あと一日
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趨虞は速い。麒麟ほどではないとはいえ、下の景色を判別するのがやっとという位速く飛ぶ。 雁国の趨虞「たま」を駆るのは、灰色の毛並みが陽に光って銀にも見える鼠だった。 「見えてきたな。久しぶりの金波宮だ」 心が弾む。 あっという間に、金波宮の門へと辿り着く。 禁門を預かる門番に、今日は雁国延王からの使いとして来た旨を告げる。延王からの連絡がいっていたのだろう、門番はふたつ返事で門を通してくれた。にこやかに手まで振ってくれる。禁軍将軍青辛を尊敬しているという門番だから、半獣の楽俊にも差別なく接してくれる。それがとても嬉しい。 「さぁてと、登るかな」 いつ見ても、この階段はすごい。 雁国と慶国のものしか実際に登ったことはないが、どちらにしろ、見るだけで圧倒される。実際登るときは、一瞬で登り終えてしまうのだから、きつくもなんともないのだが、つい、山登りのような感覚になってしまうのはご愛敬だろう。 いつもの通り、あっという間に頂上に着いた。そこには、国府から連絡を受けたのだろう、陽子が待っていてくれた。 「お〜い!楽俊!!」 楽俊は両手を大きく振って笑っている陽子をまぶしそうに見つめた。 楽俊は破顔して応える。 「陽子ーー!元気かーーーー?」 ぽてぽて歩く楽俊のもとまで、陽子が走ってきた。お付きの者が慌てているのが判る。陽子が陽子らしくて、楽俊は妙に嬉しくなる。髭がぴくぴく動く。 「陽子、慶台輔がいないのか?珍しいな」 「うん。今日は州侯としての仕事で此処にはいないんだ。だから、じっくり話せる」 そういって、嬉しそうに微笑む。 「おい、陽子。台輔がいないのを喜ぶもはちっと間違ってねぇか」 呆れた声を隠さずに、楽俊は陽子を見上げていう。 「いいんだ。蓬莱の国に、こういう言葉があってね。『鬼の居ぬ間の洗濯』って……」 「どういう意味だ?」 「鬼ってのが、自分にとって窮屈な、気詰まりな存在でね。そういう人がいないときを楽しむって意味だよ」 楽俊は、相変わらず、陽子と景麒の間はギクシャクしているのだろうかと思ったが、早くいこうと陽子にせっつかれたので、いうのをやめて歩き始めた。あとから聞いてみれば済むことだ。 楽俊がなにも考えずについていくと、国府に用意された陽子の執務室―――日頃は使っていないのだが―――に案内された。 「陽子、此処で仕事しているのか」 そういう問いが口をついたのには訳がある。 国府用の執務室だよ、と紹介されたものの、中はがらんとしていて卓がひとつに椅子がみっつ、花瓶がひとつしかない部屋だった。どう考えても、執務をする部屋にはみえない。本棚さえ存在しないのは、執務を執れる環境とは思えないからだ。さすがに使ってある調度品は高価だと一目でわかったが。 「いいや。してないよ。ここ、ほとんど使ってないんだ。いつもは自室でするから。本当は、楽俊をわたしの部屋に案内したかったんだけど、駄目だって。だから、急遽、祥瓊たちと密談するのに使ってる此処にしたんだ」 「……密談?」 「うん。どうやったら国をよくできるか、とか話したり、金波宮で目の行き届かない人間関係とか祥瓊と鈴が報告してくれるんだ。わたしの部屋でしてもいいんだけど、国府ですると、問題のある官の顔をすぐに調べにいけるから都合よくて。なんにも置いてないだろう?密談するのに派手な部屋だとさ、みつかっちゃうんだ。だから、毎回部屋を移動してやってる」 ここは、つい最近みつけた空部屋なんだ、と嬉しそうにいう陽子にどう返事していいのか、楽俊は困ってしまった。らしい、といっていいのだろうか。 「それで、今日は延王の用事で来たんだって?楽俊、前の手紙で試験中だっていってたけど、大丈夫なの」 「試験は終わったんだ。おいら、それで延王様に用事いいつけられてな、陽子のところまでこれを届けに来たんだ」 「なに?」 楽俊は、首に括付けていた風呂敷包みを卓の上に降ろす。そして、丁寧に包みをとく。 「巻物?」 「そうだ」 そっと大事な物を扱う要領で両手で持って、陽子に手渡す。 「開いてみな」 なんだろうと思いながら、陽子は巻物を括っていた飾り紐をくるりととく。ぱらりとほどけて、少し埃が舞う。かなり色褪せた古いもののようだったから、破いてしまわないように、丁寧に紙を延ばしていった。 「…………なんだ?これ」 眉を八の字にして、奇妙な顔をする。 「へ?」 陽子が喜ぶだろうと思っていた楽俊は気の抜けた声をあげた。 「これ……なんの為に持ってきたの、楽俊」 「なんの為って……陽子、延王に頼んだんじゃなかったのか?おいら、延台輔から蓬莱語の辞書だって聞いてるぞ」 「…………」 すっかり呆れ顔の陽子がひとつ溜息をおとす。 「楽俊――――これは、蓬莱の言葉ってのには違いないんだけど…………わたしの時代の6、700年前のものだよ。今の人は全く読めない。勿論わたしもさっぱりわかんないよ。多分、室町時代くらいのじゃないかなぁ〜、ここに足利って文字がある。あんまり日本史は得意じゃないんだけど…………」 「じゃあ、使えねえのか?」 「うん」 力一杯頷かれて、楽俊はがっくりと小さな肩を落とした。 「あ、ごめんね、楽俊。せっかく持ってきてもらったのに」 楽俊の落ち込みをみて、すかさずフォローしようとするが、言ってしまった言葉は取り替えしがつかない。しまった、と思うがもう遅い。 「ら、楽俊……。とりあえず、お茶しないか?」 金波宮を早々に辞して、楽俊は一路玄英宮を目指す。 一言、雁国主従に文句をいわなければ気が済まない。 あんなに苦労して探し当てた巻物が、全く役に立たないものだったなんて――――! ほとんど怒ったりしない楽俊だったが、悔しい気持ちで一杯だった。 陽子に呆れられたじゃねぇか! 楽俊の立場では雁国の頂点にたつ二人に何が言えるわけでもないと、普通なら黙っておく。それが常識。でも、今日ばかりは是非とも言わせてもらおうと、楽俊は心に誓うのだった。 おいらの5日間を返せ! 楽俊の試験休みは残すところ、あと一日となっていた――――――――。 |
狩夜ひびきさんにSSを頂きました♪ 以前いただいたSS「書庫」の続きの小説です。 「書庫」で探した巻物を喜んで陽子に届けたら・・・。尚隆と六太に振りまわされてますね、楽俊vそんな楽俊もかわいいvv ネズミ楽俊が小さいからだをあたふたさせている姿が目に浮かぶようです。 確かに戦国時代の文字は読めないよねぇ。陽子ちゃんは。 楽俊は、尚隆と六太(とくに尚隆か?!)に遊ばれるのがとても似合っていると言うか・・・。 楽俊はどちらかというと、真面目な印象があるので、尚隆たちは遊びがいがあるでしょうね。だから、ちょくちょく大学に顔を出すんだろうか?それも窓から。ぷぷぷ。 ギャグチックでおもしろかったです♪ 狩夜さんありがとうございました!! 狩夜ひびきさんのHP「KINGDOM」さんはこちらからどうぞ。→こちら リンクのページからも飛べます。 |