「文学横浜の会」

 随筆

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2005年03月13日


「フリーマーケット」

 毎年この時期の楽しみにフリーマーケットがある。何がいいかといえば、飾らない陳列と堅苦しい門構えが無いところがいい。それに店主が素人なのがなお良い。しつこく勧められることもなく、こちらのペースで買い物が出来るのがまた良い。場所はどこでもいいというものでもない。出店場所によって出物の品が微妙に違うからである。私がよく出かける場所はどちらかといえば規模は小さいほうである。疲れない程度にじっくり楽しめる範囲が理想だ。目的が目的だけになるべくお金をかけないようにしている。なにも「おばさんパワー」を発揮して値切って買おうというのではない。

 フリーマーケットにはもう一つ魅力がある。実はそちらが目的なのだが・・・。狭い売り場スペースに家庭のドラマが潜んでいる。デパートでは見られない人間の営みが見え隠れしていて、それを見たいがために惜しげもなく通うのである。

 早々にカレンダーに丸を付け楽しみにしていたが、天気が悪かった。春とは名ばかりでとにかく肌寒い。薄日のさした空を見上げながら、いっそ雪でも降ってくれれば諦めがつくものを、しかしいっこうにその気配はなかった。どっちつかずの空にけりを付けた。防寒着に袖を通し、マフラーを巻いた。深く帽子を被り、リュックに手袋と準備は万全だった。

 しばらく電車に揺られ目的地に着いた。海に白波が立っている。浜辺は閑散としていて、サーファーも釣り客の姿もなかった。会場に着くと、案の定出店も客も少ない。店主はというと、車の中から顔だけ出している。いつもならじっくりと見て回るのだがこの寒さには勝てない。足を踏み鳴らしながら、足早に通り過ぎる。突風が吹いて犬のぬいぐるみが私の足元に転がってきた。拾って見ると、ビニール袋の先端がリボンで結んであって、「10円」の手作りの値札が付いている。プードルの白目部分が妙に可愛くて、じっと私を見ている。すでにこれらのものを必要としなくなった娘さんが今日の日のために準備したのかもしれない。丁寧な結び目に家族の優しさが伝わってくる。今時こんな安い値段で売っている店はおそらくここだけだろう。そう思うと風に投げ出されたぬいぐるみが哀れだった。

「10個貰うわよ」
「ありがとうございます」
「最初からこんな値段じゃ、商売にならないだろうに」と言うと、人の良さそうな店主は笑って俯いた。

 膨らんだビニール袋をぶら下げながら歩いていると、「安くしておくよ」と声をかけてきた。骨董品を並べた店主の顔は紛れもなく的屋だった。こういう店で立ち止まってはいけない。知らん振りして通り過ぎる。しばらく行くと頬を真っ赤にして店番をしているのは若い奥さんのようであった。その横で頭から毛布を被り震えているのは夫らしい。まるで荷造り途中の置物のようである。私はその姿に思わず吹き出してしまった。

「いらっしゃいませー」

 彼女の声はとても優しく、周りの冷たい空気を暖かい空気に換えてくれた。品数が多くないのも良かった。私は店の前に腰を下ろし、大きめのバッグを手にした。姉に貰ったバッグが壊れ、代わりのものを探していただけに、新品でたっぷり入りそうなところが気に入った。私はバッグを80パーセント引きで買った。値引きをしてくれと言ったわけではなかった。彼らは私が電車で来たことを知り、安くしてくれたのだった。この寒さで商売にならない彼らこそ同情に値するのだが、反対に同情されてしまった。あの日買ったバッグを見るたびに震えていた店主の姿を思い出す。風邪で寝込んでいなければいいのだが・・・。こんな人間模様があるから、フリーマーケットは止められない。

<S・K>


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