「綺麗」


 
第二話
第三話
第四話
第五話
最終回
 

 

−第一話−

 

 慎一から「妻が流産し、掻爬手術を受けた」と聞いた日の夜、奇妙な夢を見た。

 大学病院の産婦人科。そこのベテラン医師と向かい合い、診察内容を聞いていたようだ。そこからしか記憶がない。冷たく機能的に整理された病室に、妙に不似合いな春の空気がこぼれ込んでいた。

「誠にお気の毒ですが……胎児はもう生きてはおりませんでした」
「……」
「この後の処置としましては、亡くなった胎児の遺体を奥さんの子宮から掻き出します。宜しいですね?」
「……お願いします」

流産した慎一の妻の気持ちに同化したかったのだろうか?同情か?それとも?

 いつしか、屈辱的な姿勢で掻爬手術を受けていた。麻酔のせいで現実から遠く離れた意識に、時折手術器具の金属音が聞こえてくる。あの妻はどんな気持ちでこの手術を受けたのだろう。



 アパートの私の部屋。女の子の部屋にしては地味な感じかもしれない。
ゆったりと煙草を吸い、すーっと部屋へ吐き出す。
白い煙が薄明かりの部屋にゆっくり広がっていく。

時折白くかすむ唇を、慎一が優しい目で見てくれていた。
煙草を灰皿に置き、肩をすぼめると
「煙草吸う女って嫌いですか?」って聞いてみた。
「そんなことないよ」ユキの唇に指をあてる。すうっと近づいて、いたわるようにキスしてくれた。

これまでデートは続けてきたものの、二人の間でキスを交わしたのはこれが初めてだった。
私にとっては、これが生まれて初めてのキスだった。
何だかよく分からないうちに顔がこっちへ来たかと思ったら、もうキスが済んでいた。

「あの・・・」
心臓の鼓動が普段の倍になったみたいだった。胸に左手をあててみた。
「胸が破れそうなくらい・・・どくどくしてる・・・」
「大丈夫?」
左手の下に手を入れてきて、胸に触れてくれた。
「え・・・?」

私はその夜、彼に初めて抱かれた。八月六日、誕生日の前日だった。
 



−第二話−

 
 
 当時のソフト開発部門は多忙を極め、慎一は残業を名目に週末のほとんどをあたしのアパートで過ごした。
そのうちに部屋の合鍵も彼に渡した。京王線百草園駅付近のそのアパートでは、ゆっくりと時間が過ぎていた。

 翌91年の十一月に入った。昼過ぎ、慎一からのメールを受信。
メールを開くと、以下の一文が記されていた。

「どうも最近体調が悪いので、いつもみたく週末にユキのアパートに行くのは当分よすよ。ごめんね。   慎一より」

 慎一のほうを見ると、ごめんねって顔で、ウィンクを投げている。
 直感が体内を走った。・・・もしかして、奥さんがまた妊娠したんじゃないの?
 目線が机の上を迷った。・・・でも、何も言えずに、メールでただ、
「お体気をつけてください。   西村ユキ」
とだけ書いて送った。

 そして12月24日のクリスマス・イブ。慎一はシャンパンをもってユキのアパートへやってくると、
「八月が予定日なんですよ」とさらりと言った。

私は
「おめでと」としか言えなかった……。

 トイレで一人で泣いた。涙がとめどなくあふれてきて止まらなかった。
 


 三月十七日。今日は仕事の都合上、すれ違いでほとんど彼と顔を合わさなかった。彼からのメールが入っていた。

「今朝は何となく元気がなかったような気がするけど、気のせいかな?」

でも、慎一にはそれほど気にならなかったのか、翌日には次のようなメールが入っていた。

「帰りは暗いけど、気をつけてお帰り下さい。土手沿いを回って帰ると桜が綺麗かも。
一緒に帰れなくてごめんね」

 4月18日、市販の妊娠判定薬を買ってきてテストをしたところ、不安は現実のものとなった。
 
                 陽性と出たのだ。
 
避妊していなかったツケが回った形となった。

 「お腹が痛い」という私に、慎一が病院を紹介してくれた。
病院から戻ると、慎一から
「どうだった?」とメールできいてきたのでこう返事をした。
「今夜うちにきて欲しい。お願いだから今日は一緒にいて欲しい」この返信でさすがに察したのか、その夜、慎一はアパートにくるなりこう言った。
「何週目だって?」
「・・・五週目・・・」

慎一は床に頭をすりつけて謝った。
「ごめん!」
「慎一さん・・・産ませて下さい」
彼は顔を上げて目を見開いた。
「シングルマザーになるのは怖いけど・・・」

彼はしばらく顔を伏せて考え、顔を上げた。
「今すぐには離婚できないから待って欲しい」

やっぱり・・・。多分そう答えるんじゃないかとは思っていたけど、実際に言われると抗する気持ちも消え去るぐらいにショックだった。

「じゃあ、今回のことは・・・無かったことに・・・」
 
「手術中」のランプがともる。
手術を施す医師の顔。
医師やスタッフ達の後ろ姿・・・。
中絶・・・。
 


 夜中に目を覚ますと、ベッドの傍に泣いている子供が居る気がした。



 金曜日に手術をして、月曜日 に出勤、出血していましたが・・・。
相当な精神的ダメージも受けていたが、それでも彼に週末の経緯だけは説明した。



 でも……中絶間もない体の私は、慎一に社内ソフトボール大会に呼び出され、思いがけない光景を目にすることになる。 
 
                      

 


 

−第三話−

 
 「ユキが来てくれたらがんばっちゃう」と私を誘う一方で、慎一は妻と子供を会場へ連れてきていた。
妻・恭子さんは妊娠していた。
そして、大きな腹を突き出して幸せそうな妻を、慎一はわざわざ私に紹介したのだ!中絶間もないことを知りながら!
「西村君(=ユキ)!来てくれたんだねぇ」
「はい、おはようございます。・・・!!」

慎一の隣に、子供を連れたお腹の大きい女性が日傘を差して立っている。その人が誰なのか、直観的に分かった。
「うちのカミさんの恭子です」
「初めまして」
「初めまして」
「森田主任(=慎一)にはいつもお世話になっております」
「いぃえぇ」
「部下の西村君なんだ」
「あらあ、あなたが西村さん?」
「ええ」



 話もそこそこに、森田夫妻から離れた。
《こんなときに何で私に会わせるんだろう》と思い、足がガクガクして立っていられなくなった。

 車で帰宅途中、気分が悪くなり、吐いた。
 百草園のアパートに帰ると、留守番電話のランプが点滅していた。再生すると、以下の内容が吹き込まれていた。
「元気ー?今日の大会で、ユキの姿を見た途端、嬉しくてハッスルしちゃったよ」
 
 その日を境に全然食べられなくなり、げっそり痩せた。

 夜中に目が覚めると、子供のような足音で近くをパタパタと走り回っている音が聞こえた事があった。
寝ている自分の体の上に子供が乗っかってきた気がした日もあった。
……妊婦や小さい子供を見るのも嫌になった。



 別れたほうがよいのだろうか・・・。そんな思いが頭をかすめた。
 慎一さんの居ない場所で考えるときには比較的冷静になれるのに、また慎一さんの姿を見ると動揺する。
別れようと思いつつ、慎一にときめいてしまう自分をどうすることも出来ない。
風邪をひいたと言えばアパートまで食事を作りに来てくれる優しさに、心は大きく揺らいだ。
 


 精神的に不安定な状況が続く中で、更に気持ちを揺さぶるような出来事が起こった。同僚たちの噂話……。

「ねぇ聞いた?」
「何を?」
「森田主任トコの奥さん、とうとう二人目のお子さん生まれたんだって」
「!!」
 
覚悟はしていたものの、せめて慎一本人の口から聞きたかったのに……。
 
 その夜、部屋を訪ねてきた慎一にこういった。
「慎一さん……奥さんと離婚してください」
「ユキと一緒にいたいけど、今は別れられない」
「どうして?」
「離婚しても慰謝料や養育費は払っていけないよ」
「・・・」
 


 友人の結婚式に招待された。
直前まで出席を渋っていた。
他人の花嫁姿なんか見たくなかった。



 その年の暮れ、二人は改めて将来を話し合った結果、慎一は
「来年になったら」と、妻と離婚する決心をしてくれた。
 
 
 そして三月、再び生理が止まった。
 

 


 

−第四話−

 
 翌日、オフィスの行き先掲示板の西村・ユキの欄には「代休」と書いてあった。病院で診察を受けるためだ。

妊娠二ヶ月だった。

しかし、このことは慎一には伝えなかった。
離婚の話し合いを進めているという言葉を信じ、その後の展開によっては中絶する必要がなくなるかもしれないとひそかに期待していたのだ。
 
 でもやはり、仕事も手に付かなかった。カラ元気すら、出なかった。
本当のところ、どうなのだろう。交渉はしているのだろうか?



 様子がおかしいのに気づいたのか、数日後には次のようなメールを送ってきた。

「身体大丈夫かい?吐き気がするっていってたからさ。思い過ごしかも知れないけど、つわりになっちゃったのかと夕べから思っているんだ。
思い過ごしだったらゴメン」
 
 ところが、翌日にはそれも風邪のせいだと思い直したのだろう。
「月曜にはおいしいしゃぶしゃぶにしような。お互いに風邪を早く直してね。
俺はちゃんと薬飲んでっけど、ユキは飲まないからなぁ。いつまでも鼻声のまんまじゃ本当の声が出なくなっちゃうよ」

 四月に入った。
「奥さんとの離婚の話は進んでる?」
「うん・・・まぁ・・・ぼちぼちかな」
「何がぼちぼちよ!いっつもぼちぼちじゃない」
「いやその」
「いつまで待たせるのよ!いつまで経っても話が進展しないじゃない!真剣に交渉してるの!」
「・・・」
「・・・私、お腹の中に赤ちゃんがいるの」
「!!」
「離婚話が進めばもしかしたら・・・と思っていたけど、こんな状況じゃどうしようかな・・・。中絶した方がいいのかな・・・」
「そうか。・・・すぐに離婚話を進めるから、子供は産んで欲しい。産んでくれ!」
「・・・」

 だが、いつまで経っても返事はなかった。
本気で別れる気はないのでは、と不安になった私は、迷った挙げ句に・・・友人のサインを携えて中絶に行くことに決めた。

 一度目の医師からは、
「二度も続けて中絶なんかしたら子供を産めない体になる。ダメです」と断られ、違う病院へ。
そこで一度目の中絶と偽り、友人の書いたニセのサインを使って中絶を申し込んだ。

 かなり遅い時期になってから中絶したこともあり、手術後、白い液が乳房から湧き出、子供に申し訳ない気持ちにさいなまれた。
 
 
 
 やはりというか、二度の中絶は体に大きなダメージ を与えた。
背中や腰に激痛が走り、出血が止まらず、医師から「二度も続けて中絶なんかしたら子供を産めない体になる」と言われたことを思い出して身震いした。
 
 
 
 朝。出勤前の時間帯にいつも通り慎一から電話がかかってきた。
「もしもし?俺だよ」
「おはようございます」
「今から行くからね」
慎一さんが部屋を出ると、奥さんが入る。
(昨夜電話した佐藤さんに電話しなくちゃ・・・)
電話に手をかける。
受話器を耳にあてる奥さん。
リダイヤルボタン を押した・・・。
プルルルル・・・プルルルル・・・
カチャ
「あ、慎一さん。どうしたの?」
「は?」
「・・・慎一さんとの子供のことですか?」
「それ・・・どういうこと?!」
「!!」
 慎一は支度を済ませて靴を履いていた。
「ちょっとあなた、来てもらえます?」
「なんだよもー、会社に遅れるじゃないか」
「ちょっと大事な話がありますから」
 二人でリビングへ行く。
慎一はそわそわと落ち着かない様子でテーブルについた。
雰囲気を察知していない模様だ。
次に恭子がテーブルについた。夫をじっと見据える。
「いつか私に紹介してくれたわよね・・・あなたの部下、西村ユキさん」
「あの子がどうかしたのかよ」
「よくもまあ何食わぬ顔してあたしに紹介してくれたわねえ。いい根性してるわよ」
「何を言いてぇんだ!」
「あの子と浮気してたそうじゃないの。・・・それも3年間も!」
「何を根拠にそんなこと言ってんだ!」
「前からどうもおかしいと思っていたのよねえ。おととい一昨日変なもの見つけてねぇ」
百草園の彼女のアパートの合鍵を慎一に見せた。彼女とつきあい始めた頃、彼女にもらったものだ。
「カギにキーホルダーついてるけど、これどう見ても女物よねぇ。あなたが自分からそんなものつける人じゃないし」
「・・・」
「その上ついさっき、あなたがご自分の部屋から出てきた後、
部屋に入ってあなたの電話を使ったんだけど、そのとき直前にあなたが電話を使ったのを知らなくって、
リダイヤルで昨夜かけた相手にかけようとしたのよ。・・・ここまで説明したらもう分かるわよね」
慎一はうつむき、視線を泳がせ、体が震えている。
「三年間の不倫、そして彼女を二度も妊娠させたこと、全て聞いたわ!」
「・・・」
「これからの身の振り方どうするつもりよ!あたしと別れてその子と一緒になる気?!それともその子と別れる気?!」
「どっちにしたらいいのか考えてたけど・・・どうしたらいいのか分からない・・・」
「はぁ?」
急に慎一は床に手をつき、恭子に土下座した。
「すまん・・・気が済むまで殴ってくれ!」
奥さんは(この馬鹿男が!)という顔をすると、おもいっきりひっぱたいた。慎一は吹っ飛んだ。
「今、あたしの目の前でその女に電話して、その女ときっちり別れてよ!」
電話をバンバンと叩く妻。
電話と、腕組みした妻と、うなだれる夫。
自分の部屋で脚を抱え込んでいるユキ。
電話が鳴る。
「はい、西村です」
「ああ、俺だ」
「あ・・・あの」
「・・・別れてくれ」
「えっ!!」

「聞いたよ・・・女房に全部ばれたって事」
「・・・」
「・・・奥さんに離婚を認めさせたというのはウソ だったんですね・・・」
「・・・」
「奥さん・・・そんな話全然きいてないって言ってましたよ。・・・離婚の話し合いなんて全然進んでいなかったんですね?」
「・・・」
「家庭を壊さないようにしてあたしともうまくやっていたんですね?」
「・・・そうだ・・・」
奥さんが受話器をもぎ取ったのか、奥さんの怒鳴り声が飛んできた。

「何寝呆けたこと言ってるのよ!ドロボウ!」
「・・・」
「殺してやる!」
「・・・」
「あんた二度も妊娠して二度とも堕ろしたんでしょ?!」
「ええ」

生きた子供をかき堕ろした女なんか人間じゃない!!

この一言で、私は目の前のドアや冷蔵庫が歪んで見えた。なんてイヤな表現・・・。

「……今何を言っても言い訳になるんでしょうけど・・・こんなつもりじゃありませんでした」
「……」
「普通に結婚して普通に旦那さんと暮らす生活に憧れていました。
傷つくのが怖くて、無駄なく一度きりの恋愛をして早く結婚したかった。
でも、現実にはこんな形になってしまい・・・
河本さんに奥さんがいると知っても、簡単にこの思いを捨てることができなくて、ずるずると交際を続けて、
河本さんを信じてずっと待っていたんです。河本さんの言葉に絶対嘘なんか無いと信じて・・・」
「……」
ガチャ。
ツーツー。
「……」
 
 

 


−第五話−

 その後も、慎一さんは別れないと言ってみたり、両方と別れると言ってみたり、優柔不断な態度を取り続けた。
 なお、夜ごとあの妻の言葉が夢の中でリフレインした。
           おんな
生きた子供をかき堕ろした女なんか人間じゃない!!

あの言葉を思い出す度に、私のお腹の中から胎児が生々しく掻き出される様子が浮かぶ。
もう、やめて!

 妻に浮気がばれた後も、こっそりと逢っていた。時には「ユキのことは決して裏切らないから」と慰めてくれたこともあった。こうした状況の中で、慎一のそうした優しさを見る度に、気持ちの糸をつないでいた。そうしないとやっていけなかった。

 7月26日の早朝、突然慎一から電話があった。
「もうだめだ。もうユキとダメになっちゃったよ」
「急にどうしたの?また奥さんに何か言われたの?」
電話は途中で妻に代わった。
「子供はあなたが勝手に堕ろしたんでしょ!あなたはそういう人なのよ!」

……激しいやり取りが数時間にわたって続いた。



 その夜、慎一はユキのアパートへやってきた。
「二度目の中絶は勝手にやったんだから、僕には責任がない。もう、みんなダメになった。僕は責任をとらない」と言い出したのだ!!

「君を裏切らないって言ったのは嘘だったの?結婚のことも中絶のことも責任をとらないなんて・・・。私が避妊してって言ったの覚えてる?」
「ああ、そうだった。僕の責任だ。責任をとって離婚する。そしてユキとも別れる」
なんて人なの!!

 しかし、この約束も翌日にはあっけなく反故(ほご)にされてしまった。
「奥さんとの離婚はどうなったの?」
「離婚はしない」
「そんな・・・女房と別れるって言って帰ったのに、約束が違うんじゃない!!」
「……」
「あなたがこんな人だったなんて……」

 全てが終わった。

 眠れない・・・。眠れない・・・。
夢?
薄暗い三途の川のようなところ。
中絶した子供たち。
川から出た無数の白い手が子供たちを川に引きずり込む。
怖くなり、私は逃げ出した。
「おかぁさーん、置いて行かないで!」
逃げながら時々振り返った。
「おかぁさーん」
子供たちの手が溶けていく。
「行かないでー」
それでも戻ることが出来なかった。怖かった。死に物狂いで逃げた。

どんよりと曇った空からあの妻の声が響く。
                おんな
「子供たちを置いて先に行ってしまっていいの?」

あなたも死になさい。

夢から覚める。汗まみれ。
ベッドのそばの電話が鳴る。
時計は午前3時を示している。
こんな時間に誰?
電話をとった。……あの奥さん?

「もしもし、西村です」
「・・・死んでなくて良かった。死んでもらっちゃこっちが困るから」

その出来事があってから、私は精神安定剤を飲まなければ眠れなくなりました。
                   トランキライザー
 
 


 
 

−最終回−

 
 
朝、いつも通りに慎一さんから電話がかかってきた。

「もしもし?俺だよ」
「おはようございます」
「今から行くからね」
「ごめんなさい・・・。 今日、少し熱を出しているんです。休ませてください」
「そうか・・・分かった。お大事に」

ほんとは、発熱なんて嘘。
コートに着替え、外に出た。


 
外は雪が降っている。
手に息を吹き掛けてみる。
空を見上げる。
「綺麗・・・」


 
「堕胎された子供たちが永遠に成仏できないのでは?
 あの妻の言葉の呪縛によって」

      おんな



慎一さんとあの妻の家の前まできてしまった。
ドアのノブに手をかけた。
ひねると簡単に開いた。
カギもかかっていなかった。

なぜか中には眠っている子供たちしかいない気がした。
静かに扉を開き、中に入った。
眠っている子供たち。
窓越しに外の雪を見る。
部屋の中には、慎一さんも、あの妻もいない。あたしとこの子供たちだけだ。
                   おんな
この世に出てくることができなかったあの子達も、本当は、祝福されて生まれてきて、今ごろこんな風に幸せに眠れたのに・・・。
「せめてあの妻の言葉の呪縛から開放してやりたい・・・」
       おんな
部屋を見回す。
ストーブを見つけた。
灯油のタンクを抜き取る。
子供たちとその周辺に灯油を撒いた。
ライターを着火。
子供たちに向かって投げた。
くるくるとスローモーションで飛んでいくライター。
 
炎に包まれて、泣き叫ぶ子供たち。
 


どうして炎で言葉の呪縛を解き放とうとしたかって?
         こどもたち
何だか、綺麗になるような気がするでしょ。
 
 
 

−完−
 
 
 

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