トップ小説作成者・えだ豆さん


これは「父ちゃん」が勇者だゾ!

長編小説クレヨンしんちゃん

嵐を呼ぶ!夢のファンタジーワールド

<第1部 創造編>

*1 風間くん製“勇者の剣”とボーちゃんの“ストロングタイガー”だゾ


 とある日曜日の家、野原家。みんなのんびりして、ひまわりもお昼寝。
おれ、野原ひろしもいつものように、だらだら〜と過ごしていた。
ただ違っていたのは―――
「しんのすけ〜。いい加減にしなさい。目に悪いでしょ」
「うん。わかった〜」
「・・・全く、とんでもないもの当てちゃったわね、この子」
しんのすけは最近、ふたば幼稚園でも毎日話題になっているゲーム、
“Hammer Fighter RPG”をやっていた。
このゲームは超大人気でシリーズ化しており、ひろしやみさえが子供の頃から続いている。
ゲーム音痴のひろしもやったくらいで、発売日にはお店に長蛇の列ができ、
毎度メディアで話題に出るくらいだ。
もともとふたば幼稚園では、それほど流行っていなかったらしいが、
マサオくんが幼稚園でのブームを引き起こしたらしい。
だが、よくよく考えるとうち、野原家にはゲーム機はない。
しんのすけも、ゲーム機は高い物なので、最初は幼稚園児なりに我慢していたようだったのだが、
幼稚園の皆があんまりその話題を出すためついに我慢できなくなり、
毎日、みさえにねだるようになった。
「ママ、美人で優しいママ。今日の髪型、綺麗にまとまってて、ますます美人だよ」
「あら、そう。ありがとう・・・しんちゃん・・・」
「ゲーム買って」
「ダメ・・・」
「・・・お前も苦労するな。しんのすけ」
「父ちゃん。・・・・・父ちゃんのをマネをしてみたんだけど、ほんとに期待を裏切らないよね」
「悪かったな!」
―――そんな日が続いたある日。家族で買い物していると、商店街のくじ引き券を貰ったので、
くじを引くべく、くじ引きの会場に行くと、ケチな商店街(みさえ談)にしては、
くじ引きの景品が、異例の豪華景品で[ゲーム機]があった。
それを見た瞬間、ある考えがひろしの頭に浮かんだ。
いや、まさか、もしかすると、しんのすけの事だからこいつ・・・と思い、
「ここはしんのすけに」と、みさえに言った。
そして、しんのすけにくじを引かせると、案の定、しんのすけは見事、ゲーム機を当ててしまった。
みさえの欲しかった、一等の家族旅行券を当てずに、二等のゲーム機を当てたことには、
さすがとしか言いようがなかった。
しんのすけ、恐るべし。
―――そんなわけで今、しんのすけはゲームをしているのであった。
「ったく。家族旅行券を当てればよかったのに・・・」
まだみさえはこのことをくやしがっている。
「はい、しんのすけ。わかったなら、すぐにやめなさいよ」
みさえは手に腰をあて、前よりきつい口調で言った。
「うん」
画面を見ながら答えるしんのすけ。しかしやめる気配は一向にない。
「ちょっと聞いてんの?」
「うん」
よりゲームに打ち込むしんのすけ。
「・・・あんた聞いてないでしょ」
「うん」
「あんたというやつは・・・・・」
みさえは腕まくりをし、どん、どん、と床を踏みしめながらしんのすけに近づいた。
その気迫に、みさえに背を向けて寝っころがっているひろしでさえ、
思わず「うっ!・・・殺気!」と声を漏らした。
「そーいう、ママの言うこと聞かない子はグリグリだ〜、この〜!」
みさえはしんのすけにグリグリしようと勢いよくしんのすけに迫った。
その時、しんのすけが急に立ち上がった。
「わーなんだ。これ強いぞ!」
予想外の出来事に、みさえはバランスを崩し、
「わっ、ちょっといきなり立たないでよ、きゃあ!」
ゴン!と鈍い音がした。足のすねを押さえて「痛い、痛い」とみさえが飛び跳ねている。
しんのすけが急に立ち上がったものだから、みさえはぶつかりまいと足を踏ん張ったのだが、
努力もむなしく、テーブルに足をぶつけのだ。
「いった〜い!テーブルに足ぶつけちゃったじゃないのー」
みさえは目に涙を浮かべながら言った。
「そんなに勢いづいてグリグリやろうとするからだよ」
ひろしがあぐらをかいて笑った。
みさえは足をさすりながら、「しんのすけがやってんの見てないで、あなたからもやめるように言ってよ」と頬をふくらませた。
「ん、あ、ああ。でもみさえも見てみろよ。俺らが子供の頃から続いてる、
“Hammer Fighter RPG”シリーズ。略して“ハンファイ”。お前も知ってるだろ」
「まぁ、確かに有名なゲームだから名前くらい、私も知ってるけど・・・」
「これさ、それの最新作でさ、しんのすけがやってるの見てるとつい懐かしくてさー。
これが結構面白いんだ」
「ふーん。でもあなた。それはそれ。これは―――」
とみさえがいいかけた時、しんのすけが口をはさんだ。
「とーちゃん!このサンダーラッコ強すぎて勝てないよ。どうすればいいの?」
「お、よーし父ちゃんにまかしとけ!んーここは呪文を使うといいんじゃないか」

ドカーン!
テッテテー YOU WIN!YOU WIN!YOU WIN!

「おーっ!勝ったー!さーすが父ちゃん!昭和生まれも伊達じゃないね」
しんのすけは興奮して言った。
「ふふん。このシリーズは結構やってるからな。ワッハッハッハッ」
「ワッハッハッハッハッハッハッ!」
と、しんのすけとひろしはアクション仮面のあのポーズを決めて、大声で笑った。
それを見ていたみさえは、ついに血相が変えた。
「ったく、この親子は〜」
ブチッ!
「あーっ!」
しんのすけとひろしは同時に声を上げた。みさえがゲームの電源を切ったのだ。
「母ちゃん!せっかくサンダーラッコに勝ったのに!なんで電源切っちゃうの!」
「いうこと聞かない子はゲームなんかしちゃいけません!大体RPGゲームなんて、
どーせ勇者が勝つに決まってるんでしょ。実際、そんなに都合よくいくわけないんだから!
所詮、都合の良い、夢世界なのよ」
「ム〜っ!!妖怪ケチケチ三段腹オババ!」
しんのすけは下ぶくれの顔をぷーっと膨らませた。そして、ひろしも、
「そうだ!そうだ!しんのすけの言う通りだ!
せめて“復活の呪文”くらいメモらせてくれたって良いじゃないか!」
この言葉を聞いた瞬間、しんのすけが急に顔色を変え、間を置いて、
「父ちゃん・・・」と呟くように言った。
「ん?どうしたしんのすけ?」
「古すぎだゾ・・・」
ひろしはそのしんのすけの言葉に、はっとしたひろしは、ぱっとみさえの表情を窺うと、
みさえも[復活の呪文]のことを知っていたのか、無理して笑おうとはしていたが、
顔が引きつっていた。
「そんな言葉・・・あなた、もはや死語でしょ」
しんのすけはやれやれという顔をした。
「これだから昭和生まれは・・・」
「どっちなんだよ!」

次の日。ここはふたば幼稚園。
いつもの5人組、つまりかすかべ防衛隊も、
[Hammer Fighter RPG]の話題でもちきりなよう。
「―――で、オラの父ちゃんも家を出たのがギリギリだったんだゾ」
「ふ〜ん。・・・ねえねえ。“ハンファイ”どこまで進んだ?」
みんな、かわるがわるブランコに乗っていたら、ネネちゃんが話を切り出した。
ネネちゃんは幼稚園の女の子では珍しく[ハンファイ]をやっている。
もちろん普通な遊び方はしていない・・・。ここではその遊び方は伏せておくゾ。
「ぼくは、“ベンニウム鉱山”。強い剣を作るのに、ベンニウム合金っていうのが、
いるみたいなんだけど。なんだかそこのダンジョンが複雑で。結構よくできてるよ、あのゲーム」
いつもの口調で風間くんが言ったが、要は苦戦してるらしい。
「ボーちゃんは?」ネネちゃんが尋ねた。
「ぼく、ラッコ島まで行った」
「おーっ。キザな風間くんより進んでる!」
しんのすけが風間くんを指さして言ったものだから、「うるさいなぁもう!
じゃあ、しんのすけはどうなんだよ?」と怒って、
指を差しているしんのすけの手を払った。
「よく〜ぞ、聞いてくれたゾ。オラ、ラッコ島のボス、サンダーラッコを倒したんだゾ!」
「えーっすごーい!」とみんなが驚いた。
風間君は平静を装った顔をしていたが、しんのすけには分かった。
間違いない。驚いたゾ。
「やるじゃない、しんちゃん」
「うん。でも保存する前に、母ちゃんに電源消されちゃったから、結局オラも“便秘ウム鉱山”だゾ」
「ベンニウム鉱山。でもなんだ。そんなことしてやっぱりしんのすけだな。結局ぼくと同じなんじゃないか」
風間くん安心したのかそんなセリフ言った。
だけど風間くんのプライドを考えると、今日、家に帰ったら間違いなくやるゾ。
「Hammer Fighter RPG」を。
ボーちゃんを見ると、ボーちゃんも同じことを思ったのか、苦笑いしていた。
やっぱりボーちゃんは分かってるゾ。
「そんなこと言って〜。本当はオラに追いつかれたことが悔しいんじゃないの?」
また、ぱっとボーちゃんを見て、意味ありげに笑うと、「キツいね、しんちゃん」と笑っていた。
「別に。たかがゲームだし。大体僕、えいご塾があるから、そんなにゲームできないんだよ。
今度テストもあるし」
「ふーん。でも風間くん。今日家に帰ったら、おばさんにお願いするんじゃないの〜?」
しんのすけは声色を変えて、
「ママ、お願い!ちゃんとあとから、勉強するから、今日“Hammer Fighter RPG”やらしてよ〜」
今度は風間ママの声を真似て、
「だめでしょ。トオルちゃん。塾のテストが近いんだから」
「う〜、しんのすけ〜!ママの口真似をするな〜!」
風間くんは眉を吊り上げて怒った。今回は相当参ったよう。
「ほ〜い。で、さっきから黙って聞いている、火付け役のマサオくんは何処まで行ったのですかな」
「火付け役って・・・そんなんじゃないでしょ」
マサオくんは困り顔で笑ったが、みんな笑ってなかった。特に風間くんは。
「火付け役だゾ」
「火付け役だよ」
みんなも言った。風間くんの声は少し大きかった。まだ、怒ってる?ごめんね、風間くん。
「えっ・・・。そうなの。うん・・・、なんか、えっと、ごめん」
マサオくんは肩を少し落とした。
「別に謝る事はないけど。それで、どこまで行ったの?」
と風間君が聞いた。
「うん。ぼくはついにストロングタイガーを倒したんだよ!」
「おぉー!」
みんな凄い驚いた。
「それってほとんど終盤じゃなーい!
ああ、もうすぐエンディングじゃない。エンディングはどうなるのかしら。
ついに砂場のお城の王子と下町の娘が結ばれるのね・・・」
「ネネちゃん・・・。まず、そんな話じゃないよ」
風間くんが呆れて言った。
「でねでね!聞いてよ、みんな!ストロングタイガーと戦う時のストーリーがね・・・」
「ダメダメ!マサオくん!先ばらさないでよ!」
「ああ、ごめんつい・・・」
マサオくんにバラされそうになったので、風間くんがさえぎった。
「―――そして、その下町の娘が王子の母にいびられて、新たな急展開が・・・!」
「えーっと!じゃあ!今日は何して遊ぶ?」
いつものネネちゃんワールドに入りそうになったので、風間くんが慌てて話題を変えた。
「はい!」
「はい、マサオくん」
風間くんが先生のようにマサオくんを指した。
「おにごっこ」
「うーん、だめでしょ。あきたし」
「かくれんぼ」
ボーちゃん案。
「悪くないけど、だめでしょ」
「ナマケモノごっこ」
しんのすけ案。
「だめでしょ」
「おままごと」
ネ、・・・いうまでもない。
「だめでしょ!」
これは、男の子メンバー全員ハモった。
「素晴らしき統率力・・・」
影で聞いていたのか、木の陰から上尾先生の声が聞こえた。だってみんなイヤだし。
そして無事、全員に反対されたからなのか、「わかったわよ」とネネちゃんは渋々諦めた。
マサオくんの安堵のため息の大きいこと。
まぁ、確かに、マサオくんの“リアルおままごと反対”にかける情熱を考えれば・・・。
「それで?何するの?他にすることないんなら、やっぱりおままご・・・」
「冒険ごっこしない?」
ネネちゃんにおままごとにされそうになったので、風間くんがさえぎった。
「うわーおもしろそう!いいんじゃない!とっさに出たわりにはナイスだよ!風間くん」
マサオくんが言った。
「とっさにってどうゆー意味よ?」
ネネちゃんがマサオくんをにらんでいる。マサオくんがしまったと口をおさえた。
あーあ。やっちゃった。風間くんとボーちゃんとで成り行きを見守った。
「いや別に・・・その・・・」
「ん〜・・・。まあいいわ。その冒険ごっこって面白そうだし、それにしましょ」
「はぁ〜〜」
全員、安堵のため息が出た。風間くんの企画の面白さのおかげだな。
オラの陰ではマサオくんが風間くんの手を握っていた。「ありがとう、ありがとう」とか聞こえた。
陰から、上尾先生の「うん、うん」という声も聞こえた。・・・まだいたんだ。
しんのすけはまたボーちゃんと顔を見合わせ、肩をすくめた。

「で、僕が考えた冒険ごっこなんだけど」
「冒険ごっこってつまり、誰かが勇者とか魔法使いになって、敵を倒すっていうようなことよね」
「うん、ネネちゃん。まあそうなんだけど、まずは勇者の剣とか魔法使いの杖とかを作らない?
そうしたほうがリアリティや臨場感が出ると思うんだ」
「うんそうね。そうしましょう」
「じゃあぼく、魔法使いの杖作る!」
マサオくんが手を上げた。
「あたしは魔女の服を作る!かわいい魔女の!マサオくん、早速先生に材料貰いに行きましょう」
「うん!」
マサオくんとネネちゃんは職員室にかけて行った。
「えっとじゃあ―――」
「ぼく、敵役のモンスターをダンボールで作る!大きなハンマーとかもダンボールで!凄いのを!」
ボーちゃんが意気込んで言った。
「う、うん」
「よしなが先生にダンボール貰ってくる!」
ものすごい勢いで、ボーちゃんは走っていった。強い気迫を感じたゾ・・・。
風間くんもボーちゃんの勢いに気圧されてボーちゃんの様子をポケーッと見ていた。
今までになく、ボーちゃんが燃えてる!
「風間くん、時々ボーちゃんって凄いよね」
「うん・・・。それじゃあ、僕は勇者の剣でも作ろうかな」
「あぁー。勇者の剣はオラが作るの〜」
「ダメダメ!しんのすけじゃ、また変なもの作る!お前も見ただろ、ボーちゃんの熱意。
しんのすけの剣じゃ、たぶん、簡単に壊れちゃうんだから。ここは僕に任せて・・・」
うーっまずいゾ。このままじゃ風間くんに、“勇者の剣つくる権”がとられちゃう。
よし、こうなったら・・・。
「風間くん!」
「ん?なんだよ」
「風間くんは“勇者の剣でも”って言ったよね」
「・・・ああ、まあ。言ったけど」
風間くんが何のことだ?という顔をした。しかしすぐにしまった!という顔になる。
ふふふ。もう遅いゾ!
「“でも”なんて、そんな熱意じゃダメなんじゃないかな!?」
「うっ!やっぱり!」
「だから〜、ここは風間くんより熱意のある、オラが作る!」
風間くんはしばらくムッと考え込むようにしていたが、やがて諦めるように「はぁ〜」と息を吐いた。
「まあそこまでいうなら作ってもいいけど、ちゃんとしたやつ作れよ」
「やったー」
「しょうがない、僕もモンスターを作るか・・・」
「じゃあ、まずオラはおしりのサイズを正確に測ってと」
この言葉を聞いて、ボーちゃんの所に行こうとしていた風間くんは、足の歩みを止めた。
「おい、しんのすけ。・・・なんで剣を作るのに、おしりのサイズを測る必要があるんだ?」
「風間くん、そこは企業秘密だゾ!」
「ふ〜ん。・・・・・しんのすけ、お前なんか剣のテーマみたいなものあるか?」
「もちろんあるゾ」
「聞いてもいいか?」
しんのすけは急に女の子っぽくなった。
「・・・痛くしないでね」
「しないよ!大体、どうゆう意味だよ!」
「もう、知ってるくせに・・・風間くんたら好きなんだから」
「あ〜もう!いいから!早く言えよ!!」
風間くんが地団駄を踏んだ。
「―――オラの勇者の剣は、すらりと長い刀身で、敵との距離が取れるロングソードだゾ!
でも、やっぱり一番のポイントは、持つところがぴったりフィットする、スーパーグリップだゾ!
とってもなじむグリップで、勇者の戦いをサポートするんだゾ!」
「ふーん。いろいろ言って、確かに凄そうだけど・・・」
「そうでしょ、そうでしょ」
「どこで持つんだ?」
「えっ?何?」
「分かりづらく言っていたが、どこで持つんだ?」
「えっ・・・・・・それは・・・」
風間くんがしんのすけに歩み寄った。
「どこで持つんだ?」
「・・・・・おケツ☆」
こうして結局、しんのすけはモンスターを、勇者の剣は風間くんが作る事になった。

そして―――
「できたぁ!僕の勇者の剣!これは自信作だ!これならどんな敵でも倒せる気がする!」
風間くんは完成した勇者の剣を掲げた。確かに凄い剣だゾ。紙製だけど。
「あたしもできた!魔女の服!布をマントみたいにしてみた!」
「うん。感じでてるよ。ネネちゃん」
風間くんが言った。
「ぼくも杖できたよ、新聞紙を丸めて作ったんだ」
と、マサオくん。
「オラもモンスターのお面ができたー!」
「よーしみんな外でやろう!」
脚本はネネちゃん。役は風間くんが勇者、マサオくんとネネちゃんが魔法使い、
しんのすけとボーちゃんがモンスターだ。
ボーちゃんはモンスターのボスの役で、まだ出来上がっていなくて、職員室で作っているとのこと。
あの熱意・・・。どんなのができあがるのか。
「いくぞ、しんのすけ!」
「風間くん!しんのすけじゃなくて、サンダーラッコだゾ!」
「ああ、ごめん。―――よし行くぞ!サンダーラッコ!マサオ魔法使い、ネネ魔女!
魔法でサンダーラッコに攻撃だ!」
「よし!マサオくん一緒に“うさうさ魔法”を唱えましょう!」
「う、うん」
マサオくんが嫌そうに頷いた。
いやな予感・・・。
ネネちゃんとマサオくんは作った杖を掲げ、一緒に呪文を唱え始めた。
「うさうさぴょんぴょん、うさぴょんぴょん。夫を支える美人妻〜」
やっぱり。ネネちゃんはノリノリだがマサオくんは顔を背けて、相当嫌そうにしていた。
風間くんもネネちゃんに脚本を任せなきゃ良かったって顔。
「毎日酒に金を使う、夫を助ける美人妻の愛の炎ファイヤー!」
どうやら呪文を唱え終わったのか、ネネちゃんとマサオくんは同時に杖を振り下ろした。
「うわ〜」
しんのすけは情けない声を出して、呪文にやられたフリをして、バタッと倒れた。
・・・オラがいくら脚本通りで、モンスターの“やられ役”と言っても、こんな呪文でやられるのか。
なんかオラ、悲しい。
「よ、よしサンダーラッコを倒したぞ。次はボスのストロングタイガーのはずなんだけど・・・」
しんのすけは起き上がり服に付いた砂を脇で払っていると、風間くんが目で合図してきた。
ああ、ボーちゃんを呼んで来いっていうんでしょ。なんか今日は人使いが荒いなぁ。
こうなったら、風間くんに、「なんか、うさんクサッ」とは言われたけど、こないだデパートで買った、
“1ピース足りないジクソーパズル999ピース 〜完成したあなたはきっと何かを見つけます〜”
を作るのに、明日絶対、風間くんに付き合ってもらうんだから。

―――そして、しんのすけはボーちゃんがモンスターを作っている、
職員室に行って、ドアを開け、「ボーちゃん」と呼びかけようとした。
が、口から“ボー”の字も出てこなかった。
そこには、“ストロングタイガーボーちゃん”が立っていた。
「―――頑丈に作られたボディ。強そうなハンマー、大きな盾。そして、胸に描かれた大きな虎」
まさにストロングタイガー。
風間くんの剣の出来も凄かったけど、ボーちゃんのダンボール製の出来はもっと凄い。
「どう、しんちゃん」
「いや・・・。どうといわれても凄いとしか言いようがないというか・・・。なんというか・・・」
ボーちゃんは鼻水を高速回転させ、嬉しそうに「ぼ、ぼぉぉ」と言うと、勇ましく外に出て行った。
しんのすけは、しばらくぼーっと見ていた。ここまで本気だとは・・・。
「―――本気と書いてマジと読む」
しんのすけが呟くと、「ね!」と後ろから声がした。
振り返ると、よしなが先生と組長先生が立っていた。
「しんちゃん、凄いでしょ。ボーちゃん」
「よしなが先生。あれ・・・。」
「うん。最初、ダンボールあげたら、すぐに職員室で作り始めて、
教室で作りなさいとは言ったんだけど、もうボーちゃん、作るのに夢中で。
先生、何も言えなくなっちゃった」
「―――でもよしなが先生。職員室で作らせるのはどうなの?」
後ろでまつざか先生が机に座っていた。
「まつざか先生・・・」
「やっぱりそういうのは教室で作ってもらわないと」
「あんなに夢中になってる子にそんなこと言えないわよ」
「バラ組の園児はそんなことはしません。ちゃんと教室で作ります」
この言葉によしなが先生はムッとしたのか、
「まつざか先生もボーちゃんの熱意に、目が点だったじゃないですか!」
「なっ!わ、わたしの“綺麗な瞳”は点になんてなりません!」
しんのすけと園長先生は吹き出しそうになった。
「何よ!」
「何よ!!」
よしなが先生とまつざか先生は「うーっ」とにらみ合った。
・・・・・・・・・・・・・あれ?
園長先生の「二人とも止めてください!」がない。いつもなら絶対あるのに。
園長先生はボーちゃんの出て行った廊下をぼんやり見ていた。
「しんのすけくん。やっぱり、時々・・・凄いですよね。ボーちゃん」
「・・・・・うん。オラもそう思う」
しんのすけは頷いた。
・・・・・そうだ。ボーちゃんのこと忘れてた!
「オラ、早く見に行こーっ!」
しんのすけは職員室から飛び出した。
「あれ、あの後どうなるんだろう。私も行こーっと」
にらむのを止め、よしなが先生も職員室から出た。
「私も、行こうかしら」
と、まつざか先生。
「あら?まつざか先生。ボーちゃんの熱意に、やっぱり“おめめ”が点でいらしたのね」
「うるさいわね!いくら気になったって言っても、私の目は点にはなりません!」
とか言いながら、よしなが先生とまつざか先生が追いかけてきた。
―――でもこの後のことを、よく考えたら楽しくなってきた。
紙製の風間くんの剣とダンボール製のボーちゃんのモンスター・・・。これは、勇者奪還のチャンス!?
おもしろいことになりそうだゾ。
「―――まつざか先生は、お口もポッカリ開いてましたものね」
「あ〜ら、よしなが先生こそ、お口、ひらいてて。しかもゆがんでたんじゃない?
私は口が開いていたといっても、ボールみたいな綺麗な丸ですのよ。」
「あらボールってバレーボール?」
「んな、でかくないわよ!」

しんのすけとよしなが、まつざか先生は外に出て、風間くんたちの所に行くと、
風間くん、ネネちゃん、マサオくん、つまり“勇者一行”が、
ボーちゃん、“ストロングタイガー”と文字通り、対峙していた。
やはりボーちゃんのストロングタイガーの思いもよらない大きさと出来に、風間くん達はタジタジだった。
改めて見る大きさに、「やっぱり時々凄いわ、ボーちゃん」と、まつざか先生は独りごちた。
「さあこい勇者たち!」
なりきっているのかボーちゃんは声色を低くして言った。
あはは、もう脚本もメチャクチャだ。ほとんど皆アドリブ。
「う、うんいくぞ!マサオ魔法使い、ネネ魔女!攻撃をたのむ!」
「え、ええ。いくわよ!マサオくん!今度は自分自身でアタックする“上級うさうさ魔法”よ!」
「うん!」
今度は四の五の言ってる場合ではないと思ったのか、マサオくんは力強く頷いた。
「うさぴょん、うさぴょん、ぴょん、ぴょこ、ぴょん、ぴょん、うさっぴょん!」
「何よ。それ・・・」
まつざか先生は不思議そうに言ったが、よく聞くと、さっきより凄い。
しかも今度はマサオくんとネネちゃんの息も合っている。そしてマサオくんのあの真剣な表情・・・。
マサオくん、本気だね。

「―――本気と書いてマジと読む」

そして、ネネちゃんとマサオくんはボーちゃんにアタックしようと手をつないで走りながら。呪文を唱え始めた。
「夫が妻の愛に気付いて、妻の手を握った時の二人の愛、アタッーク!」
「さっきより愛が大きい!」
振り返ると上尾先生だった。全くこの人は・・・。
「・・・・・そうなの?」
と、ほとんど呆れているまつざか先生。
「ええ!」
と、ノリノリの上尾先生。
なんだかな〜。
「えーーーい!」
ネネちゃんとマサオくんは物凄い勢いで、ボーちゃんに向かった。
皆、ネネちゃんとマサオくんの呪文の凄さに、勇者風間くんの出番もなく、
ボーちゃんもアドリブでやられる展開を選び、倒れるだろうと思った。それほどまでに、二人が強く見えたのだ。
しかし、ネネちゃんとマサオくんは何を思ったのか、ボーちゃんの前に行く途中で、「うわぁ」と叫んで転がるように倒れた。
・・・なんで?
「どうやらストロングタイガーの見えない力によって・・・」
「勇者さま・・・後は頼みます」
そう言い、ネネちゃんとマサオくんの二人は「ガク」と、死んだふりをした。
どうしたんだろう?あんなに勢いがあったのに・・・。
「―――きっとネネちゃんとマサオくんは、最初はあの呪文から察するに、ボーちゃんを倒す展開を選んだんだと思うわ」
見ていた上尾先生が言った。
「まぁ、確かに」
よしなが先生は頷いた。
「でも途中でボーちゃんの気迫に気付いて、
ここは“やられよう”と思ったんだわ。その方がこの後の展開を盛り上げる、そう考えたんだわ。
きっとはたから見ている私たちには、ボーちゃんの気迫が分からないんだと思う。
アドリブはこういう所がきくからいいわね・・・。
そして、この後風間くんはアドリブで、どの様な展開を見せてくれるのか・・・。気になる・・・」
上尾先生は真剣な表情でそう言った。
「・・・なに言ってんだ。この人・・・」
しんのすけがそう呟くと、まつざか先生も「ええ」と同意した。
しかし・・・
「ええ、そうね。上尾先生。修羅場だわ!」
よしなが先生が言った。
えーーーーっ!
しんのすけとまつざか先生は顔を見合わせた。
「―――し、しんのすけくん?なんなの?このノリは。新しい笑い?私って遅れてる?」
「い、いや、そんなこと無いとは思うけど・・・。これは完全にオラの守備範囲外だゾ・・・」
「しんのすけくんの守備範囲外ということは、この人たち相当アレね・・・」
「う、うん。そう思うゾ・・・」

「―――このあと、どうなるんでしょう。よしなが先生・・・!」
「さあ、どうでしょう、上尾先生!さあ、次は気になる勇者VSモンスター!」
「なんだ、この人たち・・・」
「ええ、なんなんでしょうね・・・」

しんのすけとまつざか先生がそんなことを話している間も、
風間くんとボーちゃんの緊迫した状況は続いていた。
「さぁどう出るの?風間くん!」
よしなが先生が言った。・・・完璧にハマってるな、この人。
「よ、よーしいくぞ!ストロングタイガー!」
風間くんは勇者の剣を構えて、ボーちゃん、ストロングタイガーに向かって走り出した。
「風間くんが先に手を出した!きゃーっ!」
上尾先生が歓声を上げた。・・・この人はもっとハマってる。
勇者の剣で風間くんはボーちゃんに「えいやー!」と切りかかった。
「おっ!この調子で行けば風間くんは勝てない!オラが勇者も夢じゃないゾ!」
しんのすけがそう言うと、「どうゆー意味?しんのすけくん?」と、まつざか先生が尋ねた。
「はい!ここで、いきなりクーイズ!!なぜ風間くんは勇者なのに勝てないのでしょうか!?
答えはよ〜く見れば分かりますよ。お客さん」
「何よ、それ・・・。」
「でやぁっ!この僕の剣で押し切ってやる!僕の剣ならこんな盾くらい!」
風間くんの勇者の剣がボーちゃんの盾にぶつかった。
「実況のしんのすけです!勇者の剣と、ボーちゃんのストロングタイガーの持っている盾がぶつかったぁ〜!
風間くんは自分の剣で“押し切ること”しか考えていない〜!もうこれで勝つのは無理かぁ〜!」
しんのすけが実況風に言うと、まつざか先生は気付いたのか、ポンと手をたたいた。
「あ〜〜。今のしんのすけくんの説明で気付いたわ。なるほど。これじゃいくら勇者でも・・・」
「勝てない」
しんのすけとまつざか先生は同時に言った。
ボーちゃんも“その事”に気付いていたのか、どうにかストロングタイガーがやられる展開にしようと、
頑張っているようなんだけど、風間くんが“その事”に気付いてなくて・・・。
しかも風間くん、あまりに手に力が入ってて、ストロングタイガーもどうにも身動き出来ない様子・・・。
「あっ!ほんと!このままじゃ勇者は勝てないわ!」
起き上がって、傍で見ていたネネちゃんとマサオくんも気付いたよう。
「あんなことに気付かないなんて・・・」
マサオくんが言った。
「ここは言わないほうが面白いから黙ってましょ。マサオくん。・・・でも、ほんと風間くんって、
普段は頭いいんだけど、ひとたび冷静じゃなくなるとだめよねぇ」
「・・・厳しいね、ネネちゃん」
「―――ねぇ、しんちゃん。さっきから言ってるの、何のこと?」
よしなが先生はまだ分からないご様子。
「意外と鈍いですねぇ〜。よしなが先生〜。風間くんは冒険ごっこの勇者。
だから、いくらアドリブだといっても、設定から言って、モンスターのボーちゃんが、勝つことは絶対にないの。
ボーちゃんもそのことはよく分かってるはずだゾ。
でも、風間くんは“あの事”に気付いてない。だからボーちゃんがアドリブで何とかしようと思ってるけど、
ボーちゃんのストロングタイガーは、良くできているかわりにとっても動きづらいし、
風間くんに剣で押されている状態。今はもう身動きできない。しかも、いまや風間くんとは、こんな状態。
つまり、負ける事はなくても、もういくら勇者でも勝てないんだゾ。わかる?」
「えっ・・・。ますますわからない」
「私は分かりました!分かればそんなことかってことですよ」
と、上尾先生。
「勇者の剣のことをよく知らない勇者は勝てないってことよ、よしなが先生」
「えっ?どうゆう意味?ネネちゃん」
「じゃあよしなが先生。大ヒント」
「まつざか先生」
「風間くんの“剣”がボーちゃんの“盾”とぶつかった所で、勇者は勝てない。それを考えて。
そして、思い出してみて、ボーちゃんと風間くんがあなたから何を貰いに来たのかを?
難しく考えちゃだめよ。簡単なことなんだから」
「オラの勇者奪還のチャンスだゾ!」
皆、もはや風間くんがどんな展開を見せてくれるか、ではなくて、“あの事”に注目していた。
わからないよしなが先生と、気付かない風間くんを除いて・・・。

そしてついに―――
ぐしゃっ!
壊れる音とともにみんなの「あーあ」という声が漏れた。
「あーっ!僕の勇者の剣が!」
風間くんの持っている勇者の剣が壊れてしまったのだ。壊れたことに、誰よりも風間くんが驚いたよう。
「なんで?・・・・・あっ!ボーちゃんの盾は、ダンボール製・・・」
「―――風間くんが紙製の勇者の剣なんかで、ダンボールの盾を押しきろうとするから、
いけなかったのね。ボーちゃんも風間くんの力が強く、身動きとれなくてどうしようもなかったんだわ」
と、まつざか先生。
「切ったフリみたいにすれば良かったのよ。勇者の剣が壊れてちゃ、いくらアドリブでも、
冒険ごっこにならないわよ。まったく、どんな展開を見せてくれるか期待したのに。ねえマサオくん」
「紙製の剣なんだもね。ネネちゃん」
「ボ〜。ぼくも、どうにかしようと思ったんだけど、ストロングタイガー少し身動きしづらくて・・・」
「ん〜〜〜。あ〜。そうゆー事。やっとわかった。いくら勇者の剣でも、
紙製の剣じゃダンボールのボーちゃんには、最初に切ったフリでもしない限り、
設定上、絶対勝つ勇者でも、勇者の剣が壊れてちゃ勝てないって事ね。
はぁ〜。ホント、とっても単純なことね、上尾先生」
「よしなが先生は気付くのが遅すぎです」
「はぁ〜い。もっと勉強します」
「あははははは」
みんな大きな声で笑った。
そして、先生は職員室へ、ボーちゃん達はストロングタイガーで遊ぼうと、
別のところに遊びに行き、風間くんは一人取り残された。
「あの、みんな・・・。ああ〜!僕のやってきたことって一体・・・!」
風間くんは頭を抱えた。
「風間くん」
「・・・何だよ、しんのすけ・・・まだいたのか。・・・・・・どっか遊びに行かないのか?」
「オラと一緒に遊ぼ」
「えっ?」
「一緒に遊ぼ」
「しんのすけ・・・!しんのすけ〜!」
風間くんが泣きながら、抱きついてきた。
「お前は本当の友達だよ!ありがとう!ありがと―――」
「冒険ごっこで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う?」
風間くんは脳に言葉が行くまで、時間がかかった様子。
「冒険ごっこで、オラが勇者!もちろん勇者の剣を作るのも、オラね」
「誰がやるかーっ!」


*2 父ちゃんの出会い、そして、頑張れ!川口さん!・・・あと君臨?だゾ


 しんのすけがその日幼稚園から帰る頃、家には誰もいなく、
シロは“自分の家” (要するに犬小屋)の前でしんのすけを待っていた。
そろそろ、しんちゃんが帰ってくる頃だ。
シロはしっぽをふりふり待っていると、やがて幼稚園バスがやってきた。
シロが玄関のほうに様子を伺うと、しんちゃんの声が聞こえた。
「ほっほ〜い、おっかえり〜」
「しんちゃん、ただいまでしょ」このにおいは、よしなが先生だ。
「そうとも言う〜。母ちゃん、帰ったぞ〜。あれ?」
「あら、張り紙がしてあるわね」
シロは二人の様子を見ていてふと、思い出した。
そうそう、ママは今、デパートに買い物に行ってるんだよね。
もしかしたら、しんちゃんが帰って来る頃までに、戻って来れないかもしれないから、
ドアに伝言を書いた紙を貼っておいたんだ。

―――しんのすけ。もしママがいなかったら、ひまと一緒に、まだデパートに買物に行ってるから、
家でお留守番しててね。よしなが先生すみません。しんのすけ、鍵はいつものところよ。ママより。

しんちゃんは張り紙を読み上げると、両手をやれやれと、振った。
「母ちゃんはまた、妖怪バーゲンオババになっちゃったか。普通、園児が帰ってくる時には、
親は家にいるでしょ!・・・ったく、我が子が心配ではないのかね!」
「あらあら、しんちゃんのママにも困ったものね。・・・ちょっと言いすぎかしら?
で、しんちゃん。鍵は“いつものところ”って書いてあるけど、場所分かる?」
「もちろん!母ちゃんのへそくりの場所だって分かるゾ!・・・よしなが先生、知りたい?」
「えっ!?場所どこ?隠す所参考になるかも・・・って違う違う!」
「・・・ノリやすい人。―――じゃあ先生は園児の送迎よろしくお願いします!」
しんちゃんはビシッと敬礼するとよしなが先生も一応と言った感じで敬礼し、
「言われなくてもやるわよ・・・じゃあねしんちゃん。」
「おたっしゃで〜。・・・あっ!先生ひとつ聞いていい?」
しんちゃんはよしなが先生を呼び止めた。
「うん、なに?」
「先生もへそくりあるの?純一さんに隠して?」
しんちゃんはよしなが先生を怪しげに見た。
「・・・ないわよ」
「ふ〜ん。・・・・・・・・・で、奥さん、どこなら見つからない?いい所、あるんでしょ?」
「ゴミ箱の底の裏側でーす」
「・・・こういう大人にはなるまい」
「あっ!・・・・・しんちゃんもそういうことは大人になれば分かるわよ」
「大人っていつもそう言うよね」
「・・・・・・。それじゃあね。・・・・・・ふぁ〜あ・・・」
「あれ?先生、あくびして。寝不足?」
「うん、ちょっとね。・・・あんたのような園児を持つと大変なのよ」
「いや〜、それほどでも〜。それじゃ!」
「・・・褒めてないわよ。じゃあね」
よしなが先生はしんのすけの前では努めて元気よくしていたが、
バスが動き出した後に一人でそっとため息をついていた。
園児の前では常に明るく、か。よしなが先生ってプロだなぁ・・・。
「おたっしゃで〜。・・・さてと、かぎ、鍵」
おっとっと、しんちゃんが来た!

いくら犬でも盗み聞きは悪いだろうと、シロなりに気を使い、そそくさと犬小屋に戻ると、
すぐにしんちゃんがやって来た。
「シロ〜。鍵、取りに来たゾ〜」
「ワンッ!ワンッ!」かまってもらえると、つい、しっぽを振ってしまう。
「お〜お〜、シロ!オラにあえてそんなに嬉しいか」
今日こそ散歩に連れて行ってもらおうと、わざわざ家に忍び込んで、リードを取ってきた。
で、こうして口にくわえてるんだけどなあ。それでもしんちゃんは気付かない。
ぶっちゃけ・・・何で?
しんちゃんは僕に近寄ると、僕の体をむんずと掴んだ。
えっ?何?・・・あーっ忘れてた。しんちゃんのママがいないということは、まさかあれでは・・・。
「シロ〜ちょっとフリフリしますよ〜、痛くないですからね〜」
・・・うわ〜間違いないよ〜。僕の体の中にある鍵をとる気だ〜!
「ワン!ワンッ!くぅ〜ん」しんちゃんの手から逃れようと暴れた。
「冗談、じょーだん。別にお注射みたいにチクッとするわけじゃないから〜」
「・・・・・クーン」最後の訴え。
「よ〜し、シロもやる気か!行くぞ〜!」
訴え、届かず。

なんでいつもこうなるの〜!?

そして、しんのすけは勢いよくシロを振り始めた。
「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ、おりゃ〜!」
「わ、ワン、くぁ〜ん!」
しんちゃん!わっ、ちょっと、や〜め〜て〜!
しんのすけはさらに力を入れた。
「おりゃおりゃおりゃおりゃ〜!牛乳からバタ〜!」
「く、く、くわんっ!わん、ワン!」
「バター!バター!お話するのは井戸端〜!おりゃ〜〜〜〜!」
「わん、わん、くぅ・・・く・・・・」シロは一瞬、気を失った。
「おりゃ〜おりゃ〜お・・・お、あった〜」
カシャンと音をたて、僕の体から鍵が落ちた。しんちゃんは僕をポイッとそっぽに投げると、鍵を拾った。
そして、ポイッと投げられたぼくは、パタッとあおむけに倒れた。
・・・・・ああ、なんか空が青いやー。
「あった、あったゾ〜、シロ!シロ?」
しんちゃんは、ようやく鍵のことからぼくが倒れているということに気付き、呼びかけてくれた。
「シロ?どうしたシロ!誰がこんなことをしたんだ!」
・・・・・しんちゃん。きみだよ・・・・・。くうぅ。ぼくがしんちゃんとしゃべれればなぁ。
「う〜、作戦に犠牲者が出てしまったか・・・。シロ!オラ、シロのチカラ、無駄にしないゾ!」
そうして、しんちゃんは玄関の方に行ってしまった。

―――僕、シロ。短い人生に終止符を打つ。

空が青いやー。

って、別に僕、死んでないからね!

そんなことに気付かないしんのすけは、鍵でドアを開け、家の中に入った。
「たっだいま〜、いや違うんだった。おっかえり〜。・・・あれ?・・・・合ってるか」
しんのすけはいつもの赤いTシャツと、黄色いズボンをタンスから出すと、
居間にあるコタツに押し込んだ。
「やっぱり冬はコタツで服を暖めなくちゃねー、スイッチオン!・・・さて、暖まる間におつや〜」
今日のおつやは何かな?昨日はチョコビだったから、今日はあんまり期待できないかも・・・
しかも、今朝、父ちゃんと母ちゃん、お金のことで揉めてたからなぁ。
しんのすけは台所に行き、棚のお菓子が入っている引き出しを開けた。
「ここかっ!あれ・・・ない。じゃあ冷蔵庫かな〜」
しんのすけは冷蔵室のドアを開けるが、おやつとなるものは見当たらない。
―――漬物と麦茶はあるけど、あれはちょっとなぁ。んーできればこれは避けたい。
これは最後の砦としてと。
しんのすけは冷蔵室のドアを閉めた。
「残るは冷凍室だ・・・。えっとロープ、ロープ」
しんのすけはロープを腰に巻くと、テーブルの足に結びつけ、冷蔵庫によじ登った。
無論、しんのすけはこれに、安全性になにも意味がないという事を知る由もない。
しんのすけは冷蔵庫の上に乗ると、冷蔵室のドアを開けた。
すると中に入っていたものがドサドサッと音を立て、雪崩のように床に落ちた。
「ふん、そのくらいお見通しだぜ。オラが何年この家で暮らしていると思ってる。わっはっはっはっはっ!
・・・でも、この冷凍食品の量・・・」
しんのすけは冷蔵庫の上から、落ちた冷凍食品の山を見た。
「きっと母ちゃん、またスーパーで“冷凍食品4割引”の時に買いだめしたな。
スーパーの広告でこの字見ると、母ちゃん目が変わるからなぁ」
しかしまた、冷凍室に入りきらないこの冷凍食品の量。
・・・こういう大人にもなるまい。

「―――クシュッ!クシュッ!2回・・・。あ、悪い噂だ。母の勘って言うのかな?しんのすけが、悪い噂してる気がする。
まあ3回のとても悪い噂じゃないだけ、ましか」
買い物帰りのみさえは鼻をさすった。

しんのすけは、冷凍室から落ちた物から、おやつを探すべく、冷蔵庫からぴょんと飛び降りた。
「ん〜と・・・。なんかないかなー」
えっーと。・・・あじの干物、冷凍食品、冷凍食品、ペンギンのぬいぐるみ、冷凍食品・・・。
「う〜ん。ぬいぐるみ以外、ろくな物がないゾ・・・。おっこれは!」
しんのすけは何か輝くものが見えたのでそれを手に取ると・・・。
「アイスだ〜!しかもめったに買わない“バーゲンダッシュ”だ!」
アイスが輝くわけはない。しんのすけにはそう見えたのだ。
「やったー。昨日はチョコビ、今日はバーゲンダッシュ、なんか最近ついてるぞ〜」
きっと母ちゃん、冷凍食品買う時に、一緒に買ったんだ。
しんのすけはアイスをマイクのように手に持つと、テーブルの上に立った。
「美人のママ!ありがと〜!これからもたくさん冷凍食品買ってねぇ〜!」

「―――クシュッ!・・・・・あれ?1回しか出ない。いい噂だわ」
しんのすけめ。何かいいことあったな。
みさえは一人笑った。

しんのすけは、雪崩のように落ちた冷凍モノを元に戻すと、アイスを持ってようやくコタツに入った。
「あ゛〜。あったけ〜。コタツで食べるアイス。これまた、旨いらしいんだよね〜」
服を着替え、アイスを食べながら、リモコンを手に取りテレビをつけた。
「あっ、“奥さま昼下がり劇場”だ!再放送かな」

[君のためならどっこいしょ 〜過去編〜]

「ゲジ子さん・・・!」
「でんぐりざえもんさん・・・!」
「さあ一緒に、魚、・・・魚を食べに帰ろう!」
「はい!私達、魚が食べれるのね!お肉じゃないのね!」
「そうだよ!あじの干物を食べに帰れる!」
「あじの干物!?」
「そうだよ、僕はあじの干物が大好きなんだ。でもそれが何か―――」
「魚といったらさんまに決まってるでしょ!」
「嫌だよ!さんまは骨がやたら多いだろ!取るのが面倒じゃないか!」
「でんぐりざえもんさん・・・・・・」
「・・・・・・ゲジ子さん?」
「どうして?・・・どうしてあなたは魚の骨を取るのを面倒くさがるの!?」
「そ、それは・・・」
「・・・どうやら私たち結ばれない運命のようね」
「ゲ、ゲジ子さん!」
「さよなら!」
「待ってくれ!僕、さんまを帰りに買う・・・ああっ!今の僕にはさんまを買うお金がない!」
「さようなら・・・・・・」
「・・・・・・くそーーっ!俺の馬鹿!なんで昨日のバーゲンでさんまを買わなかったんだぁ〜!」
・・・・・・でも俺はこんな所で挫けないぞ!よし!うおおおおおおおーーーーー」
「(ナレーション)そして、でんぐりざえもんはある場所へと走った」
ザザーン、ザザーン。(波の音)
「よし!このモリと網で・・・・・・うおおーーー!君のためならどっこいしょーーーー!」
ばっしゃーん!
つづく

ううう、何度見ても泣かせるねぇ。・・・おっとと、アイスが溶けちゃう。
ん、でも、やっぱりお金は大事だよね。ウチは大丈夫かな。
そういや、父ちゃん今日、朝出たのギリギリだったゾ。
ちゃんと仕事してるか!?父ちゃん!

「―――クショッ、クショッ!・・・ヘクショ〜ン!・・・げ、3回」
「野原君、風邪かね?風邪にも気を付けたまえよ」
「は、はい。ありがとうございます」
ところかわって、ここはひろしの勤める、双葉商事。
どうやらひろしは朝、会社に遅刻したことについて部長と話していたよう・・・
「・・・・・はぁ〜。参ったぜ」
「先輩、朝、遅刻したことについて今、話してたんですか?」
声の主は笑って顔を掻いていた。川口だ。
「朝はいろいろと忙しかったからな・・・。ってうるせえよ!お前だけまんまと逃れやがって」
「あはは。すいません。先輩が寝坊して、まだ家にいてくれたから助かりましたよ」
「俺の家にある資料が急に必要になった事を、お前が昨日俺に連絡するのを忘れてたんだよな。
で、今朝気付いた川口が、急いで俺に連絡した時に、運よく俺がまだ家にいたからな」
「何で先輩、説明口調なんすか?」
「気にするな。こっちの話だ」
「・・・。でも先輩結局、大遅刻して取りに帰っても変わらなかったんじゃないんですか?」
「うるせえよ。で、お前は怒られずに済み、俺が怒られたと・・・。川口、あとで缶コーヒーな」
「は、はい、分かりました。今回は僕に非がありますし、一本なら・・・」
「2本」
「ええっ!」
「一本はすぐ飲む用。もう一本は後で飲む用。それでも安いくらいだろう」
「う〜、分かりましたよ・・・」
「な〜んか嫌そうだなぁ」ひろしは頭の後ろに手を組んで仰け反り、川口を見た。
「・・・是非奢らせて下さい!お願いします!」
「まあ、奢ってくれるって言うなら貰ってもいいかな」
ひろしがそう言うと、川口は財布の中身を見てため息をついた。
「はぁ〜。今日の先輩なんかおかしいっすよ」
「別にそんな事ないぜ。―――ね、ユミちゃん」
ひろしはたまたま通りかかった、草加ユミに話しかけた。
「えっ?何の話ですか?係長」
「あああ、ユ、ユミちゃん気にしなくていいよ。こっちの話だから」川口は慌てて言った。
「そうですか」
ユミは特に気にせず、そこを去って行った。
川口はユミが立ち去ったのを確認すると、ひろしに顔を近づけ、声を潜めた。
「・・・先輩!ちょっと止めて下さいよ」
なんで川口、やたらと慌ててんだ?
・・・はは〜ん、前に家でバーベキューやった時にそんな事あったな。
しかし川口の奴、随分慌ててやがる。
・・・ちょっとからかってやるか。
ひろしはいったん「う〜ん」と伸びをした。
そして、スッと川口の肩の力が抜けた瞬間、不意を突いて川口に顔を近づけて言った。
「それはユミちゃん、だから?」
川口は図星を突かれたせいか、慌てふためき、顔を赤らめ下を向いた。
「べ、別にユミちゃんかどうかは関係ないっすよ・・・」
あはは、本当に分かりやすいな。こいつ。
「ふ〜〜〜ん。あっそう・・・」
ひろしは立ち上がり、遠くにいるユミに呼びかけた。
「ユミちゃーん。缶コーヒー要らない?川口の奴がさ、おごってくれ―――」
「ちょっと先輩!頼むから止めて下さい!分かりました!先輩!3本!3本奢りますから!」
「別に俺、2本でいいよ。ねえユミちゃ〜ん」
「せんぱい〜!!」

「はぁ〜。全く、先輩冗談キツいっすよ。そういえば先輩、なんで遅刻したんですか?
僕が電話した時には会社には間に合うって、言ってたじゃないですか。何かあったんですか?」
「ああ、乗換駅で俺より少し若い30歳くらいの奴に道案内してくれって言われてさ。それでな」
「へ〜。先輩も“人が良い”ですね。急いでるからって断れば良いじゃないですか」
この言葉に、ひろしは思わず近所のバカップルの顔が浮かんだ。
「“人が良い”じゃなくて、“良い人”、だろ。ったく、こんな所まで奴らの顔、思い出させるなよな」
「なんすか?奴らって?」
「ああ、すまん、こっちの話。今度は別件だけど」
「またっすか。で、その道案内してくれって言った人、どんな人だったですか?」
「ああ、俺が北千住駅で、乗り換えしようとホームに行こうとしてたらな・・・」

ひろしは霞ヶ関にある双葉商事に行こうと、乗換駅の北千住駅に向かう電車に乗っていた。
やばい!あの時間の電車に乗れないと、会社のタイムカードが押せない!
いつもの直通電車に乗れなかったけど、急行には乗れたから各駅停車よりは少しは早くなった。
が、乗換えがある。何とかあの時間の電車に乗らないと間に合わん!
ひろしは乗ってきた電車を飛び降りると、どうやらひろしと同じように、
遅刻している様子の同志達と共に駆け出した。
ひろしが乗換えしようと小走りでホームに向かってると、
前のほうで変わった服装をした男が、道行く人にこう話しかけていた。
「すまないが、上野にはどうやって行けばいいんだ?」
しかし今は通勤ラッシュ。男に対応しようとする人はいない。駅員も忙しそうだ。
―――兄ちゃん、何をやっているか知らないが、こんな時間にはちょっと場違いってものだぜ。
ひろしはあまり気にせずに男のほうにあるホームに行こうとすると、やはり話しかけられた。
「すまんが、ちょっと時間あるか?」
「悪い!俺、あの電車に乗れないとやばいんだ。他をあたってくれ!」
ひろしはホームにすでに電車が来てることに気付き、スパートをかけた。
おら、おら、おら、おらぁ〜!間に合え〜!
発車のベルがホームに響く。
走るひろし。
ドアが閉まる―――
どりゃあぁぁぁーーーー!

プシュー
バタン

あああああああ・・・。
無情にもひろしの鼻先でドアが閉まった。
しかも、走ってきて乗れなかった時の電車に乗っている人とのドアのガラス越しのこの気まずさ。
「えー、お客様ー、駆け込み乗車は危険ですのでお止め下さい〜」
はぁ〜〜〜。
ひろしが盛大なため息をついても、そんなこともなんのお構いもなしに、
電車はプシューと息を吐き、ホームを離れていった。
あーあ。会社に間に合わなくなっちゃった・・・。
ひろしは一時的に人が少なくなったホームを見渡し、椅子に空席があるのに気付くと、
へなへなと座りこんでしまった。
「はぁ〜〜。次来るのは5分後か・・・」
ひろしが首を後ろに「あ〜」と、唸って曲げると、さっきの男がすぐそこに立っていた。
「どうやら電車に乗れなかったみたいだな。20分くらい時間あるだろ?上野駅に行きたいんだが」
上野?ああ、動物園や美術館のある所ね。アメ横なんてのもあったな。
男を改めて見ると、黒の膝近くまである、コートみたいなものを着ていた。
全体的に白と黒を基調とした服装で、首に白いのロングマフラーもしていた。
―――なんか、白黒。上野に行くって言ってたな。
・・・・・・“パンダさん”ってところかな。別に太ってないけどね。
「あのねぇ。いくら電車に乗れなかったといって、20分も時間あるわけないだろ。
俺は次の電車に乗って会社に行く!大体あんたこんな時間に。周り皆忙しそうだろ。少しおかしいよ」
ひろしがそう言うと、ちょうど電車がやってきた。
「じゃあな。俺は行くから。申し訳ないが、駅員かなんかに聞いてくれ」
ひろしは立ち上がると、来た電車に乗りこんだ。
空いているつり革を見つけ、つかまると目をつぶり「はぁ〜」と息をついた。
なんかため息ばっかり付いてるな、今日。
くそ、あいつ・・・・・・。全く、通勤時間に、俺が忙しそうって分からないのかね。
でも30歳くらいなのに、こんな時間に上野に行きたいって、一体何の仕事してるんだ?
・・・動物の飼育係?まさかな。
ひろしは目を開け後ろを振り返った。うわーまだいるよ。あいかわらず、人に尋ねてるし。
・・・・・・・・・あれ?
何で電車発車しないんだ?まだドアすら閉まる音もしないし。
そういや、さっきから辺りが騒がしい・・・。
ひろしは目を開け、周囲を見回した。
うわっ!人少なっ!お茶飲んでるおじいさんしかいないし!
一度電車から降りた。なにやらアナウンスしている。
「―――ありません。繰り返し連絡いたします。ただいま雪の影響で、
現在、車両点検中でございます。点検には20分ほどと予定しております。
お客様には多大なご迷惑おかけいたしまして、申し訳ありません。他の交通機関は―――」
げっ!マジかよ〜!うわっ!本当に雪降ってる!今年は都心でもよく雪降るなぁ。
やっぱり、今年は寒いのが影響受けてんのかね。・・・しかし、大遅刻じゃないか!どうすんだよ!
あれ?20分って・・・
ひろしはそーっと後ろを振り返ると、いた。
“パンダさん”。
「上野には―――」
「あ〜っ!わかったよ!」

「で上野に行きたいのか?」
「ああ、頼む」
「北千住からだったら常磐線かな。上野方面って書いてあるはずだから、
どっち方面に行けばいいかは分かるはずだ」
「常磐線?どうやって行けばいいんだ?」
「だからJRの・・・あーっもう!俺が連れて行く!」
「悪いな」
ひろしと男は黙って歩いていたが、
「お前、何か困ってることないか?」と、男は不意に言った。
「困る?しいて言えばお前に困ってる」
「悪い悪い。俺、東京来るのは初めてでな。全然分からなくて」
「俺は住んでるのは埼玉だけどな」と、ひろし。
「で?」
「は?」
「だから困ってる事あるか?」
なんだか不思議な事聞く奴だな。格好も不思議だけど。
「なんか良くして貰ったからお礼がしたいんでな」
「そういうことか。大丈夫、ない。今の現実に満足してる。子供と楽しくRPGゲームなんかしてるよ」
「RPG?・・・・・・もしかして“ハンファイ”か?」
「ああ、まあな。結構おもしろくて、つい子供と夢中になっちゃったよ。お前もやるのか?」
「・・・いや、俺はやらないけどな。」
「おお、ここだ。ここから看板が見えるよな。あそこからすぐだ」
ひろしは目の前に見える看板を指差した。
「ありがとう、助かったよ。お前みたいな親切な奴で」
男は頭を掻いて笑った。
・・・どうやら悪いパンダではなさそうだ。
「どう致しまして。じゃあ、気をつけろよ」
「・・・・・・また近いうちにお前に会うことになるだろう。じゃあな」
そう言って男は去っていった。

「―――なんてことがあったんだよ」
ひろしが一通り説明すると、黙って聞いていた川口は口を開いた。
「なんかそのパンダさん怪しくないっすか?」
ひろしは男の様子を頭に思い浮かべた。
「まあ、確かに怪しかったけど、俺が見た限り悪い奴って感じはしなかった、と思うが」
「そうっすか。先輩がそう言うなら大丈夫じゃないんですか?」
「なんでだ?俺に人を見る目があるってか。・・・いやぁ、参ったな」
ひろしはさっと袖をまくり、腕の筋肉を見た。
「なんで筋肉見てんすか。筋肉関係ないし。そうじゃなくてなんか先輩の家族、“野原家的”にですよ」
「は?何だ、それ?野原家的?」ひろしは袖を元に戻しながら尋ねた。
「・・・前に先輩の家にお邪魔したときも思ったんですけど、奥さんも、しんのすけくんも、
ひまわりちゃんも、先輩も。なんかほのぼの?じゃないですか。
純と言うのか、のんび〜りと言うのか。・・・そう言う意味でですよ」
「?・・・なんか褒められたのか、けなされたのか分からないな」
「褒めたんですよ。“ほのぼのさん”が思う事は正しいと言うのかな」
「喜んでいいのか分からん」
「先輩、家でもにこにこだし、奥さんもいい人だし・・・いつも先輩は元気でいいっすよね」
川口は羨ましそうに言った。
「あははは・・・・・・」
ひろしは笑おうとしたが、顔が引きつってうまく笑えなかった。
だってなぁ・・・。
―――俺も家では結構キツいんだぜ。川口。
「えっ?なんすか?」
「何でもない、気にするな。・・・お前も所帯を持てば分かる」
「またあの話っすか。僕はユミちゃんの事どうとも思ってないって・・・」
「は?今、俺、ユミちゃんの事なんて一言も言ってないけど?」
その後の川口の真っ赤な顔は直視できないほどだった。

「あ〜終わった〜」
ひろしはプリントアウトして出来た書類をまとめると、思わず声を上げた。
川口も一通り終わったのか「お疲れっす、先輩」と言った。
「ああ、これで今日のノルマは終わった。今日はかなり早めに帰れるな」
ひろしは机にあった缶コーヒーを手に取った。プルタブを開けようとした時、
「係長お疲れです」と後ろから声が聞こえた。
振り返るとユミが帰ろうとしていたのか、カバンを持っていた。
「あ、ユミちゃん、お疲れ。あれ?」
ひろしはユミの持っているカバンについているキーホルダーが目に付いた。
「そのカバンについてるキーホルダーの人形、サンダーラッコじゃない?」
「えっこれですか?」ユミは持っているカバンを持ち上げた。
「そうそう」
「そうですよ。えっ!係長、サンダーラッコ知ってるんですか!?」
「うん。知ってるけど、っていうか、ユミちゃんが知ってる方がおかしいでしょ。だってゲームだよ?」
「別に私、そのゲームやった事がある訳じゃないですけど、
今このキャラクター、かわいくて人気あるんですよ。女の子の間でも」
「へぇ〜。しんのすけにも買って帰ってやろうかな。どこで売ってる?」
「いいお父さんですね係長。でもこれはどこでも売ってないですよ。
これ、クレーンキャッチの景品なんです。係長、ほどほどに頑張ってくださいね。じゃあ、お先です」
ユミはそう言って帰っていった。
・・・なんで俺がクレーンキャッチ、苦手なの知ってんだ?・・・でも確かに俺、苦手なんだよな。
ひろしはクレーンキャッチで悪戦苦闘してる自分が思い浮かんだ。

「―――いけっいけっ!あ〜っおちた〜。くそ!もう100円!」
「お客様、もう閉店なんですが・・・」
「あああ、もう!うるさい!」

ひろしは、机に頬杖を付いてる川口が目に付いた。
「川口」
「嫌っすよ」
「まだ何も言ってない」
「ゲーセン付き合えって言うんでしょ。缶コーヒー奢ったでしょ。勘弁してくださいよ」
「そんなこと言うなよ。頬杖なんか付かないでさ。ユミちゃんと楽しく話して悪かったよ」
「・・・そんな事で不機嫌になるなんて、僕は小学生ですか?」
そう言いながらも川口は頬杖を付くのをさりげな〜くやめた。
うわ〜・・・なんか切ねぇ〜。
ひろしは年甲斐もなく、甘酸っぱい気持ちになってしまった。
「そうか。そうだよな・・・。ごめんな川口。俺も出来る限り協力するから。缶コーヒーありがとな・・・」
「は、はぁ。さよならっす。・・・何なんだ、一体?」
そして、ひろしは帰りの電車に揺られながら思った。
・・・・・・頑張れ!川口!

ひろしがかすかべ駅に着くと、かすかべの町並みがようやくオレンジ色に変わり始めていた。
―――もう5時前なのにな、だいぶ日が長くなったもんだ。
しかし、風の寒さはまだ身に染みるのでいつもの道を足早に帰ろう、と考えていると
ふと近所の電気屋のテレビが目に入った。何かのCMのようだ。

「―――取れない!取れない!取れない〜!なんで取れないんだ〜っ!」
(ダダダダーン!)
「ホントにクレーンキャッチって取れませんよねぇ〜。そんなあなたに朗報です!
取れないあなたもこの通り!」
(テテテテッテテ〜!)
「―――取れる!取れる!取れる〜ぅっ!ねぇねぇ定員さん!ここってなんて名前のゲームセンター!?」
「はい!取れるクレーンキャッチがあるカスカベゲームセンターです!」
「さあ!あなたも楽しいカスカベゲームセンターまで!」
「君も取ろうぜ!」
(キラリーン!)
「カスカベゲームセンター♪」
「―――映画、クレヨンしんちゃんー、
キンポコの勇者ー。俺も出てるけどー、すっげーチョイ役だー、でもそんなの―――」

最後の宣伝は置いといて、と。
こんなかすかべにしかないマイナーな店を普通、TVでやるか?都合良過ぎだぞ。
・・・う〜ん、でも確かに、かすかべにも商店街の方に一軒あったな。
行ってみるだけ、行ってみるか。
ひろしは一転、家からゲームセンターへと向かった。

「あんだよ、全然取れないじゃないかよ、サンダーラッコ。百戦練磨の、このオレがだぞ」
ひろしがゲームセンターに着くといきなりそんな声が聞こえてきた。
やっぱり。・・・まあそんなもんだよな。
「ったくやってらんねぇよ」
若い男達がぼやきながらクレーンキャッチから去っていった。
ひろしは男を横目にそのクレーンキャッチに近づいた。
それは、CMで取れる、取れる、言っていたクレーンキャッチと同じものだった。
おいおい、あんな百戦錬磨の兄ちゃんが取れないこのクレーンキャッチを、
こんな店で一番目立つであろう、道路に面する入り口の所に置くか?
まあ、あの兄ちゃんの自称って言う説もある。・・・一回だけやってみるか。
ひろしはカバンを置くと、早速財布を取り出し、最近のクレーンキャッチは高いよなと思いながらも
200円を入れた。
200円で1回なのだ。高い、最近のは高い。普通、100円で3回だろ。・・・2、30年の話だけど。
ひろしはサンダーラッコの位置を確認すると、1のボタンを押した。左右の位置を決めるボタンだ。
ボタンを押すと同時に「ぴこん、ぴこん」と賑やかな音が、暗くなり始めたかすかべの街に鳴り響いた。
・・・なんかかなり恥ずかしい。
三十路の男が一人でクレーンキャッチ。
どんな風に見られてんだろ、店内に入ってやればよかった。
ええい、さっさとやっちゃえ。ええと、サンダーラッコは真ん中の奥。右に行くボタンと。
まずは真ん中に持っていかなければ。
―――ぴこん、ぴこん、ぴこん、ぴこん、ぴこん、ぴこん、・・・ここだぁっ!
ひろしがボタンからバッと手を離すとぴったり、サンダーラッコを狙える位置に来た。
おっ!意外といけるかも。このなかなか良いキャッチャーを“UFOくん”と命名しよう。
さて、次は2のボタン。奥に行くボタンだ。
ひろしがおもむろに2のボタンを押すと“UFOくん”が奥に行き始めた。
おおいい感じ!
頼むぞ!UFOくん!

ぼとっ

いいところまで行って、失敗するのがクレーンキャッチなのだろう。
結局、サンダーラッコを掴むことはできたが、掴み方が悪かったのかアームから落ちてしまった。
はぁ〜〜〜。あーあ。帰りにタバコ買って帰ろ。
ひろしは今日、何度目か分からないため息をつくと、カバンを手に取り、回れ右して、
家の方向へと歩き始めた。
しかし、ひろしはこの後タバコすらも買えなくなってしまう。
なぜなら・・・
「父ちゃん!ただいま!」
ひろしが振り返ると、そこにはシロを連れたしんのすけが立っていた。
「お、しんのすけ!おかえりだろ。どうした?シロの散歩か?」
「うん。シロがどうしてもって。仕方ないから散歩してあげてる。
今日はシロにコース任せたんだけど、まさか父ちゃんの所に行くとは思わなかったゾ。
まったく、二人してオラの知らない所で愛を育んでいたのね・・・」
シロは首が飛ぶんじゃないかと思うほどぶんぶんと振った。
ったく、そこまで嫌うことないだろ・・・。
「育んでねえよ。それに今日はもう恋とか愛とかはいいよ。まあそれは置いといて・・・。
しんのすけ。いくら春とはいえもう5時だぞ。今度からはもう少し早めに散歩に行けよ」
「ほ〜い。でも父ちゃん、ここ帰り道じゃないでしょ?何してたの?しかもこんな所で?」
しんのすけは首でゲームセンターをしゃくった。
・・・これは、まずいな。
ひろしはこのままではまずいと感じ、あわてて取り繕った。
「いや・・・ちょっとな。こっちの方何があったかな?って、気になってさ」
「ふ〜ん。父ちゃん、ここら辺最近来てないんだ」
「そうそう、商店街に何があったかなーって。ゲーセンなんてあったなーってちょうど今思っててさ」
「ふーん。暇だね」
「う、うるさい」
「ほんとに最近来てないの?」
「ほんとに最近来てないよ」
「ほんとに、ほんと?」
「ほんとに、ほんと」
しんのすけは訝しげに「ふ〜〜〜ん」と頷くと、コホンと咳払いした。
「父ちゃん、オラが今、夢中になってるゲームは?」
「えっ?は、ハンファイだろ」
「で、もともと家になかった、そのゲーム機はどうしたの?」
「どうしたって、こないだ皆で“商店街”来たときにくじ引きで・・・あっ」
「前にくじ引きで商店街来たのに、最近来てないの?ん〜なんか矛盾してない?」
まんまと5歳児のワナにかかってしまった。30年も多く人生を歩んできたのに・・・。
はぁ〜〜〜〜。だから俺って出世できないのかな。
「父ちゃん、ため息つくと幸せ逃げるらしいよ」
「・・・はいはい、ごめんなさい、白状しますよ。目的があって、ここのゲームセンターに来たの」
「何の目的?」
「景品でサンダーラッコのキーホルダーがあるって聞いてさ、取って帰ってお前に、と思ってな。
いい父親だろ。感謝しろよ」
「でも父ちゃん、取れなかったんでしょ」
しんのすけのこの問いにひろしはできるだけかわいく答えた。
「うん♪」
「かわいくやってドジっ子のつもり?全然かわいくないんだけど。足臭いし」
「・・・申し訳ない」

小説トップに戻る

トップページに戻る