(ロザリオ・・・か)
今日は公休日。お姉さまと会う約束もなければ、
友人と会う予定もない。しかも、外は雨。出かけるのは面倒。
たまった洗濯物を洗濯機に入れてスタートボタンを押した後、
久しぶりに軽い本でも読もうかと、「マリア様」を手にとった。
私にとって「マリア様」との出会いが、お姉さまとの出会いに繋がったのだから、
この本の存在は、他のどの本よりも・・・重く、尊いものになっている。
もっとも、だからといって、ビニールを掛けて、一冊は永久保存をしているとか、
手を洗って、みそぎを済ませてから読むといったことは当然しない。
普通に寝床に横になりながら、ページをめくっては登場人物に感情移入をしていた。
読んでいるのは志摩子と乃梨子の話。
雨空の下、若葉をこれから茂らそうとしている桜の木の下でのロザリオの授受。
ロザリオを渡す意味を重く考えていて、それを乃梨子に渡すことを躊躇していた志摩子。
ロザリオの重みを乃梨子にかけてしまうことは、束縛することとのみ考え、
それが志摩子の肩に背負い込んでしまった荷を分けることになるということを考えられなかった。
まだ自分がリリアンに未練を残さぬように過ごしていた時の癖が残っていたのかもしれない。
乃梨子に全てを背負わせて、自分は良いのだろうか・・・そう考えていたのかもしれない。
自分の周りに見えない壁を作ろうとして、自分という存在を相手の心に残さないように勤めていた頃の・・・。
洗濯機のブザーが少し前に遠くの方で鳴っている感じで聞こえていた。
次の話を読むことはしないで、そのまま本を寝床に置くと、
階段を下りて洗濯物の入れ替えを始めた。
洗濯機のすぐ脇は窓がある。閉めてはいるけれど、
そとで降りつづける雨の音がこれから梅雨に入ることを告げている。
洗濯機に入っていたものを乾燥機へと入れ、
新しい洗濯物を洗濯機に入れるだけ入れると、
台所へ行き、冷蔵庫で紙パックのレモンティーをコップに注ぎ、
それを手に持って、再び階段を上がると自分の部屋へと戻った。
コップを置き、その代わりに手にしたのは読んでいた「マリア様」の文庫ではなく、
常に持ち歩くバックのポケットにしまってある鍵だった。
「鍵・・・か。しばらく使っていないな・・・早く使える日が来ないかな・・・」
目の高さにキーホルダーをつけた鍵を指に引っ掛ける形で持ってくると、
そのまま「くるくる」と回した後、右手でギュッと握った。
感じるのは鉄の冷たさと、キーホルダの形。
そこからは、その時私に渡してくれたお姉さまの気持ちなんかわからない。
目を閉じる。
そして、思い浮かべた。
ある部屋の中。
私とお姉さま二人だけ。
お姉さまは照れながらスペアキーを渡してくれた。
私はそれに驚いた。
会って間もない時だったから。
ただただ嬉しかった。
言葉が出なかった。
代わりに涙が出た。
お姉さまに抱きついた。
そして言った。
「私でいいんだよね?」
「そう、紘子だから渡したんだよ」
その言葉が私に確信をもたらした。
私はこの人を信じて大丈夫だと。
あの時の自分は・・・鍵を渡される側だったけれど、
ロザリオを渡す志摩子と同じだったのかもしれない。
「重さ」のみを考えて、相手のことを考えられなかった。
信頼はしているのだけど、どこか見損なっていたのだと思う。
だって、鍵を預けたのがあまりにも早かったから、
それ程、鍵を重要視していないんじゃないかと思ったぐらい。
(この人、大丈夫かな?)
それだけ私を信頼してくれているのだと思う反面、
あまりの行動の早さに、少し不安を抱いたのもまた事実。
鍵を渡してくれたお姉さまの気持ち。
全てを私に委ねてくれたお姉さま。
それを重いとだけ思う時もあるんだよ。
でも、一人で背負ってはいけないんだよね。
私の鍵はまだ渡せないけれど、
いつか必ず渡すからね。
その時は、何て言葉を掛けようかな?
・・・携帯の着信音が鳴る。
「Secret of My Heart」だったりする。
画面にはお姉さまのフルネームが表示されている。
きっと、仕事が一息ついたから電話を掛けてきてくれのね。
へへ、今、ちょっとだけ考えていたことは、
私の心の小箱に鍵を掛けて仕舞っておきましょう。
もちろん、その鍵を開けるのは、お姉さま、あなたしかいないんですよ。
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