「文学横浜の会」
随筆
2004年6月13日
「故郷へ」
常磐線特急「ひたち」から見える山並みは淡紅色をしている。
勿来の関を越えたあたりから急に時間が止まってしまったかのように思え、車窓から見る風景はどれも同じに見えた。
裾野に広がる田畑に人影はまばらで、所々で野焼きの煙が上がってはいるが、
その煙さえ白い折り紙を空に貼り付けたように留まって見えた。水を溜めない田園は春の農作業を前に静まり返っていた。
「只今、90キロ走行」という表示が流れるが、傍らで眠っている娘にはその揺れさえ、心地よい響きに聴こえるのか、
目を覚ますことはなかった。
都心から3時間数分と故郷も近くなった。けれどこうして親子で旅行するまでには長い月日がかかってしまった。
「お母さんの故郷の桜が見たい」「一緒に旅行がしたい」娘は桜の時期になるとそういって私を誘った。
のんびりと旅行などしてみたい、だが出不精の性格はなかなか「行こう」と言う気持ちになれない。
しかし娘の結婚が現実になるにつれて、独身時代の彼女と旅に出る機会がなくなると思ったら、急に心が忙しくなった。
私自身結婚前に友人と京都旅行をしたことがある。何かに急かされるように車の免許を取り、写真を撮りまくった。
独身時代最後の年にやり残したことはないだろうかと神経質なほど考えた。
友人と過ごした日々は、修学旅行の枕投げに匹敵するぐらいいい思い出となった。
肝心の桜はと言うと、最高の姿で私達を迎えてくれた。ライトアップした大木を前に、彼女は喚起の声をあげた。
「すごい、すごい。桜が燃えているようだね」
桜の花びらの一つひとつが明かりを吸収して、まるでめらめらと炎を上げているようだ。
彼女にすれば「激しい恋」私にすれば「残灯」といったところか。
母が亡くなってからというもの故郷の景色は私には重すぎた。
桜の木にちらほらと花を付ける時期になると、母がいない寂しさで胸が締め付けられた。
それからしばらくして私は故郷を離れた。
物思いに耽っていると、トントンと肩を叩かれた。
「お母さん、来てよかった?」
仕事で来られなかった夫、これから家族になる彼と皆で見る桜は、どんな姿で私たちを迎えてくれるのだろうか。
父の姿が見えないと思ったら、じっと桜を見上げている。心なしか小さくなった父の肩に桜の花びらが付いていた。
「夜の森」(よのもり)の桜
<S・K>
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