「文学横浜の会」

 随筆(城井友治)

これまでの随筆

2004年2月15日[掲載]


〔 風の便り 〕ー残年記ー

<79>

 また病気の話かいとお叱りを頂くかも知れないが、この歳の身辺雑記となると、どうしても病気のことが多くなってしまう。 お許し下さい。

 老人どもが集まると、話題の一つに、はたに迷惑をかけずにポックリ逝きたいという願望が出てくる。

「あんなに冴えていた男がなぁ、ボケたんだってよぉ」

 仲間うちにそういうことがあると、いち早く電話が入る。愚鈍なお前は大丈夫と言われているようだが、 ヒタヒタと波が近付いてくるように、いずれそうなるのかと穏やかでない。 70年も生きたんだからしょうがないと思うものの、ボケだけは困ると誰もが言うが、さてこればかりは、抵抗のしようもない。

 だから心臓や脳の病気でサッとあの世に逝くことを願うのだ。 しかし、その病にしても願望どおりにならずに医術の進歩で助けられてしまう。

 延命作業はしないで下さいとカードを作ってはいるが、動転した家族は、本人の希望だからと放置するには勇気がいる。

 この頃突然の死でも前兆はないのかと考えるようになった。 心臓の場合は、キューンと胸が締め付けられる痛みが走るし、脳の場合でも頭が痛くなることは聞いている。 私の言う前兆とは、もっと前のことである。これは一過性だから、おかしいなと思っても通過してしまえば忘れてしまう。 つい先だってのことだが、宴会の席の明かりが暗くなった。部屋の中にいてサングラスをかけたような状態。 会場の誰もなんとも言わないから、眼鏡のせいかと別の眼鏡にかけ換えてみたものの同じだった。 自分に異常があったと思わずに、外的要因と思うのだから呑気なものだ。

 老人性白内障と言われてからだいぶたつ。今は眼圧がどうのこうの言われ、緑内障の治療の目薬をさしている。 きっと部屋の中が急に暗く感じたのも、このせいなのかも知れない。 それは脳につながっていて、もしかしたら梗塞……なんて想像している。 これだって一過性だから、今調べてもなんにも出て来ないだろう。

 また、近頃なんとなく、最近会っていない友人に会いたいなと思うことがある。 これなんかも、説明出来ないなにかがある。自分にしか分らない前兆があると思うのは、思い過ごしなのだろうか。

◆ 旧暦のことを前号で書いたら、畏友の坂本圭次郎さんから、こういう本があるよ、と送ってくれた。 『旧暦はくらしの羅針盤』小林弦彦著 NHK生活人新書。

 新暦でずうっと育ってきた我々は、旧暦なんて、ただ古臭いものだとしか考えていなかったが、 この本には教えられることが多い。ちょっと引用させて頂こう。

 ここがヘン!  真冬に何故〃新春〃というのか「お正月」

 新暦の一月は、最も寒い季節です。十二月三十一日の国民的番組「紅白歌合戦」が終わって「ゆく年くる年」が始ります。 各地の寺院の銘鐘で、除夜の鐘を撞く光景がテレビで中継されます。鐘を撞く僧侶の後ろで、雪が舞っています。 それなのにどうして「迎春」なのでしょう。旧暦では一月、二月、三月が春でした。 旧正月は新暦では一月下旬から二月上旬に来ますが、その頃になると、春は名のみとはいえ、春の気配が感じられます。
(中略)
「春」という言葉は旧暦時代のもので新暦の正月は晩冬の最中です。 それをなんの疑いも持たず、年賀状に「迎春、賀春、新春」などと「春」連発するのです。 明治改暦での混乱が、まだ尾を引いています。中華文化圏の「春節」こそが、本当の「迎春」なのです。 春節とは旧正月のことです。(以下略)

 こういうことを指摘されると、来年の年賀状になんと書くか考えてしまう。 その他、なるほどと思うこともある。興味のある方はお読みになってみて下さい。

◆ NHKのテレビを見ていると、テロップのミスが多い。誰が監修しているのか。 この間も「上村松園」を「植村松園」と流していた。 技術屋さんが、パソコンで変換して出て来たままをチェックなしで、画面にはめているのか。 いつもアナウンサーが謝っているがお粗末である。いっそのこと謝りのテロップを作っておいたらどうか。

 イラクに自衛隊派遣の問題で騒然としているが、新聞、 テレビの団体がもっと報道の規制を緩めろという申し入れをしたと新聞に出ていた。

 この前テレビで、今度の駐屯地になるサマーワの場所の報道がされていた。 なにもない荒野が写し出されていた。その後、宿営地建設予定の設計図がテレビ画面に出て来た。 出入り口は三か所で、隠しカメラがどことどこに配置されてある。というのには驚いた。現地では戦争をしているのだろう。 戦争ゴッコじゃないよねぇ。テロリストがヨダレを流して、「ジャパン、シンセツネ」と言っているかも知れない。

 我々の世代は、戦争中嘘っ八の情報を信じこまされて来た。傷ついた心はいまだに癒されていない。 当時と現在ではメディアのあり方が違う。テレビに流される画像は世界のどこにいても見ることは可能である。 だから、なにもかもあからさまに知らせる必要はないと思うようになった。 なぜなら危険地帯に派遣される身の安全が大事だからだ。

 報道管制を云々するのは勝手だが、報道する側も適切な判断をしないと困る。 「訂正してお詫びします」ではすまない。

 自衛隊の派遣にともなって、マスコミに危険の認識を知って貰おうと現地での訓練に参加を求めたところ、 100 人からの応募があったそうである。その人たちが防弾服に身を固め、隊列を組んで歩いていたが、 そのうちイラク人の指揮で駆け足になった。民放のレポーターが走りながら息を切らせアナウンス。

「こんな姿勢では皆殺しにあってしまいます。派遣を断れない人たちは大変です」

 断れない人とは、自衛隊員を言うのだろう。駆け足は終わると、はぁはぁ言いながら、 通訳に「有難うというイラク語はなんて言うの」なんて聞いている。指揮官に礼を言うつもりなのだろう。

 外国に行くのなら、「コンニチハ」「アリガトウ」ぐらいのその土地の言葉を覚えておけよ! 全く。

◆ 若い人が来て、こんなことを言っていた。

 どうして政府は年金を減らすことばかり言っているんでしょう。 今受給している額は、何十年か給料から差し引かれてかけた結果で、支給額が決められている筈ですよね。 僕なんかまだ先のことだけど、よく分らないんですよ。金利が低下して資金の運用が出来にくくなったり、 不景気で会社が潰れたりして掛け金が減少したりしている。それは事実だけど景気が良かった時に、 有り余る資金をばらまくようにして使った方々の年金会館などを、ただ同然に売り飛ばしてしまう。 これだってみんなの掛け金ですよね、元は。これ以上赤字経営を続けるよりは処分した方がいい。 そういう発想なんだろうが、厚労省のお役人の天下り先で高額な給料をとっていた責任はどうなった?  景気が良くなったら、また同じことをやるんじゃないかな。 年金を減らす減らすと言っていると、僕なんかが受給時期になったら、いくら貰えるのか不安になる。 不安になったら、納付に消極的になってしまう。それが分らないのかなぁ。 少ない年金、それだけを頼りに生きている人たちのために仕事を作ったらどうなんだろう。 年金の額によって支払う報酬を決める。少ない人には多く、標準的な人には多少我慢して貰う。財源?  身近かなところでは、横浜駅周辺の駐車違反。交通課の手にあまっているのだから、この代行をやって罰金をプールする。 小学校のコンクリートのグラウンドを全部芝生にする。子供たちも思い切って遊べる。 草むしりを小学生と一緒にするお爺さん。疲れたら子供と寝っ転がっていればいい。健康でいいじゃないですか。 介護保険を使うより使わなくてすむような工夫がいるんじゃないのか。

 その介護保険なんだけど、同じ病気で入院していても、三か月たつと追い出されるって本当ですか?  三か月たつと保険の点数が激減して、病院としては、新しい患者と入れ替えないと収入が減る。 治ってなくても出されてしまうんですかねぇ?

◆ 道州制を2年にわたって研究すると言う。研究費として予算を計上し、海外で研修をするのだろう。 無駄なことである。最近聞かなくなったが、騒いでいた東京遷都の話はどうなったのだろう。

 だいぶ前に、埼玉県に行った時、広い丘陵を案内された。展望台に上って眺めると、緑豊かな広場は心休まるものだった。 案内人が、ここが遷都の候補地ですと言う。各地でこのような候補地が立ち上がった。あれはなんだったのか。 天災で政府機能が麻痺するのを避ける考えから生まれた話だった筈だ。 このところ天災が起こる可能性がすこぶる高いことが報道されている。それならば遷都でなくても、 政府機能が麻痺しない方法を考えるべきだと思うが、どうなっているのだろうか。

◆ 福中八郎君から、『シービスケット』見たかい、と電話があった。なんのことか分らなかった。 今やっている映画と聞いて、早速見に行った。題名は馬の名前だった。 時代は私が生まれた頃の世界的不況(1930年)から始る。宇宙とかアクション物とは異質の派手さのない正統な作品。 感動して映画館を後にした。

◆ 去年から今年にかけて、わが友人がいい作品を書いている。 一つは劇作家の有高扶桑さんが、九州を舞台にした小説集『あぶた春朔』を、緒方春朔の種痘にかけた情熱と苦悩の物語。 広瀬淡窓の妹秋子を書いた「花簪」。 長崎に渡来した駱駝と遊女の「かめしゃん心中」唐津にまつわる「風の左用比賣」の四編を載せている。 芯の座ったいい作品集である。鳥影社、1600円。

 もう一つは、この一月末から劇団『民芸』で上演された小幡欣治さんの『明石原人』。 ーある夫婦の物語ーと傍題があるように、考古学者の直良信夫を支える妻、音の夫婦愛のドラマである。 芝居好きでない人も是非見て欲しい。今年の秀作に間違いない。 このご夫婦の長女の直良美恵子さんは、作家の直良三樹子さんで大衆文学研究会神奈川支部長です。 私も会員で末席を汚している。世間は狭いものです。新劇の公演は2週間の短さ。この号が出る頃は終わっている。 残念だけど再演の時にでも……。

◆ 最近とみに食欲が衰えてきた。すると不思議なもので、食い物にまつわることを思い出す。毎回数行書いてみる。 今回は「鮟鱇」である。

 この時期になると、テレビでも季節の食べ物として鮟鱇を紹介する。 私が鮟鱇、鮟鱇というものだから、カミさんがスーパーで買ってきた。実を言うと、自分の家で食うのは味気無い。 やはり大洗にでも行って、地酒でも飲みながら鍋を突っつきたいのだが、汽車に乗って行くほどの情熱がなくなった。 水戸地方に足をのばすのは、ゴルフだったり、およそ鮟鱇には縁のない季節であった。そうだ一度だけ食べる機会はあった。 それは、大洗港から出る北海道行きのフェリーに乗って、海鳥を見ながらの探鳥会での出来事だった。 肝心の先生が日を間違えて、一日早く大洗に着いていた。 幹事との連絡がついて、間違いと分ったが、また家に戻って出直すのも癪と、大洗港近くの旅館に泊ったらしい。 翌日フェリーのターミナルで待ち受けていた先生の第一声が、

「やぁ、すまん。昨日泊って鮟鱇鍋で一杯やっちゃった。4千円とられたよ!」

 うーむ、しまった。私も一日間違ってもよかったな。

04/2.12

 城井友治


[「文学横浜の会」]

禁、無断転載。著作権はすべて作者のものです。
(C) Copyright 2000 文学横浜