2009.08.12






・・・ ・・




 

「全部、ですか !?」

「ん、全部暇をやった」

「なんてことを」

「全て自分でできるから、人に頼む理由がないだろう?」

「いや、確かにそうですが…」



 

 

小さな屋敷のことである。

たかが3人程度の者であったが、翌朝には全ての侍女に暇を出したという主人に頭を抱えた。

 

既にかなり前から侍女たちに対して話だけはしていたのだろう、 
朝一番に誰の姿もないとなれば、準備は少しずつしていたに違いない。

 

「給金の変わりに好きなものを持ち帰れと言ったがまずかったか?」

 

今度こそ慌てて部屋に駆け戻る小十郎。

すぱん!とふすまを開いてがっくり肩を落とした。

 

忠誠心などもともと期待などしていなかった。
当然こちらも名前すら覚えていない。
誰が誰でも関係がないと思っていたからだ。

だが3人が3人とも、いくら主人からの許可が出たとは言え、ここまで根こそぎに持っていくか? 
と思った小十郎は甘いのだろうか。

女の手で持ち出せるだろうと思うものはほぼ全て、蒔絵の文箱に始まり漆器の器。名工の湯のみ、どれもこれも庶民の手に届かぬ品ばかり。

 

部屋の中で散らかった荷物を集めている子供の背中に、これから一体どうするんですか…と頭を掻く小十郎。

 

「とりあえず、どれだけの物が残されているのか、使える物があるのか確認いたしましょう」

 

衣食住の住はなんとか…屋敷を持っていくわけにはいかないからな…と自分の考えに苦笑する。

着るものと食材はについてはどうにかしないと、最悪服は今着ているものがあるから、まずは食か…と思い、ふと、そんな事を心配する必要はこれで無くなっただろう、と思い当たった。

 

人の目の心配を、当の梵天丸が解決してくれた。凡そ解決とは言いがたいけれども、それは後で「どうにでも」なる。

誰憚ることなく当初の命を執行する事が可能になったのだ。今、この瞬間に。

「……」

畳の上に広げられた着物をひとつひとつ手に取っている梵天丸の背中をじわりと見つめ、ごくりとつばを飲む。 

…今・なら…。



 

「白いものばかりが残ったぞ小十郎。 汚れると面倒だからなのか? あまり人気がないな」

 

子供らしい柄の物は全てなく、残っているのは白一色の物のみ。確かに白い物ばかりあっても仕方ないだろうとは思うが、まるで死装束だけを選んで残していったような気にすらなってくる

 

…まさか、な。

 

「夜…着だからでしょう。それほど数はいりませぬからな」

 

白い着物を両手で広げ、ふうんそんなものか、と小首を傾げる梵天丸。

 

 

なんだかんだと理屈をつけては先延ばしにしてきた自覚はある。

お方様からの文にも、もっともらしいことを言っては、その時にあらず、を決まり文句にしていた。

しかしここまでお膳立てをされてしまっては、その理屈ももう通らない。

 

いっそ、このまま逃がしてしまおうか、いや二人で逃げたってかまわない。

 

否、子供が生きていく限り、あの黄金の瞳からは逃れられない。

生きていく限り、呪いのように一生つきまとう異形だ。

 

「とにかく、まずは片付けましょう。全てはそれから」

 



別に今日でなくてはならない理由はあるまい?


もう何十度目、何百度目かの「保留」という名の思考停止と現実逃避を決め込むことにした。












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