『殉愛…笑顔の為に』
アンダーグラウンドの一区画の小さな村、そこにある一軒の宿。
その二階の電気の消えた暗い小さな部屋のベッド上で、生まれたままの姿の私は男の下になっていた。
男はこの村に駐在しているC級の師兵だった。
「巫女の護衛役とヤレるなんて、俺の人生も捨てたもんじゃねーな。」
公司はアンダーグラウンド全域に、ルリ様と"生命の巫女"を連れ出した私を指名手配していた。
次々と追っ手がやって来たりもしたが、地方の師兵の中には職務怠慢な者もいる。
――所謂、懐柔と言うヤツだ。
「デカいオッパイしやがって、パイズリもできるんじゃねーか?あぁん?」
脂ぎった顔の男は、下卑た笑みを浮かべて私の胸を掴むと、その先端を長い間濯いだ事もなさそうな汚い口で含んだ。
冷めた感情とは裏腹に、私の身体は男の行為一つ一つを敏感に感じとっていた。
そうして男は空いた方の手を、私の下腹部へと徐々に移動させていく。
「ちゃんと濡れてるじゃねーか。だったらもっと良い顔しろよ。約束だろ?」
――そう。
これは約束だった。
こんな名も知れぬ師兵とのではない。
私にとって最も大切な人、ルリ様との…。
「んっ…、あぁっ!」
突然の身体を貫く衝撃に、私は思わず声を上げてしまった。
「ひゃはっ、初モノじゃねーのか。だが余り使い込んではなさそうだな、えぇっ?」
「ちょっと、もうちょっと…、優しくしてよね。」
「だったらオマエが好きなように動け。俺をイカせたら約束は守ってやるんだからヨ。」
男はそう言って、繋がったままの私と身体を入れ替えた。
私が上になった拍子で男のモノが私の奥に突き当たり、声が出そうになったのを私は堪えた。
「敏感なんだな。それとも男は久しぶり過ぎなだけか?」
仰向けになった男の言葉を無視して、私は少しずつ腰を上下に動かした。
己の征服欲を充たすために、男は私の表情と行為を、
さっきと同じ下卑た笑みを浮かべたまま、じっと見上げていた。
私はさっさとこの男をイカせようと、男の上で腰を振る事に集中した。
「…俺が憎いのか?悔しいのか?だったら何故、俺をさっさと殺らなかった?あぁん?」
コイツ…、いちいち人の心を見透かした様に…。
「うるさい…わね…、アンタ…なんかに…関係…ない…でしょ…。」
「関係なくは無い!俺達は今、愛し合ってるんだぜ?そうだろ?」
「誰が…アンタ…なんかと…。」
「愛情もないのに巫女の護衛役ってのはセックスするのか?こいつは傑作だ!ひゃはっ!」
「ちょっと、静かにしなさいよ!」
私は腰を動かすのを止めたて、声を荒げて叫んだ。
見ると男の顔から下卑た笑みは消え、その目は私を射るかのように見開かれていた。
「隣りの部屋に、巫女様がいるんだろ?」
私はつい男と視線を逸らした。
コイツの言う通り、隣りの部屋ではルリ様が私の帰りを待っている。
「俺の火の能力は威力は弱いが、他の奴と違って使用範囲が広いんでね…。」
「――だったら、どうしたのよ?」
「巫女様のいる部屋に火を飛ばす事だってできるんだぜ。」
男の表情に下卑た笑みが戻っていた。
こんな事ならルリ様をもっと安全なところに…と思ったが、今の私たちに安全なところなど有り得ない。
こうやって土地土地の師兵を懐柔していく他には…。
「――どうすりゃ良いか、解るだろ?」
私は無言のまま再び男の上で腰を動かし始めた。
窓から入る街頭の明かりがうっすらと私の身体を包んでいる。
ふと男の目を見ると、光りに照らされた、髪が、胸が、身体全体が神秘的に輝いている自分の腰を振る姿が映っていた。
まるで光の天使が舞っているような…。
――天使の姿が滲んで消えた。
『もう私のためにチェルシーが傷付く事も、人を傷付けるのも止めて!』
『師兵にだって話せば解ってくれる人もいるよ。』
『だって私、チェルシーに出会えたんだもの。』
『アンダーグラウンドのみんなが仲良くなれる時が来ると私は信じてる…。』
――ルリ様。
残念ながらルリ様の仰る事は現実ではありえません。
ですが、ルリ様の理想を"本当の現実"にするためにも、
私が"今の現実"を引き受けます…。
ルリ様…。
「あっ、あぁ、んっ、はぁっ、あんっ…。」
自分でも気付かない間に、私は喘ぎ声を上げていた。
ルリ様に聞かれた!?
これ以上は声を出すまいと、私は腰を振りつつも両手で口を抑えた。
頬を伝うものに事に気付いた。
しかし、すでに来ていた快楽の波までをも抑える事は出来なかった。
本意でない快楽に、私は目に悔し涙を浮かべながらも懸命に腰を振り続けた。
「おいおい、さっきより動きが弱くなってねーか?」
私が両手で声を殺した事が男には不満だったらしい。
男は起き上がると、自らも下から腰を振り出した。
どの道、今の私にも腰の振りを抑える事など出来ないのだ。
私は唇を難く閉じて、男の肩に手を回し、男の腰の動きに合わせて動く事にした。
「――だんだん共同作業って感じになって来たな。アンタ、良い顔になって来たぜぇ。」
私は思わず出そうになる快楽による声を殺すのに必至だった。
「何を我慢してんだよ。声を出したくなきゃ手伝ってやるよ。」
「ングッ!」
何かが私の唇を塞いだ。
それがキスだと気付くのに私はしばらくかかった。
男は臭く汚い舌を私の舌にからませて来た。
始めは汚臭に眩暈がしたが、そんなものは今の快楽と興奮の前には無縁だった。
私は自分が腰を振りながらも夢中で舌をからませに行った。
男は混ざり合った二人の唾液を私に送り込み、私はそれを喉の奥に流した。
そう言えば、あの人が私を抱いてくれた時、あの人はキスはしてくれなかったんだっけ?
これが、私の初めてのキスなんだ…。
「おい…。」
男が私の顔をじっと見ながら言った。
どうやらまたトリップしてしまったらしい。
二人とも繋がったままだが、腰の動きは止まっていた。
「ご、ごめん…。」
自分でも解らない内に私は男に謝っていた。
「このまんまじゃ深く入らねぇし、ちょっと変えるぞ。」
男の言っている意味はすぐに理解した。
繋がった状態のまま相手の要望通りに私は身体を移動させた。
自分の中にも、最後まで繋がっていたいという思いが芽生えていた。
そして再び、私は男の下になった。
「ラストスパートだ。良いな?」
「えっ…、えぇっ、アァッ!」
私が頷く前に男は大きく腰を打ちつけて来た。
確実に私の奥にヒットしている。
私の中から抜ける寸前まで引き、そして再び奥まで一気に打ちつける。
男はどんどん、そのペースを上げで行く。
それと共に私の中の快楽の波は、その大きさを増していく。
これ以上の声は出せない。
男の背に手を回し、今度は私から男の唇を奪った。
男は腰に夢中なはずなのに、私の舌にちゃんとからめて来てくれた。
行きずりの行為でしかないのに、私は少し嬉しくなった。
2箇所からの水音はしばらくの間、奇妙なハーモニーを奏でていた。
もう、私にはこの刻が永遠に続くものと思っていた。その時――
「くっ、もうイキそうだ!」
男はとっさに私と唇を離して言い放った。
それは私も同じだった。
あの人に抱かれた時には感じなかった絶頂が、今、目の前に来ている事を感じ取った。
「中に来て!」
私は男に咄嗟に言っていた。
そんなつもりはなかった。
それどころか、こんな男に抱かれるだけでも反吐がでそうだった。
でも今は中に来て欲しいと思っている。
一緒に絶頂を迎えたいと思っている…。
快楽が理性を麻痺させたのだろうか?
それともホントに何かしらの愛情のようなものを、この男に対して抱いてしまったのだろうか…?
――今はもう、そんな事はどうでも良かった。
男の方は始めから中に出すつもりだったのだろう。
ただ私に腰を打ちつけていた。
「いっ、一緒に…、くっ、ふっ、アァ!」
私の声は男に届いていなかったのかもしれない。
いや、もう既に二人には言葉は意味を成してなかったのだろう。
男は喉の奥から一声洩らすと、最後の一突きと共に私の最奥で精を放った。
それが呼び水となり、私も絶頂を迎えた。
「――――――ッ!」
自分でも何と発したのかすら判らなかった。
思わず声を上げてしまった事に、最早後悔は無かった。
初めての絶頂というものを思う存分に味わっておきたかった。
ドクドクと止めど無く男のモノは精を吐き続けている。
それを私自身は全て奥に飲み込もうとし続けていた。
男が最後の一滴を出しきってもなお、私自身は男の精を搾り取ろうとしている。
まるで母親の乳首を吸い続ける赤ん坊のようだ。
「――ぷっ、ハハ、ハハハ!」
「フフッ、アハハハ…。」
ふと私と視線が合うと、男は笑い出し、私もつられて笑ってしまった。
バツが悪そうに私は男との繋がりを解いた。
余韻に浸る間も無く、私は当初の約束を思い出し話題を戻した。
「これで約束は守ってもらうわよ。言いわね?」
いつもの強気な態度の私にすんなりと戻っていたのに、自分でも意外に思ってしまった。
「まぁ、コトの後だ。まずはこれでも飲んで休めよ。」
男は水差しからコップに水を注いで、私に渡した。
その時、男がコップの中に何かをいれたのを私は見逃さなかった。
私は水を一口飲むフリをした。
「で、約束なんだけど。」
「この村のゲートの通行許可と公司への口止め、旅の費用のカンパってヤツだろ?」
「そうだ。」
「その事だが…、やっぱ無かった事にしてくれや。」
男がまた下卑た笑みを見せた。
手に持った何かの粉薬の袋を、私に見せつけた。
「その水の中には強力な睡眠薬を仕込んどいた。やっぱ俺も出世したいからなぁ。」
――私は黙ってだらだらとしゃべる男を睨んだ。
「女の身体一つと出世なら出世選ぶだろ、普通。こんな田舎とはオサラバしたいしよ。」
――なおも私は目を逸らさず黙って聞いていた。
「でも俺は欲張りだから両方手に入れる。巫女を確保すりゃ本部に帰れるってもんよ。」
――私の様子に変化がない事に、この男は気付かないのだろうか?
――私はこんな男に身体を許したのか?
「確保すりゃ良いだけだったら、何ならヤッちまっても良いのかな、おい、なぁ?アレ?」
――バカがやっと気付いたらしい。
「私は水など飲んでいない。それがオマエの本性なんだな?」
「ええっ!いやっ、だっ、だからさ、ジョ、ジョークだって!」
「あろう事かルリ様にまで手出しを企むとは…。許さない!」
『――コンコン。』
ドアをノックしても中からは反応がない。
「――ルリ様?」
ベッドの上でスースーと小さな寝息を立てるルリ様の姿があった。
どうやら待ちくたびれて、早くに寝てしまわれたのだろう。
あの声が聞かれていれば、ルリ様はきっと心配して起きていたはずだ。
「ルリ様…。」
「ん…、チェルシー?」
呟き程度の声だったはずなのに、ルリ様を起こしてしまった。
ルリ様は起きあがると、目をこすり、口に手を当てて小さくあくびをした。
「チェルシー、話し合いはどうだった…?」
「はい。この通り、旅の資金の方も工面してもらいました。」
私はアンダーグラウンドでのみ使える、公司発行の硬貨の入った麻袋をルリ様に見せた。
「良かった!ここの師兵は良い人だったんだ。チェルシーみたいな師兵だったの?」
「えっ?い、いえ、男性の…師兵でしたよ。」
「チェルシーみたいに話が通じる師兵ばかりだったら良いね。」
――私みたいな師兵。
いや、実際はそうだったのかもしれない。
奴も私も快楽の虜になっていたではないか。
奴は私を性欲の捌け口にして…。
私も理性を無くし、あの男に快楽を求めていた。
コトが終わると、お互いを取り戻しはしたのだが…。
―――私みたい―――
誰もが、あの時の私のように快楽の虜であり続ければ幸せになるのだろうか?
「チェルシー?」
――馬鹿な考えだ。
そんなわけはない…。
「さ、明日は早いですよ。お休みになって下さい。」
ルリ様の笑顔の源は、卑しい快楽などではないではないか。
「うん。おやすみ、チェルシー。」
きっと本当の幸福はルリ様の中にあるんだ。
こんな汚れた私の中には何も無い。
私はルリ様の支えに、ルリ様の剣になるしかない。
「ルリ様、おやすみなさい。」
ルリ様は私が守ってみせます。
たとえ、ルリ様が拒む手段を使ったとしても…。
それがルリ様の笑顔ためになるなら…。