「君はもう俺は必要ないだろう?」
「なにを言っているの?」
「始めは君といると楽しかった。その楽しさが俺にとって新鮮だったし、安らぎだった。でも・・・」
「でも?でもなによ?いきなり呼び出しておいて、別れ話?」
「今ではそれが苦痛なんだ。次から次へと話ばかり。
それも全部自分のこと。一度でも、君から俺の事を聞いてくれたことがあったか?」
「・・・・・・ないわよ。でもそれは・・・」
「そう、俺が『君の話が好きだ』そう以前、言ったからだろ?
だからと言って、俺は君の話だけをずっと聞いていたいわけじゃない。俺だって君に話したい事だってある」
「な、なによ?そんなに話したいことがあるなら聞いてあげるわよ。今、話せば良いじゃない」
「そうだな。話させてもらうよ。君の話を聞くのはもう金輪際ごめんだ。
そんな俺を君はもう必要としないだろうから、別れよう。俺が話したいのはこれだけだ。
それじゃあな。君の話を全部喜んで聞いてもらえる人を探すんだな」
どこから探し出してきたのか、少し古い映画だった。
内容は、そう面白味のあるものでもなかった。
会社の同僚がちょっとしたきっかけで付き合うようになった。
女の人はとても話好きで、テレビや雑誌のネタから、
仕事の愚痴、友人のうわさ、将来の夢なんかを、
相手に話すヒマも与えないくらい、ずっと話していた
相手が自分にもっと話して欲しいといってくれたのが嬉しくて、
その言葉に答えるためにも、色んなネタを仕入れては、話しつづけた。
そう、話しつづけることが彼女は彼と関係を続けるために必要だと信じていたから。
本当は彼女は彼にも話してもらいたかった。でも、彼は自分から話そうとしてくれなかった。
だから・・・彼女は話し続けるしかなかった。相手が段々不機嫌になっているのはわかっていた。
それでも、彼女は止められなかった。なぜか?彼女にとって「話す」ということが全てになっていたから。
「話す」ことを彼に対して止めてしまったら、それは、彼との関係の終わりを意味すると思ったから。
もう、彼の話を聞くことは彼女には出来なかった。そこで別れを告げられると思っていたから。
・・・これが映画の始まりだった。
彼女は彼と別れた後、会社も辞め、旅に出た。
自分という人間がこの世に不必要なのではないかと思ったからだった。
そして、旅先で色々な人たちとの出会いを通じて、自分に自信を持つようになり、
最後は、旅の途中で出会った風景画家と結ばれる。
・・・どこにでもありそうで、でも、ありえなさそうな、
一応、自分と重ね合わせることが出来そうな、そんな映画だった。
「・・・どう思う?」
一緒に映画を静かに見ていた人物に聞いてみた。
「どう思うって?」
映画館でならそれが表示されたら席を立って歩き始める、
少々「けなげ組」に入れても良いのではないかと思える映画のテロップになぜか視線を向けながら、
私の問いに質問をしてきた。マンションに同居している津村海(つむらうみ)に。
その態度がなぜか気に触ったので、海の顔を両手で挟むと、
「グイッ」と自分のほうへと向けた。それほど力が要らなかったのは、
海もそうされることを予想していたらしく、力に逆らわずに顔を動かしていたから。
「この女の人のことよ」
主人公のこの女の人。私は彼女の始めの頃を自分に重ね合わせていた。
「自分のことしか考えていなかったから、始めに付き合っていた相手に愛想をつかされた。自業自得ね」
「・・・・・・もしかして、海って私のことを嫌い?」
「何でそうなるの?あ、もしかして自分でこの人と同じだって自覚があるとか?」
「ひっど〜い!!『自覚がある』なんて言うってことは、海は私のことをそう見ているんでしょ〜!!」
「ちがうの?」
「・・・確かにそうよ。だって、私って自分のことばかり話しているじゃない?」
「良いんだよ、別に。織江が話してくれるのは、私に心を預けてくれているからでしょ?」
「そうよ。私が全てを許して話せるのはあなただけ・・・」
「あ、もしかして、私がこの映画を見せたのは、私が別れたボンクラ男みたいに『別れたい』って織江に言いたいからだと思ったの?」
「え?そうなの・・・そっか・・・そうだよね、私みたいに思い込みが激しくて、自分のことしか考えていないヤツなんて、そう思われて当然だよね。ごめん、気がつかなくって・・・そうだね、海にも私なんて必要ないんだよね・・・」
そう言って目をぱちくりさせる海に、私は立ち上がってから大きく一礼をして、部屋の荷物を片付けようとする。・・・これからどうしようかな。家族とは縁を切っているし、友人たちは結婚しているから転がり込めないし・・・あ、恵美の所なら泊めさせてもらえるかな?
と、この後のことを真剣に考え始めた。
「ち、ちょっとタンマ!!」
立ち上がって洋服ダンスを開けて中を出そうとしている私の腕を海は力強く掴むと、
思いっきり引っ張って洋服ダンスから私を引き離した。
何をするのよ?私はもうあなたとは別れたんでしょ?
「あのね織江、私、一言も『別れたい』って言った?言ってないでしょ?
それに、『何があっても織江を愛する』って約束したじゃない?私が織江に約束したことを破ったことがある?」
「・・・ある。昔、夜中にメールをくれるって約束したのに、くれなかったことあったよ」
「そ、それは仕事で疲れていたから不可抗力じゃない?その時はしっかり謝ったでしょ?」
「でも、あるにはある。それに、いままで約束を守ってくれたからといって、これからも守ってくれるとは限らない」
「・・・あのね、私は織江のことしか愛さないの。それに、織江にこれを見せたのは、『別れたい』なんてことを言いたいからじゃなくて、もっと自分に自信を持って欲しかったからだし、これにでてたボンクラ男みたいに彼女の話を全て受け止めないなんてことはしない。それが彼女なりの彼への愛情だって気がつかなかったヤツとは私は違うよ。私は織江の話は全て聞くよ。聞くことしか出来ないけど、全部聞いてあげていたし、これからだって聞いてあげる。―でも、お願いがあるとすれば・・・」
「・・・やっぱり、本当は嫌なんでしょ?いいのよ、無理しなくても。素直に言って『聞きたくない』って」
そういう私の言葉を全部聞いてから、いつもと変わらぬ笑顔を私に向けて、海は頭を撫でてくれた。
「そうやって、私の話しを全部話させないのはやめて欲しいな。それから、悪いほうへ悪いほうへと考えるのも禁止。特に、私が織江のことを愛していないんじゃないかと思うのはね。私は何があっても織江のことを嫌いになんかならない。織江が私のことを嫌いになっても、別れた言っていっても、私はあなたのことを愛しつづける」
「こんな私でいいの?」
「そうよ」
「自分に自信が持てなくて、いつも海に迷惑を掛けているし、いつも不安になって、弱音ばかり吐いているんだよ」
「だから?」
「だから・・・嫌なんじゃないの?私のこと?」
「怒るわよ」
「・・・・・・」
「私は織江のことを愛してる。だから、織江も私のことを愛すればいいの。いい?」
「・・・わかった」
「いい子ね」
「そう言われて嬉しい年じゃないけどね」
「頭撫でられるの嫌?」
「そんなことはない・・・好きよ」
「なら、いいじゃない」