「文学横浜の会」

 随筆

これまでの随筆

2006年7月30日


「大ちゃんが行く 3」

 検診の日はほとんど娘に付き添った。8ヶ月に入ると検診は2週に1回となり、 娘が私の仕事の休みに合わせて通院するようになった。 産科のある病院までは娘のアパートから電車を乗り継いで1時間30分は優にかかる。 身重の体でそれは一苦労であったので、最寄りの駅から病院まではタクシーを利用することにした。 

 8ヶ月検診の日(28週)は超音波で体内を調べ、うまくいけば性別が判る日でもあった。 男女の区別は5ヶ月くらいで判断できるらしいが、娘の行っている産院は、8ヶ月で家族に知らせると決まっていた。 なんてハイテクな時代になったのだろう。娘を出産するときは、当日まではらはらドキドキしたのに。 しかしこの日の朝まで私は病院行きを拒んでいた。

「どちらが生まれるか分からないから神秘なのよ。生まれる前から性別が判る?  そんなことだから子供に愛情もてない親が増えるのよ」

娘に古いと言われながら、なぜ着いてきてしまったのか。 お腹の上に怪しげな機械をあてがい、超音波で胎児が見えてしまう。 しかもこの時期の胎児は、目を開けることができ、光に反応するという。 モニターの画像の中で胎児が目をぱっちり開けて、こちらを見つめていたらどうしよう。 つまりはハイテクに操られるのが怖いのだ。そう思いながらも、とんと分からない言葉に想像を書き祟られる。

「赤ちゃんの顔はもちろん内臓の仕組みや骨まで見えるのよ。お母さん見たいでしょ?」
 母親教室で学んできた娘は挑発的な言葉で私の心を揺さぶった。結局着いていくことになった。

 薄暗い部屋の隅にある椅子に腰をかけ、モニターの画像を見つめた。なにやら怪しげな影が見える。 娘には悪いがまるで「エイリアン」のようだ。先生は慣れた手つきで画像を動かす。
「これが手ですね。こちらが頭」

目を凝らしてよく見ると、その物体はこちらを向いて私に向かって手を振っている。 大きな目を見開き、口を動かしているようにも見える。私はとっさに「始めまして」と呟いていた。 先生は体を横にして眠っていると言ったが・・・。

「男の子ですね」
なるほど股のような間に突起物が見える。女の子を想像していた母子はこれにはびっくり。 しかし手渡された写真には、はっきりと胎児の姿が写っていた。 ハイテクは、神秘を通り越して見事に私の心を捕らえたのだった。

 緑の点滅が消えた。検査室のピペット洗浄器がゴボゴボと水をはき出した。 私は携帯を取り、映し出された映像を見た。夫が撮ったのであろう、保育器の側で彼が赤ちゃんに寄り添うように写っていた。 この顔、何処かで見たことがある。そう、8ヶ月検診の日に超音波で見た顔がそこにあった。

「生まれた」
 ほっとすると同時に、私は全身の力が抜け側の椅子に座り込んだ。

 生まれてきてくれて有難う。やっと会えたね。

<S・K>


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