コッ-☆

「…はい」

机に向かって集中していた俺は、中途半端なノックの音に我に返った。
つい条件反射のように返事をしてしまったが、部屋の時計に目をやってみれば、
時刻は夜の1時を少しまわったところ…
つまり深夜の時間帯を差している。


もうこんな時間になっていたのか。
パソコンに向かってそれほど時間が経過した感覚がなかったが…。


「入っていいぞ」


酷使した目を指で押えながら、なかなか入ってこない訪問者に対して、もう一度声をかけてやる。
こんな時間に俺の部屋にやってくる身内は一人しか覚えが無い…というかまあ、
この家の主な住人といえば容易に察しがつく。
啓介だろう。


普段はノックもそこそこに俺の部屋に上がりこんでくるずうずうしいヤツなんだが、今日に限ってやけに慎重というか…どうしたんだろう。


えっくしっっっ!!


ドアの外で盛大なくしゃみが響く。
やっぱりだ。


「どうした? 入ってもいいぞ?」

「……ン」

なかなか入ってこない俺の弟にもう一度声をかけてやると、なんだかくぐもった声が返って来た。
…なんだ? ノブの静電気を嫌がっているのか? まさかな。


「どうした、啓介」


椅子のスプリングをきしませて立ち上がる。

ためらいなくノブに手をかける。
案の定静電気は…ではなく…。

「…?」

このドア、こんなに重かったか? なんだか、妙な、抵抗、が。

ずずずずと押し開けるような感じで開いたドアの向こう…、俺の視界いっぱいに毛布とタオルケットと…
なんだ? 判別不能の布の混合物が現れる。

なんだこれは…と思う間もなく、布団の向こう側からひょっこり顔が現れた。


「こ…んばんわぁ」
「……」


この時間の挨拶として誤った使用法をしているわけではないな。
ちなみに…と、一瞬、考えがズレそうになってしまった。
そうではなくて。
どう考えてもナニかありますといわんばかりの白々しさに加え、妙にオネダリモード全開の上目遣い。


「えへへ。今日は俺、アニキの部屋にお泊り会するぜ☆」

「なんだそれは」

「タマにはイーじゃん。そのっ、旅行気分でさぁ」

「…隣同士の部屋でか?」


何かやらかしたな…とピンとくる。

途端にうっ、と言葉をつまらせて、なにやら考え込んでいる節の弟の視線が周囲をさまよう。
床に壁にと救いを求めるが、古今東西俺の面前でそんなものがあった試しはない。


「…ごめん、一晩いさせて。床でもいーから」


じっと見つめて答えを待つ俺の視線に、たまらなくなった啓介が情けない顔をして降参してきた。


「別に構わないが。何をしたんだ?」

「ん…と、プラモ作ってた…んだけど、さ」


ぷらも? プラモデルか。

主に1/24スケールで販売されている模型作成キットのアレだ。
啓介のことだからFDあたりか。
凝ろうと思えば実車さながらまで細部をハンドメイドできるし、ついつい背景までも作りたくなるという。
アレは嵌るとカッパえび煎状態で、やめられないし止れない。
ついでになかなかの力作できるんだコレが。
一時俺も凝った時期があって、何度か偽名で作品を雑誌に投稿し…ではなく。

アノ部屋で作ってたのか啓介。


「なんかリアのパーツくっつけてたら、色ハゲしちまってさ…、んで色塗ってたら今度はモノがなくなって…」

「…で?」

「その…、結局は見つかったんだけど、探してる時に歩きまわったからその、塗料蹴っちまって」

「こぼしたんだな」

「うっ……ごめんなさい」


アノ部屋で塗料を蹴った…。
惨状が思い浮かぶだけに眩暈がする。

そういえば、布団を握る手が白く汚れて、心なしか有機溶剤の香りも漂ってくる。


「塗料の他に薄め液も…その…少々」

「それもやったのか」

「ダ〜って」


その口調は少々とは言わないぞ啓介。

しかもその様子ではさぞかし部屋いっぱいに素晴らしいにおいが充満しているに違いない。


「いちお、ちゃんと拭いてきたんだけど…」


臭くて居られなくなったと、こーゆーわけだな。


「ちゃんと換気してきたか?」

「今窓全開」


うん、とうなずきながら鼻をずびっと啜りあげる。
相当長い間我慢していたらしい。体が冷え切っている。


「お前、窓閉めて来い。コレはいいから。鍵もしっかりかけろよ」

「うん」

「シャッターもな」

「ん」


俺の手に布団の類一式を預けると、のこのこ自分の部屋に戻っていく。
その間に手早くベッドを整えると、啓介の掛け布団、枕他一式を配置する。
男二人にベッド一つは狭いが、…まあ、何とかなるだろう。




コンー☆

「アニキ閉めてきたー」


ノックと同時にドアが開く。

「うう〜さみ。雪でも降ンじゃねぇ? すっげさみ、あっ俺の布団!」

「床に寝せるわけにもいかんだろう」

「やたっ。へへっアニキ大好き〜☆」

「おいおい」


抱きついてじゃれつく弟の柔らかい栗毛がくすぐったい。
冷え切った髪の毛をふにゃっとかきあげ、その額に。


「てっ!」

べちんと手の平を押し付ける。

「平熱だな」

「ってーな、デコっぱちになったらどーすんだよ」

「なにを今更」

「えっ! うそっ俺ってばもしかして…」

「本気にするな馬鹿」


くるくる表情が変わる弟につい、笑みがこぼれてしまう。
くすくすと笑う俺に、啓介はぶぅと唇を尖らせた。


「ちぇ、俺で遊ふなよなぁ。でも今日は言い返せないから、ナンも言わない〜」

「そうそう、大人しくしないと追い返すからな」


ぶちぶちと小声で何か言いながらベッドの中に足をつっこみ、一気に肩まで毛布の中に潜り込む啓介。
とたんに、ふにゃ、と顔がゆるんだ。


「う〜んんんん〜んんーー♪ すっげふにふにぃ〜きもちいー♪」


うにゃあふにゃあと、布団をひっぱって丸め込む…っておいおいバタ足?…。
しかも何語だソレは、そしてその足は一体…。


「…おい、あんまり暴れるな、埃が舞うだろう」

ドッスンバタンと毛布の中で暴れまくるのは今年21の成人男子。12歳の間違いではない。
ついでにいうなら、クロールの練習をしているわけではないし、していたら他所でやってくれと言いたい。
大変大袈裟なようだがベッドがきしむのだ。


「だってよー、お日様のにおいしてあったけーんだぜ。気持ちいくってたまんねーんだもん〜」

それは良かった、大人しく堪能してくれ

むぎゅうっと顔の周りに毛布をもってくる啓介は、なんだかまあ、昔とちっともかわらず可愛いものだが。
破壊力が当社比2.5倍(数値に根拠なし)のその身長でもって暴れるのだけは勘弁してほしいと切に願う。

もしかして、啓介の部屋では、毎回こんな儀式が行われているんだろうか…。


……


あまり深く考えないでおこう。
とりあえず、今日のノルマだけはこなしてしまわないと。
片手をタワーのキーボードに戻しつつ、布団虫と化しつつある弟に声を掛けてみる。


「啓介」

「んん?」

「……」

「…ね…るなら、部屋の電気、消しとけよ」

「らじゃー」

毛布を抱き込んで、まったりモード全開の啓介の顔に一瞬絶句してしまった。

…なんだこのほえほえ顔は。

たかが日光に干された毛布一枚で、これだけ幸せになれる人間が居ると知ったら、
太陽もさぞかし照り甲斐があるというものだ。
そう言えば昔「北風と太陽」という童話があったな。北風と太陽が旅人の服を脱がせる競争をして、
結果的に太陽が旅人の衣服を脱がせることに成功して……って、ああいかん、また考えが妙な方向に。

だ〜か〜ら。今日のノルマをこなすんだろう俺。しっかりしよう夜の一時!


パソコンに向き直り「さいそくりろんりろんりろん…」とお経のように呟いて集中力を高めてみたりする。
弟のまったりモード全開の顔が目の前にちらついて、なんでだか同調したい気持ちが湧き上がり、
集中力を殺がれて仕方なかったのだが、それでも件のお経が効いたのだろう。

大変魅力的な≪まったり啓介≫の誘惑を振り切って、やがてパソコンのキイを叩く音しか耳に入らなくなり、それがまるで自己暗示の合図であったかのように、自然、周囲のものがシャットアウトされていった。












「…ふぅ」
ギシ。

椅子をきしませて、背をそらせる。
時刻は……もう午前4時に近い。
早朝とも言えるような時間だ。

明日の講義は2現から。
後、正味2時間、いや3時間半は寝られるな、と踏む。

当然のことながら、とっくに啓介は寝息をたてて爆睡中だ。
しかも俺のベッドを占領しやがって…。

ベッドの上に対角線上に体を横たえて、まるっきり俺の入るスペースがない。
眠ってるんだから仕方がないが、大体がずうずうしいというか遠慮がないというか…。

「こら〜すこしつめろ〜」

どうせ聞いてないのは端から承知の上。
とりあえず兄として、弟をやさしく足で押しこくりながら、壁ぎわに寄せスペースを確保する。
啓介が団子のように布団を丸めて抱き込んでいるせいで、掛け布団まで不自由だ。

仕方なく啓介の腕の中からタオルケットと掛け布団を一枚ずつ剥ぎ取る。
これ以上は啓介の体に巻きついていて、とてもじゃないが取れない。
時代劇の帯をはぐ悪代官のようにすればできないこともないが…(苦笑)


……風邪をひかなかったら奇跡だな、これは。


ずずいと足をベッドに入れて、ぬくく暖められた空間の中にもぐりこむ。

「ぅぅ……ん」

途端にころんと転がって大の字になった啓介。
寝床を確保するという点から見れば更に始末が悪いが、この隙に掛け布団一人前也を奪取することができた。



「……」

ひとつのベッドに弟と二人…。


間近に見る啓介の寝顔…。


こうやって二人で寝るのは何年ぶりだろう。
昔は雷がこわいだのおばけがこわいだの、枕を抱えてよく俺の部屋に逃げ込んできたよなお前。
その度に俺のパジャマを離さなくて、結局俺にしがみつくような感じでやっと安心してたっけ。

それが何時の間にか、こんなにでかくなって…。


タバコを吸うようになっても、どことなく甘いにおいがする啓介の髪。変わらない…。
その前髪を軽く指で漉きながら、狭い布団の中、啓介と重ならないよう苦労して体を折り曲げる。


落ちるかもしれないな…軽く吐息をつきながら。
そしてソレに一瞬走った連想を深く考える暇もないほど、疲れた俺の体は休息を欲していた。


おやすみ…啓介…。
そして…ブラックアウト…。


甘いにおいにつつまれて、俺の意識は徐々に無意識と…その境界線を無くしていった…。




                                                     ≪えんど≫












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あう〜。お疲れ様でした。
説明つけないとわかんないお話だわこりゃこりゃ。(しかも後半展開が早いし…苦笑)

アニ様の心の中でなにかが芽生えた…とゆーか、昔からあった火口に火がつき始めたとゆーそんな感じで書きましたです。
日常生活の中で、突如日常でない感情に回路が繋がりはじめちゃった兄さま。
でもまだそれに気づいてないのですよ。

これに完全に気がついたらもう怒涛の攻撃開始でしょう(苦笑) 私の彗星観では開き直り早そうだもん彼。
んでとっとと自分なりのヤリ方で一番幸せになれる方法とやらを突っ走るに違いない(笑)
あの二人には誰よりも幸せになって欲しいもんね(次は池谷と真子組かな・笑)


ちなみに、話の中で啓ちゃが作ってたプラモは、そのカラーリングで察しがつくと思うけど兄のFCです。
これは啓ちゃから兄への思いつき突発プレゼントなんだ。
偶然見つけたんで作ってプレゼントしたくなったって設定です。コレを兄にあげるその日とゆーのが問題だよね(苦笑)

やっぱ、バレンタインデー…かな(笑)? 近いし(笑)

                                                       2001.2.3up