2009.08.12







 

「! 」

 

唐突に目が覚めた。

咄嗟に体側に常に沿わせている愛刀をさぐって寄せ、視線だけで周囲を見回す。

密かに漂う異臭…床に白く漂う煙の筋…

 


…パチ


生木のはぜるような音がした。

 

 

「梵天丸さま!」


一気に飛び起きる。


これは一体…、どういうことだ。

幼い主人のおわす部屋の方が奇妙に明るい。


「まさか、まさか!!」

だっ、と部屋を飛び出すと、既に火の手が挙がっている部屋からは激しい勢いで煙があがっていた。

 

「梵天丸さまあっ!」

一気に駆け込んだ主人の部屋。

黒い装束を身に着けた忍びが、今まさに梵天丸に馬乗りとなり、その凶刃を振り下ろそうとしていた。

 

「うわぁぁあああーっ」

 

なんだか分からない奇声を発し、男に体当たりをすると首を潰されかけて咳き込んでいる梵天丸を抱え上げ、周囲ににらみを利かせる。

 

伊達家の「草」、藤田の手の者ではなかった。

このような秘された場所を…どうして…。

 

「一体どこの手の者か!」

 

 

それには応えずジリジリ…と二人の周囲の包囲が縮まる。

 

「ちっ」

舌打ちをすると、自分の懐に抱き寄せた幼い主君の肩をしっかりつかむ。




「梵天丸さま、得物はお持ちか」 


周囲から目を逸らさぬよう早口で問う。

こくんとうなづく子供に、状況にそぐわぬ微笑が漏れる。

 

「この人数では、あなた様をかばいながらの応戦は不可能。御身をお守りなさい。そして隙をついて脱出を」

「逃げてどこに行こうというのか。 ここより他に行く場所もない。お前とともに戦うぞ」

 

一瞬言葉に詰まる小十郎だが、次の瞬間に襲い掛かる刃をかわして梵天丸を突き放すと、総勢二十は下らぬ忍びの塊へとその身を躍らせた。

 

「こじゅ!」

叫んで飛び出しかけた子供の右側から敵刃が襲い掛かる。

それをかわしてすばやく後ろに回ると、膝の後ろを蹴りつけて腰が砕けた敵の頭部へと刃を沈める。

次いで前、懐に飛び込んで下から喉に突きあげると、のけぞった敵のがら空きの喉に対して再度刃を突きたてる。

ごぼごぼと不気味な音を立てる敵の血を頭から浴び、白い装束が瞬く間に斑な赤に染まった。

 

 

小十郎の一閃が敵方を押し、力負けをした一人が後退する。その背後から後退した仲間の肩を踏んで上段より刃を落とす。それを防いで横に力を逃しそのまま後ろの敵に対して牽制をする。

見事な流れで敵を圧倒するが、所詮は多勢に無勢。

何度目かの攻撃で血糊に足をとられた一瞬の隙を後ろからの刃に捕らえられ、かわし損ねた肩が裂ける。

「ぐっ!」

開いた体の右横に、ずん、と重い衝撃が走った。

焼け付く痛みに一・二歩と後ろに下がる。




右のわき腹に、槍が。

 

「・・・・・・・ううぉぁらあぁっ!!」

 

鬼の形相で敵を睨み付けると、突き刺さった槍の柄を握って引き抜き蹴り捨てる。

 

すさまじい力技に仰向けに倒れた賊の影、金色の残光を伴った小鬼が飛び乗ってその首を刎ねた。

 

「梵天丸さまっ、 まだこのような所に!」

「ばか! 逃げられるわけないだろう! こんな」



小十郎の体から流れ出る血を見て息を呑む。

 

「…血が」




「 ぬかりました」



微笑んだつもりだったが口元に張り付いたような笑顔になってしまった。

 

「なに、そう簡単にイキやしません」

 

荒い息をつきながら軽口を叩くが、少しずつその視界が暗くなってきているのは気のせいではないだろう。

血が流れすぎているのだ、早くにどうにかしなければならない。

 

何人もの肉と骨を裁ち、歯こぼれをおこしかけている愛刀を握りなおすと周囲を睥睨する。

 

一度は気おされかかった男達が再び間合いをつめてにじり寄り始める。

 

 

ここにいる者供を全て屠り、そして彼を逃げ延びさせること。

当初ここに来た自分の目的と真逆を考えていることに今頃気がついた。

 

苦笑が漏れる。

 

結局はそういうことなのだ。

蓋を開けてみれば結末なんてこんなもの。

自分の中にあった答えは最初からただ一つだったのだ。

 

 

 

背中合わせに敵を牽制し、お互いの血路を開くことを考えながら周囲に目を走らせる。

 

忍びの一団の無言の殺気が突き刺さる。

残りは七…いや八か。

炎舞う熱風に容赦なく身を焼かれる子供の体力低下は著しい。

そして自分の右の傷は…。

 

 

「!」

 

一瞬で左右に割れる

丁度子供の頭の位置、小十郎の胸位置に紙一重の差で巨大な飛び道具がすり抜けていく。

 

再び死の舞踏の為の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





   戻る