・ かぐやひめ ・
今は昔、人様の山に分け入って竹を盗り、さまざまな細工物をこしらえては 口先三寸、言葉巧みにそれを売りつけ生計を立てている男がいた。 どこからどう流れてここに住み着いたのか人は知らなかったが、 それはやはり月の明るい夜のこと、この山の持ち主である【修のみやつこ】という男が、妻? 夫?…のえでりぃに内緒で夜遊びをした帰り道、月の明かりに照らし出されて、ぼんやりと浮かび上がる竹薮を見つけたのだった。 竹自体が光を放っているのであろうか…まあ何にせよ不思議な話だ。と興味を惹かれ近寄ってみると、何とまあ、黄金色の明かりに照らし出されて、見目麗しい乙女が座っているではないか。 突然の男の侵入に驚いて、大きな瞳を見開いている様は、氏の目には大層愛くるしい娘に見えたそうな。 「おお、おお何という愛らしい…麗しき乙女よ。これは子を授かることの無い我々への、天からの授かりものであろうか。 「わっわっ、なんだよおい!」 「おお何と、光り輝くようなその面よ。かぐわしき香りよ」 「えっえっ? さっき風呂入ったばっかだから…」 「輝かしき、芳しき乙女よ…そうか! それでは【かぐや姫】と名づけよう」 「人の話を聞けってば!」 およそ人の話を聞くということをしない修氏は、一人満足気に頷くと腰に手を当てて豪快に笑う。 あーもう、勝手にして…。 この場に隠してある銭のことを知られたくないのと、氏のあまりの強引さに呆れ、彼のいざなうままに、その住まう小さな家へとついていくことにした加賀氏。 こういう手合いには逆らうまい、何事も長い物には上手く巻かれて利用するに限る、とまあ、こんなところである。 ともあれ、修とえでりい夫婦の元へ下った、天女のように美しい乙女の話は、ものの数日もしないうちに、都中へと広まっていったのだった。
「あまりの美しさに光り輝くようだと言うぞ」 「いやいや、そのお姿からは、えもいわれぬ香気が漂い、天人の如く周囲を満たすと言うぞ」 「何を言う。姫は天より下ったまことの天女。 隣のミヨちゃんじゃないんだから…。 デマがデマを呼び、帝の御耳に入る頃には という、とんでもないヨタ話に育ってしまっていた。噂とは往々にしてそんなものである。 しかし、そんな間抜けな話が飛び交う中、都の中でも情報通と呼ばれ、又自らもそう自負する自他ともに認めるタラシ連中の間には、光り輝く姫君の話が電光石火で飛び交い、そのアンテナを激震させたのだった。
何とかしてそのお姿を見たいものだと恋焦がれ悩み、家人に取り次ぎを頼む男共は30名をくだらない。 加賀にしたらとんでもない話だし、また修氏のガードが固いのも事実。 一目どころか門を開けてもくれないというツレナイ仕草に、そのうちそれほど執着のない者達は、どうにもならないものは仕方ない…と、さっぱり来なくなった。 しかしどこの世にも、この手に関してマメな男がいるもんである。 ある意味で正確な方の噂を信じ、とうとうと胸の内を文に託して送り付けたり、あるいはこっそりと屋敷に忍び込もうと、怪しい素振りをみせる始末。
1日に夜も昼も関係無く一方的に届けられる文を前に、山をなして崩れかけているものの傍を通れば、今にも雪崩を起こして埋まってしまうのではないか、と思われる程である。 「んだこりゃあ」 自分の左右に置かれたこの山を横目に、ひらひらと扇で扇ぐ…などという危険な真似はしてはいけない。 「ったく暇な奴等だねぇ。んーなことしたって読まねーっての分かってるだろうに。全く紙の無駄だよ」 もったいねぇ。とばかり、ちらりと山を一瞥する。 悪いが手紙の対応はこれで以上、である。…一応見たぞ・と。そういうことだ。
3度の食事にふかふかの羽毛布団。 迷惑だと言いながら、ちっとも嫌そうでない修氏の嬉しそうな笑顔とともに、毎日少しずく高くなっていく文の山を前に、 そうそう、あれは一週間ほど前の話だ。 全部返り討ちにしてまあ…頂くものは頂いたのだから、一応損はしていない。 しかし、元来が風来坊の性質である。 そうそう、そういえばずいぶんあの黄金色にご無沙汰しているなぁ。
御簾越しに扇で顔を隠し、月を見上げてはため息をつく乙女の姿…。 何ぞ苦しい恋でもしているのではないか? いやいや何かの病かそれとも… 修氏の目にはそのように映ったらしい。 「一体どうしたというのだ? 男だって選り取りみどりだし。上は東宮、帝までがお前に手紙をお寄越しになっているというのに。
いや…そういうわけじゃねーけど…、うーん困ったなあ…。 返事に困って言葉を濁しているうちに、そうか! と勝手に独り合点してくれた修氏。
な、なに? なんなの、なんだっちゅーの…。 「月より天下ったのだから当然だ。 「あ…、いやその……」 どうしてそこまで考えが飛躍するのか…、挙げ句の果てには高笑いでの無敵宣言である。 バイザーをかければ?…かければどうかなるんかいな。…いや、聞かない聞かない。 …けど、この勘違いは使えるんでないかい? 強気の修にげんなりとしていた加賀が、御簾の向こう側でポン、と手をうつ。 そうだよなあ、この話を使っちまってトンズラこいちまうのが一番だねこりゃ。 後々のことを考えれば、月に帰る…というとんでもないヨタ話を使わせて貰うのが一番だ。 滅多に人前で声を発していなかった加賀は、ううんっ! うんっ! と咳払いし、妙に高い変な声で、もし…、と声を掛けた。 「…実は、満月の夜に…天の使いが私を連れに下るのです。私は月よりの使者「月光仮面の娘」 次の満月の夜には月に帰らなければ…」 「なにぃ!」 やはり、やはりそうだったかぁっ! 完全に人の話しをぶっちぎって立ち上がった氏。 「ふふん、それならば考えがある。 後半部分で、それは違うだろうという若干意味不明の台詞を吐くと、不気味な笑いを残して部屋を去っていく修氏 今ので大丈夫だったの? 少々不安にかられてしまうが、ま、今更である。 ええい、なるようになっちまえ、ケ・セラ・セラ。振った賽はもう戻らない。だったらそのまま突き進むだけよ…ってね。 完全に居直ると、マイペースにも室内の装飾品を見て回り、ふむふむと物色し始めるのであった。 |