☆☆新刊「ごみを拾う犬 
     もも子のねがい」 ☆☆

★ 2008年(平成20年)12月初旬「もも子のねがい」の本がハート出版より発行されます。
 前作「ごみを拾う犬 もも子」は多くの方々に愛読され、感動を巻き起こしました。 ごみを拾い続けたもも子からの{最後のメッセージ}です。


目次
 
 もも子のあしあと
 もも子、本になる
 もも子の仲間たち
 一本のペットボトル
 すぐ戻るからね、もも子
 「もも子、もも子」
 さようなら、もも子
 お別れ会
 もも子、テレビでよみがえる
 テレビの反響
 二つの後悔
 いつか、また会える
 
 おわりに

 


 “さようなら、もも子”
  13歳5ヶ月永眠


全国に感動の嵐を巻き起こした 
  
“もも子の最後のメッセージ”

 1ページから16ページの「もも子のあしあと」には、たくさんのカラー写真が掲載されております。
 
「もも子のあしあと」より
 もも子は十三年前の夏の日、生まれたばかりの子犬のときに、蟠龍寺というお寺にもらわれてきました。飼主は住職の中野英明さん。
 その姿が「桃の花のように可憐で愛くるしい」ということで、“もも子”と名づけられました。
 住職さんは、北上高地の最高峰・早池峰山で、山に捨ててあるごみを拾い続けている青年に出会いました。
 山を愛する青年の姿に感動した住職さんは、さっそく自分も北上川のごみを拾う活動を始めます。
 もも子と散歩中、住職さんがごみを拾おうとして川に落ちてしまいました。もも子は住職さんを助けるために、川に飛び込んだのです。
 それ以来、もも子は住職さんと一緒にごみを拾うようになりました。
 “ごみを拾う犬”の誕生です。
 そんなもも子の活動は、マスコミの目にとまり、テレビや新聞で報道されました。
 また、紫波町が「ポイ捨て禁止条例」を制定するきっかけにもなりました。一匹の犬が町を動かしたのです。
 もも子はごみ拾いだけでなく、ふれあい活動などのボランティアにも大活躍しています。
 マスコミで有名になり、しかも人なつっこいもも子は誰からも大人気。
 しかし、乳がんの手術をして以来、もも子はめっきりおとろえ、毎日の散歩と食事以外は寝ていることが多くなりました。
 ごみも、道に落ちているものについては、散歩のときに拾ってくるのですが、以前のように川に入ってごみを拾うということはできなくなってしまったのです。

「おわりに」より抜粋
 平成18年11月12日、もも子は13歳5ヶ月の命を燃やし尽くしました。いま思うと、その年の8月に本「ごみを拾う犬もも子」が出版されたのを見届けたからなのかもしれません。
 それから2年経った現在も、お参りに来られる方が大勢いらっしゃいます。多くの方々の心に今も生き続けているもも子。まぶたを閉じると、さまざまな思い出が走馬燈のようによみがえってきます。
 私は、もも子が我が家にやって来る前から、早池峰山で会ったごみを拾う青年に感銘を受け、犬を散歩させながら、土手や河原のごみを拾っていたのですが、もも子が生後10ヶ月のある日、私が川の中ほどを流れていたごみを取ろうとして、誤って川に落ちてしまったのです。そのとき、もも子が川に飛び込み、そのごみを回収しました。それが、以来10年以上も続くことになる“もも子と私の二人三脚のごみ拾い”のはじまりでした。
 ポイ捨てされたガラスびんで足をケガしたり、大雨で濁流と化した川に入って下流まで流されたこともありましたが、それでも、もも子はひたすらにごみを拾い続けたのです。
 しかし、拾っても拾っても、ごみはなくなりません。やっときれいになったと思ったら、雨で川が増水し、水が引いた後の河原には大量のごみが漂着し、岸辺の木々にはビニール類などのごみが引っ掛かっていたのでした。
そんな現実を何回も目のあたりにすると、
 「もう、無駄なことはやめよう」
 そう思ったこともありました。
 でも、もも子は私のそんな心の迷いを見透かしたかのように、ただただ、ひたすらに拾い続けたのでした。むしろ、私がもも子に励まされ、ごみ拾いを続けていたのかもしれません。
 振り返って見ると、もも子は私を喜ばせるために、ごみを拾っていたのではなく、生きとし生ける仲間たちがごみで苦しむのを、ただ、だまって見過ごすことができずにごみを拾っていたようにさえ思うのです。
 
 私は、もも子がごみ拾いする気持ちを代弁して、新聞に投稿しました。

【私はもも子。一才のメス犬です。主人は毎朝夕、欠かさず近くの川に散歩に連れて行ってくれます。そこは、とても景色がよく、私のお気に入りのところですが、残念なことにごみが多いのです。
 私は川を流れてくるごみを見つけると、泳いで口にくわえ、主人に運んで行きます。ビニール類、ビン、カン、紙おむつなど様々なごみが流れてきます。私は字が読めないので、危険な農薬の入っていた容器を知らないでくわえてくることもあります。ガラスの破片で足をケガしたこともあります。
 あるとき、別な犬が言いました。「無駄なことをしているね。少しくらい拾ったって、どこの川や海や山も人間が捨てたごみでいっぱいだよ。それに、せっかくの美しい毛並みがドブ臭くなってしまうよ」と。
 でも、私は「このごみが川や海を汚し、仲間の動物が苦しむのを、ただ黙って見ていることはできないんだよ」と言ってやりました。
 人間はどうして、ごみを捨てて、他の生き物を苦しめるのでしょうか。親愛なる人間様どうぞごみを捨てないでください。    (岩手日報 平成六年八月六日)】

 私が町に「ごみポイ捨て禁止条例」制定の請願書を提出したのも、もも子の健気にごみを拾う姿に後押しされてのことです。
 請願書は採択され、紫波町では平成11年4月1日にその条例が施行されたのです。
 その後、私ともも子の活動が本となり、さらには新聞やテレビなどのメディアでも取り上げられることになりました。
 その反響として、小、中学校の先生からは、「道徳の授業でもも子のことを取り上げたら、さっそく児童や生徒が自主的にごみ拾い活動をはじめた」といった内容の手紙を何通か頂きました。また、山梨県のとある高校では、生徒たちが学級新聞で、もも子のことを大々的に取り上げ、環境を守る大切さを訴えてくれたそうです。
 このように、未来を担う児童、生徒たちが、環境を守ることに目を向け活動していることを頼もしく思うとともに、彼らから感動と希望と勇気をもらっております。

 終わりにあたり、私ともも子からのお願いです。
 地球上に生きている全ての生き物は、互いに支え合いながら、この地球上で生活しております。しかし、自然を破壊し、環境を汚染するのは人間のみです。ただ、それらを止め、地球環境を護ることができるのも、やはり人間だけなのです。
20世紀、21世紀に生きた人間が、再生不能まで地球を汚し、生きとし生けるものを苦しめたと言われないようにしたいものです。

生きとし生けるもの全てが、仲良く幸せでありますよう!


       
    右の写真は本の裏表紙です

 
桜の名所城山公園にて、双子の孫(太郎とかれん)との最後のお花見写真です。




                

    
北上川河川敷で一休みする晩年のもも子






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