帰ってきた帰ってきた! アニキが帰ってきた!!

なんだか今日はお誂え向きに帰り早いじゃん、丁度いいぜ☆


聞きなれた、大好きな兄の車の音が聞こえた気がして、

慌てて部屋から飛び出してみれば、やっぱりそうだ! あたり!


「おっかえりぃ〜♪」



階段を駆け下りて、丁度玄関のドアを開けたばかりの兄のお出迎え。

常にないその盛大な歓迎ぶりに苦笑しつつ、

今日はなにかあったかな、などと彗星脳を高速回転させる涼介である。



「なんだよ、今日はヤケにはえーじゃん!」

「予定していた実験が延期になったんだ。 他のを進めても良かったんだけど…、

まあ、折角早く帰れるんだしな」

「うんうん、それって大正解だぜアニキ☆」



にこにこと、いかにも嬉しそうに、笑顔全開の啓介が近づいてくる。

たまに早く帰ってよかったなぁ自分…、しみじみと実感する。

測定器よ、壊れてくれてありがとう☆ だ。



「実はアニキにさ
……? ソレなに??」

「ん?」


突然とんだ話に、一瞬ついていけなくなった。

ソレ…一般的には自分から少し離れたものに対して使う指示代名詞だな。

ふと見れば、啓介の視線が自分の手元に流れている。

ああ、これ…と思う。


カバンの他に抱え持っている茶色の紙の袋…。アレハナンダロウ??

ご丁寧に小首を傾げて、それからナニナニと見上げてくれる啓介に、

つい、口元から笑みが漏れてしまった。



まったく、なんかの犬のようだな…



「これは啓介に土産…といいたいところだけど、ちょっと違うな。

帰り間際に教授に押し付けられたんだ。

ああ悪い、ちょっと持っててくれるか?」

「ん…あ、ああ」



差し出された紙袋に対して、素直に手を出し受け取る啓介。

その、ずっしりとした重みと、何か丸いものがいくつか入ってる不安定な感触に、

こぼしそうになって慌てて抱え直す。

とたんに、はにゃ? と思い当たった。



あれれ? まさかコレ……。 

この感じってさ、もしかして


「あの…これって」


脱いだ靴を足で端によせつつ、ん〜?と啓介を振り返る。

「ああ、今年は沢山できたんでお裾分け、だそうだぞ。  一応完熟らしい」



揃えられたスリッパに足を通すと、啓介から荷物を受け取ろうと、手を差し伸べる。

それにふるふる頭を振って、あの、さぁ…と啓介が口を開いた。



「これ、もしかして夏みかん?」

「 よくわかったなお前… ああ匂うのか。

売っているやつと違うから、かなり酸っぱいらしいぞ」

…貰い手がないらしいんだが、そんなものを5個ももらってもな。



そう言って処理に困ったかのように苦笑すると、ふむ、と長い指を口元に寄せる。



なんだ〜〜アニキもかよ。 ちぇ。



せっかく兄を驚かそうと思って待っていたのに、んでもって、予想外に早く帰ってきて

くれて嬉しかったもんだから、なんだか余計、拍子抜けになった啓介だ。

しかも迷惑そうだし。

更に少し…いや大分がっかりプラスαってとこだ。



「…なんだ、どうかしたか?」



わきわきしていた気持ちが唐突にしぼんでしまって、

ちょっとつまらなそうな表情が浮かぶ。

ちょっと期待してたから…、ちょっとだけだけどさ、別に大したことじゃないからいーやもう、


「なんでもねー」



そう言って荷物を台所に置きに行く啓介の、スリッパがパスパスと音を立てる。

その音を聞きながら目で追いながら、ふむ…と思った。



「お兄ちゃんが早く帰ってきたの、迷惑だったか」

「そんなことないない! そーじゃなくて」

間髪いれずぐるんと振り返って、勢いよい返事が返って来る。


「いつも夕食いらないだのなんだの、峠で待ち合わせとかな、

お前もスケジュールもあるだろうし、 もし邪魔なら出かけるから」


「ちがっ、そうじゃねーって。ああもう、大したことじゃねーんだよホント」



毛ほども思っていない言葉だから、ここは否定してもらわないと困る(笑)。

ここで万一「うん」なんぞ素直に頷かれたら、兄としてはとても悲しい。

が、まあそんなことは百億分の一もありえないので無用な心配だ。

それでもって、改めてもう一度……。


「大したことないことってのは?」

「…んと…さ、ホント別に大したコトじゃねーよ? 俺もコレもらったって、ただそれだけ。

一個だけだけど、夏みかん」


「……」


「アニキももらってたんだなーって、 なんかいっぱいンなっちまったからサ」

ちなみに俺のほーも酸っぱいってよ〜。



キッチンテーブルの上にどさり、とその袋を置いて、

そこに置いてあった、さっきもらったばかりの自分のを片手にほらね、と振ってみせる。

目にも鮮やかなオレンジが視界に飛び込んで、ああ、なるほどね、と思い当たった。


なんだって昔から啓介はこうだった。

珍しいものとか、おもしろいもの(どこがおもしろいのか、理解不能なものも多かったが)

を手に入れると、必ず自分に見せにくるのだ。



糸ミミズうん百匹在中也のバケツをもって帰った時は騒ぎになったが…。



その一個だけだという夏みかんを自分に見せたかったのは、マチガイないと思う。


夏みかんのどこが啓介の興味をひいたのかわからないが、

なんにせよタイミングが悪かったようだ。



「啓介のも入れると、6つか…」

「うーん…、酸っぱいって聞いてて、さすがにこんなに食う気にはならねーよなぁ」


台所からの返事に、少し大きめに声を出してみる。


「お前がもらったのだけ食えばいいだろ?  俺のは病院の連中に配れば…」

「それもなんか…」

「そうか?」

「うん…」



いつになく歯切れの悪い返事だ。

また自分の中で何やらこだわってるんだろう。

たかが果物なんだがなあ、とそのこだわりが良く理解できない涼介である。

自分と違い、また変なトコでぐるんぐるん回ってること間違いなし、だ。



「冷凍ミカンにするか?」

「夏みかん冷凍にして、どーすんだよアニキ」


別にいーんじゃないか? と思うが、とりあえず言わないでおく。


「酸っぱいのが嫌なら砂糖かけて喰うか?」

「やだ」

「……。 ヨーグルト掛け、サラダに混ぜる、ご近所にお裾分けする、峠で配布する」

「やだ、それもやだ、もっとやだ、数たんねーじゃん、ぜってーやだ」

「じゃあ、お手伝いさんになんとかしてもらうか?」

「うーんそれ…でもいいけど。 なんか負け認めたみたいだよな。なんかこう、

もっともっともらしい…ってゆーかさ、こう……って、なんだよアニキ」

「いや、なんでもないなんでもない」



口元の手を弟に見咎められてしまった。

ついつい……、いや悪気はなかったんだがな…(笑)

「じゃあ啓介はどうしたいんだ」


「うーんと、そうなんだよなぁ、おなじにしてももっと積極的にさ、攻めにまわる

ってゆーか、敵前トーボーみたいなのはヤだから、打って出るみたいな…、

なんてゆーのかな、前向きな?」

「おいおい俺に聞くな(笑)  」

「いやさ、折角もらったんだし、ウチでなんとかしたいわけ。

なんかないかな、そーゆーの」


なんか…ねぇ。



「いっそ漬物にしてみるか? まるごと」


「………てさアニキ、ソレ喰ったことあんのかよ」

「…ない」

「遊んでんだろ〜もう。まじめに考えろって。」



まじめに…と言われてもな、本当に単純なことしか頭に浮かんでないんだが、

じゃあ、




「マーマレードにでもするか?」


「え」


「皮ごとのジャム…、まあ、砂糖掛けと大差ないかもしれないけどな」

「それっ、イタダキ!!」

「え?」



びしっと指をさされて、おいおいけーすけ〜とその指先からよける。

小学生の頃に兄ちゃんがちゃんと注意したんだが、まだ抜けてねーなそのクセ。



「アニキさすが医大生だぜ! そうそう、そーゆー前向きな意見がほしかったんだ☆

そっか、マーマレードね、うん、イー感じじゃん! これなら丸ごとイタダキって感じだしな」



丸ごとイタダキって感じもなにも、そのまんまだろう啓介…とは思ったけれど、やはり

言わないでおいた。

それより啓介、指をしまえ指を。



「なあなあアニキ、マーマレード作れる?なあ?」

「ん? ああ、まあ…多分…」

「うっしゃ! それじゃ作り方はアニキお任せだなっ☆

皮ごと喰えるんだから、よっく洗っとかねーと…☆  

俺準備しとくからサ、アニキ、着替えたら早く降りてきてくれよなっ☆〜♪」



鼻歌でも歌いそうな…いやもう歌ってるかもしれない啓介がキッチンの奥に消えて数秒。

ごっごごーっと容赦無い全開の水音が響き渡り始めた。



指の件はまあ、いいか…また今度で、とりあえずその前に、まずはキッチンに寄らないと。

「おい啓介 水!」



コートを椅子の背にかけながら腕まくりをする涼介。

その優秀な…シナプスの接続いっぱいの脳内では、当然作ったことのない

マーマレードの作り方が、すばらしい速さでシミュレーションされはじめているのだった。








                                                   2001.03.25(SUN)
                                   
よしなしごとが続いちゃってるよ…(^^ゞ
                                                     りょーこ