背中って見えないから、これはかなり驚いた。 はー・・・綺麗だなぁ・・・。 しかも、いつも行儀悪いのに、何気に仕草が優雅なのね。 あっ、リンスするとき、後ろの髪を肩から前に流すんだ。ますます女の子みたい。 でも長いからな、当然かも。 ふと、同じように髪の長いアニーが、同じことしてる映像が脳裏に浮かんで、気持ち悪さのあまり、おかげさまで一瞬萎えた。 が、それも束の間。 もう一度湯船に入るべく、再び髪を結い上げるエマの姿が俺を直撃。 しかも今度は濡れ髪だから、色気倍増。 はっとして、俺は湯の中を見下ろした。 ――――――・・・ダメだ、マジで勃った。 エマが近づいてくるから逃げたいのに、出ることもできない。 背中向けたら不自然かな。 あ、それともいっそ、前から見ちゃって、男だってしっかり認識したら萎えるかも! ・・・作戦は、あっけなく無駄に終わった。 前から見ようが横から見ようが、既に俺の中で、エマは『欲情の対象』として認識されてしまったらしい。 単純だぞ、俺っ!いい加減にしろ、俺っ! せめてもの抵抗で、湯船に入ってきたエマに背中を向ける。 様子がおかしい俺に、流石にエマは怪訝そうだ。 「どうしたの?吉井。さっきから変だよ?」 変なのはエマさんのほうだーっ!なんでそんなに色っぽいのよ? 「お、男と向かい合って風呂に入る趣味ないから」 言い訳が・・・虚しい。 「そうなんだ。残念」 ――――――・・・えっ? 「なんてねー。っていうか、普通、向かい合わないんじゃない?並べばいいじゃん。広いんだし」 並べないんですっ!エマが近くに来たから、余計に身体が反応しまくってるんです!見たら引くでしょう、アナタ。流石に。 「いいの。こっち見てたいの!」 俺の返答が悲鳴じみてきた。 「変な吉井。壁が好きなの?」 そういうと、エマは「ま、いいか」と呟いた。 ほっとしたのも束の間・・・。 ぺた。 背中に、なんか感触。 恐る恐る僅かに振り返って、俺は鼻血を吹くかと思った。 エマは何を思ったのか、自分も俺に背中を向けて、俺の背中にぺたっと凭れかかっていた。 慌てて前を向きなおすと、エマの結った髪が、俺の頬のあたりに触れて、マジでシャレになんないくらいヤバいって! しかも、「壁に両手をついて・・・」なんて、舌ったらずに口ずさんでるし!しかも選曲がまずいっ。 「エ・・・エマっ!」 判ってます。 俺は直情型です。 気弱だけど、我慢できない正確です。 恋に落ちたら、一瞬です。 ほんの数分前に「うっかり惚れるかと思った」なんて考えてたけど、既に手遅れです。 殴られるのを覚悟で、抱きしめようと向き直ったのと同じタイミングで。 ざば・・・っ ――――・・・え? 「なんか、あっついからもう上がる」 言い残して、エマは可愛いお尻を俺の視線に晒したまま、脱衣所に消えていった。 俺の両腕が、虚しくぱしゃぱしゃとお湯を掻いたのは、もはや言うまでもない。 とぼとぼと俺も後を追って風呂から上がった。 が、そこでトドメが待ち受けてるとは思わなかった。 湯上りのエマは、他の奴らと違って、旅館の浴衣をさらりと羽織っていた。 大きく割れた胸元から覗く、上気したピンクの肌と、それを彩る薄紅色の乳首。 濡れた後れ毛が纏わる首筋。 オールヌードに勝るとも劣らない色香に、「日本人に生まれてよかった・・・・」なんて胸のうちで呟きながら、眩暈を感じて蹲った。 心配して俺の前にしゃがんだエマに、泣き言みたいに俺は言ってしまった。 「どうしよう・・・俺、エマさんに惚れちゃった」 エマは一瞬、面食らったような顔をしたが、怒り出すかと思った俺の予想に反して、ふわりと嬉しそうに笑うと、何も言わずに脱衣所を出て行った。 あの反応は? 俺は、受け入れられたの? それとも振られたの? それから、俺の人生は変わった。 躍起になって、エマにアタックする日々が始まることになる。 実は、既に俺に惚れてしまっていたエマが、自分を好きにならせようと、色々計算してあの入浴シーンを演出していたということを知るのは、それから数年後のこと。 温泉デートの、部屋についてるゴージャスな露天風呂で、エマを抱いてるときに、睦言としてキス交じりに告白された、衝撃の事実。 あまりの嬉しさに、いつもより激しく何回も抱いてしまって、翌朝の不機嫌なエマを宥めながら、言いようのない幸せを噛み締めた俺だった。 end |
これは吉井がオールナイトニッポンで、「エマと二人でお風呂に入ったとき、後から入ってきたエマを、女の子かと思ってドキっとした」と言っていた実話を元にしたもの。 間違えた事実も事実だが、それをまた克明に語るから、こういうサイトにこういう妄想をされるんだよ(笑) |