トップ小説作成者・風間オトルくんIIIさん


日本の人口のうち43%はもう彼らの支配下にあった。
その計画は誰にも気づかれることなく着々と進んでいた。
残り57%の日本国民を支配下に置くこと、つまり、日本を支配すること、
それが彼らの目的だった。

そう、変化はある日突然やってくる。

「あれ?マサオくんは?」
しんのすけはバスに乗り込むとそういつものメンバーに尋ねる。
「さあ、僕たちも知らないんだ。」
「旅行じゃない?きっともう夏だからって行っちゃったのよ。」
「でも、マサオくんが幼稚園をサボって旅行はないんじゃないかなあ。」
「それもそうね。まあ、いいじゃない。」
結局、その話題はそれで終わった。
バスが幼稚園に着くと、明らかにおかしかった。
「今日は園児が少ないわね。」
「そうなのよ、もしかしてなにか病気でも流行ってるのかしら。」
よしなが先生、まつざか先生も不安そうに話している。
しかし、それといった変化もなく幼稚園は終わった。

次の日、しんのすけがバスに乗り込むとマサオくんはネネちゃんの
隣に座っていた。
「よっ。マサオくん、昨日はどうしたの?」
「昨日はちょっとおばあちゃんの家に行ってたの。」
「おばあちゃんの家?おばあちゃん、具合でも良くないの?」
「ううん、ただなんとなく家族で行くことになったんだ。」
「ふうん。それなら良かったよ。」
バスが幼稚園に着くと、園児はいつもと同じくらいちゃんときていた。
「昨日はなんだったのかしら?」
「いいじゃない、みんな元気そうだし。」
「そうね。」
この日も平和に1日が終わった。

しかし、この日で日本の人口の過半数が彼らの手に堕ちた。
61%が彼らの手に渡ったことで彼らはついに強行手段に踏み入った。
支配下に堕ちた61%の人を使って残りの39%の人を支配してしまおう、
そう考えたのだ。

決行は明日。大体の人がまだ眠っている3時を狙おう、彼らはそう決めた。

時間は迫ってきていた。
今、21時。しんのすけは眠りについた。

23時。みさえ、ひろしも眠りについた。

彼らの計画まであと4時間。
春日部、日本中が眠りについた。
そんな中彼らだけは計画に向けて活動していた。

そして・・・2時55分。あと5分だ。

そのとき野原一家では異変が起きていた。
「びえええええええ!!!!」
ひまわりが起きて泣き出した。よくあることだったから、
みさえは目が覚めやすくなっていた。
「はいはい、ひまちゃん。おねむでちゅね〜。」
みさえは必死にあやすが、今日もいつもどおり上手く泣き止んでくれない。
困り果てたみさえはひろしを起こす。
「ね〜ね〜、あなた、あなたも手伝ってくれない?」
「んん・・なんだよ〜、俺は明日朝一で会議があるんだ、寝かしてくれよ。」
「そんなこと言わないで、ねっ、育児は家族がみんなでやるものじゃない。」
「頼むよ、みさえ。」
「なによなによ!!いつもいつもそうやってなんにもしてくれたことなんて
ないじゃない!!」
「ぎゃあああああああ!」
「ああ、怒鳴るなよ、ひまが・・わかったよ、やればいいんだろ?!
ったくう、しゃーねえなあ。」
「愛してるわ、あなた。」
「へいへい。」
「んんん・・・父ちゃん、母ちゃん・・・うるさいゾ。」
「おっ、ちょうど良かったしんのすけ!お前もひまをあやすの手伝え!」
「オラ・・・おトイレ・・。」
「おっ、待ってるぞ、しんのすけ。」
「じゃ、私はこれで・・・。」
「みさえ!!逃げるな!!」
「だってもう3時なんだもーん!!」

3時。こうしてこの時間、野原一家は彼らの思惑から外れて
全員が起床していた。

ガチャッ

「・・あなた、今、なにか物音しなかった?」
「そ、そうか?」
「ちょっと見てきてよ。」
「わ、分かったよ。」
ひろしは恐る恐る玄関に足を運ぶ。
みさえ、しんのすけ、ひまわりは居間で待つ。
「う・・・うわ!!」

ひろしが見たもの・・・それはどうやって入ったのか、隣のおばさんだった。
「ど、どうしたんですか?こんな遅くに・・・。」
ひろしは困った顔でおばさんに聞いた。
その声を聞いてみさえとしんのすけも玄関にやってきた。
「おばさんじゃない!!どうしたの?」
みさえは昼間会ったときと様子がまるでちがうおばさんに困惑していた。
おばさんは青白い顔をしていた。
「いいいいい・・・い、一緒。あの方たちと・・・一緒。」
「はあ?あの方たち?ちょっ・・・どうしちゃったのよ、おばさん!」
「一緒。私たち、一緒。」
おばさんはふらふらと野原一家に向かってきた。その異様な雰囲気に
野原一家は後ずさりした。
「ちょっとおばさんなんだか変よ。どうしちゃったのかしら。」
「あ、ああ。」
「オラ、テレビであんなふうなの見たことあるゾ。確か・・・睡眠?」
「睡眠?おばさん起きてるじゃない。」
「睡眠じゃなくって・・・えっとえっと・・・あなたはだんだん眠くなる
ってやつだゾ!」
「催眠か!確かに・・・そういわれるとそんな感じがするな!」
「でも・・・誰にかけられたってゆーのよ!」
「知るかよ〜。とにかくおばさんの目を覚まさなきゃ!」
「どうやって?!」
「知るか!でもやってみないとなにも変わらないだろっ!」
「そうだゾ!母ちゃん!オラに任せて!」
「しんのすけ!やめなさい!」
「行くゾ〜!!!かんちょう!!ホウッ!!!」
しんのすけのかんちょうが見事におばさんのお尻に突き刺さった。

そこにいたのはどうやって入ってきたのだろう、
隣のおばさんだった。
「隣のおばさんじゃないですか、どうかしました?」
ひろしが尋ねる、この声に安心したみさえ、しんのすけも玄関にやってきた。
「一緒・・・あの方たち・・・。一緒。来い!!」
明らかにいつものおばさんではなかった。
「お、おばさん!どうしちゃったのよ!!」
みさえは飛び掛ってきたおばさんを両手で懸命に抑える。
「あなた!!助けて!!」
「お、おう!!」
ひろしとみさえはなんとかおばさんをロープで縛って押さえることができた。
「おばさん・・・正気を失ってるわ。」
「そうだ!ロベルトに話を聞きに行けばいいんだ!」
「それもそうね。行きましょう!」

こうして野原一家は外に出ることにした。

「今って・・・夜中の3:20だよな?」
「そ、そうよね・・・。」
「今日はみなさんお元気ですなあ。」
「元気って・・・そういう問題じゃないだろう。」

野原一家が見た光景・・・道路に溢れかえる人だった。
みんな歩き方がどこかたどたどしい。
猫背になっている。
「おばさんと歩き方が似てるね。」
しんのすけのこの観察力がひろしとみさえを不安にさせた。
「そう言われてみれば・・・まるでみんな操られてるみたいだ・・・。」
「そ、そんなわけあるわけないじゃない・・・早くロベルトのところに
行きましょうよ。」

一家は急いでロベルトのところへ向かった。
が、しかし、ロベルトもおばさん同様みさえに飛び掛ってきた。
こうして野原一家はなんの手がかりもないまま自宅に戻った。

「どうしちゃったのかしら・・・なにかおかしいわ。」
「みんながお元気になったんだからいいことだゾ!」
「あのなあ・・・ふう。仕方ない、今日はみんなで起きて様子を見よう。」
「仕方ないわね。しんちゃんは子どもだから寝てなさい。」
「ほーい・・・。」
こうしてひろしとみさえは1日起きていることにした。

「う・・・うーん。」
しんのすけが目を覚ますと朝だった。
日の光がカーテンの隙間から入ってきていた。
「父ちゃん、母ちゃん。オラ起きたゾ。」
しんのすけが台所に行くとそこには誰もいなかった。
「父ちゃん?母ちゃん?」
しんのすけの声は大きくなった。
すると玄関の方から声が返ってきた。
「しんのすけ!!絶対こっちにきちゃだめだ!」
「父ちゃん?じゃあ、母ちゃんの方になら行っていいの?」
すると庭の方から声が返ってきた。
「しんちゃん!ダメよ!こっちにも絶対きちゃだめ!」
「・・・やれやれ。じゃ、オラおトイレでもいってこよーっと。」
しんのすけはトイレに入った。


彼らの目論見どおり、日本中は彼らに洗脳された。
そう、ここにいる野原一家だけを除いて。
彼らはまだ野原一家の存在を知らない。
わずか0.000001%くらいの誤算などもはやどうでも良かったのだ。
彼らは自分たちの国に日本を変えようとしていた。

ひろしはドアを必死に押さえていた。
そのドアを開けようと洗脳された近所の人たちが
体当たりをしたりしていた。

みさえは窓を必死に押さえていた。
その窓を開けようと洗脳された近所の人たちが
体当たりしていた。

ひまわりはまだ寝ていた。

しんのすけがトイレから出てきた。
「父ちゃん、どうしてドア押さえてるの?お客さんじゃないの?」
「ち、ちがう。みんな頭おかしくなっちまったんだ!だから
絶対にドア開けるんじゃないゾ?!」
「ほいっ!!!」

こうして野原一家の篭城が始まった・・・しかしそれは
わずか数分で幕を閉じることになる。

「たいやっ!!!ぎゃああああ!」
寝室からひまわりの泣き声が聞こえてきた。
「あなた!ひまが!!」
「くっ・・・しんのすけ!ひまわりをあやしてくれ!!」
「ぶ、らじゃー!」
しんのすけが見たもの・・・それはトイレの窓から侵入してきた
かすかべ防衛隊の3人がひまわりに襲いかかっていたのだ!
「は!さっきオラうんちして臭かったから窓の鍵を開けちゃったんだ!」
「しんのすけ!早くひまを!!」
かすかべ防衛隊の3人は不適に笑みを浮かべている。
「しんちゃん!」
後ろのトイレから声が聞こえて、しんのすけが振り返るとー・・・。


「ネネちゃん?!」
そこにはたった今トイレの窓から侵入してきたネネちゃんが息を切らせていた。
「しんちゃん!・・・こっちきて!ネネ、洗脳をとく方法を知ってるの!早く3人を元に戻しましょ!」
ネネちゃんがしんのすけを引っ張って台所に向かう。
「ひまとシロが危ないぞ!」
「このままじゃみんなやられちゃうわ!すぐ元に戻せるから!準備を手伝って!」

しんのすけはネネちゃんに引きづられながら、かすかべ防衛隊の3人がひまわりとシロに襲い掛かる光景を見ていた。
「ひま!シロ!」
叫ぶ間にも、風間くんがひまわりを、マサオくんがシロを掴み、じっとにらんでいる。ボーちゃんはこっちに向かってきている。

その瞬間・・・、風間くんとマサオくんの目が光った。眩しいほどに。その目を見ていたひまわりとシロはとても苦しそうにしだした。

それも数秒だった。すぐにひまわりとシロも他のみんなと同じように焦点が定まらない目つきになり、こっちに向かってくる。

「まるで、バイオハ●ードだぞ。ネネちゃん!どうしたらいいの?!」
「ネネ、見たのよ!やつらが元に戻る瞬間を・・・!
あった!これ!しんちゃんはこっちの袋をもって!」

「小麦粉?」
「そう!たまたまネネがキッチンにあった小麦粉を、おかしくなったネネのママとパパにかけたのよ!そしたら、元に戻ったの!せーのでかけるわよ!」
どんどんひまわり、シロを筆頭に、風間くん、ぼーちゃん、マサオくんが近づいてくる。

「今よ!せーの!!」
バッ
5人にがっつり小麦粉がかかった。すると、とても苦しそうに5人はしだしたが、すぐに正気を取り戻した。

「あれ?こ、ここは?」
「しんちゃん?ネネちゃん?」
「ボー?」
「オギャア!オギャア!」
「きゃん!」
いつもの5人だ・・・。
そのうち襲われた記憶も戻ってきた。

ホッとする間もなく、玄関から声がした。
「もう限界だ!!しんのすけ!手伝ってくれー!」
ひろしの声がする。
急いで玄関に向かうと、もうドアは壊されかかっていた。
とりあえず全員でドアを必死に守る。
「このままじゃあ、いつか破られちゃう!」
不安の色がみんなを包む。
「いいこと思いついたぞ!ちょっと、風間くん。ここも守っててね。」
「しんのすけ!どこいくんだよ!」
「オラが行っちゃあ寂しいの?風間くん?」
「・・・行けよ!」

しんのすけは台所からいっぱいの小麦粉を抱えて2階のベランダに向かった。
ここにはまだ洗脳された人たちはたどり着いてない。

「くらえーーーーー!」
しんのすけが小麦粉を玄関に群がる人たち、庭に群がる人たちに一斉に浴びせる。
15秒後・・・
「あ・・・れ?俺なにやってんだろう。」
ザワザワと下がしだした

みんな元に戻ったのだ。
そして少しずつ、少しずつ自分の家に帰り始めた。


「しんのすけー!お前、なにやったんだ!すごいぞ!」
「しんちゃんすごーい!」
祝福ムードに思わずしんのすけも照れる。
「いやあ、それほどでもお」
「しんのすけをほんとにホメることになるなんて・・・」
ワーイワーイ
こうして、騒ぎは収まったかに見えた・・・

これがすべての始まりだった。


彼らは焦っていた。
確かに洗脳はうまくいっていたはず、あと少しで日本全土を支配できたはず・・・
なのに、なぜかその洗脳は解かれていったのである。

「総長!洗脳がとかれていった経緯がわかりました!」
「どこだ!言え!」
「はっ!埼玉県の春日部市です!」
「春日部・・・間違いないんだな?」
「はっ!このデータをご覧になっていたけますか?」
「うむ。再生しろ。」
「洗脳は午前3:00より、日本各地にある私たちの基地から一斉に始まりました。そして、午前3:20にはほとんどすべての国民が我らの手に落ちました。」
「そうだな。春日部もこのデータから見ると、我らの手に落ちているように見えるが・・・?」
「そうであります。春日部もすべての住民は洗脳されました。しかし、・・・ここをご覧になってください。ここと、ここの家です。」
「確かに片方の家は洗脳されてないな。もう片方は・・・、洗脳されたぞ?」
「洗脳されたのですが・・・なにかが起こったことで、小麦粉をかぶったのでしょう。洗脳が、午前4:00にはとけています。」
「ふむ・・・。台所に近寄ってしまったのか。」
「そして、この家から1人、午前7:00ごろ、洗脳されていない方の家に向かいます。」
「洗脳されていない人のところに、洗脳されている人たちは集まることに気付いたのか・・・。それで、この家で、洗脳された人たちに小麦粉をばらまいた・・・ということか。」
「はっ!そのとおりでございます。」
「その2つの家の住民の名は?」
「はっ!野原と桜田であります。最初から洗脳されなかったのが野原、洗脳されたのち、洗脳が解けたのが桜田です!」
「ふむ・・・。{桜田}と{野原}か。」
「両家族とも、幼稚園児の子どもがいるようです。」
「・・・どこの幼稚園だ?」
「同じ幼稚園で、アクション幼稚園です。さらに、2人は同じ組のようです。」
「ふっ、よくやった。次の作戦を決めた。各基地につなげ。」
「はっ!・・・・・・どうぞ!」
「私が、今回の作戦の失敗原因となった二家族の洗脳を行う。そして、それが成功したのち、もう一度、日本国民の洗脳を行う。私が洗脳を行うのは、1週間後だ。連絡がなければ、再び、1週間後の午前3:00に実行しろ。以上だ。」
「そ、総長自らですか?!・・・・わかりました!いってらっしゃいませ。」
「ああ。留守を頼む。レモン。いや・・・第一隊長。」

こうして総長は春日部に向かった。


「はーい、みんな。昨日もよく眠れましたか?」
よしなが先生の寝不足気味の声が幼稚園に響き渡る。
「せんせー。寝たはずなのに眠いよー」
「わたしもー。」
「僕もー。」
みんな寝不足だった。

「ねえ、しんちゃん。昨日の記憶、みんなないのかしら?」
ネネちゃんがしんのすけに囁く。
「んー、ゾンビみたいだったもんね。風間くんも、ボーちゃんも、マサオくんも。
3人は覚えてる?」
「・・・覚えてないなあ。気がついたら、しんのすけの家で小麦粉をかぶっていたんだ。」
「僕も。でも、おかしくなったときの、ことは、覚えてる。」
ボーちゃんはやっぱり一味ちがった。
「えー!!」
「僕は、昨日、急に、夜中に目、覚めた。でも、眠かったから、すぐ寝ようとした、目つぶった瞬間、男の子が・・・」

「みんなー!みんな眠いみたいだけど、今日から、新しいお友達が1人、増えます。みんなで仲良くしてあげてね!」
よしなが先生のでかい声にボーちゃんの声は消されてしまった。
「じゃあ、入ってきてー」

がらっ

ドアが開いて、1人、男の子が教室の中に入ってきた。
「みんなに自己紹介しようか。」
「一期 小麦(いちご こむぎ)です。」
色白で、髪の毛は真っ黒でちょっと長め。ボーちゃんと同じくらいの身長。
爽やかな感じの男の子だ。
「仲良くしてください。」
しっかりとした口調で話すその男の子は、男女問わず、好印象だ。


そんな中、ボーちゃんがはっきりとつぶやく。
「そう、あの子。あの子が、出てきた。」

「えーーーーーーー!!」
かすかべ防衛隊が驚く。
すると、その声に気付いたのか、小麦がやってくる。

「よろしく!みんなの名前は?」
ニコッと笑う小麦に、しんのすけでさえ好印象をもってしまった。
「僕、風間トオル。こっちはボーちゃん。」
「僕、みんなからマサオくんって呼ばれてるよ。
」 「ネネ。桜田ネネってゆーの。」
「オラ、野原しんのすけ。」

「へえ・・・{桜田}ネネちゃんと{野原}しんのすけ君かあ。・・・キミたちとは仲良くなれそうだ。」
小麦の笑顔が少しだけ違うように見えたのは、このときボーちゃんだけだったろう。


それからというもの、
ブランコで遊んでいるときも、
すべり台で遊んでいるときも、
リアルおままごとしているときも、
常に小麦はかすかべ防衛隊と一緒にいた。
いや、正確にはしんちゃんとネネちゃんと一緒にいた。
そんな小麦をボーちゃんだけが快く思っていなかった。
そんなボーちゃんの警戒を、小麦もまた気付いていた。

やれやれ・・・、先にこいつの警戒を解いておかなければ・・・。

小麦はそう思った。
作戦実行まであと3日しかない。
一緒に遊んでいれば、いつか警戒は解けるだろうと高をくくっていたのが
間違いであった。
このままでは、計画に邪魔が入るかもしれない。

「ボーちゃん。ボーちゃんって、確か、石を集めてるんだったよね?」
「うん、たくさん、集めてる!」
大好きな石の話題を振られては、小麦であってもテンションが上がってしまうのも
まだ幼稚園生では仕方ないことだった。
「僕、ここに引っ越してくる前に、ヨーロッパを回ったんだ。
そのときに拾った石がいくつかあるんだ。ぜひ、うちにこないかい?」
「ボ?!!い、い、い、いいの?!」
ボーちゃんは海外の石にテンションが上がりっぱなしだ。
「もちろんいいよ!じゃあ、あとでね!」

こうしてボーちゃんは小麦の家に行くことになった。
小麦の家に行く間に、多少ボーちゃんは冷静を取り戻していた。
石を見せてもらえるし、素性を知れるし、一石二鳥だと思っていた。
「ここが、僕の家だよ。」
案内された家は、春日部のどこにでもあるような普通の一軒家だった。
「ただいまー!」
「小麦、おかえりー。あら、お友達?ゆっくりしていってね。」
「お邪魔します。」
普通の優しそうなお母さんが出迎えてくれた。
色白で、顔も少し小麦に似ている気がした。

僕の考えすぎだったのかな・・・?
ボーちゃんは少し自分に自信がなくなってきた。

その後も石を親切に見せてくれて、最後には石を1つ小麦はボーちゃんにくれた。
小麦のお母さんも、お菓子やジュースをもってきてくれて、優しい人だった。

帰る途中、ボーちゃんは、小麦のことを快く思っていなかった自分が恥ずかしく
感じられた。明日から、小麦のことを監視するようなことは止めようとも。


・・・それが、小麦の狙いだったことにはもちろん気付かずに。

「・・マンゴー。ご苦労。もういいぞ。その小麦粉でつくった顔を外して。」
「はい。さすがに、顔が悲鳴をあげてました。でも、これで、あの子どもの
警戒はとれましたね。」
「ああ。お前、お母さん、向いてるんじゃないか?」
「ふふ。からかわないでください。では、私はこれで。基地に戻ります。」
「おう。計画実行前には、準備が整いそうだ。また、連絡すると、第一隊長に
伝えておいてくれ。」
「はっ!では、失礼いたします。」


「ふふふ。あと2日もある。しんのすけとネネをどうにかすることなぞ、
簡単すぎる。まずは、明日、ネネからだ。」


「おはよー、みんな。」
その日も普通にかすかべ防衛隊は幼稚園にやってきた。
もちろんネネちゃんも。
そして、小麦も。
ボーちゃんは、小麦に対しての態度が明らかに違っていた。


「みんなでかくれんぼをやろうよ。」
小麦が提案した。
もちろんかすかべ防衛隊もそれにのった。
「じゃあ、僕がオニやるよ。」
小麦がオニに立候補したことで、かくれんぼはすぐに始まった。

ネネちゃんは門の裏に隠れていた。
「まさか、幼稚園の外に隠れてるなんて、思わないわよね。ふふ。」
余裕綽綽な様子であった。
「ネネちゃん、みーつけた。」
え?もう?
振り返ると、笑顔の小麦が立っていた。
「もーう。絶対に見つからないと思ってたのに!」
少しすねた様子でネネちゃんが立ち上がると、すごい力で肩を小麦につかまれた。
その顔は笑顔だった。
しかし、その笑顔が逆に不気味であった。
「ネネちゃん。ありがとう。ここなら、先生やみんなに見つからないで
計画を実行できる。」
ネネちゃんは恐怖でいっぱいになった。叫びたくても声も出ない。
助けて・・・!
心の中で必死に助けを求めても誰にも聞こえるわけはなかった。
小麦の手が自分に近づいてくる。ゆっくり。ゆっくり。
そして、何をされたかもわからないまま、ネネちゃんは気を失った。


小麦は気を失ったネネちゃんを抱きかかえると、
ネネちゃんは小麦の腕の中で、白い霧のようなものに包まれて、次の瞬間には消えてしまった。

そのまま5秒ほど時が静かに流れたあと、
小麦の腕の中は、再び白い霧のようなもので包まれた。
そして、霧が晴れると、そこには気を失ったネネちゃんが現れた。

「・・・これで、洗脳を解かれる可能性は、あと1人。
くくく。楽勝だ。あと1人があんなバカなガキだなんて。
あさって、すべてが希望に変わる。・・・起きろ。」
小麦が不気味な笑みで呟くと、ネネちゃんがバチッと目を開けた。
「桜田ネネ。お前は、かくれんぼの途中、ぼくに捕まった。いいな?」
「わたしは桜田ネネ。かくれんぼの途中、捕まった。」
小麦がネネに向かって呟いた言葉を、ネネがなんの感情ももたずに繰り返す。
まるで、ロボットのように。
それを見届けた小麦は満足そうだ。
「よし。それでいい。いくぞ!」
小麦がネネの肩に手を乗せた瞬間、
時が動き出したかのように、声が響いた。

「あーーーん!捕まっちゃったー!ネネ、ここだったら捕まらないと思ったのに。」
ネネちゃんが、いつものネネちゃんのトーンで叫ぶ。

そう、いつもの、なんともないただのかくれんぼの光景に、
1分もかからないうちに戻ったのである。

しかし、それを見てしまった者には、それはもはやかくれんぼとは思えなかった。

「・・・・・ハア、ハア、ハア。」
心臓が張り裂けそうだ。
それほどまでに、恐怖で心はいっぱいだった。
彼は恐怖で歯がガタガタ言うのをなんとかこらえていた。
誰かを呼びたい気持ちをなんとかこらえていた。
しかし、その中で彼は、今起きたことを必死に頭の中で整理しようとしていた。

ネネちゃんが捕まった・・・
洗脳・・・
可能性はもう1人・・・
その1人はバカなガキ・・・
あさって、希望に変わる・・・

必死で考えていたからだろうか。
彼は落ち着いてきた。
木の上からその光景を偶然目撃してしまった彼は、
小麦の企みを阻止できる唯一の希望となった。

しかし、今のままではあまりに情報が少ない。
だが、ここで下手に動いて小麦に悟られたら、もっと危険だ。
考えるうちにどんどん彼の頭は冴えていく。
そして、彼はこの思考に結論を出す。

「僕が1人で、できるところまで小麦の調査をしよう。」
彼は心に決めた。
それは、普段は臆病ながらも、
かすかべ防衛隊という仲間を守るという覚悟で下した決断だった。




結局、かくれんぼはネネちゃん以外の3人は見つからないで、下校時間となった。

彼は小麦を尾行することにした。
決して悟られてはいけない、慎重に、慎重に、彼は動いた。
十分に距離をとって。ゆっくり、ゆっくり。

小麦は全く気付かなかった。
計画が順調にいっていることで、油断していたのだろうか。
頭の中は、明日のしんのすけのことでいっぱいだった。
どうやって、しんのすけを1人にするか。
小麦は、歩きながらもそのことばかり考えていた。
「そうだ。確か、しんのすけは・・・。」

急に小麦が方向転換して歩きだした。
その速度は先ほどに比べてかなり速い。

彼は、一瞬自分の存在が気付かれたかと冷や汗をかいたが、
小麦が信号を渡ったので、一息ついて、また、尾行を続けた。

「おかしいぞ・・・この道は確か・・・」
彼がそう思うのもムリはなかった。
なぜならその道は、小麦の家からはだいぶ離れていたからである。
さらに、その道の先には、確か・・・。

「ななこお姉さんの家だ。」
なぜ、小麦がななこお姉さんの家に?
なにか用事でも?
しかし、小麦はななこお姉さんの家には入ろうとせず、
電柱の影に隠れて、じっとなにかを待っている。

彼は、そんな小麦をじっと見ていた。
他の人から見たらどんなに怪しい光景だろう。
電柱からじっとなにかを見ている子どもを覗く子ども・・・。
少し彼は自分のしていることに恥ずかしさを憶えていた。


すると、ななこお姉さんが帰宅してきた。
それを小麦はじっと見ている。
「・・・!!!」
彼は、心底驚いた。
言葉が間違って出てしまいそうになるくらい。

小麦の指からは、白い粉が少しずつ出ていて、
それがななこお姉さんの顔を描いていたのだから。
間違いない。
あのネネちゃんは、小麦の造り物だったんだ。
小麦が、あの白い粉で、ネネちゃんを造ったんだ。
彼は、そう直感した。

その後も尾行した彼であったが、小麦は、自宅に帰っていっただけだった。

「明日・・・、ネネちゃんみたいに狙われてるのは・・・・・・。
阻止しなきゃ。絶対に。・・・僕が!!!」
彼は、それが自分の使命のように感じられていた。


次の日。
かすかべ防衛隊は、いつものように園庭に集まった。
「今日は、リアルおままごとしましょ?」
ネネちゃんが提案してきた。
「え〜!オラいやだゾ!今日はお滑り台で遊ぶんだゾ!」
しんのすけが嫌がる。
もちろん、あとのメンバーも。
しかし、小麦はネネを擁護する。
「僕も、一度リアルおままごとってのをやってみたかったんだよね!」

彼はやっぱりと思った。
小麦があの作り物のネネちゃんに言わせてるんだ。
リアルおままごとをやりたいと。
つまり、リアルおままごとの最中、そこで1人ずつ隔離するはずだ!
彼の鼓動は段々と早くなっていく。

「つべこべ言わずにやるのよ!そうしたら、小麦みたいに、いい役あげるわ。
ほらあ!じゃあ、しんちゃんが、暴力夫の役ね。マサオくんが、近所の
浪人生。ボーちゃんが子ども。風間くんが借金取り。小麦が、ネネを助けに
きてくれるネネのことが好きな大学生。あ、これ台本ね。」
誰もネネちゃんが作り物かなんて疑わないくらい、
それはネネちゃんを演じきっていた。
彼でさえ、本当に、ネネちゃんなんじゃないかと思うくらい。

そうして、リアルおままごとが強制的に開始されたのである。

彼は、絶対に目を離さないようにしていた。
いつ、小麦が動き出すかわからない。
絶対に、僕が、守るんだ!
そう、彼は決めていた。


「みんな、こんにちは。」
道路の方から声が聞こえる。
そこにはななこお姉さんが自転車に乗っていた。
いち早く反応したのはもちろんしんのすけだった。
「こんにちは、ななこお姉さん。今日も、美しいですね。」
「あら、やだ。しんちゃん。」

そんなやりとりを2人がしている間、彼は冷静だった。

やっぱり。ななこお姉さん(きっと作り物だろう。)がきた。
きっと、あの自転車の前のかごにしんのすけを乗らせて、
どこかにいってしまって隔離するつもりなんだな。
そうは、させるか!!!

彼が放った光るものは見事にななこお姉さんの自転車のかごの中に入った。
そして、その存在に気付いた1人が誰よりも素早く行動した。

「え?!」
小麦も、ネネちゃんも、ななこお姉さんも驚いている。
しんのすけがかごに入るはずだったのに、そこにはなぜかマサオくんがいたからだ。
「すごい!このテレカ!ぼくにくれませんか?!」
マサオくんの目が輝いている。
そのままマサオくんは、テレカへの熱をななこお姉さんに延々と話し始めた。

小麦も、ネネちゃんも、ななこお姉さんも、3人とも同じような表情をしている。
舌打ちしそうなくらい、その表情は、不満げなものだった。

彼にとっては幸運なことに、3人はテレカを投げたのが誰かに気付いていなかった。
おそらく、3人は元々かごの中にテレカが入っていたと思ったのだろう。

彼は心の中でガッツポーズをした。
しかし、彼は油断できない状況であるのに変わりはないことをわかっていた。

昨日、小麦はあさってって言っていた。
つまり、明日。
明日が希望になるためには、今日、何かをしなくてはならない。
ということは、今日中に、しんのすけをネネちゃんみたくしないといけないんだ。
なぜ、しんのすけやネネちゃんを襲うのか、その理由は分からない。
しかし、そんなことを考えている暇は彼にはなかった。

今日、しんのすけを守りきること、それが彼の目標となっていた。

彼の考えとは裏腹に、なにもないまま幼稚園は終わってしまった。
しかし、よく考えれば下校時こそ、必ず1人になる時だったのだ。
そこで、彼は考えていた。
「今日、このまま、遊びに行っていい?」
「え?別にいいけど?」
こうして彼は、しんのすけの家に一緒に行くことで、しんのすけを守ろうとした。
「僕も。いきたい。」
「僕も、じゃあお邪魔しようかなあ。」
しんのすけ、ボーちゃん、風間くん、マサオくんの4人で帰ることとなった。

彼の作戦はほぼ百点だった。彼自身、目的を達成できると思っていた。


その様子を、小麦、ネネちゃんが殺気立った顔で見ていた。
「おい。レモン!作戦変更だ!!!このまま、やつら4人ともやる!」
小麦は誰かに連絡しだした。
「もうガマンできない。4人とも、洗脳が解けたとき、あの家にいたんだろう?」
「はい。」
「なら、4人とも、洗脳を解く方法を知っているかもしれないだろう。」
「はあ。しかし、4人とも桜田ネネと同じようにしようとすると、
容量を使いすぎてしまいます。もしかすると、洗脳自体に影響が出てしまうかも
しれません。」
「それくらい、お前らでなんとかしろっ!!!いいな!」
小麦の怒りは頂点に達していた。
楽勝だと思っていた狩りが、こんなにも苦戦してしまったから、なおさらだった。
怒りで小麦の身体は熱を帯び、凄まじいスピードで4人を追った。


彼の作戦に誤算があるとすれば、
それは、小麦の今回の洗脳に懸ける想いの強さを知らなかったことである。


小麦の走るスピード、フォーム、歩幅、そのどれをとっても
幼稚園児のものとは思えなかった。
その小さな身体の限界を超えた走りのせいであろうか、
小麦の身体からは、白い粉が少しずつ落ち始めた。
どんどん、どんどん白い粉が道路を覆うと、
その白い粉がどこから落ちているのか、目に見えて分かった。

白い粉は、小麦の身体、服、靴、小麦の全身を膜のように覆っていたのだ。
そして、4人と小麦の距離があと10mほどになったときには、
小麦は、黒い長髪を風になびかせながら、真っ黒いスーツで走る、
20代くらいの青年となっていた。

たとえ、今4人のうちの誰かが振り向いて小麦の姿を目にしても、
それが小麦だとは誰もわからなかっただろう。


嫌な気配を感じた彼が振り返ると、
そこには猛スピードで迫ってくる1人の青年がいた。
彼は、その青年が小麦のつくった何か、もしくは小麦の協力者であると直感した。
彼がそう感じるほど、小麦の表情には危機迫るものがあったのだろう。
「危ない!」
彼はとっさにしんのすけを守ろうと、しんのすけを両手で突き飛ばす。
突き飛ばされたしんのすけが振り返ると、
1人の青年に抱きかかえられた3人がいた。
「逃げろ!!僕らのことはいいから!お前だけは早く!」
訳がわからない3人をよそに彼だけが必死にしんのすけに向かって叫ぶ。
「早く!家に帰るんだ!」
「お、おう!」
次の瞬間、どこからともなく現れた3人が白い粉で覆われてしまった。
それから、3人がどうなるのか、しんのすけは見る前に、とにかく走った。
恐怖もあったけど、とにかくまずは家に帰ろう!そう思った。
自分をかばってくれた彼の言われたとおりにしようと思ったのだ。

しんのすけは、それから後ろを一度も振り返ることもなく、家に向かった。
とにかくひたすらに走った。

「・・・お、おかえり〜。」
くたくたになって帰ってきたしんのすけにみさえが駆け寄る。
「ただいまでしょ〜って、どうしたの?汗びっしょりじゃない?なにかあったの?」
「そ、そこで、きれいなお姉さんに襲われちゃって・・・いや〜〜ん」
頬を赤くして照れ笑ういつもの様子のしんのすけにみさえはあきれ返っていた。
「心配したわたしがバカだったか。」
昼ドラを見に戻ろうとするみさえ。
そこでようやくしんのすけが妄想の世界から帰ってきた。
「あ!母ちゃん!母ちゃん!へんたいへんたい!!」

しんのすけはみさえにさきほど起きた一部始終をすべて話した。
しかし、大の大人がそれを簡単に信じるわけもなく、聞き流されてしまった。
「母ちゃん!ほんとだってばあ!」
「・・・あんたの話が本当なら、まだみんなはおうちに帰ってないわよね。
電話して聞いてみましょ!」
みさえはしぶしぶ電話をかけにいく。
「あ、もしもし〜。野原ですけど、あの、風間くんってもう帰ってますか?
あ、そうですよね。オホホホホ。あ、なんでもないんです。
は〜い。失礼しました。」ガチャ
そんな調子で、マサオくん家、ボーちゃん家、小麦ん家にも電話をかけて
しんのすけとひまわりのいるテレビの前まで戻ってきた。
「しんのすけ!もうみんな帰ってるって!」
「ええ〜?!ウソ〜?!」
しんのすけは、信じられなかった。
しかし、どうすることもできず、1人モヤモヤを抱えたまま、
夜をなってしまった。

「おやすみ〜。」
みさえもひろしもひまわりも寝てしまった。
しんのすけは1人どうしても寝ることができずにいた。
目をつぶると、彼が最後に言った言葉が思い出される。
「お前だけは!」
どうしてオラだけ・・・?
しんのすけは1人悩んでいると、トイレに行きたくなった。
時計を見ると、すでに午前2:50だった。
しかし、それにしては外が明るい。
まさか・・・?しんのすけは窓越しに外を眺めた。



8時間前。
「野原しんのすけ、彼だけは洗脳できなかったんですね。」
第一隊隊長と小麦に呼ばれていた女が、本当の姿になった小麦に話しかける。
「でも、もしあと1人、先に操り人形を作って、こちらで操作していたら、
本当に容量オーバーでしたから。結果的には助かりました。
まあ、イチゴさんは不服かもしれませんが。」
「ふん。しかし、やつが寝て、やつから洗脳すれば問題ないだろう。
そうすれば、洗脳を解くやつもいないだろう。」
「そうですね。でも、もし、今日もあの子が寝なかったら?」
「ふん。まさかな。あれだけ恐怖で顔をこわばめながら逃げたんだ。
疲れきって、ぐっすり寝るさ。」
「・・・もしもの場合です。」
「レモンは慎重だな。そうだな。3時になっても寝なかったら、洗脳を開始しろ。
そして、それから10分前に、俺がやつの家に行く。転送、用意しとけ。」
「はっ。」


「・・・うう。」
彼は目を覚ました。
「ここは、一体?」
今が何時かもわからず、辺りは真っ暗で、どこなのかもわからない。
ただ、なにかデコボコしたものの上にのっているように感じるし、
体中、アザやすり傷だらけなのも、見えはしないが感じる。
「・・・そうだ。僕は・・・。」
彼は記憶を徐々に思い出していた。
あのあと、どうなったのか。


青年に抱きかかえられて、白い粉に覆われそうになった僕は、
念のためにもっていた小麦粉を自分の身体中に振りかけたんだ。
そうしたら、その白い粉は小麦粉に邪魔された(という表現が合ってるか
わからないけど)ようで、僕の身体すべてを覆い尽くすことができなかった
みたいだった。

でも、それに気付かなかったのか、すぐに本物の僕の身体(他の2人も)は、
ネネちゃんのようにその場からなくなって、
変な施設?すごいハイテクが揃ってるような施設に、
テレポートみたいに移動したんだ。

僕は、2人同様に、気を失ってるふりをした。その方がいいような気がして。
そしたら、あの青年と誰かが会話してて、
その後すぐに、僕らはここに投げ入れられたんだ。
つまり・・・、この下にあるデコボコは・・・あの2人ってことか?
僕はすぐにそのデコボコから降りて、2人に声をかけた。
しかし、2人はまったく応答しなかった。
あの白い粉をもろにかぶってしまったからだろうか。
僕は諦めて、回りがどうなっているのか確認することにした。
すると、端のほうに、なにやらぼこっとしたものがある。
よく見てみると、それは人だった。
「ネネちゃん!よかった。無事だったんだ。」
ネネちゃんも2人と同じく気を失っていたが、ケガもなく、生きているようだった。
どうしようか考えていると、足音が聞こえてきたので、
僕はすぐに気を失っているふりをして、様子を伺うことにした。

扉が開くと、そこから光が入ってきた。
ずっと暗かったから、その光はとても強く感じられ、眩しかった。
その光の下に、2人の大人が立っているのがわかった。
「うん。異常ないよなあ。」
「うん。ガキが4人と、アイツが気失ってるだけだ。」
「うん。大丈夫だなあ。」
「なあ、ミカン。あと1時間半後だな。」
「今度は計画成功するといいな。」
「そうだなあ。でも、イチゴ総長もムリするよなあ。
10分前になっても、あのガキが寝なかったら、また自分でいくだなんて。」
「確かになあ。ガキなのに、まだ起きてるなんて。最近のガキはませてるよなあ。
・・・なあ、ポンカン。オレらって、いつ任務戻らなきゃいけないんだっけ?」
「あれ・・・?あ!ヤバイ!もう時間だ!早くしめよう!」
「マジか!いこういこう。」
2人が扉を閉めるために背を向けたとき、
彼は、うっすらと目を開けて、時計を探した。
(今、1時30分か・・・。)
扉が閉まると、また暗闇がそこを覆った。

彼は、あと2時50分までに、なんとか手を打たないといけないと思った。
なぜだか、彼は、しんのすけは起きている気がしたのだ。
しかし、わからないことだらけで、どうしたらいいかわからず、
彼はウロウロと暗闇を歩き回った。
「わっ!」
彼はなにかに躓いた。
そして、そのなにかはピクッと動いたのである。
「・・・う。」
彼はそのなにかが人であることに気がついた。
でも、誰ーーー?

「こ、ここは?」
「静かに。小さい声で話して。ここにたぶん、僕らは、閉じ込められてるんです。
あなたは一体・・・?」
「そ、そうなの。あちしは、ゆず。あなたは?」
「僕はー・・・」


目がくらむ。
思わず目を細める。
少しすると、道路に人が溢れている・・・。
わけではないようだ。

しかし、照らされた明かりの元、
1人の男が立っているのが、
目に慣れたころわかった。

その男はこちらに向かって歩いてくる。
危機感を感じたしんのすけは、みさえ、ひろしを起こす。
「父ちゃん!起きて!」
「う・・・どうしたんだよ。寝かせてくれよ。」
「父ちゃんのおばか!・・・母ちゃん!起きて!」
「ブラピったら〜、うふふ。だめよっ。」
「・・・。今日にかぎって。こうなったらオラ1人で戦うゾ!」
覚悟を決めたしんのすけは二階にあがって、ベランダにでる。
そこから、男の状況を見ようと考えたのだ。

男は1人、野原家の庭をうろうろしている。
なにかを確かめるように。
そして、立ち止まるとなにか携帯のようなものに向かって話している。

それが切れたとき。
しんのすけはわが目を疑った。

あの男がいなくなっている。
しんのすけは辺りを見渡してもいない。
確かに、今そこまでいたのに・・・。

「しーんのすけ。夜遅いのに、起きてちゃだめだろ?」
恐る恐る横を向くと、そこにはあの男がいた。
そして、その男の姿は、よく見た誰かに似ていた。
「・・・ホスト?」
「ありがとう。そう見えるか?」
「言ってみただけ。」
「ああ、そうかよ。
お前は絶対起きてると思ったんだ。
問題児だもんな。幼稚園でも。
・・・僕もしんちゃんみたいに自由気ままにすごしてみたいよ。」
男が急に声を変えていったその言葉でしんのすけは、その男が誰かわかった。
「・・・小麦?!」
「当たり。」
「どやって大きくなったの?オラも大人になりたいから、
教えてよ!大人になる方法!そしたらいろんな女の人をナンパして・・・。」
「・・・しんのすけ。元々俺は大人だったんだ。
だから、大人になる方法は知らないな。
さあ。話はあとにして、来てもらおうか。」
「どこに?」
小麦だとわかったときから、しんのすけの先ほどまでの緊張感はなくなっていた。
「楽しいとこだ。」
「ほうほう。あ。でも、オラ、おといれいきたい。」
「ちっ。仕方ないなあ。もらされたら嫌だし。すぐ行けよ!」
「りょうかい。・・・今夜は優しくしてね。ポッ」
「・・・早くしろい。」
「ほ〜い。」

しんのすけがトイレに行くと、小麦は携帯のような機械にむかって話し始める。
「おい。こっちは順調だ。あとは車にさえ乗れば、そこであの洗脳具で
洗脳できる。くっくっくっく。しんのすけから洗脳して、あとの4人のガキ、
ユズは本部で洗脳してしまえば、日本は必ず我らのものになる。
準備はいいか?捕らえてある5人も洗脳する準備しとけ!」
多少、予定は狂ったが、今度こそ上手くいく。
楽観的な小麦は、しんのすけがトイレに入ってから5分がたつことに気づいて
いなかった。
もう、洗脳した後の楽園のような日々を思い浮かべていたのだろう。


「う〜ん。う〜ん。」
しんのすけはトイレでふんばっていた。
さすがに小麦もいらついてきた。
「おい!しんのすけ!まだかかるのか?!」
もう時刻は3時になろうとしていた。
「作戦開始の時刻を、まさかこいつのうんこのためなんかに遅らせるなんて・・・
そんなことはできない。」
彼は自身がたてた作戦を汚されることは、自身のプライドを傷つけられることと
同じだと思っていた。
そこで小麦は、作戦は予定の時刻通り行い、しんのすけはその後で自分の手で
洗脳すればいいと考えた。

午前3:00。
全国各地で一斉に洗脳が始まった。
今度こそ漏れのないよう、慎重に、なおかつ大胆に。

この洗脳にはかなりの人数と手間が費やされていた。
意外と地味に洗脳作業は行われていたからである。
隊員の手で、1人1人洗脳するのだ。
これでは莫大な時間がかかってしまう。
しかし、完璧な洗脳をするには、隊員が回るのが1番確実だったのだ。
そこで、この洗脳ウイルスの中に、洗脳していない人のところへ行き、
洗脳させるプログラムをつくったのだ。
そうすれば、一世帯に対し、1人洗脳させれば十分だったからである。
しかし、前回は一世帯内での洗脳における時間差が生まれたことで、
世帯内で洗脳されない人がでてくるという失敗が生じてしまった。
(実は、春日部だけでなく他の地域でもそうした失敗は何箇所かあった。
しかし、洗脳が勝手に解かれたのは春日部だけだったため、
解除法を知ってしまったしんのすけたちをマークしたのであった。)

少しずつではあるが、確実に洗脳は進んでいった。
この1週間の間に、洗脳ウイルスも進歩していたし、
隊員たちも前回の経験があったために、順調に進んでいった。

しんのすけがトイレから出ると、どこからかうめき声が聞こえる。
小麦の姿も見当たらない。
しんのすけは1週間前のあの出来事を思い出していた。
間違いない。
これは、あのときと同じだと。
すぐにみさえとひろし、ひまわりの下に向かう。
しかし、時すでに遅く、3人とも洗脳がすんでしまったあとだった。
そして、そこになぜか小麦の姿があった。
「小麦!大丈夫?!」
しんのすけは小麦が洗脳されてしまうのではないかと、声を張り上げる。
「俺は大丈夫。しんのすけ、自分の心配をしたらどうだ。」
不敵な笑みを浮かべる小麦の真意を、しんのすけは量りきれないでいた。
「さあ。あいつを。」
小麦がしんのすけに指を差す。
3人がしんのすけをにらんでくる。
「と、父ちゃん、母ちゃん、ひま・・・。オラだゾ!しんのすけだゾ!」
しんのすけの必死の叫びも3人には届かない。
「くっそー・・・。」
しんのすけの頭の中に、1週間前のネネちゃんの言葉がよびおこされた。
「そう!たまたまネネがキッチンにあった小麦粉を、おかしくなったネネのママとパパにかけたのよ!そしたら、元に戻ったの!せーのでかけるわよ!」
「・・・小麦粉。」
しんのすけはアクロバティックにせまりくる3人を避けながら、
台所の小麦粉の袋に手を伸ばす。
「くらえーーー!」
小麦粉の袋の端を開けて、3人に向かって振り回す。
しかし、その袋はやけに軽かった。
「ん?」
小麦粉の袋は空になっていた。
「しんのすけ。小麦粉なら、俺が始末しといたよ。」
小麦がニコニコと笑っている。
「くっそー!オラ、絶対にあきらめないんだゾ!」
しんのすけは2階になんとか逃げる。
しかし、2階は袋小路だ。ひろしの部屋のタンスの中になんとか隠れる。
「しんのすけ。あきらめたらどうだ。もう逃げられないって。」
4人が階段を上がってくる音が聞こえる。
「もう逃げられないのか・・・。だめだゾ!あきらめちゃーだめだゾ!」
しんのすけは必死になにかないか考えていた。
考えても、考えても分からない。
どんどん足音は近づいてくる。

その時だった。
父ちゃんの机の上に置いてあった携帯が鳴ったのだ。
慌ててしんのすけはタンスから出て携帯に出る。
誰でもいい。
とにかくなにか突破口がほしかったのだった。
「もしもし!オラ、野原しんのすけ、5歳!」
「もしもし。あなたがしんのすけ?時間がないの。言うとおりにちて。」
電話の向こうは女の子の声だった。
「ベランダから降りて。家の前に止まっている車の中に、あなたの家の
小麦粉がたくさん入っているわ。それで、ご家族を元に戻ちて。
それから、小麦がもっている赤い鍵をなんとかちて奪って。
また連絡するわ。お願い!」
「待って!なんで、オラの状況がわかるの?もしかして・・・オラのファン?
いやあ〜ん。オラ、恥ずかしいゾー。」
「・・・誤解されたくないから言うわ。あなたの家は監視されているの。
それを見てるだけよ!」
ブチッ
電話は切られてしまった。
しんのすけは携帯をポケットにいれると言われたとおり、動いた。
器用にベランダから庭に降りると、車の中に入った。
確かに、小麦粉が山のように積んである。
「父ちゃん。母ちゃん。ひま。今、いくゾ!」


車の中からありったけの小麦粉をもって、
しんのすけは再び家の中に入った。
4人はしんのすけを探し続けていた。
「あんのクソガキめ・・・どこにいった!」
小麦も相当いらついているようだ。
トップの自分がわざわざ出向いているのに、うまく事が進まない。
それだけで小麦の冷静さは失われていた。

「こっちだゾ!」
しんのすけは棚の上に上り、小麦粉をぶっかける用意をした。
4人の目が一斉にこちらに向いた。
今だ!
しんのすけが小麦粉をぶちまける。
「あれ?俺は一体なにを・・・?」
「小麦粉なんてかぶってるわ。」
「たあああ。」
3人が元に戻ったとき、小麦は小麦粉をかぶってとても苦しそうだ。
「ぬをををををを!」
小麦が悶えている。
しんのすけは電話で言われたことを思い出した。
「赤い鍵・・・!」


しんのすけは小麦の身体にしがみつく。
小麦は、小麦粉をはらうので必死なようで、しんのすけにまったく気づいていない。
なにか固いものがしんのすけの手に当たった。
それを見ると、腰に下げてあるチェーンに赤い鍵がついていた。
「あったゾ。」
しんのすけは赤い鍵をチェーンから器用に外すと、小麦にさらに小麦粉をかけた。
「父ちゃん!母ちゃん!ひま!今のうちに2階に!」
「おお。よくわからないけど、いくぞ、みさえ!ひま!」

2階にいって、ひろしの携帯を掴むと、またしてもタイミングよく携帯がなった。
「赤い鍵!とったゾ!」
「見てたわ。しんのすけ。その鍵を絶対に小麦にとられてはいけないの。
なんとか、小麦があの状態のうちにこっちまでこれないかちら。」
「こっちってどこ。」
「ここは・・・。・・・え?ちょっと待って。」
「はやくはやくう〜!」
「・・・うん。うん。わかったわ。・・・もしもし。聞こえる?」
「どこにいけばいいの?!」
「大丈夫。もうそこにいて。」
「え?」


突如、ベランダの空間が歪み始めた。
その空間はの向こうに別の世界が見える。

その空間は不安定で、向こう側の世界がなんなのか、まだわからない。
しかし、それは少しずつ安定してきて、1つの世界を映し出した。
そこには、野原一家のよく知っている顔があった。



「か、風間くん?!」

「しんのすけ!早くこっちにくるんだ!」
「早く!小麦が小麦粉を払ってちまう前に!急ぐの!」
先ほどの電話の声と同じ声の女の子もいる。

訳も分からないまま、とにかく野原一家は風間くんと女の子に促されるまま、
映し出された世界の空間に入った。
少しすると、その空間は再び安定を失い、その歪みは小さくなり、消えてしまった。

そこには普段と変わらないベランダがあるだけになった。



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