「文学横浜の会」

 上村浬慧の旅行記「アムステルダムの異邦人」


2001年3月24日


D飾り窓 (Red Light District)そして 16才のDinner

 (後編)

 Cruise を終えたわたしは心地よい喉の乾きを覚えていた。ダム広場近くの Snack に入る。まだ日が高いのに、店内の客のほとんどがビールを飲んでいた。店内は西部劇に出てくるような感じ。天井まである棚には、ビールやリキュール、ソフトドリンクが並んでいる。コーヒーだって紅茶だってむろんあるのに、みんなビールを注文している。会社関係の打ち合わせらしい連れも、やはりテーブルにはビール。彼らのテーブルにはおつまみらしいものさえない。ほんとにビールだけ。そそくさと話をして、そそくさとビールを飲み干し、そして、そそくさと店を出て行った。喫茶店で、コーヒーを飲みながら商談をまとめる日本の営業マンたちと似ている。この街ではビールがコーヒーのように扱われているのかもしれない。なんとも奇妙な気がした。

写真(snack) リンク削除

 太陽さえ出ていれば、日差しは弱くとも日中はそれほどでもないのに日がかげると途端に寒くなる。当然コートなしは考えられない。バッグからマフラーを取り出して首に捲く。夕闇の迫る街をのんびり歩いて、仕事を終えたハズを中央駅まで迎えに行った。

 ハズと一緒に、さっき躊躇ったSEX MUSEUMに入ってみた。入場料は、日本円にして、ひとり約千円。子ども連れでも入れるんだって。ということは、そんなに刺激的なものはないのかななんて思いながら案内板に沿って展示室に向かう。入ってすぐのところに、奇声を上げる等身大の太った中年(初老?)男の人形が置かれていた。奇声に驚いて振り向くと…、キャーッ! 彼は露出狂。卑猥な笑い声を出してパンツをおろし、彼のいちもつを露出する。わたしが驚いて目をそらすのをみてハズがニヤニヤしていた。

 歌麿のものは一枚もなかったけれど、北斎のものが数点展示されていた。屏風仕立てのものもあった。歴史的な有名人の性的(?)な、公開されなかったスナップ写真や、世界各国の春画、そして、性戯にかかわる小道具なども、ところせましと陳列されていた。

 館内は3階まであって、階段にも数え切れないほどの性関係のスナップ写真がピンナップされている。勿論撮影は禁止。3階の、あるコーナーには、アブノーマルなもの、SMとか白黒、そして、HOMOSEXUAL関係のものが、写真ばかりじゃなく、立体的なmoving monumentで展示されていた。訪れた人たちは、結構真剣に見ていたよ。

 だけどね、日本ではまだまだ公的にはタブーのものが、これでもかこれでもかって展示されているのをみると、だんだんなにも感じなくなる。なにこれ? こんなの、ただの陳列じゃない…ってね。

 アムスでは街中の至るところ、性を彷彿とさせるポスターが公然と貼られている。TVでもデートクラブのコマーシャルなど、日本じゃポルノ映画館でだってお目にかかれないような直接映像がニュースとニュースの間にバンバン流れてる。信じられないだろうけど、masturbation する女や、lovemakingを夢想する映像が、ボカシなしで放映されてる。さすがに昼の時間帯では流れてなかったけどね。

 水面下では性の犯罪が後をたたないという話を聞くと、これではしょうがないのかもしれないと思ってしまう。いくら深夜だけの放映コマーシャルだとしても、あれだけ刺激的な映像だったら、それをこっそりみた若者がムラムラっとして犯罪に及んだとしても、責めることは出来ないんじゃないかな。これは、今までとはちょっと違ったアムス感だった。

 ダム広場近くの「アウトホランド」というお店で、ムール貝の夕食を取った。冷凍ものはいっさい使わないというオランダ料理の店で、観光客にだけではなく、地元の人たちにも人気があるという。少し待たされて、やっと座れたのは隅っこの席だった。そこからは店内を一望できる。そのおかげで、なんとも興味深い光景をみることが出来た。

 ある席では二人連れの男たち。まあすごい食欲。大皿に目一杯の、ベーコン、ソーセージ、ビーンズを、あっというまにペロリとたいらげ、続いてなにやら、日本式にいったら鍋料理のようなものを注文していた。よくまあ食べれるなあって感心してしまった。

 それだけではない。店のマスターらしい人が来て、今夜は混んでいて申し訳ない、なんて話してくれていると、予約客らしい団体が入ってきた。二〜三十人の子どもと引率の教師らしい大人が五〜六人。彼らは落ち着く間もなく、年かさの子どもたちの席でビールでの乾杯がおこった。しかも銘柄まで指定して…。どうみても中学生くらいにしかみえない。ビールを飲み干した後、ウェイターが彼らのグラスにワインを注ぐ。それがとても自然な感じがする。「あの子たち、未成年よね」とハズに言う。「そうだな」とハズ。「お酒飲んでもいいのかな」とわたし。「聞いてみたら」とハズ。引率の教師らしいひとりに訊ねてみた。なんと彼らは十六才だと言う。彼らはいつもこうなのか、とまた訊いた。Dinnerの時にはそうだという答え。公認の未成年飲酒…日本ではありえない。驚いたねェ。もしかしたら、未成年の区切りが日本とは違うのかな。まあ、水が安全ではないということだし、ビールが水の代わりなのかもしれないけど…。それにしてもねェ…。西欧人のビール嗜好は、こんなところに要因があるのかもしれない。

写真(boys) リンク削除

 夕食を終えて、午後9時半、朝予約したNight Cruiseに乗る。昼の航路とほとんど同じ観光航路なのだが、ライトアップされた街並みが、船の起こす水面の波に映って揺れ、昼とは違ってfantastic な感じがした。

写真(night cruise) リンク削除

 赤・白のワインに、エンジェルチョコチップとポテトチップスのおつまみ。英語圏の人らしいふたり連れのお嬢さんらと相席になった。片方のお嬢さんはとても真面目そうで、聞こえてくる話の内容からボランティア関係の進路を選ぼうとしているみたいだった。もう片方のお嬢さんは、転職を考えているみたいで、Cruiseの間もなにやら真剣に話しこんでいた。案内される夜景にも、時折、目を向けるだけだった。

写真(night cruise- lady) リンク削除

 そのCruiseの案内をするのは船の操縦士。彼はオランダ語、ドイツ語、英語、イタリア語、そしてフランス語を自在に話す。説明だけだったら暗唱しているのだとも考えられるのだが、乗り合わせた客の質問に、彼らの国の言葉を使い分けて、しかもジョーク混じりで答える。これには少なからず驚いた。さすがにハズもこんどばかりは脱帽って感じで、負けちゃいられないなあってため息ついていた。

 Night Cruiseが終わったのは11時半、ワインを飲んだせいで、体はぽかぽか。飾り窓地帯に行ってみようということになった。

 昨年晩秋の某週刊誌の記事…アムステルダム・フォトルポ…によると、インターネット・アダルトサイトの人気抜群サイトは、ほとんどが「性の都」オランダ・アムステルダム発だとか。ここアムスに来てみて分かったことは、それを製作しているのはアムス郊外のコンクリートビルの中らしいということ。だから、絵葉書にみるアムスの街でアダルトフィルムがつくられてるって思った人は思い込みを訂正してね。

 とはいえ、たしかに、今世界中で性の王国として名を馳せているのはオランダ・アムステルダムだし、誰もが知ってて、男なら、大抵一度は行ってみたいと思ってるのが飾り窓。その飾り窓地帯は、オランダの国(政府)が公認しているというから、まあ戦前の日本の赤線地帯みたいなのかな。国が公認するなんて、これといった自国産業もないオランダだからこそなんだろう。

 そこはアムステルダムの中央駅から数分、ゴシック建築の荘厳なThe old churchの裏手にずらーっと並んでいた。運河にかかる橋ではっきり区切られている。夜ともなると赤いライトに照らされた通りが運河にゆらゆらと影を映して、Night Cruiseでみた夜景とは違う下腹を抑えたくなるような美しさをみせている。橋に立ってみると、闇の中でその一角だけが紅く浮かび上がって幻想的。ワーッきれいッ…! と喚声をあげるのではなく、息をのむ妖しげな美しさという感じかな。とにかくきれいなんだけれど独特な感じがする。

現地ガイドブック(The Old Church) リンク削除 (Red Light District) リンク削除

 ショウウィンドウのような大きなカラス張りの窓の中は、外の真っ紅な灯りとは対照的に透明の蛍光ライトが当てられ、そこに、さまざまなポーズで静止している女たちが浮かび上がってみえる。ビキニ姿かトップレス、まともに衣服を着けている女はひとりもいない。化粧台の前でマスカラーをつけている女、椅子に軽く腰をかけ、股を開き加減で頬杖をついている女、長いキセルを高く振りかざしてなにか怒っている女。みな人形のように動かない。痩せたのもいれば太ったのもいる。そこだけが明るい。彼女らはみな美しい。ウェヴサイトで誰かが言っていたね。飾り窓には美人はいない。みんなブスだって。うそうそ、それは絶対に違う。彼女らはみんな、ほんとに美しい。美人ばかり。彼女らを路から品定めして、客は一夜のセックスの相手に指名するんだって。買う方の客は男ばかりではない、女もいるっていう話。

 ひとつの窓で中の女に向かって手を振ってみた。振り返してくれる。ウィンクのおまけつき。別の窓でピースのサインを送ってみる。また同じようにピースサインが返ってきた。歩いていた英語圏の人…She is moving !…と叫ぶ。さもありなん。じっとしている限り、彼女らはマネキン人形にみえるのだから。

 現地で聞いた。日本人の男はとてもよいお客…。何を意味しているか分かる? 日本人はセックスに対してじめじめしているってことかな。妻以外の女とのセックスに対して、頭のどっかで罪悪感みたいなものを抱えているのかもしれない。だからなんだろうね、いくらボラれても泣き寝入りするんだって。日本人以外は、彼女らとはビジネスとして性交渉をするから、ちょっとでも契約と違う価格を請求されると本気で怒りまくるって話だよ。

 買われる女たちは、検診を義務付けられていて、異常なしと認められた女たちだけがそこで働くことができるんだって。近いうちに年金制度も適用されるってことだよ。

 ここでちょっとご忠告…飾り窓地帯を写真に撮ることはとっても危険です。なぜって、ビルとビルとの間あちこちに、スーツを着た、一見紳士風のでかーい男性がどかっと立っています。うまく隠し撮りができればいいのだけれど、撮っている現場を見付かったら、どっかに連れ込まれるって話。フィルムは没収、もしかすると賠償金を請求されるかも。ご用心!ご用心!

 ドラック入りのお茶がmenuに乗っているお店があるのもこの界隈。飾り窓に続いてsex shopもずらーっと並んでいる。訪れる客には結構女性が多いって話。でもあれだけ並んでいるとちょっと興ざめかな。sex shopなんてェのは、目立たないとこにひっそりあるからぞくぞくするって気しない?

 もうひとつご忠告…ここで買ったポルノヴィデオテープは、コンバーターで変換しないと日本では見ることができないそうですよ。My husband もこっそり買ったまではよかったんだけど、家に帰っても見ることが出来ず、結局、イギリスに留学している知人の息子にあげちゃいました。まったく笑い話よね。

 それにしても、Amsterdamってとこは、セックス関係のものやドラッグに関するものとかが歴史的な建物と隣り合わせでたくさんある。歴史を振り返れば、中世貴族と、売春・ドラックは切り離せないんだから、納得といえばなっとくなんだけど…。とかくアムスには近代娯楽のDAMRAK、芸術のエキスの詰まったMuseumplein、そしてゴシック建築に享楽の飾り窓やドラック街、それらが美しい運河でしきられながら共存している。なんとも不思議な街です。

 現地の人たちはそれが当たり前のせいか、とりたてて騒ぐことも、目の色を変えることもないみたい。目をぎらつかせているのは旅行客ばっかりって感じでした。

 アムスの話もおしまいに近づきました。アムスを発つ朝に行ったのはwindmill village。

 この次は、最後に訪ねたその村の話。

(Lie)

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