「文学横浜の会」

 新植林を読む


2017年 6月12日


「新植林58号」



「巻頭言」  自身の高齢と体力の衰えを言い、若い頃の運動を思い出しての再挑戦、と書いている。
そんな折の四十年振りの我が子との再会、運動にもさぞ気合が入るでしょう。

短歌「朝日歌壇の入選歌」              中條喜美子

 朝日新聞の「朝日歌壇」に、筆者は1998年から投稿され、今迄に77作の入選作があり、それを順次紹介しています。、 今回は三回目で2003年の作品からの12首の入選歌。何れもアメリカでの生活を通して詠んだ秀作です。

エッセイ「おじゃまでしょうが(息子の結婚ー後編)」 中條喜美子

 前回の結婚式前のゴタゴタや多文化交流をへて、飛行機を乗り継いでいざ結婚式が行われるバージンアイランドへ向かう。
結婚式から帰宅するまでを旅行記風に詳しく書かれていて、読んでいて楽しい。それにしても多文化交流はタフでなければいけませんね。 精神的にも。  バージンアイランドには、多分、余程旅慣れていないと日本からは行けない場所だろうな。

ノンフィクション「林のばあちゃん、他二編」     柳田煕彦

 作者の若い頃の思い出なのだろう。
誰しも年を重ねると、若き日の事に思いを巡らす事が多くなるようだ。三編とも面白い掌編となっている。
「林のばあちゃん」では祖父の家の薪小屋にいた林のばあちゃんにつてかいている。祖父には内縁の妻がいたが、 林のばあちゃんは元は祖父と内縁関係だったのでは、と作者は思う。
「修学旅行に行っためじろ」は中学校の用務員のおじさんの話で、作者には尊敬の対象で師匠でもある。 読み手の欲としては師匠に教えて貰った鶯の飼い方、捕らえ方を読みたかった気持が残る。
「寿坊地蔵」は若い頃に造った地蔵、その地蔵を、寿坊と呼んでいた後輩に似ているので、寿坊地蔵と呼んでいた。 話しとしては寿坊との在りし日を思い出し、寿坊地蔵の行く末に思いを馳せる。

小説「赤と黄色のハードハット」           シマダ・マサコ

 前号までの「ふるさと」の続編とも思える。
 夫に先立たれた裕子は息子の手を借りて物置の整理をする。その中に夫の母親から送られた二つのハードハットに気づく。 裕子は1960年代の公民権運動の激しかった頃を思い出す。日本でも学生運動の激しかった頃だ。
ハードハットとはヘルメットと同じような機能なのだろうか?

小説「福島ラプソディ(一)             中野隆一郎

 三つの話から始まっている。」

 まず「序奏曲 パート1、小林信吾の場合」では主人公はサラリーマンの小林信吾。 出勤まえの信吾はテレビのモーニングショーを観ている。福島の原発事故で仮設住宅に住むからの中継のようだ。 放射能で汚染された家に帰りたいと言う老人を見て、癌で亡くなった父の顔とがだぶる。信吾はどうやら会社人間のようだ。
「序奏曲 パート2、ヒロシの場合」の主人公ヒロシはホームレス生活をしている。
上野公園のホームレス村でパパさんとか学者さんとか様々な呼び名の人がいた。学者が同じモーニングショーを観て、汚染された自宅に戻してやれと言う。
「序奏曲 パート3、平井節子の場合」では主人公の節子に早朝、中学の同級生だった由美から電話が掛かってくる。 由美は子宮ガンだと言う。
出張中の夫・健二に子供を産めない身体になった事を言え出せない由美は朝のモーニングショーを観ている。 福島の原発事故で仮設住宅に住む例の老人のインタビューが映されている。

 三つに共通するのは原発被害者の老人の発する言葉「汚染されていても、自分の家に戻りたい」と言う画面です。 これがこの作の今後にどう繋がるのでしょうか?

随筆「砂漠のブランコ(七)」            ケリー・晴代

 「犬」預かった犬、ロッキーやザックとの思いで話。犬好きにはたまりませんね。
「休み時間 パートU<春>」友達の中に中々とけ込めなかったJJもどうややどうやらきっかけがつかめそうです。 言葉が判らなければ子供には大きなストレスなのでしょう。
「性教育」これはミミとJJとの、つまり男女共通の教育なのでしょうか。中々いいと思いました。 「学年末」ではジョギング大会やエッグドロップコンテストの話。JJもどうやや仲間に溶け込んでいますね。日本の教育方針との違いも見えてきます。
「<夏>夏休み」では5月末に、日本へ一時帰国して、日本の学校への体験入学の話。
JJにはアメリカの友達への思いを持つようにもなっていました。 「サマーキャンプ」では、JJはアメリカに戻っての5日間のサマーキャンプに参加した時の話。JJはすっかり溶け込んでした。

異文化体験とそれに伴う軋轢、戸惑い、違和感、それらが読み進む連れて感じられます。きっとミミちゃんにしろJJにしろ貴重な体験であると同時に、お母さんの奮闘ぶりも目に見えてきます。

ノンフィクション「私見・環境と人間(一)」     清水克子

 偶然かどうか今号は過去を振り返る作が多いようです。
この作も自分の過去を振り返り両親との関係について、特に家業(旅館業)に馴染めない自分を見つめ、 カトリックの女子校へ履歴書を送るまでを書いている。

随筆「在米半世紀の回想録(第二十一稿)」      井川齋

 副題として<はじめに><不意なる腎臓疾患の疑い><小さな一軒家をレントする><明子、オレゴン大学へ編入し我が家に同居す>として、
オレゴン大学の春季休暇中、裕子とカナダにいる再婚した伯母を訪ねた事や、腎臓病の疑いがあるのに放置していた事、 オレゴン・ポリ・サイでの博士号完全取得を条件に助教授格のポスとを約束されて赴任していたのに未だに「博士論文準備中」であった事、 それは「学究の途を進む」という本来の本来の目標を棚上げ状態だった事もあり「精神放浪」の荒れた、 振り返れば「苦衷の期間」を過していた事になる。

 話しは前後するが、裕子と私は69年6月末、キャンパスから徒歩15分程の場所に一軒家をレントし裕子の妹・明子が同居する。 本稿では明子のオレゴン大への編入からパリ・ソルボンヌ大へ留学する為にロサンゼルスの両親の元へ帰省するまでが書かれている。

小説「インディアン サマー(二十)」        杉田廣海

 前号に続いて暴動の場面が続いている。
「黒人社会が奴隷時代から感じている白人社会からの差別意識が膨れ上がり、怒りが爆発したものだが、彼らの矛先は真っ直ぐに白人には向かわず、日頃から対立していて軋轢のある韓国人社会に向かい、」とある。

文芸誌 in USA 新植林
第58号・2017年 春期
e-mail:shinshokurin@aol.com
homepage: http://www.shinshokurin.com
定価:7ドル+TAX

<金田>


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