ずっと前に日本のメーカーに"ドクターシーゲルゲージ"という弦を作ってもらいましたが、これはもう製造中止になっています。
現在はアメリカのS.I.T.というメーカーに"Dr.Siegel's Custom Gauge"という弦を作ってもらっていて、

     0085, 0115, 016, 024. 032, 042,

・・というゲージです。
ずいぶん半端なゲージに見えるかもしれませんが、これは"008よりも音が太く、009よりも弾きやすく、アームを使った後のチューニングの狂いが小さく、寿命が長い"・・という弦を目指して作ったものです。

昔から僕は弦は008009のセットを使っていましたが、この二つのセットの2弦がどこのメーカーもたいてい同じ011である事に疑問を持っていました。他の5本が全部違うのに2弦だけ同じという事は、どう考えてもどっちかのセットはバランスが悪いはずです。
そこで代理店を通して各メーカーに"何故2弦が同じなのか"・・と問い合わせてみたところ、どこも"昔からなんとなくそうしているから"・・というような返事で、特にバランスの事は考えていないようでした。
だったら自分で研究してみようと思い、イシバシ楽器南洋貿易の協力を得て実験してみる事にしました。

まず、ダダリオがロングスケールの場合の各弦のテンションをkgで表示しているのでこれを参考にしながら色々試してみたところ、どのセットもテンションのバランスはあまり良くありません。
例えば009 〜 046のセットは、

1E 009 (inch) 6.16 (kg)
2B 011 4.99
3G 016 6.92
4D 026 8.35
5A 036 8.71
6E 046 8.07


・・となっていて、テンションはバラバラです。(製造年度によってテンションは多少異なります。)
これを普通のシンクロナイズドトレモロで使うとアームを使った後にピッチはすぐに狂ってしまいますし、半音下げにした場合、より狂いが大きく、チューニングはメチャクチャになってしまいます。ですからこの場合はどうしてもフロイドローズ等のロックシステムが必要になります。

 

次に、セットを無視して1弦から6弦までのテンションがなるべく同じに近くなるような組み合わせを色々試してみました。
例えば・・

1E 0095 6.84 (kg)
2B 013 6.99
3G 016 6.92
4D 024 7.12
5A 032 7.17
6E 042 6.73


・・という組み合わせにするとテンションのバラツキはずっと小さくなります。
そうするとアームを使った後のピッチの狂いも小さくなり、半音下げにしてもあまり変わりません。
ま、全く狂わないわけではありませんけどもチューニングがメチャクチャになるという程ではなく、あまりアームを派手に使わなければロックシステムの無い普通 のシンクロナイズドトレモロでも実用上問題ない程度です。

 

つまり1弦から6弦までのテンションが同じに近くなるとチューニングはあまり狂わなくなるわけで、言い替えると、"アームを使った後にチューニングが狂うのは、弦のテンションのバランスも影響する"・・と考えられます。
しかしこの組み合わせはかなり弾きにくいので、弾き易さの面からは1〜2弦のテンションがやや弱い方がいいようです。

また、サウンドのバランスを考えると、008〜038のセットは5〜6弦と1弦の音が線が細く、低音弦をミュートして弾く時や、1弦ハイポジションをベンドした時の音がイマイチ頼りない感じです。
例えばイングヴェイは低音から上がって行って、最後に1弦21フレットを短3度上げてヴィブラート・・というパターンをよく使いますが、2弦から1弦に移った所で音が急に線が細くなり、最後の決めの音がイマイチ物足りない・・という感じになってしまいます。
この事は初めてケリーに会った時に言ったら、"まさにその通りです"と言ってくれました。

009のセットを使えばそんな事にはなりませんが、その代わりテンションが強いので、あの速さで1弦21フレットを短3度ベンドするのは至難の業です。
じゃあ008009の中間の弦があればいいんじゃないかと思いましたが、その時はまだ0085なんていう弦は無かったので、テンションを計算してみたところ・・

008 4.86 (kg)
009 6.16 (kg)


・・ですから、中間を取ると0085は5.51kgという事になります。
そしてこれとテンションのバランスがとれて、且つ弾きやすい組み合わせはできないか色々試してみた結果 ・・

0085 5.51 (kg)
0115 5.52
016 6.92
024 7.12
032 7.17
042  6.71


・・という組み合わせが一番いいんじゃないかという事になったわけです。
そこで南洋貿易にこういう弦を作ってくれる所があるかきいてもらったところ、アメリカのS.I.T.が作ってくれる事になりました。

 

S.I.T.というのは"Stay In Tune"の頭文字で、"チューニングが狂わない"・・という意味です。
アームを使った後にチューニングが狂うのには主に3つの原因があり、ペグの所、ブリッジの所、弦自体・・の3つですが、S.I.T.は弦のボールエンドの所で折り返した弦の巻き方の特許を持っていて、3 番目の"弦自体によるチューニングの狂い"は殆ど無い事からこの名前をつけたんだそうです。ですからこれでテンションのバランスが良くなればもっとチューニングは狂わなくなるはずです。

という事で、テンション、サウンド、弾き易さのバランスから考えてこういうセットを作ったわけですが、1 弦はあくまで計算で考えただけなので果たしてその通りになるか現物を見るまで不安でしたけども、実際出来てきた弦は思ったよりも弾きやすく、チューニングの狂いも少ないし、音も太く、わずか0.0005の違いは予想以上に大きく、しかも0085のテンションはビッタシ5.51kgでした。

この弦はロックシステムやエンドロックスの無い普通 のシンクロナイズドトレモロでも、ペグの所で "弦をロックする張り方" をすればアームを派手に使ってもチューニングは殆ど狂いませんし、弦をベンドした後にピッチが狂っても、一度アームを下げればすぐに戻ります。
そこで、パッケージの裏に "弦をロックする張り方" を図に描いて載せる事にしました。
(右図をクリックすると拡大図が見られます→)

そしてケリーにも試してもらったところ、"これはスバラシイ!"・・と言って自分のレコーディングにこの弦を使ってくれる事になりました。
ケリーも、僕が今まで既製の弦に感じていたのと同じ不満を持っていたようです。

 

また、S.I.T.の弦は寿命が長い事でも知られていて、弦の材質が良いのとボールエンドの所の巻き方が違うためセコイ弦の倍は持ちますから、高いようでも安い弦を何度も張り替えるより手間が少なくて済むし、むしろ安上がりです。
お茶の水のフィガロ・ギターズMusic Gearで売っています。
僕のように"フロイドローズ等のロックシステムを付けた音は気持ちが悪い" という方、"シンクロナイズドトレモロをそのまま使いたい"という方は一度試してみて下さい。