「文学横浜の会」

 新植林を読む


2009年4月13日


「新植林42号」

「巻頭言」

 先を読むのが難しいこの不況の中、「占い」と言う商売が結構繁盛している様子だという。 占いはいかがわしいと思っていた筆者は、幾分の皮肉を込めて、占いとは 「最高のリアリティと励ましを与えられる自分だけのエンタテイメント」ではないかと言う。

短歌「旅」         パスカルこと子

 10作の中から3作を選ぶのに悩みましたが、
「人の世の旅か異郷に移り住み原野拓きて畑を耕す」
「眺むるは原野ばかりの異郷にて人恋しくも思う或る日は」
「住み慣れし地を去りがてに見返れば植えし苗木は鬱蒼と立つ」
 作者は遠い昔の思いながら周りの自然を見詰めているのでは、と思います。

随筆「表情筋」「早飯」  津川国太郎

 医者らしい知識に基づいた、或る意味、人間観察でしょうか。

エッセー「おじゃまでしょうが(野鳥その3)」  中條喜美子

 砂漠の中の「ロードランナー」を観察して、鳥や獣は弱肉強食の世界で必死に生きている様子を描いています。

短歌「夏から秋へ」       中條喜美子

 帰省した後の余韻に浸りながらの10作の中から、
「帰省せしあとの虚ろを何と呼ぶホームシックかカルチャーショック」
「番組の八十八ヶ所寺社参り目をさらにして思い出たぐる」
「カミカゼとジョークで吾を呼ぶ人に知覧の悲話を語らうべきか」

短歌「秋」     ネルソン テリー

 作者の現在はよく判りませんが、或いは過ぎし日を思いを含めての10作でしょうか。その中から、
「ふと見れば柿の実ほのかに彩づきて触れゆく風に秋をささやく」
「魂のつながりのごと曼珠沙華頬よせあいて何をささやく」
「いつの間に疎遠になりし古き友尾瀬の山道香きまぼろし」

忘れてはならない物語「海底に眠るオルゴール」   花見雅鳳

 特攻で亡くなった朝鮮出身の軍曹と、特攻基地の近くの娘との心温まるエピソード。
前作に続いて、戦争に対する作者の思いを書いて、今があるのはそうした時代、或いは人々がいたからだ、 と言っているように思う。

創作「美しい人」        シマダ・マサコ

 「美し」かった三歳年上の姉に嫉妬していた京子の復讐噺とも読めるが、 人の幸せとは、と作者は書きたかったのでは、、。

随筆「在米半世紀の回想録(その六)   井川齋
   ジャパニーズ・アイデンティティとの訣別(2)

 今回も力作です。スクール・ボーイをしていたスミス家を出てから単位を気にしながらの学業とバスボーイの仕事に励み、 日本にいる癌に冒された母親や発病した妹の知らせを受けて動揺しながら、 ベースボールに打ち込む若かった作者の苦闘振りが伝わってきます。 (もう少し肩の力を抜いて書いてもいいかな?)
ともあれ当時のアメリカにおける日本人の立場と苦闘する若者の姿がよく出ています。 作者自身も、野球感覚からベースボールへ、すっかりとけ込んだようです。

インタビュー「北米俳句史断章(中)」  長島幸和

 前回の続きで「橘吟社」現主催者である宮川惠子氏へのインタビューを、 「常石芝青氏の残したもの」「ていないな添削・指導」「初心者に厳しい空気」「我に始まる一家系」 「変わった句会の雰囲気」「俳句の会同士で吟行も」と載せている。

ノンフィクション「ある国際結婚(その一)」  清水克子

 作者は「私は自分が不幸を招いたといつも悔やんでいた」と言う。 そうした思いの“質”は違うだろうが、或る意味、誰しもそんな思いを抱いているのではないだろうか。
さらに作者は「それが神のお計らいなら、自分の人生を肯定し、自分を責めることなく生きようではないかと」と思い定め、 「一度自分の人生を見つめ直してみようと思い立った」と書いている。頑張って下さい。

私小説「インディアン サマー(四)」 杉田廣海

 大怪我をした私を置いて、同棲相手のシーナは出ていくようだ。 何度も裏切られるばかりだったシーナだが、彼女との“破局”を前にして、どうやら私は衝撃を感じている、、。続く。

他に連載物  SF小説「銀河の旅人」 (十三)  桑波田百合

文芸誌 in USA 新植林
第42号・秋期・2009年3月
e-mail:shinshokurin@kdd.net
homepage: http://www.shinshokurin.com
定価:6ドル+TAX

<金田>


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