「由紀子…」
「なっ…なにイッちゃん?」
いつも無表情に近い樹の顔に明らかに悲壮感が漂っている。
お陰で風邪をひいて体調が悪いはずの自分のほうが
樹の表情に心配をしてしまう。
「大丈夫?」
言葉短めに話のはいつものこと。
でも、瞳を潤わせながら、まるで明日がないかのような表情をされると、
まるで自分が重病人であったのかと錯覚をしてしまう。
単なる風邪と思っていたけれど、風邪は万病のもととも言うし…。
「ん…けほっ…」
軽く咳き込みながら何とか笑顔をみせる。
…が余り体調は良くないと思う。
バイト帰りに突然降られたどしゃ降りの雨。
急いで部屋に帰ってシャワーを浴びたのだけれど、
クリスマス前で連日バイトをしていて疲れていたのと、
雪になぜならないのかと思うほどの冷たい雨だったせいで、
めったに風邪をひかないをひいてしまった。
次の日、オーナーに「忙しいのにすみません」とバイトを休む連絡を入れた後、
布団に入って寝ていたのだけれど、体が異常に熱い。頭も重い。
まるで走った後のように肩で息をしているし、体も汗ばんでいる。
(…こんな時、一人暮らしって辛いわね)
そんなことを思いながら、熱のせいかいつの間にかに
気を失うようにして寝てしまっていた。
(つ…冷たい…気持ち良い…)
真っ暗闇の中、何か冷たいものが額にあるのだけはわかった。
あれ?…冷却シートも、氷嚢もないわよね?
タオル…を水でぬらして…おでこにあててたような…でも、
確か…寝返りをした時に…どこか…落としてしまったはず…。
意思がはっきりしない。夢と現実が入り混じったような感覚。
夢の中でも目は開けられるはずと薄目を開ける。
…ん、暗い…夜なのね…あれ?誰?
「い、イッちゃん?」
私の部屋に犯罪者が入る以外に入れるのは合鍵を持つ彼女しかいない。
「寝て」
真っ暗の部屋。
でも、確かに樹はいる。
聞こえたのは彼女の声。
感じられる彼女の存在。
(きっと今日は電話もメールもしなかったから心配して来てくれたのね)
あまりに調子が悪かったから、イッちゃんに連絡もできなかった。
それに、イッちゃんもバイトで忙しいと言っていたから、
看病を頼むなんて事も出来ないと思ったし…。
「返事が来なかったから来た」
今日は樹が由紀子の気持ちを読めるらしい。
意識を集中させることがまだできない由紀子の心を読んだのか、
樹は自分がなぜここにいるかを話してくれた。
「由紀子が真っ赤な顔をして横になってた。
熱があって、苦しいのがすぐにわかったから、
色々買ってきて、起きるのを待ってたよ」
バイト先に連絡を入れたのが朝の10時過ぎだから、
8時間近く寝ていたみたい。…昨日も10時間は寝たのに。
今日はイッちゃん夕方からバイトだったから、
…バイトに行く前に、バイトから上がる
ハズだった私に電話したのね…え?今…夜…
「イッちゃん……バイト!!」
樹が乗せてくれたタオルを手で掴むと、
何とか上半身を起き上がらせ、暗闇に目が慣れ初め、
ようやく輪郭がわかるようになった樹に尋ねた。
「休んだ。由紀子のほうが大事」
そう言った後、樹は由紀子の汗ばんだ背と肩に手をやると、
ゆっくりと由紀子の上半身をもとの寝ていた体勢に戻した。
「寝て」
「もう起きるわ…半日以上寝ていたから、もう眠くないみたい」
不思議なもので、さっきまで電話があっても気がつかないほど
眠りこけていたのに、一度目が冷めてしまったら、眠気が飛んでしまっている。
熱のせいか、頭がくらくらと言うか、ふらふらとしているけれど。
「薬を買ってきたから、飲んで」
「そうね…朝、寝る前に飲んだだけだから…」
樹はその場で立ち上がると、照明のヒモを引っ張った。
寝ている由紀子はついた照明の灯りが眩しくて、
手を思わず目の前にかざした。
指と指の隙間から樹の心配そうな顔が見えた。
「由紀子…」
「なっ…なにイッちゃん?」
いつも無表情に近い樹の顔に明らかに悲壮感が漂っている。
お陰で風邪をひいて体調が悪いはずの自分のほうが
樹の表情に心配をしてしまう。
「大丈夫?」
言葉短めに話のはいつものこと。
でも、瞳を潤わせながら、まるで明日がないかのような表情をされると、
まるで自分が重病人であったのかと錯覚をしてしまう。
単なる風邪と思っていたけれど、風邪は万病のもととも言うし…。
「ん…けほっ…」
軽く咳き込みながら何とか笑顔をみせる。
…が余り体調は良くないと思う。
熱は今朝の時点で38℃ぐらい。
咳もちょっと出ていて、のども小骨が引っ掛かったような
痛みを感じる。つばも飲み込むのも嫌なくらいだ。
「顔が赤い。熱あるね。何か食べれる?」
「そうね…あんまりおなかは空いてないんだけど…」
食欲がないというより、おなかが空いていない。
熱が出ていたのだから、体力を消耗しているはずなのに。
「葛湯は?」
「…それくらいなら」
由紀子の返事を聞くと、樹は台所のほうへと歩いていった。
お湯を沸かし、マグカップに葛とお湯を注いでかき混ぜる。
一緒に風邪薬と胃腸薬も持っていった。
「イッちゃん、用意がいいわね」
風邪薬だけではなく、胃腸薬まで用意していた樹の周到ぶりに、
ちょっと感心をした由紀子。自分は風邪をほとんど引かないから忘れていたけど、
友達で頭痛薬が手放せない子が、胃も弱くて、頭痛薬と胃薬を同時に飲んでいたのを思い出した。
由紀子は胃は特に弱いとは思っていないけれど、おそらく、余り食べられなかった時のために、
樹は念のために胃薬も買ってきてくれたのだろう。
「私はたいていそうだから」
葛湯をスプーンでかき混ぜながら、フーフーと冷ます樹。
樹もたまにしか風邪をひかないが、おなかにくる風邪をひきやすい。
風邪薬と胃腸薬を同時に飲む方が当たり前となっていた。
「はい、由紀子」
上半身を起こすと、マグカップを樹から手渡される。
樹はそのまま立ち上がると、クローゼットからカーデガンを出す。
そして由紀子にそれを羽織らせた。
二人の間から会話がなくなる。
聞こえるのは由紀子が葛湯をすくう音と、
スプーンがマグカップにあたる音だけ。
由紀子が葛湯を全部胃に納めるのを見届けて、
樹は胃薬の分包を開けると、コップの水と一緒に渡した。
2つの薬を飲むのを見るまで、ずっと悲壮感漂う表情をしていたが、
飲み終えるたのを確認すると、少し落ち着いたようだ。
「イッちゃん、私、風邪よ…熱が高いみたいだけど」
「どうしたの?いきなり?」
「んっ、イッちゃんの顔を見てたら、なんだか私、入院している患者の気分になっちゃって」
「あ…ごめん…どうしても不安で…看病した事ないからどうしていいかわからなかったし」
どうやら、由紀子が寝込んでいると言うことと、
初めて風邪とはいえ病人の面倒を見ることになって、
かなり戸惑っていたらしい。悲壮感に見えたその表情は、
心配と、不安と、戸惑いと、緊張なんかが入り混じってみせたものだったようだ。
ちょっと小さくなって、頭をポリポリとかいている樹。
「イッちゃん、今日はバイトを休んでまで看病してくれてありがとうね」
布団の横に座っている樹の手を取ると、感謝の気持ちをこめてお礼を言う。
「もし…だけど、イッちゃんが体調を崩したら看病するから」
まだまだ熱で顔が赤い由紀子に、じっと見詰められると、
(明日にでも風邪をひこうかな…)なんて思ったりする樹。
そうしたら、お互い看病できる状況にも陥りかねないことを
頭に思い浮かべることなく、その代わりにエプロン姿の由紀子を思い浮かべ、
台所でおかゆを作る想像をしてみたりする。
「おかゆを作ってあげるわね」
由紀子も樹が何を考えているか手に取るようにわかっているから、
その期待にいつか答えられる日が来て欲しいと思っていた。
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〜あとがき〜
…なんだろう?これ?
また勝手に二人が動いた。
思いついたのは…
由紀子が熱でうなされてる。
で、樹が看病に来るんだけど、
薬だけ渡して、はいさようなら。
それに由紀子が怒る
…ハズだったんだけど、
樹…あんたそんなに良いヤツだったっけ?
ま、由紀子一筋だから、やっぱりこうなるのかな〜。
次の「もし…」は、そうね、「しし座流星群を見るときに、
もし、車を止める場所がなかったら?」かな?
う〜ん、メチャクチャ強引…書く必要ないな。(ーー;)
2003,09.26