「文学横浜の会」

 随筆(城井友治)

これまでの随筆

2004年12月12日[掲載]


〔 風の便り 〕ー残年記ー

<89>

 「御飯を食べてすぐ寝転がると牛になるよ」

 子供の頃、おふくろによく言われた。同世代の人たちは思い当たるだろう。ところが、10数年前に胆石を患い、胆嚢の摘出手術をしてから肝臓の数値が悪くなった。医者は食事をした後、30分から1時間は横になっているようにと言う。

 そう言われても、仕事を持っていた時は、のんびり食事時間が取れる筈もなく、車の中でパンをかじりつつ仕事場に駆け付けることが多かった。サンドイッチなんて洒落たものより、もっぱら菓子パンの類い。ほとんどがアンパン。ジャムパンとかコルネが好きだが、あれは運転しながらだと、チョコレートがピュッと飛び出してワイシャツを汚す。慌てて水で拭いてもなかなか取れない。意地の悪い人は、真っ昼間からなんだという目付きで見る。口紅を拭いたと思ったらしい。

 糖尿病になった遠因はこのあたりからかも知れない。

 仕事を離れて食後の時間が取れるようになってからは、ドクターに言われたことを思い出して実行している。すると習慣とは恐ろしいもので、食事をすると眠くなる。外出先でもそうだから困る。

 バードウォッチングの仲間に、「あら、どうしたの?」と言われても「いや、ちょっと眠いんだ」で済ますが、なまじい目を閉じてしまうと本当に眠ってしまう。食後の車の運転は禁物である。

 災害からひと月たって、ようやく仮設住宅に入居出来た人たちの笑顔を見ていると、ああ良かったなとしみじみ思う。

 陽の当たる縁側でお爺さんかお婆さんがこっくりこっくりやっている光景は、農村の微笑ましい風物詩だった。自分もその年になって、至福の時といったら心に患いなく過ごせることだと感じている。天災はすべてのものを奪い去ったが、これから新しく家を建て、生きて行くのだとおっしゃる人たちの声を聞かされると、せつなくなる。一日も早い再建を祈るのみです。

◆ 最近はハガキを書かずにメールで済ますことが多くなった。声は聞こえないが、電話で相手のお勉強を邪魔することもない。朝と夕方、時によっては机に向かうたびにパソコンのスイッチをいれる。パソコンもだいぶ古くなったが、メールと検索、デジカメの写真の保存ぐらいしか使わないので、古くても不自由しない。

 いつか電車の中で、パソコンは3年たつと古くなるから新しいのを買いたいと、しきりに奥さんをくどいていた若い夫婦がいた。そんなもんかなぁと聞いていたが、高い買い物をして十分に使いこなしているのかと思わず旦那の顔を見てしまった。便利は便利だが、変なメールも入ってくる。

「わたしは22歳ですが、相談に乗って欲しいのでお返事ください」X子より。
また、こんなものが来た。
「ガールフレンドを欲しがっていると聞きましたが、私ではどうでしょう」

 冗談じゃない。この手には絶対に返事をしてはならないのが鉄則。すぐ削除すること。「わたしは70を越したお爺さんだけど……」なんて助平根性を出して、返事をしたら、どっと得体のしれないメールが押しかけてくる。無視すること。

 色々と手が込んで来たメールがある。
「間違っていたらごめんなさい。健児さん、メールアドレスをうっかり全部消しちゃったの。記憶で書きましたので連絡ください」 S子

「こちらは健児ではありません」と、うっかり返事しそうだけど、これも一つの手です。記憶で私のアドレスがどうして分かるのか。

 段々と手がこんでくる。金儲けと、色仕掛けには気をつけて下さい。
 重ねて言うが、無視することです。

◆ 気をつけると言えば、下火になったと思ったオレオレ詐欺が巧妙になって暗躍しているようだ。うちの親戚とか知人のところで危うくやられるところだった。前は一人で泣きじゃくりながら自動車事故をよそおって示談金を払い込ませていたらしいが、今は数人がぐるになって演じるらしい。

「お母さん、ボク、(ワアワアと泣いている)ユタカ」
「どうしたのよ。(ユタカは実際にいる子供の名前)泣いてちゃ分からないじゃないの」
「事故を起こしちゃったんだ。今警察にいるんだ。お巡りさんが、初めてのことだからなんとかしてくれるって言ってる」

 電話を受けた母親は、ユタカという子供の名前が実名だから、カアーッとなっている。

「ああ、もしもしこちらXX区の警察ですけど、〇〇ユタカ君はお宅のお子さんですか?追突しましてね。車だけでしたら警察では当事者だけの話し合いで済ませて貰うんですが、どうも追突された車に妊娠している女性が乗っていましてね。流産する危険性があるというんです。まぁ金銭で解決した方がいいと思いますが……。(電話の向こうで、なにやら女の叫ぶ声がする)今お母さんと話しているんだ。お母さんも金銭で解決すればと言っている。静かにしなさい。50万? いやそれは少し、30万にしなさい。(女に聞かせるような一人芝居)お母さん、SS銀行のXX口座に振り込んで下さい。調書はちゃんと取っておきますから、すぐやってくれますね」(泣きじゃくる男の子の声)

 どこでどう調べたのか、下宿している子供の実名を使っている。銀行のカードを持っておろおろしているところへ、丁度娘さんが帰って来た。

「なにやってるのよ」
「今、ユタカが事故を起こして……」
 娘さんは芝居に巻き込まれていないから冷静である。
「ユタカに電話した?」
「警察にいるのよ、ユタカは」
「携帯に電話して見た?」
「いいえ」

 娘さんは、この時点でオレオレ詐欺ではないかと疑った。弟の携帯に電話をいれると、「なんだよ、今、試験勉強で忙しいんだ。電話なんかするなよ」

 電話一本でオレオレ詐欺に引っ掛からずにすんだ。こういう場合は一応所轄の警察に届けておいた方がよい。

◆ 年末になったせいだろうか。毎日毎日チラシがいっぱい入ってくる。捨てるだけなので、チラシはいらないから抜いたのを届けてくれと言ったら、勘弁して下さいと断られた。一軒だけにチラシの入らないのを届けるのは難しいらしい。素人考えでは簡単だと思うが、チラシ抜きをバイクに一緒に積むと、間違うらしい。だから郵便受けに入れる時に、チラシを抜く必要がある。チラシはゴミと化して帰るまで持ち運ぶことになる。

「安売りの広告、いらないんですか?」
 面倒ならいいよと、引き下がったが、どう考えても無駄だ。

 景気が良くなっているのか、それとも安くなったのか、一面広告が多くなった。昔は新聞一面に広告を出すとは凄い、と感心したものだ。どうせなら、三段ぐらいへらして、その空欄に、この欄は災害復興支援の基金にしますとしたら、見る人に印象づけられるだろうに。

◆ イラクとアメリカのことはよく報道されるが、BSで世界のニュースを見ていると、世界中でごたごたしている。コートジュボアールで反政府軍の制圧のために、アメリカのイラク戦争に批判的なフランス軍が何千という兵士を送り込んで戦っている。アフガンは勿論スーダンでも然り、その他、日本ではあまり報道されない国々で争っている。どうして人間同志がこうも争うことが好きなのだろうか。

 地球上に増え過ぎた人口を淘汰するという自然の摂理なのか。地上に住む人間が満杯になって、海の中に都市を作ることが考えられている話を聞いた。浦島太郎が先駆者になるかも知れない時代が来るのか。

◆ 書店が大型化して本を探すのに苦労する。それで探す前に、サービスコーナーに寄って、こういう本はどこにありますかと尋ねることにしている。するとない場合は取り寄せてくれるし、そこにあれば店員が持って来てくれる。本当は関連した書棚のところを覗き、あれ、こんな本が出ている。と、買う楽しみがあった。ツン読ばかりで一向に読まないから、同じ本を買ってしまう失敗をするが……。

 出版の形態も変わって来ている。昔は、先ず雑誌に連載して、それを著者が手直しして単行本にした。一定の時期をおいて文庫にして売る。それが文芸書の流通だった。最近は単行本をやめて、いきなり文庫本にしてしまうらしい。

 著名な作家が二人も嘆いていた。
 私なんかの世代は単行本の初版本を大事にした。文庫本は読み捨てるつもりで買ったものだ。元気な頃は古書店を歩くのが楽しみだった。今は必要な古書は、専らインターネットで買っている。便利なものが出来た。

 古書展の案内を貰って出かけるのはいいが、並んでいる棚を見て歩くと、首が疲れるし、立っているのが苦痛になる。老いることは悲しいものだ。

◆ 付き合っている病気のコーナー

 どういう訳か鼻血が止まらない。ちょっと前に書いたが、耳鼻科の先生にかかっても、粘膜が弱っているというだけである。若い頃のと違ってドドッとあふれるものではない。鼻水に血がまじっている。体調が悪いとすぐそうなる。健康のバロメーターと観念してそのままにしている。

 書いていると全編病気の話になりそうなので、この欄を作ってみたが、正月早々から病気の話でもあるまい。これでこのコーナーは暫く休むことにします。

◆ 食べ物にまつわる想い出。〔 オニオングラタン 〕

 オニオンは分かる。グラタンも分かる。これがスープであることは貧乏人の育ちだから知らなかった。一度ならず再三、唇を火傷しかかってもこのスープに取り憑かれた。

 今はどうか知らないが、ニューグランドホテルのそれが美味しかった。

 もう30数年も前、ヨーロッパを旅した時、花のパリに着いたら、添乗員が今日は美味しい店にお連れしましょうと連れて行ってくれたのが、中央市場のレストランだった。

 日本でも市場には結構味の良い店がある。添乗員は始終案内するらしく、顔見知りである。「オオ、オンズ。イレブン」11人の我々グループの席を作ってくれた。

「注文は任せてくれますね」添乗員の声にみんなは黙って頷いた。海外旅行が始めての人が多いから、勝手なことは言わない。

 出て来たのは、日本の丼に見間違う大きな器に、こんな大きな玉葱があるのかと思うようようなのが浮いていた。
「オニオングラタン エ エスカルゴ」
 物珍しさも手伝って、必ずと言っていいほど、日本人はエスカルゴを注文するらしい。一つ、二つなら我慢出来るが、向こうではダースでくる。12個が一単位だ。
「わぁー、デンデン虫だ!」
 言わなきぁいいのに、皆それで喉でむせ、殆ど残してしまった。

 来年はどんな年になるのでしょう? 健康をお祈り申し上げます。

04/12.10

 城井友治


[「文学横浜の会」]

禁、無断転載。著作権はすべて作者のものです。
(C) Copyright 2000 文学横浜