俺の靴 彼の足 桜之助 |
「……あれ…?ない…?」 持ってきたはずの靴がない。 今日は打ち合わせの前に俺だけ取材が入ってしまったので、早めにスタジオに来ていた。 「簡単に撮影も。」と言われていたので、せっかくだからお気に入りの靴で撮って貰おうと、わざわざ持って来たのに。 記憶を辿ってみる。 着いてすぐカバンから出して椅子の横に置いて…。トイレに行った後、スタッフに声掛けられてちょっと話し込んだ。 けど、たいした時間じゃなかったよなぁ。 何でなくなるんだ!? 焦って椅子の下、テーブルの下を探し回るも見つからない。 ちょっと半泣き状態。 大の男がそれくらいで、と笑うなよ!? だってエマちゃんが俺にくれた靴なんだぜ? そんな大事な靴なのに! じゃ、履いて来ればいいだろ、と言われるかもしれないが、普段履くにはまだ勿体なくて。 ……結局、見つからずに、そのままの靴で撮影してもらった。 はぁぁ…。どこにいっちゃったんだ?俺の靴。 「エマさん、おはようございます。」 「あ、おはよ〜。」 廊下からエマとスタッフの声。 エマ、もう来てたのか。珍しく早いなぁ。なんて思っていると ぱたぱたぱたっ。かぽっ。 も、もしや、その音は…? ドアを開けて廊下に出るとエマが嬉しそうに行ったり来たりしている。 「あ、見つかっちゃった。」 ぺロッと舌を出すその足元をみると、まさに俺の大事な靴。 「ああぁ〜!!俺の靴!!」 「この前吉井が履いてるの見てたら、かっこいいな〜って思って。ちょっと貸して?」 事後承諾かい。 もう〜。その靴、エマちゃんには大きすぎるでしょ? でも“かっこいい”という表現に頬が緩む。 その靴を履いた俺がかっこいいってことだよね? え?靴がかっこいいんだって? まぁいいや。 「……しょうがないなぁ。」 「何で勝手に履いてんだよ!探したんだぞ!」って怒ってもいいはずなのに、 俺ってやっぱりワガママ王子の言いなりだ。 「かぽかぽいう音も何かいいよね〜」なんて言ってるエマを「かわいい」と目を細めて見てしまう。 ♪あーるきはじめたエマちゃんが俺の革の靴履いておんもへ出たいと待っている♪ なんて童謡替え歌が頭の中を廻っている。 あぁっ、馬鹿か、俺。 そんな俺の頭の中を読んだかのように、エマがくるんと振り返って言った。 「ねぇ、外いこ!散歩したいな。アイスも買って。」 散歩ぉ?んー、打ち合わせがあるけど、まだヒーセ達も来てないし。 一時間位なら大丈夫かな。 「いいけど。じゃ、靴取り替えておいでよ。」 「いいの、いいの、このまんまで。いこ!」 ……一応俺の靴なんですけど…と思いつつも言われるがままについていく。 「エマちゃ〜ん、歩き辛くないの〜?」 「だいじょぶ、だいじょぶ。」 いい天気。確かに散歩日和。 「やった、空いてる!」 嬉しそうにブランコに座るエマ。 スタジオのすぐ裏手にある、小さな公園。 いつも窓から見てたけど、来るのは初めてだ。 幸い俺達以外誰もいない。 キィー…キィー… ゆっくり揺れるブランコの音。 あぁ、木漏れ日がきれいだな…。 何かこんな風にのんびりするのって久しぶり。ここんとこ忙しかったしな…。 「はい吉井、アイス。」「ん、ありがと。」 公園でアイスを食べてブランコ乗って。 「あ、ちょうちょ。」ひらひら飛ぶ蝶の行方を目で追って。 何を話すわけでもなく、ただ二人で時間を共有しているこの感じ。 いいな、こういうのも。 ほのぼのした時間をもっと味わっていたいけど…。 「そろそろ戻ろっか。」とエマが微笑んだ。 俺の前を歩く、ふわふわの髪と大きな靴のかぽかぽいう音が、何だかのどかな気分にさせてくれる。 ふとエマが立ち止まった。 「いたーい…。」見るとエマの踵が擦れて赤くなっている。 「あーあ、だから言ったのに。靴擦れなんてつくって…。大丈夫?バンソコ貼ろうか?」 って、俺、絆創膏なんて持ってねーじゃん。 「いい。こうして歩いてくから。」 靴の踵を踏み潰し、中途半端な履き方で歩き出すエマ。 ずるっぺたっ、ずるっぺたっ。 あぁ…靴が痛むじゃん…。それにめちゃめちゃ歩き辛そうだよ? 小走りで前に出て「ほら、おんぶしてあげるから。」としゃがんで背中を差し出す。 「………。」 「ほーら、エマちゃんてば。」 「………。」 おんぶなんてかっこ悪いとか思ってんのかなぁ…。 「はいっ。」改めて背中を差し出す。 「…………だっこがいい…。」 「いいよ。」笑ってエマを抱き上げる。 「かわいいね、エマさん。ワガママ王子っ。」 胸元から聞こえるくすくすという笑い声に幸せを感じつつスタジオに戻ると、 「いよっ。お二人さん、お帰り。公園デートなんて、珍しく健全じゃねぇか。」 とヒーセが声をかけてきた。 あぁ〜…見られてたか…。 「あはは、そうだよねー。結構いいもんだよね。これからずっと健全でいこうか?」 なんて笑って言うエマ。 「そ、そんなっ。不健全でもお願いします!」焦る俺。 「ところで何でだっこちゃん状態なんだ?」と呆れ顔でヒーセが言った。 するとエマは「あぁ、吉井、もう降ろして。」と言いつつ、するっと自分から降りてしまった。 「ここ。靴擦れ出来ちゃったんだぁ…。」とヒーセに踵を見せている。 「あ、ほら、薬と絆創膏つけなきゃ。」 俺が慌てて言うと、ヒーセが笑って言った。 「そんなん舐めときゃ治るよ!」 「さーて打ち合わせすんぞー!」と言いながらヒーセが去った後、 俺はしゃがみこんでエマの足をつかんだ。 「な、なに!?」 「いや、治療を…。」 「は?」「いや、ヒーセが『舐めときゃ治る』って言ったじゃん?」 「……ばかっ。」 遠くから「兄貴ー。始めるよー!ロビンも早く来てよぉ。」とアニーの声。ちっ、邪魔しやがって。 「うん、今行くー。…ほら、吉井。皆待ってるから、行こうよ。」 「ちぇっ。」 しゃがみこんだままの俺に、エマはくすっと笑って耳元で囁いた。 「……治療は今夜して?ね?」 気を抜けばすぐに緩んでしまいそうな顔を何とかしつつ、打ち合わせを済ませ、帰ってきた二人の部屋。 俺は既にベッドの上。濡れ髪をタオルで拭いているエマを待っている。 「ほら、今夜はいっぱい抱っこしてあげるよ。」とおどけたら、 「うん、俺おんぶより抱っこの方が好き。」なんてくすくす笑いながら歩いてくる。 可愛い可愛いエマさん。 抱きしめて軽く唇をあわせる。 いつもならその後、首筋や胸元に行くんだけど、今日は別。 約束の“治療”をしてあげなくちゃね? 靴擦れで少し赤くなった踵に、ちゅっと音を立ててくちづける。 「あ…っ」 「…まだ痛い…?」 「ん…ちょっとヒリヒリする。」 「俺が治してあげるよ。」 「…うん。」 優しく踵を舐めて、そのまま舌を足全体に這わせていく。 扁平なのを気にしている足の裏。 ちょっと外反母趾ぎみの指。 細くて綺麗な足首。 こんなに足に集中して愛撫するのは初めてかも。 そんな事を思ったら止まらなくなった。 「…や…、吉井…いやだ…。」 「…足やられるの、嫌?」 「ううん…でも……そこばっかりじゃ…いや…。」 甘い囁きにつられて、俺の舌はするすると上っていく。 そして内腿にたどり着くと、少し間を置いてから深くくちづけた。 「…ん……。」エマが小さく身を震わせる。 顔を上げると、潤んだ瞳と赤い唇が俺を呼んだ。 「…吉井…。」 「…エマ、愛してる…。」 俺はもう一度その唇に向かった。今度は強く、深く…。 俺の胸の上でエマが小さく呼吸している。 「…吉井、今日、靴ごめんね…。」 「何、気にしてたの?いいよ、別に怒ってないよ?……でももう貸してあげない。」 「…怒ってんじゃん…。」 エマが俯く。 俺は柔らかい髪を撫でながら笑って言った。 「怒ってないよ。ただあの靴、俺すごく気に入ってるからさ。 エマがくれたのだから、大事に履きたいんだ。エマに貸したくないわけじゃないよ? でもさ、また靴擦れ出来たらかわいそうだな、って思って。」 「…吉井…。」 エマが微笑んだ。 「でも何で履いてたの?」 「…なんとなく…。せっかく早く着いたのに吉井いないんだもん。暇でさ。 ふと見たらあの靴があったから。」 「…で、なんとなーく履いたの?」 「そう。」 この人って…; 「そういえば、何で今日は集合時間より早く来たの?珍しいよね?」 「別に…。なんとなく。」 また なんとなく、なの? 「…エマちゃん、ホントの事言いなさーい。」 頬を両手で挟んで、じっと目を見つめる。 「……早く目が覚めたから…。」 そんな事、この人にはありえない! 「ほ、ホントっ!?」笑いながら言うと、「ほんとだもん…。」とエマは怒ったように呟いた。 「……だって、ここんとこずっと仕事別々で会えなかったじゃん…。 でも久しぶりに吉井に会えるって思ったら早く目が覚めたんだよ。 たかだか一週間ちょっと会えなかった位でって、自分で笑っちゃったけどさ。」 そう言って微笑むエマの顔を見て、俺は自分の瞳が潤んでいるのに気がついた。 「……一週間も、だよ。俺だってすごく会いたかったよ、エマ。」 きゅっと抱きしめて繰り返す。 「会いたかった。大好きだよ、エマ。愛してる。」 「………うん…。」 そのまま事を続けようとした俺の耳に入ってきたのはスースーという穏やかな寝息。 おいおい、エマちゃん!そりゃないでしょ!? …そっか、今日早起きしちゃったんだよな、この人…。 さっきはその事にすごく喜んだのに、今はかなりがっかりしている。 ま、いいか。続きはまた明日の朝。 あ、そうだ、忘れてた。 ベッドからそっと抜け出した俺は、バッグから靴を取り出し、玄関に置いた。 エマが踏みつぶした踵部分に皺が寄っている。 「しょうがないなぁ。」 小さく笑いながら手を洗い、愛する人の眠るベッドに戻る。 明日この靴を見たらなんて言うだろう、なんて想像しながら、 俺はかわいい頬にキスして目を閉じた。 |
おしまい。 |
後記 仕事中、カウンターでボーッとしてる私の前で起こった事。 4歳位の女の子。サンダル履いて来たら靴擦れが出来ちゃったらしく、痛がってる。 「いたーい…。」その声に気がついたお父さん、「大丈夫?バンソコ貼ろうか?」と声をかける。 すると彼女、「いい。こうして歩いてくから…。」と中途半端にサンダルを履き直している。めちゃめちゃ歩きづらそう。 お父さんもそう思ったのか、「ほら。おんぶしてあげるから。」 彼女、少し間をおいて、「…………だっこがいい…。」 「いいよ。」軽々と抱き上げて歩いていくお父さん。 その肩越しから見える彼女の顔。にっこり笑って嬉しそう。 でも雰囲気的に(ほら、私の言うことは何でもきいてくれるのよ。)って言葉が似合いそうな、とても4歳位とは思えない魔性の女の笑顔でした…。 あまりの彼女の上手さに、びっくりしつつ笑っちゃったんだけど、 ふと彼女がロビエマのエマちっくだなーと思って、その後仕事中だというのに、想像しまくってにやにやしちゃってました。 そんな感じで実際に目にした父娘の光景をロビエマに変え、前後脚色しつつ、書いてしまいました。 当初は公園でパパに抱っこされる女の子を目にし、それに影響されたエマちゃんが「だっこして」発言をするという形でした。 「たて抱きは無理だよ(笑)」などというロビンちゃんのセリフも考えていたのですが、 見方によっては、エマちゃんにとって酷な内容に捉えられそうだと思い、やめました。 エマちゃんには幸せでいて欲しいですから。 でもエマちゃんはこんな甘えん坊さんじゃないですよね; 私的に普段は、[だだっこ坊やの吉井くんを、エマさんがしょうがないなぁって甘えさせてる]イメージを持ってるんですけど。 今回はちょっと逆にしてしまいました。 靴に関してはえままさんが書いたSSの『新しい靴』『ジャンプ!』からの影響も含んだ感じになってしまいました。すみません。 吉井くんの靴をエマちゃんが履くというのは、靴擦れを作らせる為の苦肉の策、なんです。 絡み部分はかなり薄味で;どうも照れがあって書くの苦手なんです。ごめんなさい。 でもエマちゃんの特徴ある足のお陰で、表現部分が救われました(笑)。 |