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磯自慢
磯自慢酒造 (静岡県焼津市)
 静岡県には、河村伝兵衛氏(静岡県沼津工業技術センター・主任研究員)抽出の静岡酵母という香味馥郁たる酒を醸す優良酵母がある。我々は、この酵母を使って素晴らしい吟醸酒を造る蔵を訪ねる「静岡県の蔵元訪問ツアー」を企画した。
 平成6年2月22日、名和(奉行)、仲條(与力)、中村(同心)の3名は、藤枝市の杉井酒造(「杉錦」>醸造元)と焼津市の磯自慢酒造(「磯自慢」醸造元)を訪問した。
 全国でも特に素晴らしい酒質の酒を醸すことで知られている磯自慢酒造は、焼津市の極めて海岸に近い所にある。想像していた旧家の家構えとは異なり、比較的新しい蔵元の住居に驚く。
 裏にある蔵兼事務室に通されたが、我々の他にもう1組地元の酒販店の方々がいて、ともに寺岡襄社長から話をうかがい、新しく建て替えたばかりの蔵の案内を受けた。
伝統ある高品質な酒への取り組み
 磯自慢酒造は、天保元年(1831)に創業し、現在の寺岡社長で7代目という歴史ある蔵元である。社長が引き継いだ当初は86石だったのが、少しずつ増えて現在の石高は850石にまでなったとのこと。大吟醸酒を昭和32年から造り始め(単品で発売は昭和57年から)、純米吟醸も昭和58BYから造るなど早くから吟醸造りに取り組む一方、昭和53BYから三増酒を廃止するなど高品質な酒造りをしている。現在では生産のすべてが本醸造以上という驚異とも言うべき蔵になっている。

 冒頭で触れた静岡酵母(HD-1)という優良酵母については、「河村伝兵衛氏にお願いして県独自酵母の抽出をしてもらいました。出来た酵母を県で1番先に使用したのはうちを含めて3箇所です。」と語る。当時、協会酵母を使用しなければ不思議がられたので、初めの3年間は使用しない協会酵母をわざわざ購入しては捨てていたそうである。 
総ステンレス張りの壁、部屋が冷蔵庫
 最初に案内されたのが蔵の1階の搾り室である。この部屋は平成5年から使用している新しい部屋であるが、この部屋に限らず磯自慢では現在蔵を建替え中(設計は社長の息子さんとのこと)で、今年は洗米から搾りまでの工程についてはすべて新しく建てられた蔵内で行われる。本醸造用にはヤブタの圧搾機があった。普通この機械の中はゴム製であるが、ゴム臭さが酒に移るのを避けるため、中をシリコンに変えた機械を特注して使用している。この特注の機械は全国でも3台しかないという。吟醸酒用には、当然ながら槽(佐瀬式吟醸用水圧機)を使用している。
 この部屋の総ステンレス張りの壁は、本当に驚きものだ。断熱材を壁に張った後、その上にステンレス板をステンレス釘で打ち付けている。さらに釘からの錆を心配し、もう1枚板を接着剤で張っている二重のステンレス板構造なのだ。もっと凄いのはそのままこの部屋が5℃に保たれた冷蔵庫になっていることだ。
 隣の部屋の大吟醸用仕込み室や中吟・本醸造用仕込み室も同様に総ステンレス張りの5℃の冷蔵庫になっている。発酵タンクは、吟醸用が手で仕込むのに都合のよい開放型で、本醸造用は2階から米をパイプに通して1階のこのタンクに仕込むために密閉型になっている。それぞれの部屋に10本強のタンクがあり、特に大吟醸の部屋では純米大吟醸(45%精米)を仕込み中とのことで、素晴らしい香りに満ちていた。本醸造用の部屋でも心地よい吟醸香がただよう。ここは特定名称酒10 0%の蔵ということを実感する。
 2階には洗米室。大吟醸はザルで手洗い。大井川の伏流水(15℃)を使用する。この部屋の床もステンレス張り。すぐ隣の米を蒸す甑は、和釜と同等の性能になるよう設計された特注品。お湯を底に通し、蒸気がバランスよく出るよう工夫されたものである。放冷器も平成5年に購入したステンレス製の特注品。この放冷器から先程の仕込みタンクに米をパイプで落とせるようになっている。
 《秘宝の麹造り
 広い麹室は今年から使用している。小さな蔵の割りにはかなり広いという印象を受けたが、これは麹を寝かせておくスペースをとるため。壁は杉張りであるが、杉特有の匂いが付かないようにこの部屋を使用する前に杉板を十分乾燥させたという。ラベルに記載されている秘宝寒造り秘宝はこの部屋での麹造りにあるようだ。向かい側にある酒母室には小さな開放タンクが数本あり、1213日ほど発酵したものが入っていた。ここも室内で清掃できるようにお湯が出る蛇口を付けるなど工夫され、合理的な設計になっている。
蔵人の部屋
 3階には蔵人たちの部屋がある。頭の許可を得て中へ上がらせていただく。そこは、共同の居間とともにそれぞれの個室が完備されている。また、その浴室の窓からは海の向こうに富士山が一望でき絶景である。新築時、杜氏が蔵人とともにお礼に来るほど喜んだらしく、いつもは年末に故郷に帰る蔵人たちも今年は正月も蔵に残り初日の出を拝んだそうである。 

磯自慢をきき酒する
 一通り案内していただいたあと再び社長室で話をうかがう。蔵見学の前に冷蔵庫から出されていたお酒もきき酒にちょうど良い温度になっていた。大吟醸(しぼりたて無濾過50)、純米吟醸、特別本醸造、別撰本醸造、本醸造の5種類をきく。すべての酒がすごいコクと旨味を持ち、特別本醸造と純米吟醸には特に感動、吐き捨てるのが惜しいくらい旨い酒であった。

 磯自慢には水響華という大吟醸酒がある。いざ発売しようとした際、息子さんが考えた名称の候補がほとんどすでに商標登録されていて使用できない。最後の水響華という名称だけが登録されていなかったので登録できたが、酒が完成してから半年以上発売までかかったという。新製品の発売には、さまざまな関門があるものだと納得。
 しかし、この酒に使用した新酵母は華やかすぎるということで、今後は使用
しないとのこと。息子さんは名称だけでなく磯自慢の全ラベルのデザインを手掛けたり、蔵の設計をしたりと多才な方のようだ。
 ところで、磯自慢の杜氏は、かって地元静岡県の志太杜氏の横山福司氏であったが、75歳になった時「本醸造だけならば、一生杜氏をつづけるのですが」と吟醸造りがいかに大変で辛い仕事かを語って辞めていったそうである。その後、南部杜氏組合の紹介で今の杜氏の瀬川博忠氏が来たとのことだが、瀬川杜氏は37歳で杜氏の資格を取得した実力のある杜氏。初め灘に桶売りしている石川県の蔵にいたが、48歳の時に磯自慢に来たという(※注 このとき53歳、今は長野県の天法の杜氏を務める)。

真に良心的な蔵元
 磯自慢の素晴らしい品質は、静岡市内の「ヤマザキ」や東京の「長谷川酒店」などにより紹介されて、現在全国でも最も入手困難な人気のある酒の1つとなっている。蔵元は、品質を大事にする管理の行き届いた優良酒店にだけ卸すことを方針としていて、地酒専門の酒販店から新たに磯自慢を取り扱いたいという申し出があっても、少ない石数のため卸す余裕がないのですべて断っているとのこと。従って磯自慢の酒はどこででも買える酒ではない(東京で買える店は5軒だけ)。また、磯自慢酒造では商品のパンフレットを制作していない。その理由は「パンフレット代にお金をかけるより、良いお米を入手する方にお金をかけたい」ということだった。寺岡社長は「小さくても、みなさんが喜んで飲んでくれるものを造ります。」「増産して品質を落とすようなことはしない。」という言葉を強調していたが、そこには全く偽りはないと我々は感じた。

 磯自慢の酒質は、瓶詰場などが来年建て替えられ蔵がすべて新しくなった時には、さらに磨きがかかるに違いなく、我々は今後一層旨い磯自慢が今後飲めることになる。いつか再び新しい設備での酒造りを見学させいただきたいものである。
 最後に、お忙しい中、我々を車で焼津駅まで送ってくれた寺岡社長にこの場をかりて、深くお礼を言わせていただきます。

【データ】磯自慢酒造 静岡県焼津市鰯ケ島307  054-628-2204

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