0916
by 絵巻



『え?俺と英二は、呼ばれないの?なんで、ロビンとヒーセだけ?』

エマは、半ばキレ気味にマネージャーに当たった。
毎年9月16日に行なわれるマークボラン追悼ライブの出演者をめぐって、のことだ。

マークボラン追悼ライブ、と一口にいっても、実は日本各地でいろいろな人が主催している。
今までは、ティラノザウルスが主催していたライブに、バンドとして参加していた。
ところが、昨年、ティラノザウルスが、バンドを活動休止するに伴い、追悼ライブの主催を降りてしまい、それを聞きつけたマルコシアスバンプが、自分たちの主催するイベントに出ないかと声を掛けてきたのだ。
但し、バンドではなく、ロビンとヒーセに・・・

「しょうがないですよ、だって、マルコシは、ちゃんとメンバー揃ってるんだからドラムは必要ないでしょ。それに、今回はギタリストがいっぱいゲスト出演するらしいんですよ・・・ほら、秋間さんだってギター弾くし。だから、エマさん、今回はすいませんけど。」
と平謝りのマネージャー。
『だったら、ヒーセだっていらないじゃん、マルコシの佐藤くんいるんだから』

あらあら。珍しいこと、こんなにお怒りなんて。ヒーセが聞いてたら怒りそうなことまでつい口に出してしまって、、、
でも実は、エマは、そこまでキレるほど、この追悼ライブに出たい、という訳ではなかった。
正直なところ、マークボラン、というかグラムロックにはそんなに思い入れはないのだ。
ボウイとミックロンソンは別。特に、ミックロンソンは、吉井に教えてもらって聴いたら、すごくよくて、ハマってしまったくらいだけど。

それはともかく、この時から、エマの中では・・・
何だか、虫の知らせ、というか、胸騒ぎがしていたのだ・・・

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追悼ライブの前日。というか、当日。
吉井は、追悼ライブの前日リハを終えて、2人の愛の巣に帰ってきた、ものすごくベロベロに酔っぱらって。

「エマぁ、ただいま〜、吉井和哉!ただいま帰宅いたしました!」

『吉井?遅かったね。午前様ですよ!まったく。飲んできたんでしょ』

「すいません。だって、リハの後、即帰りますって訳にはいかないでしょ?それにさー、他の人、まだ飲んでたんだよぉ?秋間くんとか、ヒーセもまだいたよ。でも俺はぁ〜、帰ってきたのぉ〜。エマが寂しがってると思ったからぁ。。。。。」

『じゃあ、今、ここで、俺を犯して』

「え??エマさん、今日はどしたの?いつもは自分から誘ってこないのに・・・そんなに欲求不満だったの??俺たち、昨日もいっぱい、したじゃない?ごめん、、、今日疲れちゃったの・・・今日は勘弁してくれないかな・・・この償いは、明日、えーと、ライブが終わってから、たーくさんするからさ・・・ちょっと寝かせてくれないかな・・・・・zzzzz」

と吉井は、玄関先で、エマのひざの上で寝息を立て始めた。
『ちょっとぉー、吉井?』

こんなことは、実は日常茶飯事だった。
いつものエマだったら、「しょうがないな〜」とかいいつつ、大きなカラダの吉井をベッドまで運んであげて、添い寝してあげるのだが、今日は、『もう、しーらないっ』と言って、吉井をその場に置き去りにしてしまった。

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吉井が目を覚ましたのは、本番当日の直前リハが始まる30分前だった。
「あれ?俺、どこで寝てたんだ、、、ちょっとー?エマさんー?どこ?なんで起こしてくれないの?ってか、なんで、俺だけ、こんなところで寝てるんだよー?ひどいよお、エマさーん。」

吉井は、エマの機嫌が昨日から悪かったことをすっかり忘れていた。
すると、リビングのほうから、ぷ〜ん、という臭い匂いが・・・・・
「おえっ、くさいっ!!!!」
・・・・エマは、ひとり黙々とお手製納豆トーストを食べていた。

「ちょっとぉ〜、エマさんっ!!どして、嫌がらせすんの?俺がいる前で納豆トースト食べない、って約束したじゃん??おえー。つうか、俺、二日酔いなんですけど・・・」
『・・・・・・・』
「エマさん?返事くらいしなよ」

『だって、吉井が俺のこと犯してくれなかった』

「あ、、思い出した・・・そうだった。ごめんごめん。だからね、それは今日帰ってきてからでいいでしょ?あんまり無茶言わないでよ、姫。もうリハの時間だからさ、俺、行くね。」

とりあえず、昨日のまんまだった服と下着だけ新しいものに替えて、自分の酒臭さを香水でごまかし、玄関先で靴のヒモを結んでいる吉井のところに、エマが、納豆トーストを口にくわえて近寄ってきた。

『今日のライブ、見に行ってもいい??俺、車で行くから。ライブ終わったら、一緒に帰ろ。』

一瞬の沈黙。
「・・・・・・
エマさん、今日のライブさあ、すっっげー、つまんないからさ。見に来なくていいよ。だって、俺、2曲しか歌わないから。それに、エマさん、T-REXとか別に好きじゃないでしょ。昨日、ていうか、今日は、悪かった。そんなにエマさんが寂しい思いしてるなんて思ってなかったから。今日は、打ち上げ出ないで、まっすぐ、家に帰ってくるから。エマさんがしてほしいこと、全部してあげるから。だから、いい子で待ってて。ね?あ、俺、たまにはエマさんのカレー、食べたいな〜。作っておいてよ。じゃあね!」

そう言って、靴ひもを結び終えると同時に、吉井は、玄関から飛び出していった。

『・・・・・(カレーなんか作るか!バカ)』
いつもだったら、どんなに短い時間のライブ出演でも、自分の晴れ姿を見せたがるのに。

な〜んか、、、、あやしい、、、、

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それから、数時間後。
エマは、無意識のうちに、ライブ会場に来ていた。
何だか、足が(というか車が)勝手にライブ会場に向かってしまったのだ。
エマは、関係者として入場しても全く問題のない立場にあった。楽屋にも入ろうと思えば入れた。
しかし、エマは、敢えて、当日券を買って、一般客として会場に入った。虫が何かを知らせた。

ライブが始まった。
とりあえず、マルコシのメンバーだけで、T-REXのカバーが演奏される。まあこれはおきまりな感じ。
自分がギターであるせいか、やっぱり、ギターに目がいってしまう。
『ふーん、俺が出す音とちょっと違うよな〜、俺だったら、もっと、こう弾くかも・・・』
などと、ひとりごちりながら、人気の少ない後ろのほうで、ジントニックを喉の奥に流し込む。

と、そこに、ゲストの吉井とヒーセが登場。
『ははは、アイツ、マルコシのファン、こえーって言ってたもんな、なんかビビってるよ』
演奏した曲は、なぜか、デビットボウイの「suffragette city」だった。
この曲は、エマもインディーズ時代から演奏しているおなじみの曲である。
吉井とヒーセは、マルコシのメンバーをバックに、とりあえずこの1曲を難なくこなし、またステージ裏に戻っていった。

『なんだ、吉井も、いつもと同じ調子だし、やっぱり吉井が言ってたようにわざわざ見に来るほどのこともなかったかな・・・』
と、エマは、ライブに来たことをちょっと後悔しはじめた。
『まあ、でもせっかく、自腹で金払って来たんだし、吉井には車で迎えに行くっていっちゃったし・・・最後まで見てくか』
と、ジントニックをおかわりした。

吉井が言っていた「2曲」のうち、もう1曲とは、最後のアンコール曲のことであった。
「20th Century Boy」
まあ、これも、おきまりな曲。エマもいろいろなところで何回となく演奏してきた。
今日のゲストが総登場し、ボーカリストたちが次々に歌い回す。吉井も、歌の一節をひとりで歌う。
そして、クライマックス。ステージ上は、もう狂喜乱舞。
マイクスタンドを振り回す人、楽器を投げつける人、客席に飛び込まんばかりの人。
ヒーセとマルコシの佐藤は、ダブルベース、しかも、2人ともアクの強い個性派なだけに、音はものすごくぶつかってるんだけど、いつもヒーセとエマが向かい合って演奏するみたいに、仲良さげに意気投合している。

『ヒーセ、楽しそうだな』
おっと・・・そういえば・・・

『あれ?吉井、どこ?』
・・・・・・

エマは、今日、普段はめったにかけない度付きのサングラスをかけてきていた。

そのエマが、客席の最後列から見たステージ上には・・・・・・

吉井が・・・・
しゃがんで、マルコシの秋間のギターに、マイクフェラをしていたのだ・・・・
そう、あの「SUCK OF LIFE」の絡みと同じことを、吉井が
エマではなく、秋間に対して・・・

『アイツ・・・・・・・だから、見に来なくていいって、言ったんだな・・・:』

エマは、もう訳が分からなくなって、残っていた酒を一気に飲み干し、テーブルの上に、グラスをガチャンと置くと、外へ出ていった。

「あれ?エマ?」
そして、ものすごい剣幕で客席を出て行くエマを、ヒーセが、ステージ上から目撃していた。
客席なんて全く見ていない吉井は、エマの姿に気付くはずもなかった。

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ライブ終了後。
結局、お人好しな吉井は、主催者の秋間のたっての誘いを断れず、エマに罪悪感を感じつつも、打ち上げ会場に来てしまっていた。
秋間は、開口一番、吉井にこう言った。
「いやあ〜、吉井くん、あれ、面白かったね〜。通称「サック」っていうの?うちのバンドのファンの子、あんなの見たことないからびっくりしてたと思うよ〜。それに、なんか、やってるほうも、気持ちいいねえ〜。いや、俺、別にそういう趣味はないけどね、言っておくけど」
「俺だって、そんな趣味ないっすよ。ははは」
吉井の顔は相当ひきつっていた。

秋間と吉井が絡むことが決まったのは、前日のリハーサル時だった。
話を持ちかけてきたのは、秋間のほう。
エマと吉井がライブで絡んでいるのを、以前に見たことがあって、自分もちょっとやってみたいと思ったらしい。
でも、秋間もさすがに大人なので、エマと吉井の間に、仕事上の付き合いでは済まされない、タダならぬ雰囲気が漂っていることは薄々感じていた。
そして、吉井も、秋間の誘いを断ろうと思っていたのだが、秋間に
「エマいないんだから、いいだろ?仕事だよ、仕事。客のためだと思ってさ」
と、半ば脅され、仕方なく引き受けたのだった。
吉井としては、好きでもない相手とヤるのは本当に嫌だったのだが、これも仕事のうちなのかな、、、と半ばあきらめの境地に立っていたのだった。

そこに、ヒーセが現れた。
「秋間くん、おつかれっすー。今日は呼んでくれてありがとうね。楽しかったよ。
おっ、ロビンもお疲れ。おい、そういやさあ、お前、今日、エマ呼んだのか?」

「え?いや、呼んでない。別に来なくていい、って言ったから来てないと思うけど・・・
それに、来てたら、楽屋来るだろうし、関係者名簿見れば分かるだろ。」
「あっそう?それがよー、アンコールん時、エマそっくりなヤツ見かけたんだけどよう、客席で。グラサンかけて、なんか、パーマがかった、長髪の野郎。あれ、どう見てもエマだと思うけどなあ。。。そっか、名簿に名前残ってなかったか。」

吉井の血の気が引いた。
「ヒーセ、、、、で、その人、どうしたの?」
「ん?なんか、曲の途中で、出てっちゃったみたいだぞ、なんか怒ってたみたいだったけどな。確かに、いつものエマとはちょっと違う感じだったな、殺気立ってて。じゃあ、おいらの見間違いだったかな・・・って、、おい!吉井!どこ行くんだよ、ったく〜ごめんねえ、秋間くん。アイツ、無礼なヤツで。」

事態を瞬時に把握した秋間は、何も知らないヒーセの前で苦笑いしていた。

後悔先に立たず。
「やっぱり、秋間くんの誘いになんか乗るんじゃなかった・・・・はあ〜」
吉井は、心の中でブツクサつぶやきながら、タクシーを拾い、
「運転手さん、できるだけ急いでください」と言って、いつもの家に向かった。

「エマ〜!ただいま!ごめん!ほんとごめん!」
と、玄関のドアを開けたが、室内には、人の気配はなかった。
エマがいつも履くお気に入りのドクターマーチンもなかった。
その代わり、風呂場から、ザーーという、シャワーの音だけが聞こえてきた。
・・・・・・・
もしかして?もしかして?え?エマ?????
吉井の頭の中には、最悪の事態がよぎっていた。
ちょっと、、、どうして??エマ。ごめん。どうして、こんなことになっちゃうんだよ。
あ〜、やっぱり、エマに正直に喋っておくべきだった。
じゃなかったら、俺がちゃんと秋間くんの誘いを断るべきだったんだ。
どうしてそんな簡単なことが俺には出来なかったんだろう。
こんなばかげたことで、俺は最愛の人を失うことになるなんて・・・しかも今日は9月16日だぜ。
なんてことだ・・・・

と、風呂場の扉をあけると

そこには誰もいなかった。

「なんだよ、シャワー止め忘れてったのかよ・・・エマったらまったく」

じゃあ
エマはどこに行ったの?もしかして、飛び降りとか???

その時。
ガチャッ

玄関扉が開いた。
「わ〜〜!!!エマの幽霊だあ〜!!」
と腰を抜かす吉井。

『なんだよ。帰るなり、人のこと、幽霊呼ばわりすんの?』

エマは生きていた。

「エマさん、あっ・・お帰りなさい。え・・と・・どこ行ってたの?俺、ライブ終わってから、まっすぐ家に帰ってきたのに、エマさんったら、いないんだもん・・・」

まっすぐ、というのはウソだが。

『ライブだよ!!おまえのライブ!!!見に行ってやったの。自腹でね!』

あ〜・・・やっぱり・・・・・・ていうか、明らかに怒ってます、エマさん・・・・
「な、なんで、自腹で??それに見に来たんなら、楽屋、来てくれればよかったのに・・・
あ?れ?なんで、俺のほうが早く、家に着いたの?どっか寄り道でもしてきたのかなっ??」

『・・・・・・・』

「エマ?え???どうしたの?」

エマは、その場にしゃがみ込んでしまった。と同時に、目に浮かべていたらしき涙が一筋、床の上に零れ落ちた。
それを見た吉井は、エマに正直に白状することを決めた。

「ごめんっ!エマ!あの、、、、見ちゃったんでしょ?秋間くんとのサック。あれさあ、俺がやろうって言いだしたんじゃなくて、秋間くんがファンのためにおもしろ半分でやろうって言うから仕方なくさあ・・・・ほんと、ごめん。だって、エマ、見たでしょ?俺、すごい、つまんなそうだったでしょ?別に秋間くんにキスとかしてないし。ていうか、全然違うの、秋間くんじゃ。やっぱり、俺、エマさんじゃなきゃ、ダメなの。だから、、その、、、、、、、ほんと、ごめんなさい。あの・・・だから、許してください、、エマさん!もうこんなこと二度といたしませんっ!」
と必死の弁解・・・すると・・・

『チュウ・・・・』

「え?何?エマさん。聞こえない」

『チュウ・・・』

「チュウ?あ、チュウしてくれって?はいっ!もう、今日は、お姫様の言うことは何でもしますから・・・・だから泣かないで、お願い。」

と、吉井は、エマの頬に顔を寄せ、キスをしようとした、その時。

『駐・・・・禁・・・・とられた』

「へ?」

『駐禁、今まで一度もとられたことないのに、とられた。しかも、車、レッカーされちゃったの・・・・俺のポルシェがあ〜。傷でもつけられてたらどうすんだよ〜 吉井のバカー』

「それで、車は??」

『持ってた金、ライブのチケット代と酒代で使っちゃったから、なくて、、銀行のキャッシュカードも持ってきてなくて、、それで、お金取りに、家戻ってきたの・・・・』

と、機関銃のように、エマが、言葉を発しだした。

『もう〜っ!!!!それもこれも全部、吉井のせい!分かってる?ポルシェに傷ついてたら、同じの探してもらって、弁償してもらうからね?』

なんだ・・・・エマ、別にサックのこと、気にしてなかったのか、俺の取り越し苦労でしたか?
ていうか、余計なこと言っちゃったかしら・・・しかもアナタが持ってるのと同じポルシェなんて世の中にないじゃん。
と・に・か・く、エマの機嫌をとらなければ・・・・
「そんなのお安いご用ですよ!そんなんで、エマが許してくれるなら、俺はそれで満足!」

吉井は、エマの頬を伝う涙の雫を、舌先でペロリと拭った。
「それよりも、、、、俺は、アナタにもっと償いたいことがあるんだけどな〜」

吉井は、靴を履いたままのエマをひょいと抱え上げ、ベッドまで連れて行った。
『ちょっ、、吉井!早く、車、取りに行きたいんだけど』
「やだ。償いをさせてください、お姫様」
『お前、いくら、秋間くんとのサックが不満だったからって、俺をストレス発散に使うなよ・・・・』

「エマさん、もう、俺がエマさん以外の人と、あんなことしないように、俺を縛ってください。」

吉井のその一言で、なぜか、エマには、サディスティックな気持ちがわき上がった。

『吉井さ、今、俺の言うこと、何でも聞くって言ったよね?』
「うん」

『じゃあ、俺と死のうよ、一緒に首を絞め合って』

「え?ちょっと、エマさん・・・・本気で言ってんの?」

『お前だけ死ねって言ってるんじゃないよ、一緒に死のうって言ってるの。一緒に死ねば、仮に天国じゃなくても、地獄の果てまでだったとしても、俺たち一緒にいられる。そうでしょ?ほら、それに、今日死んだら、マークボランと同じ命日になるし。俺たちも来年から一緒に追悼してもらおう。ねっ?』

と、エマは、吉井の首に両手を回し、10本の指の1本1本を、浮き上がる血管に沿わせた。

「ちょっとっ・・・やだ、エマさん。やだよ、俺。いくら、俺が♪地獄の果てまで♪とかって歌詞書いてるからって。俺、やだよ、そんなの。俺、死にたくない・・・・・エマさんにも死んでほしくない・・・・・そんなに簡単に死ぬとか言わないで・・・」

その瞬間、エマは、しまったと思った。吉井の死んだオヤジのことを思い出させてしまったらしい。
ちょっと調子に乗りすぎた。

エマは、首に回していた両手をそっと背中に回し替え、吉井を自分の胸にふわりと抱き寄せ、耳元で囁いた。

『吉井・・・ごめん・・・嘘だよ、嘘。でもさ、もとはと言えば、吉井が変に今日のこと黙ってたのがいけないんだからね。どうして、本当のこと、喋ってくれなかったの?俺があんなところ見て、嫉妬するとでも思った?』

エマの言葉を聞いて、吉井のさっきまでの異様なまでの昂ぶりも落ち着きだした。
まるでさっきのは嘘だよ〜とでもいわんばかりに、吉井はニヤニヤしながら、今度は吉井がエマを逆にぎゅうっと抱きしめ、エマの胸元に額をくっつけた。
「うん。だって、エマさん、コワイもん。巷では、恐妻家って言われてるんだぜ。」
『うそ、まじ?誰だよそんなこと言うの、ヒーセくらいだろ?』
「ふふふ。でもね、エマさん、なんか俺、不謹慎なこと言うかもしんないけど、浮気するのもたまにはいいのかも、ってちょっと思っちゃったなっ!」
『はあ?何だよそれ。つうか、お前、やっぱ、秋間くんとその気があったんじゃん』
「そうじゃなくてー、あのねぇ、浮気したからこそ、やっぱり、俺にはエマさんしかいない、俺が好きなのはエマさんだ、ってものすごく実感できたの。それって浮気しないと分かんないものなんじゃないかなあ、って。」

エマは何となく、口の上手い吉井オオカミ少年に騙されている感じがした。

『ん???それって、お前の浮気を俺が容認しろっていう意味?』

すると吉井は、
「うーん、そういうことじゃないけど、、、なんていうかなあ、、やっぱ、どうしても2人きりでいると、この2人でいること自体が不思議に思えてくる瞬間があるっていうか。あれ?俺、なんで今この人と一緒にいるんだ?って、まるで瞬間的に記憶喪失になったみたいになっちゃうの。でも、周りをぱって見渡すと、ああ、やっぱり、俺はこの人が好きで、だから一緒にいるんだって実感できるの。わかる??」

なんか分かるような分からないような、、、こういうとこ、吉井って不思議だよな、、でも・・・・

『やだ・・・やっぱり、浮気しちゃだめ。俺は、一生、吉井の一番でいられる自信なんてない。お前が浮気する度に、お前は俺と浮気相手を比較する。そして、優劣をつける。お前が、一生、俺を勝たせてくれる保証なんてどこにもないでしょ?俺に勝る相手が現れちゃったら、吉井、そいつんとこ行くの?俺はどうなるの?』
エマの声はだんだんと震え、小さくなっていった。

しかし、エマの不安な気持ちとは裏腹に、吉井は、内心すごく嬉しくなっていた。
浮気相手に嫉妬するエマ、吉井を誰にも渡したくないと思うエマ、そして、
自信はないけど一生、吉井の一番であり続けたいと願うエマ。
自分の願望に過ぎない、と思っていたはずのエマがそこに本当に実在していたから。
吉井は、今まで、吉井のエマに対する思いと、エマの吉井に対する思いのバランスは、傾いている、と思いこんでいた。そう、自分のエマに対する思いのほうが重すぎる、って思いこんできた。だって、エマは普段、本心を喋らないから。だから、自分の気持ちをちょっと抑える時もあった。バランスと平静を保つために。

でも、どうやら、それは思い過ごしだったらしい。
俺のことをこんなに愛してくれている人がここにいる。また今にも泣き出しそうなエマ。
恋人をこんな風に追いつめてしまった自分の安易な発言を吉井は悔いた。

「わかったっ!!!エマさん、よぉーーーーく、わかった!!もう浮気なんてしない、絶対しない、それが仕事であっても絶対しない。だから俺のこと、ずっと愛してください。お願いします。」

・・・最初から、そう言っておきゃあ、、ここまで話は長引かなかったんだが・・・

と、言ってる間に、2人の体は、1つに重なっていた。そして、長い長いディープなキス。
何だか今日は、エマが珍しく積極的で、エマのほうから、吉井のシャツのボタンを1つずつ外し始め、エマの舌が、まるでは虫類のそれのようにチリチリと、吉井の口元から、首筋、胸元、というように順番に辿っていった。

その時・・・・
「あっ!!!思い出した。エマさん!車!!取りに行かなくていいの??警察で駐車料金いっぱいとられちゃうよ」

『ん?あの車?もういらない〜。だって、さっき、吉井、新しい車買ってくれるっていったじゃんっ!それより、今、償いの真っ最中ですよ、爺や。私語は慎みなさい。』

「ええ??俺、爺やかよ・・・まあ、いっか・・・・・」




end