「文学横浜の会」

 随筆(城井友治)

これまでの随筆

2003年11月16日[掲載]


〔 風の便り 〕ー残年記ー

<76>

「宮武さんから電話がありましたよ」
 インフェルエンザの予防注射を終えて帰って来たら、カミさんがそう言った。
「ふーむ、14日行かれないって言うのかな?」

 11月の14日に鎌倉アカデミア演劇科の同窓会がある。場所は1期生の加藤茂雄さんの縁のある鎌倉長谷の鰻屋「つるや」が会場になっている。1期生だけの集りだったのが、年とともに人数が減って来たから2期生以下にも声がかかって来た。

 今度も練馬の光が丘に住んでいる3期生のイサ坊(樋口輝剛)が、車で行くというので、寄ってもらうことにした。演劇プロデューサーの彼は、平気で大阪名古屋と車をとばして仕事をしている。

 世田ケ谷という交通至便なところに住んでいるタケさん(宮武昭夫)は、昔から免許証を持っていない。それで彼も乗って来ることにした。不思議なもので、車を運転したことのない人の方が心配する。

「乗せて貰ってこんなことを言うのも変だが、大丈夫なんかね、運転」
「始終乗ってるから平気だよ」
「だって、歳だぜ。いつ何時脳梗塞や心臓麻痺が起こるかも知れない」
「そりゃそん時さ。運と思ってあきらめるんだな」

 タケさんは、自分が狭心症をやっているので不安になるらしい。それでも、リュウマチをかかえているから駅の階段を上り下りする難儀を思うと、車の送り迎えは感謝、感謝だ。 みんな50年以上の長い付き合いだから遠慮がない。タケさんは何度もこの欄に登場しているから説明を省くが、今でも「放送表現教育センター」の主催者山内雅人が亡くなったために週に一度教えに行っている。真面目で友情に厚い男だ。

 彼の家に電話をいれると、奥さんが出て1時間ほどしたら戻るという。
「散歩ですか? 家でごろごろしてちゃ身体に良くないからな」
「いえ、床屋なの」
「えッ!? どうして?」
 床屋に行くのに、どうして? と驚くことはないと大方の人は思うだろう。実はこれには訳がある。

「だって、彼の散髪は奥さんがやってたじゃないの」
「そうよ、結婚以来ずうっと亭主の髪は私がかってました」
「それがなんで床屋へ行くの?」
 ウフフと笑って答えない。
「ははぁ、急に頭が薄くなったのか」
「違うの、あたし、旦那の耳を切っちゃったの」
「耳を切った!」
「これで二度目。それでね、怖がって床屋に行くようになったの」
「ハハハ、そりゃ怖い、この次は喉かも知れないしな」

 暫くして電話があった。その内容は、わが家に着く時間の知らせだった。耳を切られたことはちらっとも言わなかった。

 耳に南無阿弥陀仏と書いたらと言おうと思ったがやめた。床屋に行って貰った方が老老介護の負担は軽くなるから……。

 11月24日TBSデジタルBSiで筑紫哲也のニュース番組i’S EYE(夜8時より)の中で、10分ぐらい鎌倉アカデミアのことがとり上げられるそうです。ご覧下さい。

◆   ◆

 毎年恒例の『快楽忌』が今年は一か月遅れの10月19日に外国人墓地で墓前祭が、引き続いて山手十番館別館でブラック祭が行われた。生憎とヘンリー・ジェームス・ブラックの縁者の須藤さんが体調を崩されて欠席だった。快楽亭ブラックは明治のはじめに登場した青い目の落語家で、日本でのタレント1号。(現在、快楽亭ブラックを名乗っている落語家がいるが、この人はブラックとは縁も所縁もない人で、縁者にもなんの断りもなく自称しているんだそうだ。無神経というか、あきれたものだ)

 墓前祭ではブラックの名にちなんで、ブラックビールを墓石にかけ、会場でもブラックビールで喉を潤す。いつも研究会のメンバーのお話しがある。今回も生出恵哉さんがブラックの家族のことを、また内田四方蔵さんが明治初期の新聞記事に見られる社会裏面史などを話された。その後、参加者がブラック、黒にまつわる話しをすることになっている。 話上手の鈴木昭三さん(『不思議な縁』の著者。この便り65号で紹介)がトップで、夏目漱石の『吾輩は猫である』の猫は黒猫だったという話しをされる。うまいものである。何人目かに私の番。話下手なので、出かける時に、クロ、くろと思いながら黒いシャツを着込んでごまかすことにした。うまい具合に黒シャツを着てきたのは、詩人の筧槙二さんぐらいだった。

 ブラックなシャツを着てきました、だけでは簡単過ぎるので、

「つい10日前に黒いお腹を病院で白くして参りました。でも、性が良くないので、すぐ黒くなってしまうかも知れません」

 どうも話は苦手である。いろいろな方々が話をされるうちに、ブラックよりも快楽亭の快楽に話が進んだ。快楽の話を聞くのは、決して嫌いではないが、こうした多人数のところでやられると、アハハハと笑っていても戸惑いを感ずるものだ。

◆   ◆

 病院で寝転がっている好奇心の強い患者は、色々なことに興味を持つ。総合病院だから、一日に何度も救急患者が送られてくる。救急車のサイレンが遠くで聞こえると、病院のアナウンスが始る。

「緊急連絡、緊急連絡、ホットラインCTC、7分。繰り返します」

 ホットラインまでは分るが、次のCTCとかCTAとかが分らない。若い看護師に訊いたら、「えッ、そうですか。知らない」。泌尿器科は関係ないからかも知れないが、病院全体に鳴り響くものだから、知っていてもいいのではないのか。それでその先輩ぐらいの看護師さんをつかまえて訊いたら、

「あら、いやねぇ、変なことに興味があるんですね。CTCとかはコールサイン。7分は救急車が病院に着く予定時間よ」

 なるほどそれで7分とか10分とか言うのか。なっとく。知らなかった看護師は新人で、仕事に追われて気が回っていなかったのだろう。

 病室から手術室に行くのに、車椅子に乗せられた。前は病室で麻酔をやったから、ストレッチャーて運ばれた。今度は手術室の前室みたいのところでやるらしいので、なにも車椅子に乗らなくて、歩いていける。

「歩いて行けるよ」
「駄目です。そういう決まりですから」
 新人は車椅子を押しながら、「段差があります。ちょっとガタンとします」
マニュアルにそう書いてあるのか、生き生きしている。

 前に手術をした時には、看護師さんたちが何人かで手術台にかかえて移したものだが、今度はフォークリフトみたいなもので、すうっと移された。

 手術前には気がつかなかったが、終って気持ちに余裕が出来た。
「へぇ便利になったんだなぁ。以前はみんなで持ち上げたじゃないの」
「だいぶ前の話ね」

 麻酔の切れもしないうちに、へらず口を叩く患者はまずいない。手術後にそんなことを言えるのは、死んでいない証拠と思ったのか仕事の手を休めずに、

「もう10年前から使っているわ」
「俺の入ったのは3年前」
「おかしいわね。故障でもしてたのかしら。今は3台入ってるの。でも高いのよ」
「へえ、いくら?」
「1台、ベンツぐらいするわ。……はい、お疲れさま。ゆっくり療養して下さい」
 ベンツに乗せられたのか。感心しているうちに手術室の外へ追い出された。

◆   ◆

◆ 大騒ぎしていた野球も終った。今年はもっぱらアメリカの大リーグ中継を楽しんだ。丁度見る時間が都合が良い。日本の野球中継はほとんどナイターなので外出とぶつかることが多いが、午前11時からだと私のティタイムでテレビの前に座ることに支障がない。

 ご贔屓はと訊かれると、強いチームをやっつけるところが好きと答える。しかし、日本の野球界は監督に有名選手をすえるのが好きだ。『名選手必ずしも名監督ならず』という言葉があるのを知っているのだろうか。

 長嶋監督が、「なんであんな球、打てないンでしょうネ」と言ったことがある。

 天才的なひらめき持つこの名選手には理解出来ないことだろうが、監督として言うセリフではない。

 今度中日に落合が監督になった。この人は選手として抜群の能力を持った人だが、解説なんかを聞いていると、どうも情が感じられない。うまくゆくのだろうか。気の毒だったのは、中日の山田監督だ。7連敗したことを理由に解職された。原監督の大騒ぎに埋もれているが、この人は言うべきことは言うタイプだったから、フロントと合わなかったのだろう。7連敗したって7連勝すればチャラである。シーズン途中の処分だったのはまったく頂けない。

 なんとか言う作家が新聞に書いていた。原監督が巨人軍の特別職についたことについての非難とも思える記事だった。一軍のコーチが全員原さんに同情してやめたのだから、そんな特別職の閑職につくことはない。そんな風にとれた。これは全く原さんの心情を知らない無神経な言い草である。もし、それすらも断ったら、明日からの彼の生活はどうなるのだろう。今はじっと我慢するしかない。そして心に栄養をつけることだ。

 長嶋監督の率いるオリンピック予選の日本チームが優勝した。本選の時に今のメンバーが出場出来るのだろうか。

◆   ◆

 悲喜こもごもの選挙も終ったから書くが、よく分らないのは、確か自由党と民主党が合併することの先鞭をつけたのは、前党首の鳩山さんで、そのことを画策したとかで党首を下ろされた筈。あの時、菅さんも時期尚早であるとかで、鳩山さんを下ろしにかかった一人ではなかったのか。そして官僚との断絶なんて偉そうなことを言っているが、官僚出身の政治家も自分のところに大勢いるし、官僚抜きになにが出来るのだろう。おかしな官僚も中にはいるが、総じて日本の官僚は優秀だし、連中が「ああそうですか、お好きなようにおやり下さい」と放り投げたら日本はおかしくなってしまう。

 今度の選挙で目だったのは、共産党と社民党の凋落であった。投票率が悪いと、組織票を持っているところが有利と思っていたが、そうでもなかった。昔のように労働組合の力が強大で、締め付けの出来た時代は遠のいたのだろう。二大政党という宣伝に飲み込まれてしまった。なんとなくそういうものかと思う選挙民は、いつも気紛れなのである。

◆   ◆

 NHKのBS2の映画の時間で、ボーカリストの鈴木重子さんが対談に出ていた。

 話の中で、彼女の始めての映画出演『火星のわが家』が放映されることを知った。

 12月13日(土)深夜2時からです。監督は大嶋拓さん。壊す前のわが家でロケをしたので我ら仲間も病人役で出演している。すでに2人が鬼籍に入ってしまった。起きていたらご覧下さい。深夜だからビデオにでもとって後からゆっくりという手もある。                                

03/11.13

 城井友治


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