「ほら、イッちゃん、行くわよ♪」
「樹、由紀子さんがまってるでしょ、早くしなさい」
大学4年の夏休み。まだまだ就職活動中ではあるけれど、
「気分転換しようよ!」との由紀子の提案。
温泉に行けて、お祭りにも行けて、しかも近くて安い場所との
条件を突きつけられ、頭を悩ます間もなく思いついたのは樹の実家。
「由紀子、私の家に行きたいって言えば?」
「え?イッちゃんの家に行っていいの?」
豆鉄砲を食らったかのごとく、驚いては見せているけれど、
これは絶対に確信犯だと思った樹ではあったが、
そのことを言ったところで何も結果は変わらないと話を続ける。
「別に大丈夫。私の部屋に狭いけど布団を敷けば二人寝られるし」
「敷いちゃうの?」
「お誘いには乗れません」
そんな会話をしこたま繰り返した後、
お盆休み中で帰省する家族に混じって電車で向かうは伊豆方面。
私鉄からJRに乗り換えた後、M駅でもう一度私鉄に乗り換えをする。
「イッちゃんが実家に帰る時ってこの電車?」
「そうだよ、一番安いし早い」
乗り換えの回数はやたら多くなるので、
下手をすると待ち時間が長くなってしまうのが欠点なのだが、
何せ実家までこれだと電車代が二千円程。
新幹線を使うと倍以上掛かるし、JRの在来線でも千円はプラス。
これに限ると樹は言った。
「乗ったところとは全然景色が変わるわね…」
乗ってから1時間ほどした頃、由紀子がつぶやいた。
乗り換えた駅はデパートが立ち並ぶにぎやかな所。
今車窓から望むことが出来るのは緑の山ののどかな風景。
縦長の建物など見ることが出来ず、
自分が都心から離れていっているのを実感する。
「由紀子の実家の方より田舎だからね」
由紀子の実家と樹の実家は二人の大学をほぼ中央にして
正反対の場所に位置する。由紀子の実家も都会とは言えないとはいえ、
交通の便が良い所にあるので、それなりにショッピングをするところなどはある。
「電車に乗っているだけでリフレッシュできるかも」
「それじゃあ、このまま折り返しの電車に乗って帰る?」
「イッちゃんのバカ」
両手を組んでまでしゃべる由紀子に少々呆れ気味。
軽い嫌味の一つでも言わないとやってられないと思ったりする。
二人の乗っている車両にはあまり人が乗っていなかったこともあるだろうけど、
いくらなんでも自分に向かってアカンベーははないでしょう。ねぇ、由紀子。
二人の道中はいつもと変わらずと言っていいものか。
由紀子が何かを言うたびに樹が嫌味を返してを繰り返し、
いつの間にかに私鉄の終着駅に到着したのであった。
「ここって確かかまぼこが有名よね?」
「そう、後は…お城?」
「あ、あれね、少しだけ見えるわ」
「どうせだから少し歩く?」
本当はここから私鉄に乗り換えて、
温泉町に行って日帰り温泉に浸かる予定だったのだけど、
朝早く出てきたから、多少の寄り道は時間的に問題ない。
「この辺わかるの?」
「周辺だけなら少しね。お城を見て、軽くお茶だけしていかない?」
「のった!!」
こうして二人は目的地を変更して、一路お城を目指し始めた。
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