「あそこに行くのも何年ぶりになるかな。」 1人の男はそう呟いた。 「早くあの御方の暇潰しとなるような奴らを見つけよう・・・。 ここの生物たちは弱すぎる、あの御方はどうしてこんな星の奴らばかり 気に入っているんだろうな。」 もう1人の男が呟く。 「ふふ。お前はまだあの御方に仕えてからが浅いから知らないだろうな。 ここの星を支配している<人間>という生物は、とてつもない力を発揮することが まれにあるのさ。それをあの御方は待っているのさ。」 「ふうん・・・。あんな弱い奴らがか?今回、俺は初めての任務だからな。 お前がどんな奴らを選ぶのか、見届けてやるよ。」 「きっとお前は驚くと思うぞ?まあ、見てろよ。・・・そろそろ行くぞ。」 そのころ、かすかべ防衛隊は公園でみんなで野球を楽しんでいた。 「9回ウラ、2アウト3塁・・・ここで打てばサヨナラ逆転タイムイリーだ! しんのすけ!こい!」 風間くんがバットをマウンド上のしんのすけに向けた。 「おおう!いっくぞー風間くん!」 しんのすけがそれに答えるように構える。 いつになく真剣なムードである。 この暑い真夏の公園で、5人は (といってもネネちゃんはチアガールをしていたのだが、今は暑くて、日陰で休んでいる) とめどなく流れる汗も気にせずに、夢中だった。 「とりゃあああああ!」 しんのすけが放った渾身の一球は、インコースギリギリのところ、 今まで以上に最高の一球であった。 ボールが止まって見える、とはよくプロ野球の名選手が残すような言葉であるが、 このとき、風間くんの集中力は凄まじく、まさにその状態を彼は体験していた。 「ここだ!!!」 風間くんが思い切りよくバットを振る。 カキイイイイイイン ボールは唯一の野手であるマサオくんのはるか上空を越えて行った。 「やった!サヨナラだ!」 風間くんの嬉しそうな声を背中で聞きながら、マサオくんはボールを取りに走った。 「あった。風間くん、すごいなあ、こんなところまで飛んできてる。」 ボールを拾おうとかがむと、急に視界が暗くなった。 ふと顔を上げると、そこには若い男2人が黒いスーツでたたずんでいる。 「やあ、僕。この暑いのに野球かい?」 1人の男がニコニコしながら話しかけてきた。 「あ、は、はい。でも、もう終わっちゃいました。 風間くんがすごいホームランを打って。」 「へえ。すごいね。ぜひその風間くんのところに連れてってくれないか?」 「うん、いいよ!こっちだよ!」 マサオくんが2人を連れて、来た道を戻ってきた。 後ろで2人の男が小声で会話していたが、あまり気にならなかった。 「おい!まさか、こんなガキにするのか?」 「ふふ。まだわからない。これから審査してみなければ・・・」 「おーい、風間くん!すごいホームランだったね!このお兄ちゃんたちが、 風間くんのホームラン見て、会いたいって!」 マサオくんが無邪気な顔で戻ってきた後ろには、 愛想の良い、オレンジ色のさらさらとした髪をした男と、 ふくれっつらでその男に従う黒髪のオールバックの、いかにもいかつい男がいた。 「キミが風間くんかい?すごいホームランだったね。」 「あ、ありがとうございます。」 「キミたちは4人でよく遊んでいるのかい?」 「あ、いえ。そこの木陰で涼んでる女の子も入れた5人でよく遊んでいます。」 この子は頭の良い子だなと、オレンジ色の髪の男は、ニヤッと笑った。 「そうなんだ。キミたち5人は仲良しなんだね。」 「ええ、そうですね。」 後ろからしんのすけがいきなり叫んだ。 「オラたち5人、かすかべ防衛隊!!」 「春日部の平和を守ろうって、5人でやってるんです。」 オレンジ色の髪の男の、愛想の良い笑顔は、瞬く間に、何かを企てているかのような 、いや、もっと深い何かを抱えているかのような、不気味な笑顔に変わった。 「仲良しなキミたちの友情が本物かどうか、見てあげるよ。」 男はすごい力で、マサオくんの首を掴み、宙に、その体を浮かべた。 「なにするんですか?!やめてください!」 風間くんが驚嘆しながらも、やめさせようとする。 マサオくんは恐怖と息苦しさで、何ともいえないような表情になっている。 「やめろー!!」 それに続いて、ボーちゃんもしんのすけも、少し遅れてネネちゃんも必死でやめさせようと、オレンジ色の髪の男に詰め寄る。 しかし、男の表情は一向に変わらないまま、ただ笑っていた。 すると、もう1人の黒髪の男が、手のひらを4人に向ける。すると、そこから何かが放たれたかのように、まず風間くんがふっとばされた。 訳のわからない状況に、風間くんは恐怖を覚えた。 しんのすけ、ボーちゃん、ネネちゃんも順に何かによって、ふっとばされた。 全員恐怖を覚えたであろう。 その中で変わらずに、マサオくんの元に駆け寄った。 もちろんしんのすけだ。 「みんな!マサオくんをお助けするゾ!かすかべ防衛隊!ファイヤー!」 その声で、ようやく4人は我に還った。 「ファイヤー!」 その掛け声で、4人は恐怖も忘れ、ただただ2人の男に向かっていった。 4人が駆け寄っては男たちによってふっとばされる。その繰り返しだった。 オレンジ色の髪の男は、変わらず、口元に笑みを浮かべていた。 次第に、自分の手の中にいる少年は弱っている、 それを助けようとする4人ももはやボロボロである。 そろそろだな。 オレンジ色の髪の男は、心の中でそう思った。 そして、4人にある質問を投げかけた。 それを聞いて、4人の中で、一瞬、時が止まった。 その質問は、5人にとって究極の選択であった。 助けようとし続ければ、自分が殺されるかもしれない状況、 助けずに逃げれば、友達が殺されるかもしれない状況、 そんな究極の状況を、2人の男によって見事に造りだした。 オレンジ色の髪の男の不気味な微笑みが、より一層、それをリアルに感じさせる。 「こいつ1人助けたいか?でも、それは、無理な話だ。お前らには絶対。 じゃあ、どうする?こいつ1人の命さえ差し出せば、お前らは助けてやる。 と、俺が言ったら、どうする?お前らは、逃げるか?助けようとして、死ぬか?」 その言葉が宙に浮いたかのように、時が止まった。 永く感じられた一瞬の沈黙を破ったのは、ネネちゃんだった。 「警察呼ぶわよっ!」 オレンジ色の髪の男は不敵に笑った。 「呼びに行けるとでも思ってるのか?」 誰も口を開けなかった。 「そろそろこのガキは限界か。」 マサオ君はもう抵抗することもできなかった。 死ぬ恐怖ももうなかった。 彼は生と死の間にもういるのかもしれない。 「だめだゾーーー!!!」 突然、しんのすけが雄たけびを上げる。 「・・オラ、・・・オラは、・・・もうあんな思いしたくない!!」 しんのすけの頭の中にはおまたのおじさんが浮かんでいた。(戦国大合戦の) 「誰かが、目の前からいなくなるくらいなら・・・!」 しんのすけの言葉に、風間くん、ボーちゃん、ネネちゃんも息をのむ。 「オラは!戦う!絶対にあきらめない!!!」 しんのすけは立ち上がった。2人の男を見つめるその瞳には力が宿っていた。 「・・・しんのすけ。」 「・・・しん、ちゃん。」 「・・・しんちゃん。」 3人は涙がこぼれそうになるのを堪えて、ほぼ同時に立ち上がった。 同じくさきほどにはなかった力が瞳には宿っていた。 黒髪の男は信じられない光景を見ているように思った。 こんな小さなガキどもが・・・ {唯一}、戦うことを決意したと? こんなボロボロになりながら、勝てるはずもない相手に? 自分でも気付いてはいなかったが、黒髪の男は、その瞳に、恐怖すら憶えていた。 「くっくっくっくっ、・・・合格だ。」 オレンジ色の髪の男の笑みで、黒髪の男は、我に返った。 「素晴らしい。非常に素晴らしい。・・・この子は帰すよ。」 オレンジ色の髪の男がマサオ君を地面に落とすと、かすかべ防衛隊が駆け寄る。 幸い、マサオ君はすぐに意識を取り戻した。 「いやあ、悪かったね。つい、ふざけてしまった。キミたちの友情は本物だ。 認めよう。キミたちが{唯一}、僕らに立ち向かってきたよ。これまで、・・・何人 だったかなあ。ガタイのいい男も、キャンキャン吠えるようなうるさい女も、 いかにも弱そうな男も、・・・20人くらいか?全員、さっきの質問をしたら、 逃げ出そうとした。友達が死にかけてるっていうのに。ははっ。根性ないだろ? だからさ、殺してやったよ。全員ね。」 オレンジ色の髪の男が、ニコニコとまるで楽しい話を話すかのようなトーンで、 話した内容に、かすかべ防衛隊は耳を疑った。 「キミたちも一瞬はかすめたろ?逃げたいって想いが。良かったなー逃げなくて。 あ、そうそう、これから、合格したキミたちとゲームがしたいんだ。ヤダって 言っても強制だからな?」 淡々と話す男は、悪魔のように見えた。 黒髪の男ですら、その男の冷酷さに、黙ってしまっている。 「これからキミたちは、ある御方の相手をしてほしいんだ。その御方はとても 退屈を嫌うからね。それで、どうやって相手をするかっていうと、簡単さ。 {1人の仲間}を、その御方から助け出す。簡単だろ?あ、ちなみに、その御方が いらっしゃるのはここ、地球ではない。まあ、信じられないかもしれないけど、 僕たちも地球人ではない。さっき見た、彼の能力がその証明だ。 それで、その{仲間}を救い出さなければ、ここには戻ってこれない。 向こうで誰かが死んでしまっても、誰か1人が{仲間}を救い出せれば、全員 戻ってこれる。こんな感じかな。」 かすかべ防衛隊は、一言一句聞き漏らしていないはずなのに、 疑問で頭がいっぱいになった。 あの御方? 地球人じゃない? ゲーム? {仲間}を助け出す? 戻ってこれない? 恐怖と困惑で、顔が引きつっている。 「さあ、ゲームスタートだ。・・・誰にしようかな。」 オレンジ色の髪の男が、1人ずつよく顔を見ようと覗き込む。 よくわからないが、選ばれたくない、という思いで、みな目を逸らす。 「お前にしよう。」 「・・・!!!」 選ばれたのは、ボーちゃんだった。 「こいつがある御方のところでお前らの助けを待つ{1人の仲間}だ。 お前らは、今から1時間以内に、このワープゾーンをくぐれ。 そうすれば、僕たちの星にこれる。・・・1時間たってもこのゾーンをお前ら 4人がくぐらなかった場合、こいつの命はない。 それじゃあ、楽しいゲームを。」 そう言い残すとすぐに、2人の男と、抱えられたボーちゃんが消えてしまった。 公園には、絶望と恐怖で支配された4人と、 シャボン玉のような、綺麗で大きな球体が(ワープゾーンと彼らが呼んでいたもの) 残された。 しばらく4人は、誰も口を開くことができなかった。 14:36。あと、制限時間まで54分である。 暫くの沈黙を破ったのはしんのすけだった。 「オラは、行くゾ。」 そう言って背を向けたところで風間くんがそれを止めた。 「行くって・・・どこにだよ、しんのすけ!」 「ボーちゃんのところ。でも、その前に・・・オラ・・オラ・・・」 一同ツバをのんだところでしんのすけが答えた。 「・・・う、う、うんちしたいの、こんなこと言わさないでよ〜。」 ガクッ いつものしんのすけのペースに、3人はようやく和やかなムードになった。 「よっし!じゃあ、15:15にもう一度ここに集合だ!」 3人は一度別れた。 14:49。あと、41分。 風間くんがマンションに帰ると、風間くんのママはアイロンをかけていた。 鼻歌を口ずさみながら。 そのいつもと変わらない様子を見ていると、先ほどのことが嘘のように 感じられた。 ああ、嘘だったらいいのに。そう思いながら、風間くんはテレビをつけた。 「臨時ニュースです。本日、連続通り魔事件が起きています。犠牲者はすでに 26人にものぼっています。」 風間くんはギョッとして、ニュースに釘付けになった。 「事件が起きたのは、埼玉県を中心に、東京、神奈川、茨城の1都3県に のぼっています。 警察では、同様の手口と目撃証言から、同一犯の犯行と見ています。 しかし、事件発生の間隔に対して、現場と現場との距離が離れすぎているため、 単独犯での犯行は不可能であるため、複数犯との見方が強まっています。 以前、犯人は逮捕されていません。」 まさか・・・風間くんの脳裏にあの2人の言葉が浮かぶ。 「20人くらいだったかな。」 次のニュースの言葉がその予感を確信に変えた。 「目撃情報によると、犯人は2人のスーツを着た男です。髪の色がオレンジと黒 だったことが、目撃されています。・・・・」 風間くんは、テレビの電源をそこで切った。 もう、見ていることは出来なかった。 急にボーちゃんのことが不安になった。 まだ、本当に生きているのだろうか・・・。 早く、助けなければ・・・! ボーちゃんは、気を失っていた。 黒髪の男に、後頭部を殴られていたのである。 しかし、生きていた。 「ただいま、戻りました。」 2人の男とボーちゃんは、どこかの城らしき建物に入っていった。 その建物の最上階、1番奥の部屋にそのまま進んでいった。 「今回の、ゲームの参加者を、調達して参りました。」 2人は、深々と頭を下げた。 「ご苦労だった。今回の相手こそは、私が退屈しないか?」 「はい。なかなか、骨のあるやつがいませんでしたが。」 「ふふふ。期待しておるぞ。お前の選んでくるやつは、いつも私の想像を 超えたもので、私を楽しませてくれる。」 「ありがたいお言葉、ありがとうございます。これが、その参加者の仲間です。 あの部屋に、ぶちこんでおきます。」 「おお。ゆっくり休め。」 「ありがとうございます。では、失礼します。」 黒髪の男は一言も話せなかった。 オレンジ色の髪の男が、話していた、人のような者、の発するオーラに、 その場にいるだけで精一杯だったのだ。 マサオくんは、1人、公園に残っていた。 彼は、自分の臆病さを誰よりもわかっているつもりだった。 もし、一度、家に帰ってしまったら、もうここにくることはできないと、 そう思ったからである。 彼は正しい判断をしたのだ。 間違った判断をしたのが、ネネちゃんだった。 自分では、大丈夫なつもりだった。 うさぎのぬいぐるみをもって、出て行くつもりだった。 しかし、いざ家に帰り、母親の顔を見ると、思わず泣き出してしまった。 しんのすけは家に帰ると、みさえとひまわりは買い物に出かけていて、 家にはシロしかいなかった。 そんなこと気にもとめずに、すぐに、トイレに直行した。 それから、隠しておいたチョコビを取り出し、カンタムロボとリュックにつめた。 さらに、アクション仮面のお気に入りのパンツをはき、みさえの口紅を塗った。 「よし!」 しんのすけ的には、準備ができたらしい。 しかし、口紅を手にもっていると、うずうずしてきた。 すぐに、シロのところに口紅をもっていき、口紅で遊びはじめてしまった。 15:00、あと、30分(待ち合わせまでは、あと15分。)である。 |