「う〜ねむい〜〜」
寝起きそのままのボーボー頭に盛大なあくび、まだ糸のような目をこすりながら、
この家の次男坊が起床……したのか?
危なっかしい足取りで階段を一段、一段と下りてくる。
ちゃんと頭が起きてからにすればいいのに、
半分寝ぼけたまんまで階段を降りるから…
どがががっ!
「っ!!」
「〜〜〜〜〜〜」
…どうやら一気に目が覚めたようだ(苦笑)
あくびの涙に少しマジ泣きが入っている。
朝っぱらからなんだ…災難なことである。自業自得ではあるのだか…。
「う〜〜」
後頭部にちょっと強烈なのが入ったらしい、頭抱えてしばらく丸まって唸る啓介…。
いやこーゆーのはマジに痛い。経験者は語る。
「くっそ〜マジ火花散った〜」
イテテテテ…。
「うお、たんこぶ」
手で押えてる後頭部がみるみる変形して丸く盛り上がってくる。
ついでに、なんでだか頭の前の方も微妙に痛いのが不思議だ。
もしかして脳がこう、移動したのかもしれない団体さんで…。
「オレの脳細胞、何万個だか死んじゃったかも…。ただでさえ単位やべーのに、
ツイてねぇ〜〜ううう」
くすんと鼻水をすすりあげながら、今ごろ手すりに抱きついても意味ないのだ。
転ばぬ先の杖ならぬ手すり。
できることなら役立たせてやりたかったさ〜俺だって。心の底からそう思う。
普段の反射神経が寝起きでかなり鈍っていたのが災いした。
無意識に延ばした指の、後わずか数センチ分…。
時間にしてコンマ数秒動作が間に合わなかったのだ。
尻と背中の一部、そして勢いで後頭部その他もろもろ打ってますね。
ご愁傷さまです。
いつまでもこんなところでぐずっていても仕方が無い。
そのまま自室に戻って布団かぶってフテ寝したくもなってくるが、
とりあえず、まずは身を起こして、体を持ち上げる…。
と、とたんに後頭部にズキンとくる痛み。
「……いた〜」
痛みの波をやり過ごし、もしかしてヤバイかもオレ…と不安倍増な気持ちが駆け巡る。
脳裏に浮かぶは兄の優しい手。
救いを求めにリビングに足を向けてみる。
涙目にすり足プラスで、ずるりとリビングに現れた弟。
当然もう起きている兄はコーヒー片手に…。
「どうした? 今日はヤケに早いじゃないか」
……昼の12時にそれってぜってー嫌味だろ。
「…どうした? 唇尖らせて」
楽しそうに口元に手をやりながら、ちらりと弟を一瞥する。
「なんでもねーよっ」
「…そうか?」
全然なんでもなくはなかったが、つい、顔を赤くしながら強がってしまった。
オレ頭いてーのにアニキったら冷てエ。
「…アニキコーヒーある?」
「……テープルの上に残ってるだろ」
「ん」
痛む頭を敢えて無視しながら、ずんずんとキッチンに歩く。
コーヒーメーカーのサーバーのに残っているそれを、自分のマグに注ぎながら、
ちょっと位心配してくれたってさ、バチあたんねーだろと、コーヒーに向かって愚痴ってみたりする。
さっきよりは大分ズキズキが減ったとは言え、触れると未だとんでもなく痛い後頭部。
オレが死んだらアニキのせいだ。と見当違いな怒りの矛先をむけながら、
一口含んだコーヒーが、喉から腹に流れ込む熱い感覚に、なんとなく目が覚めてきた啓介である。
少しまともになった目で、リビングに兄の姿を探せば、なにやら真剣にテレビを見ている様子。
オレのこと全然気になってねーっていう?
ますますなんだか淋しさ倍増計画だ。
「なあ、なに見てんの?アニキ…って、料理ばんぐみぃ?! いてて」
裏返った自分の声がキーンとキた。痛い…(涙)
ツクンツクンと脈うつ後頭部、第二の心臓は足だろ…とバカなことが頭を巡る啓介。
と、真剣に画面を見ているハズの兄の手が、啓介の腕を引っ張って…。
「うっわっ」
そのままスルリとソファに引っ張り込まれた。
兄の腕の中にすっぽりと抱え込まれてしまう。
「バカ啓介。ちゃんと起きてから降りて来いって、いつも言ってるよなぁ?俺は」
「う…」
逆さまから見た兄の表情はいつも通り綺麗な笑顔だったけど、目が怒ってる…よ(汗)
「後頭部打撲…。全治一週間ってトコだな、おめでとう。 まあ、とりあえずは10分程度ここで安静にしてるんだな。今のお前には丁度いい診立てだろうが」
「なんだよそれぇ…」
「甘エタだったんだろ、違うのか?」
「う〜〜〜」
唇を尖らせて、あらぬ方向を向く啓介の体を、2年分大きい体が柔らかく包み込む。
「あんまり心配かけるな。心配で寿命が縮むぞ俺は…」
そう言って、驚いた顔を向けた弟の額に、そっと唇を落とした。
「んなぁ…、それ面白いのか」
それ、とは料理番組のこと。
至近距離に迫る超美形アニの顔に照れくさくなって、ついつけっぱなしのテレビに救いを求めてみたり…。
「かゆって味がなくてきらい俺」
「ばか、粥じゃねえよ。去年のリベンジだ」
「は?」
なんだよ去年のリベンジって、えらい息が長い話じゃん。
てか、ちょっと根に持ってるって言わないかなそういう話し。
「ジャムだよ。正確にはママレードというが。ほら、去年作ったろ夏みかんで…」
「あああー、あれかー」
そう。
去年の今ごろ、大量にもらった夏みかんの処遇に困って、結局兄弟二人で作ったのはあるだけ全部のなつみかんを使ったママレードだったんだ。
だけど、アニキが…。
「なにか言いたそうだな、啓介」
「だってよう、アニキあん時しばらく苦労したんだせ゜、ブツ無くすのにさあ」
「失敗は成功の母、というじゃないか。」
「………角切り」
そう。
作り方を知らない兄弟が作ったママレードは、市販品とは煮ても煮つかぬ角切りみかん。いくら煮たって、とうぜん柔らかくなる筈もないものだった。
「いっちゃ悪いけど、すげーまずかった。あれ全部無くすのって拷問だったぞアニキ」
「…内容物の形状については,再考の余地はあったな。うん」
ちゅかさー
単に切り方の問題だってアニキ。
だって、ぜーーんぶ8ミリ角のぶつ切りにして、いくらお鍋でことこと煮ようが、
そんなものとうてい柔らかくなるわけもないんだから…。
パンに塗ってゴロゴロする歯ごたえのあるマーマーレード…ちょっとヤだろう?
「ここで水に晒す…」
「ってなあ、ところでほんと、なんでンな番組見てるの?」
「リベンジって言わなかったか? 」
「全然ママレードとおかゆの接点が見えないんだけど、俺。」
「俺たちに足りないものはなにかをここでだな……そうか、そういうことかよく分かった」
「オレ全然わかんねーよ、なあ〜」
試食コーナーに移ってしまった画面を消すと、くるりと啓介に向き直る兄涼介。
「お前、今年ももらってこい夏みかん」
「んな突然言われたって…」
「あ、オレの方のツテもあるか、兄ちゃん今年こそ美味いママレードつくるからな」
にっこり笑顔の美形の兄の顔面、いや、変なところで息の長い話しで…。
大体がそんな、一年越しのリベンジするほどの、大そうな話じゃないと思うんだけど…。
ケド言い出したら引かないのは俺だけじゃないわけで…。
アニキの場合は形を変えて自分の気の済むまでは付き合わされるぞ…と。
つまりはずーーっとママレード攻めになるに違いない…。
「アニキ…せめて角切りだけは勘弁」
「当たり前だ。今度は薄切りにする。同じ失敗は繰り返さないぞ、オレは」
「頼むぜ〜」
角切り夏みかんリベンジ…、果たして今年はどうなることやら…。
今年はオレ、夏みかんもらってくるのやめよー。
そっと心の中で誓った啓介であった。
fin