夜明け



☆注意☆
NOVELの「夜明けの空に月を探して」を読んでいないと、意味が判りません。ごめんなさい。



パソコンっていうのは便利なもので、作曲の役にも立つし、汚い字を晒すこともなく文章も書ける。(但し、吉井の場合は手で書いたほうが早い)
インターネットに繋げば、四苦八苦することもなく色んなことを調べられるだけの情報量がある。
但し、それは愉快なものばかりではない。
謂れのない誹謗中傷なんか、日常茶飯事。気にしなきゃいいのに、吉井はそんなの見つけては落ち込むから、俺はいつもそっとその背後から邪魔をして、気を逸らしてあげる。

が。

どうも今日は、それでも機嫌がなおらない。

後ろから抱きついた俺のほうに、ちらっと視線を送って、苦々しく
「エマさん、カズヤって誰よ」
ときた。

―――――は?

「オマエ」
「俺じゃなくて!」

いや、他にも”カズヤ”って人は沢山いると思うけど・・・

「俺、吉井しか思いつかないんだけど」

まぁ、当然でしょ?それが。
それなのに、吉井は涙目になってしまった。
一体、なんなのさ!?

「エマさん、酷いっ!俺なんか、カズヤの代理なんだ。カズヤがいなくなったから俺に靡いただけなんだ」

まったくもって、何を言ってるのか支離滅裂。
クエスチョンマークを思う存分頭の上を飛ばしながら、俺は吉井がさっきから熱心に睨みつけてるパソコンの画面を見た。

画面に、満月の絵。
そこに、つらつらと何か文章・・・小説のようなものが書いてある。
俺とか吉井の名前がいっぱい。

それを暫く眺めてて、俺ははっと気がついた。

これ、これは・・・前に、英二が「兄貴ー、こんなの見つけたよ」ってにやにやしながら教えてくれた、猫がどうとかいう名前の、邪道ファンサイトじゃないか?
キリがないから抛っておいてるけど、つい、俺もそのとき読んじゃったっけ。
あんまりな扱いに、赤くなったり青くなったりしたのを覚えてる。

カズヤって、確かこの小説に出てくる、『俺の高校時代の恋人』だっけ?吉井によく似てるっていう設定の。

「エマの浮気ものーっ!」
「吉井・・・」
「あっ!?違う、もしかして俺が浮気なんだ!」
「よし・・・」
「本命は一也で!しかも英二とまで!」
「よ・・・」
「ひどいっ!俺は必死でエマを追いかけてるのにっ!きっとアレだよ、エマってばカナダもドタキャンするんだ!」

・・・カナダ?
何の話だ?

俺は吉井が喚きながら指差してる、小説の中の、『吉井は、俺に何事もなかったかのように、二人でカナダに行こう、と言った。』という一文を読んで、本気で眩暈がした。

「根拠のない噂ならともかく、素人の書いた架空の戯言にまで動揺するな!」

俺は思いっきり吉井の後頭部を殴って、強制的にパソコンのコンセントを抜いた。
ブラック・アウトする画面を呆然と見つめながら、吉井がまだ泣きべその顔をそこに映した。

「まだ途中だったのに・・・」
「馬鹿か、オマエは」

さっさと背を向けてベッドに潜り込むと、吉井がそれについてきた。
甘えるように抱きついてきて、何度も髪にキスをしてくる。
まだしつこく動揺してるのか、笑えるほど気弱な行動。

「事務所に言いつけて、あのサイト叱ってもらおうかな・・・」

思わずそう呟くと、思いがけず吉井が反対した。

「ダメ!ハッピーエンド読むまでは」
「まだ読む気?」
「俺がどうなるのか気になるから」
「・・・・もの好きだね」

もう我慢できなくなって、吹き出しつつ、吉井のほうに向き直る。
俺が笑ってるのを見て、安心したように肩で息をついて、ぎゅっと抱きしめる、こんな可愛い男、他にいないって。

「吉井がくだらないものに熱中してるから、もう夜が明けちゃうよ」
「夜・・・夜明け?ま、まさか月出てないだろうな」
「いい加減にしろって」

・・・仕方ない。相当根が深そうだから、サービスして気を逸らすか。

俺のほうからキスをあげて、甘えた仕草で、はだけた胸に擦り寄ると、漸くいつもの吉井の顔になって、静かな夜明けの空間に衣擦れの音を響かせた。


慣れた快楽に溶けていきながら、ふと俺は考えてしまう。


本当の俺たちではない、俺たち。
架空の世界の俺たちは、今頃何をしてるんだろう。

たぶん、いっぱい・・・沢山の、俺たちが知らない俺たちっているんだろうな。
いろんな人の中に。
それらがそれぞれ、色んな恋をしてて。

(密度の濃い人生・・・っていうのかな?これも)

だけど。
残念だね。
架空の世界の俺は、吉井の顔や声は知ってても、この匂いを知らないでしょ。
吉井の鼓動を、直接知ってるのは、紛れもなく、本当の俺だけ。

ぼんやりと、幾多の空想の中の『俺』たちに、密かに勝利宣言をしながら、
俺のほうこそ、馬鹿みたい・・・
と、苦笑した。

窓の向こう、夜明けの空に月が光ってる。
それを揺れながら眺めるのはね、本当はこんなに綺麗で、暖かいんだよ。



end



自虐の最骨頂(笑)
心のどこかで、『バレてたらどうしよう』と思いながらも、それさえもネタに使ってしまった。
「本当の俺」さえも「架空の俺」だ。わはは。
きっと翌日あたり、エマは吉井がウラネコを知ったきっかけが、アニーからのタレコミメールだったと知って、殴りに行くのでしょう。
あっ、そうだ。今度は英二がウラネコ知って激怒してる話を書こう。
(それこそ本当に恐れていることだ・笑)

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