穂積忠彦先生を偲ぶ

★ 酒蔵奉行所と穂積先生 ★

 平成9年(1997年)8月14日、酒類評論家の穂積忠彦先生が亡くなられました。穂積先生は、国税庁醸造試験所の技 師出身で、民間企業に転職し、酒類製造の技術者として新たな商品を開発。独立後は、酒類技術コンサルタントとして はば広く活動していました。近年は、「酒にチョットうるさい消費者」の立場でから、酒造業界に対し、辛口批評の 最先端に立って活躍されていました。

 我々酒蔵奉行所も、5年前に穂積先生に出会って以来、同じく消費者の立場から「本当に旨い酒」を追い求めて研究、 活動を続けてきたグループです。先生には、色々と教えられ、また励まされてきました。今回ここに、追悼の意を込め て、酒蔵奉行所と穂積先生との交流について振り返ってみたいと思います。

 我々が、初めて穂積先生と出会ったのは、祭ばやしが主催する「名酒会」でのことでした。祭ば やしの名酒会は、昭和59年から先生が亡くなるまで実に132回にわたって開催された歴史のある会 ですが、我々は、平成4年10月1日の第99回・第100回記念パーティー からの新参者として参加しはじめていました。第何回の名酒会のことかはすでに記憶にあり ませんが、ある会の時に、我々が持参していた『酒蔵奉行所通信』を先生が取り上げて参加者に 紹介してくださったのです。少し恥ずかしい気持ちもありましたが、先生が我々の活動を認めて くれている感じがしてうれしく思いました。

 その後の「名酒会」や三軒茶屋の「祭ばやし吟醸蔵」でやはり先生が講師を勤める「御酒塾」、 さらには様々な酒の会で出会う度に、先生には何かと気を配っていただきました。先生の紹介で、 蔵元をはじめ多くの酒類業界の人たちと知り合うことができ、我々の情報量も急激に増えました。 このことは、奉行所が今後も活動を続けていく上での貴重な財産であり、先生には本当に深く感謝 しています。

 我々奉行所が、穂積先生の影響を受けたこととして、「地ビール」があります。先生は酒 類業界の時代の流れを誰よりもいち早くとらえていた方でした。平成6年の政府の規制緩和政 策の一つであったビールの最低製造数量基準の引き下げにより、上原酒造のエチゴビールをは じめとして各地で地ビール生産が始まるや否や、先生はオピニオンリーダーとして、大いに業 界に影響を与え、現在の地ビールブームの到来を予言していました。先生が「地酒」から「地ビール」 へと活動の重点を移行されるのにともなって、我々の興味の対象もそのまま地ビールへと移っていき ました。先生が側にいなかったら、我々はこれほど地ビールに注目することはなかったでしょう。

 穂積先生の死は、我々にとっても非常に残念なことです。先生と知り合ったおかげで、奉行所 活動の範囲が広がり、発展しました。先生にはずっと側で我々の活動を見守っていただき、心の支 えとなっていて欲しかったと思います。

 今後は、先生の遺志を継いでというのもおこがましいのですが、先生の「酒にチョット うるさい消費者」の立場を受け継いで、我々は奉行所活動を続けていきたいとあらためて 自らに言い聞かせているところであります。

(与力)


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