それは金曜日の夜のことだった。
樹と由紀子は日帰温泉旅行へ行くために、
仕事が終ってから高速に乗り、伊豆に近い樹の実家へと向かっていた。


「イッちゃんの家の方には迷惑じゃないの?」
今更ながらとは言え、つい樹にその事を尋ねる。
なにせ、前から決まっていたものではなく、
つい、2日前に突然その話が出て、いきなり行くことになったのだから。
「ん?喜んでたよ。学生の時でも友人を家に連れて行くことが少なかったからね」
「そうなんだ・・・でも、助かるわ。温泉旅館に泊まると高くつくものね」
「私達はお金の節約になるし、両親は私の友人を見れるし、一石二鳥だね」
「・・・イッちゃん?私は見せ物なわけ?」
「あ、こ、こら、由紀子!!運転しているんだから、つねるのはやめて!!!!」

そんな会話をしながら高速に乗ること約1時間。
着いたのは箱根に程近い、樹からしてみれば平和な田舎町。

「この辺、最近は工事ばかりらしいよ」
樹がちょっと不機嫌そうな声で、目の前で行われている道路の舗装工事を見て、
この辺のことを知らない由紀子にこの付近が開発されている事実を教えようとした。
「あら、本当ね・・・」
暗くなっているので、工事そのものは終了しているが、
工事中の看板や、削られた道路をがたがたとお尻で衝撃を感じることがしばらく続くと、
嫌でも工事ばかりだということが実感できる。

「伊豆横断道路、大きな病院の工事をしているんだよね。
まったく、出来ればその利便性を感受できるんだろうけど、
それまでの迷惑料は誰が払ってくれるんだか。
それを見越して色んな施設やら、住居も出来ている。
でも、昔から住む人間にしてみればいい迷惑だよ・・・」
「・・・と住んでいないイッちゃんが言ってます」
「茶化さないでよ。・・・これでも、この辺は私の故郷なんだ。
別に新しい物が嫌というわけじゃないし、環境破壊がどうというわけじゃない。
ただね、自分が知っている姿でここは残らないんだと考えると、やっぱり寂しいんだ」
「そうね・・・わかるかも、その気持ちは。
私の実家も今は緑の多いところだけど、
それでも、やっぱり新しい住宅地が作られているし・・・」
ちょっと重苦しい空気が車内を漂い始めた。

樹が運転する車は夜のバイパスを制限速度より少しだけ速いスピードで走っている。
22時という時間帯は乗用車よりもトラックが多い時間帯。
遅いトラックを追い越しながら、とある交差点で右折車線に入ろうと、
ウィンカーを出し、ハンドルを右に切ろうとした。

「あれ?何でトラックが交差点の真中で連なっているんだ?
前は空いているのに。あれじゃ、右折車が曲がれない」
前方の信号は青色。それなのにトラックが交差点で止まっている。
止まるのなら、もう少し右折車のことを考えてくれよと樹は思った。

・・・いや、トラックはゆっくりだけど動いている。何かをよけているのか?
「本当ね。???!!!イッちゃん、あれ!!」
樹の目の前に由紀子の指が突き出された。
(まったく人が運転している事を考えてよ)と思いつつも、
その先にあるものをみて、樹は思わず息を飲んだ。

「・・・事故だ」

樹と由紀子が中央分離帯を挟んで向こう側で見たものは、
丸く縮こまるような形で倒れ、ぴくりとも動かない人の塊と、
明らかに衝突の後遺症で原型をとどめていない中型バイクの無残な姿だった。
よく見ると、ほかにも何か良くわからない大きな部品がいくつか落ちている。
車のバンパーの形にも見えるものも落ちていようだ。
樹は前にいるタクシーにぶつからないように気をつけながら、
目の前に見える現実に驚きながらも、周りを見渡せられるだけ見渡した。

救急車はいない・・・その前に、トラックがよけ始めたのは、
樹が右折車線に入る前くらいだった気もする。
車から降りている人もいない。野次馬もいない・・・事故はおきたばかりか。
(救急車と警察に通報すべきかな・・・)そう樹が悩んだ時、由紀子が樹に話し掛けた。

「イッちゃん、あれってぶつかった相手かしら?」
「相手?」
由紀子の顔が向いている方向に樹は曲がると、
助手席の向こうに左の後ろを明らかにぶつけているRV車が歩道に乗り上げていた。
わずかに運転席のドアが開いている。街灯の明かりが少し遠いいが、
状況からすると、右折した際にぶつかった車がそのままここまで来たと考えるのが妥当だろう。
バイクの方へと向かう、50代くらいの男性が見えた。
「そうかもしれない・・・あの人が通報するだろうし、
直接ぶつかった瞬間を見ていないから、このまま行くほうがいいだろうね・・・」
「そうね、倒れている人が気になるけれど・・・」


二人の乗った車の後ろからも、右折車がきていた。
路肩によろうかとも思ったが、何も出来ずに野次馬になるのも嫌だと樹は考え、
そのまま止まらずにそのまま去る事にした。
重かった空気がさらに重くなり、二人はそのまま会話することなく、
そこから車で10分とかからない樹の実家へと向かっていった。




「あら、初めまして、あなたが由紀子さんね。樹がいつもお世話になっています・・・」
「母さん、夜なんだから、家の中で挨拶してよ」
自宅前の道路に本当はいけないのだが横付けして止めると、
車の音に気付いた樹の母親が二人を出迎えに玄関から出てきてていた。
三人で玄関を入ると、改めて由紀子が樹の母親に挨拶をする。

「初めまして、片野と申します。いつも樹さんにはお世話になっています。
今日はよろしくお願いします・・・」
「さ、由紀子、挨拶は簡単で良いから、あがってよ」
「お邪魔します」
「夕飯は食べてきたのよね?イチゴがあるけど食べられるかしら?」
「悪いけど、いいよ」
「お気持ちだけいただいておきます・・・」

「由紀子さん、お疲れのようね。樹、お布団は客間に敷いてあるわよ。
由紀子さんにお風呂に入って、すぐ寝てしまったら?」
「いえ、疲れてはいないんですけど・・・」
「そういえば、樹もちょっとうかない顔をしているわね。何かあったの?」
「事故・・・見てね。起きた直後だったみたいで、あまり良い気分じゃないんだ」

リビングに入り、樹の父親も混ざり、初対面の挨拶もそこそこに、
今、見てきたばかりの事故現場の話を皆で始めた。
「あそこは直線道路なもんで、どの車もかなりのスピードを出しているんだ・・・」
「以前、やっぱりあそこの交差点で死亡事故があったのよね・・・」
「その近くの交差点でも先日あったとか話してたよね?」
そう、その片道2車線のかなり走りやすい道路は、事故が絶えないバイパスなのだ。

とりあえず、バイクに乗っていた人が無事なことだけを願って、
その話は終わり、樹と由紀子は交代でお風呂に入ると、
明日の出発は早いので、そのまま樹の母親が用意してくれた布団に入った。
やはりまだ二人の間に会話は生まれない。

由紀子は何度か樹に話し掛けようとしたのだけど、
樹がなにか考え込んでいるような姿に、話しをすることをためらっていた。
今も、由紀子は樹の横顔を見ている。天井から釣り下がっている蛍光灯の照明を見詰める樹を。

「・・・ここはね、本当はおじいちゃんが住むはずの部屋だったんだ」
(いっちゃん?いきなり何の話?)
相変わらず蛍光灯から目をずらさない樹を見ながら、話の見えない話に由紀子は戸惑いを感じた。
「でもね、私が中学に上がる前に交通事故にあってね。それ自体は骨折事故で済んだんだけど、
結局、そのままそれが原因で亡くなったんだ」
「そうなの・・・」

どう返事していいかわからず、とりあえず、無難な返答を返す由紀子。
由紀子が返事をしたのを聞いているのかいないのかわからない樹の表情。
樹は何を一体話したいのだろうか。

「その交通事故があったのがさっき事故があったバイパスでね。
おじいちゃんは自転車で、横断歩道のない場所を横切ってたんだって。
時間的にはさっき事故があった時間の少し前くらいかな。
おじいちゃんの自転車に車が走ってきてそのままぶつかった。
もちろん、車は自転車に気がついて急ブレーキをかけたらしいけど、
まだその頃はバイパス沿いに店がなくて暗くてね。・・・・・・間に合わなかったんだって」

目を閉じて、祖父の死について話し始めた樹の姿を見て、
樹が何を考えていたのかようやく理解し始めた。
きっと、さっきの事故と、祖父の事故とを重ね合わせていたのだろう。

「おじいちゃんは、車のボンネットに乗り上げると、
そのまま車の後方に投げ出される形になったんだってさ。
でも、ぶつかり方がよかったと言うのか、
車に乗り上げる形になったのが衝撃のクッションになって、
足の骨折だけで済んだんだ。でも・・・結局、病院から退院することはなかった」
「イッちゃん・・・」
「正直、私、そのことを忘れていたんだ。
さっき、両親がただ事故の話を聞いただけにしては、
かなり暗い表情をしていたもんで、それでようやく思い出したんだ・・・」
「ご両親はさすがに覚えているわよ。イッちゃんは小さかったんでしょ?」
「でも、大好きなおじいちゃんの事を忘れていたのって・・・ショックだよ」
唇を噛みしめる樹の姿に、思わず胸が締め付けられる由紀子。

「・・・大丈夫よ、イッちゃんのおじいさんもこうしてイッちゃんが思い出してくれたことを、
喜んでこの近くで見てるわよ。それに、ぶつかったのがイッちゃんじゃなかったのは、
おじいさんが守ってくれたからよ、きっと」
「由紀子・・・」
「イッちゃん・・・」
二人は見詰めあった。由紀子はこのあと樹が自分にお礼を言ってくれると思っていた。
「それは事故にあった人に対して失礼だよ。
あの人たちは守護霊が守ってくれなかったって言うの?」
「イッちゃん、そうじゃないってば!!」
「・・・わかってるよ。ありがとう由紀子。それより、バイクの人は助かって欲しいよ、本当に・・・」
「・・・・・・」

おそらく樹は倒れていたバイクの人と、
自分の祖父とを重ね合わせていたのだろう。
祖父が助からなかった分、見も知らない人だけど,
ただ「助かって欲しい」という気持ち以上のものをその人に樹は抱いていた。
「大丈夫よ、ぶつかった瞬間を見ていないけれど、
倒れていた人は血を流していなかったし、
それこそ、イッちゃんのおじいさんと同じ形で、
車の上に乗り上げる形で私たちが考えているほど
激しく体を打ち付けていないかもよ。動けなかったのは、
脳震盪を起こして失神していただけかもしれないし・・・」
「そうだね・・・たぶん、県内ニュースなら事故のことをやるだろうしね・・・」
「そうよ、あの人が助かってるかもそれでわかるわよ!!」
「助かってて欲しいな」
「助かっているわよ」


そのまま話は明日の起床時間になって、二人はそのまま目を閉じた。




次の日、二人は仕事に行く時間と変わらぬ時刻に起きると、
土曜日でまだ車がまばらな道路を、伊豆の方へと走らせて行った。
その途中、おにぎりがおいしい、県外からも買いに来る人がいるという、
お昼前には売り切れで店じまいしてしまうお店でおにぎりと、トン汁を買った。
それを樹は運転しながら、由紀子は隣で樹に食べさせながら、食べていった。

二人が向かったのは西伊豆方面。海沿いをドライブして、そのまま山間部に入っていった。
今日の予定は、午前中にドライブした後、修善寺で日帰りの温泉でのんびりという計画。
そして、その計画どおり、二人は昼前に目的の場所に着いた。

「ここね。まだ建物が新しい?」
「去年出来たばかりだからね。母親は行ったらしいけど、なかなか良かったらしいよ」
「砂風呂があるんでしょ?楽しみだわ」
「私はパスしたいな、砂風呂は」
「え〜っ!!何でよイッちゃん?それが楽しみなんじゃない!!」
「・・・体がかゆくなった時にかけないのは辛い」
「そんだけの理由なの?」
「なんか、体が動かせないのに抵抗がある」
「でも、やった事はないんでしょ?」
「ないよ・・・でも、他にも色々なのがあるらしいし・・・」
「いいの、私はイッちゃんと同じのに入りたいの。
だから、私が砂風呂に入りたいんだから、イッちゃんも入るの!!」

由紀子の訳のわからない理屈を聞きながら、二人は入り口から入り、
靴を脱いで専用のロッカーに入れると、受付で料金を支払った。
・・・と、受付のすぐ脇にある休息所のような所にあるテレビで、
正午前のニュースをやっている。二人は昨夜のことが気になるので、
そのままテレビの方へ向かい、立ったままテレビの画面を見ていた。

昨夜起きた飛行機事故や、ここ最近、ニュースにならない日のないパレスチナ情勢のあと、
県内ニュースになり、二人の望んでいた情報が男性のアナウンサーによってもたらされた。
「・・・次のニュースです。昨夜未明、○○町の××で、乗用車とバイクの衝突事故があり・・・」
それはほんの1分ほどの短いニュースだった。そして、その事故のニュースの後CMに入ると、
二人は無言のまま互いの顔を見合わせた。

「由紀子・・・『ひき逃げ』って・・・」
「私達、ぶつかった車を見たわよね?」
長い間が二人の困惑の度合いを表していた。
周りから見ればほんの一瞬の間に、二人は目で信じられないという会話を済ませると、
樹は声に出して、胸に浮かんだ気持ちを言葉の形に表した。

「クッ・・・もし、あの時、通報するために降りていたら、
あれはひき逃げにならなかったかもしれなかったのか・・・」
「イッちゃん、自分を攻めないで・・・」
「でも、由紀子・・・」
「あの時には、あの人がそのまま逃げてしまうなんて思わなかったじゃないの」
由紀子は樹をかばった。そもそも、あの事故そのものの原因は二人にはない。
たまたまその場を通っただけに過ぎないのだから。
「そうだけど・・・」
「それに、あれだけ車をぶつけていたし、部品も落としていたもの。すぐに逃げた人は捕まるわ。
イッちゃん知ってる?ひき逃げ犯の検挙の確率って100%に近いのよ。
そうでなくても、あれだけの大通りだから、私達以外の目撃者もあったみたいじゃない?」

樹は由紀子の言葉を聞いて、自分の心の中で納得させようと試みた。
が、やはり納得が出来ない。あの時、自分に出来ることがあったという気持ちが、
どうしても樹に簡単に結論を出させることを許さなかった。

「・・・もし降りていたら、ぶつけた人の罪を重くしなくて済んだかもしれないんだよ?」
「それは、イッちゃんのせいじゃないわよ。気持ちはわかるけど、それは仕方ないことよ。
逃げた人も、おそらく自分がしてしまったことに気が動転して、
車を降りてバイクの人に近づいてはみたものの、相手が動かなかったから、
殺してしまったかもと恐怖して逃走したんでしょうね・・・捕まってしまうのに」
「誰かが一緒にいれば、その人は逃げなかったかもしれない。
そして、その誰かは、私達でありえた。仕方がなかったという気持ちもわかるけど、
でも、私はあの時、『通報するべきか』と実は迷ったんだ。
ただ、どこかで『面倒なことに巻き込まれたくない』自分がいて、
その『面倒』から私は逃げたんだ。・・・くそ!」
「イッちゃん、それは私も同じよ。あの時、イッちゃんに車を止めてもらって、
倒れた人を介抱すべきかと思ったもの。だけど、あの交通量と、
人がすでに向かっていると思ったら、私もそのまま行てしまいたかった。
厄介事に巻き込まれるのはごめんだもの。・・・後悔しているわ」

樹と由紀子はそのまま温泉に入っていったが、疲れを取るための場は、
二人に後悔の念を抱かせるだけの時間と、空間にしかならなかった。
ただ、二人の気持ちを楽にする情報もニュースは告げていた。
バイクに乗っていた人は、今のところその命の灯火を消していないということを。



なんとなくすっきりしないまま温泉からあがって、身支度を済ませると、
二人は休憩場で缶ジュースを買って、温泉で出した水分を補給していた。

「由紀子・・・遠回りになるけど、昨日の道を通っていい?」
「いいわよ・・・」
「もし、情報提供の看板が立っていたら、見たことを警察に話す」
「そうね・・・ニュースでは私達がみた車のことを言っていたけれど、
人物のことは言っていなかったしね・・・」

そのまま実家には寄らずに下を使って帰るつもりだったが、
どうしても事故のことが気になり、樹は遠回りになってもいいからと、
昨夜の事故現場を見に行かずにはいられなかった。

樹には信じられなかった。人の命を奪ったかも知れないのに、
そのまま何もせずにその場を立ち去ってしまったことを。
由紀子はだからこそ、恐ろしくなってしまって逃げたと言うが、
それでも、許せなかった。もしかしたら、バイクのほうの過失かもしれないが、
今となっては、事故現場からいかなる理由であろうと逃げ出した人物のことを・・・。



「ない・・・」
「・・・事故の痕も何もないわね。雨が降ったから、ニュースでは写っていた、
地面にかかれていたチョークの跡さえもないわね。まるでここで何もなかったみたい」
樹は交差点で昨夜と同じように右折をした後、すぐ近くにある量販店の駐車場に車を止めた。

「・・・由紀子、本当に昨夜ここで事故があったんだよね?」
「そうよ、ここであったのよ。イッちゃんも見たでしょ?
昨日私達がみた車がいたあたりの鉄の柵が、曲がっていたわ。
おそらく、逃げた人の車の塗料があそこについていたでしょうね。
部品も落ちていたし・・・もう、見つかって事情聴取しているかもしれないわ」

由紀子が話している間、樹は聞いているのか聞いていないのか、
どこか遠くのほうを見ているようだった。

「たった一日で事故があったなんて夢かのように片付けられている。
・・・私達の知らないところで事故ってたくさんあって、知らない間に片付けられているんだものね。
それこそ、面倒な事務処理をすませるかのように・・・さ。そして・・・忘れられていく。
事故に遭った人の肉親や友人はまだしも、それ以外の人達は毎日のようにある
事故の一つ一つなんて覚えてなんかいない。
それに、大きな事故じゃない限り、全国ニュースで取り上げられるなんて事もないし。
そう思うと・・・人の命って軽いって錯覚してしまいそうだよ。簡単に・・・消えてしまう・・・」
「イッちゃん・・・」

「・・・とにかく、今回のことは良い教訓になったよ、色んな意味でね」
「私も、考えさせられたわ」
「どんなこと?」
「どうしたら、イッちゃんがそのマイナス思考から抜け出せるか、真剣に考えないといけないって」
「・・・私ってマイナス思考?」
「うん、とっても。前に比べたら良くなったと思っていたけど、まだまだね」
両手を組んで、樹の方をじっと見詰める由紀子の姿に、樹は頭をかきながら反論する。

「そんなことないよ。由紀子がマイペース過ぎるだけだよ」
「違うわよ、私は普通よ」
「由紀子が普通?」
「何よその顔?」
それまで神妙な顔をしていた樹の顔に、シニカルな笑みが浮かんでいる。
その顔は、樹が由紀子のことをからかう時の表情に良く似ていた。

「だって、由紀子が自分で『普通』なんていうから、おかしくって」
「あ〜っ、ひどいよイッちゃん、私のことをバカにしているでしょ?」

「私がバカにしてる?違うよ由紀子、私は嬉しいんだよ。
やっぱり私には由紀子が必要だって再認識できたから。
私が自分の思考で陥ろうとしているメビウスの輪のようなラビリンスに入る前に、
入ることを邪魔しようと通せんぼをしてくれているもんね」
「・・・なんかその言い方は気になるけど、ま、良しとしましょう。
さ、イッちゃん帰りましょうよ。事故のことは気になるけれど、
二人とも明日は仕事だものね。とりあえず、イッちゃんのご両親に帰ったら電話をして、
どうなったか教えてもらえるようにお願いしておきましょう」
「よし・・・安全運転で帰るとしますか。
あ、由紀子、私の運転を邪魔する行為はもうしないでよね!!」



事故現場をに背を向けて、車に乗り込む二人。
バイパスでは昨夜そこで事故を起きたことなど知らない車が、
次々とスピードを上げながら通り過ぎていっている。



あとがき

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